ガイアに送っていた『耳打ち』を切り、ゆっくりと私は顔を上げた。 すると皆引きつったような顔をして机から離れていた。 何恐がってるのよ…。そこ。 「消耗品やその他。かかる費用は全部私が持つわ。ソラ、アケミ、後で手配お願い。砦持ちなら、きっと向こうのギルドの事だって情報が出回っているはずだし、対策も立てなきゃいけないわ」 攻城戦がどういうものか話のネタに聞くぐらいしか知らないんじゃ話にもならない。 準備期間が三日というのは短すぎる。 きっと、あっという間だわ。時間はこうしている時も流れていってるのだから。 だけどとりあえず目的ははっきりしているのよ。 「……協力…してくれるわよね?」 うっすら浮かべた笑顔と私の視線に皆が引きつった顔して縮こまったのは気のせいと思う事にした。 Deus ex Machina 3・ネオン 当日どころか開始寸前まで慌しい事この上ない日々が続いた。 それでもさすがに万全といえるほどの準備は出来なかった。正直どこまで行けるか分からなくもあるのだけど、それでも あの男の前まで行けるだけの準備は整ったはずだ。 そして、始まりの時間はもうすぐそこまで近付いていたのだった。 今いるこの砦は、世界に数ある砦のうち中位より少し上のランクで知られていた。よって、向上心を持つギルドが上への弾みをつけるため、こぞって狙う激戦区の一つとして数えられていた。 どうでも良いけど攻城戦って何だか陣取りゲームみたいよね……。 砦主はこの最上階にあるエンペリウムを攻め入る人間から守り、攻め入る方はその守りを抜けてこのエンペリウムを叩き壊さなければならない。そして攻守を入れ替えながら、最終的に制限時間内で最後にエンペリウムを守れたギルドが次の砦主となれるのだ。 私は、そびえ立つ大きな灰色の砦を見上げた。灰色のレンガ作りのこの砦は、一見しただけでも歴史を感じさせるほど重厚に出来ていた。そしてその天辺とこの砦の周囲にはギルドエンブレムが浮び上がった旗が風にはためいていた。 現在この砦を持っているのは「Non credo il dio」。ガイアが所属しているギルドだった。 うちのギルド名も『機械仕掛けの神』なんておかしな名前だけど、『神は信じない』と堂々と名乗ってるギルドというのも面白いわよね。しかも今のギルドマスターは女アサシンだって言うし。 嫌味な位晴れ渡った青空の下、今この砦の前は中に通じる扉が開くのを待つ大勢の冒険者達でごった返していた。 ベテラン揃いのギルドもあれば、一時職で構成されている初々しいギルドもある。見物のつもりで来ている人間もいて、扉の前の広場は慌しかった。 ここにいる人間は、見方によっては同じ砦を攻める味方でもあり、敵でもある。この中のどれだけが4階のエンペリウムルームに入れるか、それは終るまで分からない。 まぁ、そこまでいけなくともガイアがいればそこが私の最終目的地なんだけど…。何となく上にいそうなのよねぇ……。馬鹿と煙は高い所が好きって言うし。 「うっわぁー!すっごい人集まってる!!これ皆この砦攻め込もうとしてる人達なんやろか〜」 ギルメンの一人、アーチャーのレイリンが興奮したまま辺りを見渡す。まだ一次職の無邪気さと言うか、明るい声につい笑みが浮かんだ。 それは他の皆もそうだったらしく、サクヤがくすくすと笑った。 「レイリンは、物怖じとかしませんのねぇ」 サクヤはそう言ってレイリンのちょっと飛び出た髪を手で直してやってたりしている。 「サクヤ姉、聖体降福のスキル取ったんやろ?見せて見せて〜♪」 「今使っても、扉が開くまで持ちませんもの。後でゆっくり見せて差し上げますわ。天使がまた美人だから、きっとレイリンも気に入ると思いますわ」 「わーい!」 「しかし3日で取るだなんて、それまでのスキルポイントも結構かかるんだろ?サクヤも思い切った事するね」 アルケミストのアケミが自分のカートの中をいじりながら口を開く。 そのカートの中には白ポーションや、あまり見ない色をした瓶が所狭しと並んでいる。ギリギリまで何かを製造してた成果だと言っていた。何かの正体は…まだ聞かない事にする。どうせ、後で分かる事ですもの。 「元々宴会芸として欲しかったし、必要なものは取ってましたから。本当はもう一人聖職者が入ってからと思ってたんですけど、今回使えるなら丁度良いと思いまして」 天使のヘアバンドをしたプリーストはそう言って、ころころと鈴が鳴るように笑う。 まったく人事ながらこの子達って明るいと言うか…度胸が据わってるわ。 祭り気分も半分入ってるんだろうけど。 