angelia













 だからたまに貴方を殺したくなる。




「今日は楽しかったなー。シギーさんってすっごい話し上手ですよねっ」
 茶髪の聖職者はそう言って肩を貸す俺を見上げた。
 多少酒が入りすぎていたのか、足元がおぼつかない様子だ。
「そうですか?」
「今度は俺が奢りますからね。また行きましょうね」
「ええ、ぜひ」

感情豊かで懐が深くて、会ってそんなにしない俺を狩りに誘うくらいのお人よし。
そして子供のようによく微笑む人。
博愛を体現しているかのような聖職者。

「ブレットさんもこんなに話す人だとは思わなかったなー」

話を振ると聖職者――ブレットさんはぼんやりした目を細めた。

「あー・・・・怒らないでくださいね」
ぺろっと舌を出して

「最初、貴方はもっと怖い人だと思ってたんです」

・・・・・・・ああ、それは正解だと思う。
だが俺は口元を跳ね上げるだけにした。
「ひどいなー」
「だからごめんなさい」
赤い顔をもっと赤くして、おどけるようにぺこりと頭を下げる。
とたんによろけるこの人にまた手をさし出して支える。

「ありがとうございます」

酒に上気した頬で安心したようにふわっと笑う。
こんな風に笑えるのなら、貴方は本当に優しい人なんだろうと思う。
釣られて自然と口元が緩んだ。

「いいえ」

でもいいんですか?

あなたは2週間前俺に殺されかけたはずなんですよ?
任務の撤回が寸前で行われなければその命は俺の手で握りつぶされていたというのに。




ねえ・・・・。
俺があんたの喉にダマを当てた時、あんたは何考えていたのかな?
最後まで命乞いをしなかったあの凛とした瞳。

それは一瞬の閃光のように、だけど目の奥にいつまでも消えない光となって焼きついてしまっているんだ。

「・・・・・・・・・・・・・」

次の日偶然町で出会った時、その瞳が俺を見て驚きに見開かれたのだけど俺は何も気がつかない振りをする事にした。
あんたは毒で意識は朦朧としていたはずだし俺も顔は隠していたし、その後勘違いだと思ってくれたみたいだしね。


・・・・・だけど・・・・・ねぇ、あの夜の事を知ったとしても、あんたは俺にそんな風に笑ってくれますか?


「シギーさん。今日はありがとうございました。また明日」

「ええ・・・・また」


だけど貴方は、そんな事実を知らずに光の中で俺を見る。

闇の中にいる俺の事を嘲笑うかのように。




貴方に思うのは今までで一番の


純粋な殺意。














Abyss 〜深淵〜













気が付いたら死体の中にいた。
物心付いた頃、お前は血の海の中で生まれてきたんだと言われた。
おそらく死んだ女の腹の中から生まれた俺を、モロクの暗殺者が気まぐれに拾ったのだろう。
俺を拾った男はもう死んでしまっていて、どういう生まれなのかを知る術はないし、俺もそれを知りたいとは思わなかった。
初めて人を殺したのは物心がついた頃。
どういう状況でそうなったのかは今では思い出せない。
無我夢中で突き出したナイフが女の胸に刺さり、血塗れの身体が自分に覆い被さってきた。
女に抱かれるようになり、身体中に伝う血が温かくて何だか懐かしい思いにも似た感情になったのを覚えている。
ああ、腹の中に居た頃はこんな感じだったのではないかと後に思い返した時に考えた。

ただそんな暖かさがもっと欲しくて、14歳の頃女を抱く術を覚えてからはその行為を繰り返していた。
あれはいつだったか。
毎回同じ女とするのは情が移るから止めとけと誰かが言っていた。
暗殺に生きる者は、情を残すと迷いが生まれるからと。

そうか、自分は何時の間にか暗殺者になっていたんだと気が付いた。
俺の生き方は自分が知らない間に他人に決められていたのだ。



ブレットさんと別れて急に簡単な任務が入った。
暗殺の仕事。
冒険者として日常をおくっているアサシンの中にも、アサシンギルドの命令によってそういった隠れた仕事をさせられている者が今だ数多くいた。
自分もその一人だった。
もちろんこれが公にされれば斬頭台に送られてもしかたがない。
だが、たとえ国王にその立場を冒険者として認められたとしても、アサシンギルドはそういった影の仕事すべてを捨てきる事などできなかったのだ。