まぁ、これでも結構やる時はやるから心配は要らないでしょうけど。 一方、砦の壁に寄りかかるようにしてため息をついているのは、ギルマスであり騎士のバーンだった。いつもの猫耳をヘルムに変えているものの、幻覚で伏せた耳が見えてきそうなほど何やら落ち込んでいる。 「ソラさん遅いなぁ…。まだ、交渉に手間取ってるのかな。あーやっぱり俺も付いていけばよかった…ソラさん〜」 「うざい。黙れ馬鹿犬」 頭を掻きながら飼い主を待ちわびる大型犬のように鳴く騎士に、彼の幼馴染のプリーストのカイが容赦なく突っ込む。 よく言ったわ、カイ。 たく、バーンとソラが恋人だって言うのは周知の事実だけど、こういう時に情けない声出すんじゃないわよ。……羨ましいとかそういうんじゃないのよ。でも何だか今は微妙にむかつくのよね…。 慣れたものでバーンがすぐにカイに噛み付くが、カイもそれ以上の口の悪さで返す。仲が良いのか悪いのか、あっという間に口喧嘩の場と化したそこで眉尻を下げているのはウサギ耳したアサシンのランだった。ペットの仔デザートウルフを抱いている。 ソラは彼の武器の調達に行ってまだ帰ってこないのだ。 あと1時間で砦の正門も開いてしまうと言う所で、漸くソラもやってきた。 「ご、ごめんなさい。遅くなりました!」 灰色の髪を跳ねさせて、息を乱してやって来たソラはすぐにランの前に行ってカートの中から出した包みを渡す。 「開けてみてください。気に入ってくれると良いんですが」 ソラが渡したものを開いて出てきたのは、多少過剰なほど精錬されたカタールだった。予め聞いていたけどソルジャースケルトンカードが2枚刺さっているカタールなんて珍しいものソラも良く見つけてくるわよね…。 ランはそれに目を見張る。 「新品というわけにいかなかったんですけど、僕がラン君の腕に合わせて調整を済ませてます。前持っていたものより多少重く感じると思いますが慣れれば扱いやすいでしょう」 ランは手の中のカタールを信じられないように見て、すぐに顔を上げる。その価値を知っているからこそ驚いているのだろう。 「でも、これは…」 「お金の事は気にしなくてもいいですよ。ラン君がギルドに入ったお祝いも込めて皆でお金を出し合いました。まぁ、半分はネオンが出したんですけどね」 「クリティカルの出ないクリアサなんて情けないでしょ?」 軽くウインクすれば、ランは目を瞬かせ表情を改めた。 「…今はまだ俺何も無いけど、必ず金にして返す」 「良いわよ。今回頑張ってもらえれば私の分は全部チャラにしてあげるから」 「そんなわけに行かない」 ランは首を横に振る。こういう所が契約や等価を重んじる暗殺者らしいといえば、言えなくも無い。 純朴と言うか…。この年で暗殺者家業していたわりに擦れてないのは、心を殺し周囲に興味すらも持てなかったからだというけど。何と言うかまだ子供なのよね…。そのくせ、こんな事を言うからアンバランスな所が目立つ…。接触恐怖症で今の所触られて平気なのはカイとソラだけと言うし。 「…カイ……皆も、あ…ありがとう」 ランはウサギ耳を赤くして俯く。 やだ、この子。表情少ないと思ってたけど、こんな顔も出来るのね。かわいいじゃないの。 うーん……、これはカイが可愛がる気持ちも分からないではないわねぇ。 参ったわ。何か、何でもしてあげたくなっちゃうじゃない。 本当ならS3ジュルを上げようと思えば出来ない事も無かったのだ。だって、今私の倉庫に入ってるんだから。 だけど、ソラと話し合ってそれは暫く渡さない事にした。 ランがかつて持っていたトリプルクリティカルジュルは妖刀だったとソラは言った。そしてそれと同じ性能をもつものをまた使う事で、過去の事を思い出させるどころか、同じ行動を繰り返す可能性があるのだと言う。 この世界に本当の意味での魂を持つ妖刀や魔剣は実はそんなに数が存在しない。むしろ問題を起こすのは人の心の弱さが大半なのだ。剣豪がこれは妖刀だと言って人を殺す事件がたまにあるが、それも大半は普通の刀が使われていた。 本当に危険な刀というものは、使って無事でいられるようなものではないのだ。 妖刀が望むのは人の邪心と相場は決まってるけど、ランの場合邪心というよりは心の隙間に入り込まれたという方がしっくり来る。刀と一心同体となる人形。それが開放された理由にもなってるのかもしれないが、それも想像でしかない。 だけど、その刀が無くなった後が問題だった。ランは、ほぼ二年の月日を何も感じずに過ごしていたのだから。 『ラン君は、あまりにも心が未熟です。妖刀を使いこなせる人間は確かに存在しますが、それでも完全に飲まれずにいられたのはほんの幾人か。ラン君のように開放された人間も少なくて僕もまだ予想でしかないんですけど…』 ……確かに妖刀に魅入られた者は自滅するものと相場は決まっている。開放された人間などあまり見た事が無いからコメントの仕様も無いのだけど…。 私はカタールを抱いて俯いているランを見た。 この純粋さが魅入られた原因だったのだとしたら…、これほどひどい話も無いわね。 今はまだ、ちょっとでも疑惑があるなら触れさせずにいさせたかった。 もう少しランが成長して大丈夫だと判断した時、まだ持ってないようだったらその時また考えようという事でソラと意見が纏まったのだ。 カードの光と力を宿したダブルクリティカルカタールに、カイが十字を切って祈りを捧げる。 そうして装備したランの姿に女性陣がほうっと吐息をついた。 うん。それも無理ないわね。 目隠しの布をして、すらりとカタールを構えるランの姿は、さっきまでの子供のような所はなく別人の様に見えた。 15歳とか言ってたけど、こうしてると3,4歳上に見えるわねぇ…。 「よくお似合いですわ」 サクヤがみんなの心を代表するように言う。 ソラがランの腕を取って不具合が無いか見ていく。 「どこかおかしいところはありませんか?」 「いや、…丁度いい」 「おそらく、今までとは違う感じになると思います。クリティカルというのはいわゆる相手の急所を突くということですから、カードが一枚足りない状態ではこの武器に物足りなさも感じるでしょう。…ですけど、あなたにはカイ君が居ますからね」 「…カイが?」 「足りない分は彼が補ってくれますよ」 笑顔を向けるソラに、ランは小首を傾げる。 「なるほど…。そういう事か…」 いつのまにかカイが私の隣に来ていた。 「あんたならS3ジュル持ってるだろうと思ってたから、どういうことかと思ってたんだ」 「いやねぇ。持ってないわよ。あんたもずいぶん疑り深いったら、誰の影響かしら」 「物事は疑ってかかれと教えてくれたのはあんただろうが」 「本当に持ってないのよ。でもそうね、これから拾う事があったら知らせるわね」 笑顔を浮かべながら大嘘を付く。 プリーストのグロリアはLUKを高める。それはソルジャースケルトンカード一枚分に匹敵するほどだ。 だから、S3ジュルを渡さなかったのは、ここで互いに必要とされている事を自覚させようという思惑もあったのだ。カイもランも一人で戦う事に慣れすぎている気配があったから。 まぁ…ランより、むしろ危なかしいのはカイの方だけどね。 カイとバーンに会ったのは3年前。気を失っていた二人を拾って帰ったのがきっかけだった。 カイは……復讐者だった。そしてその相手は今発見されている場所には存在しないのだと言う。今も未開拓地域の進征隊に入隊する申請は教会がことごとく却下しているが、それでカイが諦めた訳ではないことは分かってる。下手に相手の血を引いてる分、カイの復讐心は根深いものがあった。 出会った頃は今より不安定であまりに危なかしくて、色々と気にかけていた。そして、2年前にバーンとソラがくっ付く切っ掛けにもなったギルド創設を経て一緒に家という物を持つ事になった。 それまで流れ生活を楽しんでいたから、今も家にはいない事の方が多いけど、それでもこのギルドの皆は私にとって家族だと思える。 ……生まれが生まれなだけに一人を好んできた彼が、漸く執着を見せた人間なのだ。利用と言うにはちょっと言いすぎだけど、ランがカイを縛る鎖になれば良いと思っていた。暗殺者だろうと、人殺しだろうと、何でも良いわ。カイをこっちに引き止めておく事が出来るなら。カタールくらい安いものよ。 所詮人生を楽しく生きた人間が最後は勝ち組なんだから。せいぜい幸せになってもらおうじゃないの。 だが、私はその難しさをすぐに知ることになる。 扉が開くまで後20分を知らせる放送が流れた。 「うっわー!!どきどきするなぁ!!何かまた人が増えた気ぃするし〜!」 レイリンが満面の笑顔で武者震いをする。その横でアケミと話していたサクヤがおっとりとした微笑を浮かべる。 「ここで、枝でも折られた日にはきっとたくさんの死傷者が出てしまいますわねぇ」 「まさかここで折る勇気のある人間はいないだろうけど、扉をくぐった途端大魔法のお出迎えが来るわよ。大抵そこから攻防は始まるんだから」 「そうだよ、扉入り口でストームガスト連発されて下手すると氷の彫刻で前に進めないって事もあるんだから」 くすくす笑ってると、そんな事を言う男に肩を叩かれた。