今日はベッドで眠る男の首を掻き切った。
ただそれだけの任務だったのだが、その後にそいつを守っていたらしい者達から追いかけられた。
俺の気配一つ気が付かなかった小物が群れて、それで何で殺れるとおもったのか。
その中の一人の喉に投げたナイフが面白いように刺さった。
二人目は背後に回って脊髄に刺す。
「助けてくれ・・・・」
奮えてそう言った3人目。

何だかおかしくて笑った。

初めに俺を殺そうとしたのはそっちでしょ。
おれがそう言ってもあんたは助けないでしょ?
それなのに俺に助けを求めるなんて、虫のいい話だね。

「ばいばーい」
笑ってその頭にダマスカスを突き立てた。
捻るとごりっと音を立てて刃が欠けたのが分かった。
ああ、これで、このダマスカスも使い物にならないね。

ま、いいか。

ふと、足に力が入らなくなってふらついた。
任務が終わったあとのどうしようもない脱力感。
とりあえず結果報告をしにモロクに帰るまでは保たせないとね。

ふと下を見ると、死んだ男と目があった。
その目が恨めしそうに俺を見ていた。
それにうっすらと笑み返す。
自分の中でどこか壊れている自覚はあった。

「うん。今度は俺の番かもね」

俺もいつかはあんたみたいになる。
ちゃんと分かってるからさ。

先に逝って待っててくれよ、兄弟。









森の中をふらふらと進む。
返り血を浴び無いようにしてたのに、何故か血塗れ。
雨でも降ってくれたら洗い流せるのにね。
だけど今夜は三日月が綺麗に空に輝いていた。

「はーーー・・・・。何やってんだろ。こんな事して。人殺してさー。まあねーこれしかもう出来ないし、どうせならやっぱ生きたいじゃんねー。おいしいものも食べたいし〜酒も飲みたいし〜」


――――それにこの行為が間違ってるだなんて言わせないし。


人殺しを頼む事と、実際殺すのとどっちが悪いことかって言ったらどっちもどっちでしょ。
俺だって、これ、お仕事だと思ってないとやってらんないもの。

「・・・・・・・・・・はぁ・・・・」

こんな自分の生に意味があるだなんて思ってない。
意味だけならきっと俺が殺してきた奴の方がよっぽどましだったはず。
だけど俺が強かったから生きていかなければいけなかった人間が死んでいく。
何て素敵で簡単な構図。

この世で一番馬鹿らしい、人はそれを弱肉強食と言うのだろう。

「あーあ、寂しいなー。女抱きたいなー・・・・暖かいものが欲しいなー・・・・・・・」

やがて一歩一歩の歩みが遅くなる。
自分の呼吸音がやけに耳についた。
それに体がやけに重かった・・・。

とうとう歩みが止まって、近くの木に手をついた。

寒い。
寒くて寒くて・・・・凍えそうだった。

死体に触れたこの身体は、もう冷たくて。
吐いた息すら熱を感じない。
怪我なんてしていないのに、まるで体中の血が無くなってしまったかのような錯覚すら覚える。

たまらずに、がりっと唇をかんだ。
わずかな痛みと錆び付いた自分の心を表すかのような鉄錆の味。
それにほっとした。
支えきれなくなった体を大木に預けて震える両腕で顔を隠す。

わかってる・・・・。
この脱力感はある意味いつか来る終焉の日を恐れているからだ。

「・・・・・・・・・」
ぼんやりと開けた視線の先で地面がやけに黒く見えた。
まるでぽっかりあいた穴のように、
えも言えぬ恐怖を抱いて、足を引いて身を竦ませた。
そこから手が這い出てきそうな錯覚を覚えたのだ。底から沸き立つうめき声が聞こえる前に両手で耳を覆う。





――足を滑らせればそこは
今まで殺してきた者達が待つ深淵の闇。





「・・・・・・っ・・・・・はっ・・・・・」

恐怖で気が狂いそうだった。
そのまま頭を抱えて目を閉じる。

人間の精神なんて簡単に壊れるものじゃなくて。
俺はまだこんなに弱い。
「だけど・・・・無様に生きていたいとは思わないんだよ・・・・」

そんな事、願う方が間違ってる。

「今までずっと殺してきたんだ。そんな事が許されるだなんて思ってない」

・・・・最後まで暗殺者でありたいんだ。
暗殺者として潔く死にたいんだ。
決められたことに抗えなかった俺が決められるせめてもの結末なんだ。
名など残せなくていい。有名になりたいとも思わない。
ただ暗殺者としての死を。
それだけを望んで生きてきたんだ。
それだけを望んで強くなったんだ。
そしてやっと「自分の死を選べる」ほどになれたのに。


「・・・・・・っ。俺を早く楽にしてくれよ・・・・っ。今まで殺してきたんだ。・・・・もういいだろう・・・・っ?」



・・・・・・・・・・・・・何故。
何故、今死にたいだなんて思ってしまうんだろう。
自分で死ぬことを選ぶことすら出来ないのに。












歪んだ視界の先、小さな町の光が見えた。
あれは、首都の光だ。
生きてる町の光だった。
命の光。

・・・・・・・あの中に貴方がつけた光もあるのだろうか。

・・・・・・・・・・・その時起こった感情は・・・・俺を唖然とさせた。
『カエリタイ』なんて。



『シギーさん』


静寂の中ふいに貴方が俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。
驚いて顔を上げたが、周囲には誰もいない。
だけど確かに聞こえた。



『また明日』


それは・・・・・・いつもの貴方の言葉だった。
さっき聞いたばかりの、ただの別れの挨拶のはずだった。

「・・・・・・・・・」

何だろう。
何か熱いモノが頬を濡らす。
顔を伝った雫が落ちて消えた。


あんたなんか、何も知らないくせに。


「・・・・・・・っ・・・・・」


なのにこの胸に宿る温もりは何だろう。

何で・・・・・今こんなにも貴方に会いたいと思ってしまうんだろう。

生きていたいと思ってしまうんだろう。

命乞いなんて真っ平だと思うのに。貴方の存在がそれを邪魔する。その事に恐怖を覚えた。

掴んだ両腕に爪を立てて体を小さくして吐き出す。

「・・・・・・・殺してやりたいっ・・・・あんたなんか死んでしまえばいい・・・っ・・・」

呟いた呪いの言葉は、自分から逃げ切れない愚者の最後の足掻きのように聞こえた。


「―――――――っ」


・・・・・・ああ、本当に。
今の自分は泣きたいくらい無様だね。


「・・・・・・・・・ふっ・・・・くく・・・・」


濡れた頬が乾きだした頃、ふと自嘲した。
いつのまにか深みに嵌ってしまっていた自分にようやく気がついて。

あの日から消えないあの目の輝き。あれは、ずっと自分が欲していたものだ。あの潔さも、覚悟も。だから自分は・・・・貴方に惹かれた。
それはけして恋ではないけれども。純粋な愛しさではないのだけれども。
だけど・・・それよりももっと深い思いの源泉に近いもの。それは矛盾しているものではあるのだけど、生きる理由でもあるのだ。


胸に宿る温もりを抉り出したくて、自分の胸倉を掴む。



「何で俺はあんたに会ってしまったんだろうね・・・・・・・」




貴方を消せばこの痛みは消えますか?
貴方を殺せばこの光も思いも俺の弱さも消えるのでしょうか


俺は・・・自分の最後に満足して死ねますか。







だけどいくら殺してやりたいと思っていても




たとえ貴方を殺してその存在すら忘却の彼方にやっても





それでも。







それでももし・・・・




俺が死ぬ最後の時は

貴方の名を呼ぶのかもしれない。






そう思った。











++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

どんな死に方をするか決めていた自分が
生きていたいと想わせる一人に出会ってしまったこと。


「死にたい」という事は「生きたい」という事。そんな矛盾。





貴方が最後に名前を呼びたい人は誰ですか?






トナミ拝






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