振り返るとくすんだ紺の髪をした長身のセージがいた。昔馴染みの顔に驚く。 「やだ、ファクトじゃないの。どうしたのこんな所で。あなた別の砦に行くって言ってなかった?」 ファクトもかなり高レベルの冒険者で、たまに狩場で会う事のあった。話をする事もあって、それなりに友人と呼べる間柄だった。彼は物静かな研究者というか、主にゲフェンで魔法の研究をしてる。そして攻城戦マニアでもあったから、今回の攻城戦のいろはや情報を手にするため尋ねて行って色々と教えて貰った人物でもある。 だけど彼が属しているギルドはいつもいい所まで行くのだがなかなか砦主にはなれないとぼやいていたのは昨日のことだ。それなのにこんな所にいていいのだろうか。 「ネオンが攻城戦に参加するって言うからね。こんな珍事見ておかないと後悔するし。うちのギルドが砦に潜るのは半ばからだから始まってもすぐ戻れば十分間に合うしね」 「ふーん、そう。余裕ねぇ……」 珍事って何よ。 緊張感の欠片も無いファクトに呆れながら、ふと思いついた事を彼に耳打ちした。 そうよ、そうだわ。こいつがいるんだったら…。 「え?……本気かい?」 「無理かしら」 「無理と言うか……タイミングもあるし、それにちょっと一人じゃなぁ…」 「報酬は弾むから、ね。お願い!あんたと私の仲じゃないの」 「んー……。もう、しょうがないなぁ…。言っとくけどネオンからじゃなかったらこんな事即座に断わってたよ?」 よし!決定!!! 了承を取り付けてから私は皆の方に顔を向けた。 「皆。時間になったら速攻で乗り込むわよ」 「え?ちょっと待った。さっき『入った途端大魔法のお迎えが来る』って言ったのネオンさんじゃん!だから、俺達も多少時間経ってから入るって予め決めたんじゃなかったんだっけ?」 バーンが慌てるのに胸を張りながら 「予定は未定で決定じゃないのよ」 「そんな無茶くちゃな…」 「勝率がなければこんなこと言わないわよ。大丈夫。まっかせなさい!!!」 「うわ…。すごい不安…」 ボソッとそんな事を呟いたバーンをガンっと音を立てて蹴り倒した。 扉が開くまで後10分だという放送が流れた。 周囲の喧騒が一掃高まる。 「ネオンさん!」 ざわめく人々の群れの中から、自分を呼ぶ声の方向に顔を向けた。人ごみを抜けるようにやってきたのは茶髪のアコライト。3日前私が家に連れて来たエリックと言う少年だった。 茶髪に薄茶の瞳をしていて一見可愛い感じに見えるが、結構芯のしっかりした子だった。彼の所属しているギルドの副ギルマスでもあるらしい。 そして、今回彼らのギルドも攻城戦に参加する。 「皆さん。こんにちは!」 皆を見渡してぺこんと礼儀正しく礼をして顔を上げる。 「あら、もう一人は?」 「カガミは向こうにいます。本当は連れてきたかったんですけど…」 「私に合わせる顔が無いんじゃないの?彼は」 くすくす笑えば、エリックも困ったように笑った。 「ああ、そうですわ!」 ぽんっと手を打ったのはサクヤだった。 「エリック君、ちょっと手伝っていただけないかしら。聖体降福をするのにもう一人聖職者が必要でしたの。もちろんあなたのギルドの人達も連れて来ていいですから」 「え、…手伝うのは構わないんですけど…」 「ね、お願い」 中身はともかく外見は本当に優しそうなプリーストだから、彼女からのお願いにエリックも困ったようにしながらもギルドチャットで皆を呼んだ。 8人ぐらいの一次職が集まった。皆これから始まる攻城戦にどこか緊張しているようだった。 そしてその中で不貞腐れている一人の剣士。3日前にエリックと一緒に『家』に連れてきたカガミが面白くなさそうに私を見上げてきていた。もう、本当に生意気だったら。 エリックが肘で彼を突付くが、カガミは黙ってそっぽを向いた。 「本当あんたって可愛くないわねぇ」 ランの可愛さを少し分けてもらったらどうかしら。呆れて何も言えないったら。 でもこういう所、昔の誰かさんを見ているようなのよね…。 ちらりとカイを見た。 「とりあえず、私達は私達で好きにやるけど…、あんた達大丈夫なの?」 「皆で話し合ったんですけど駄目元で頑張って、行ける所まで行こうかと思ってます」 エリックが答えるのに頷いて、口元を上げた。 このギルドはギルマスであるカガミの我侭で参加する事になったというのに、そんな事を気にしていないエリックと他のメンバーに好意を持った。 「本気でやる気があるんなら、…うちは最初から飛び込むけど付いてくる?本当の強豪は後半に力入れてくるから、まだ最初の方がいけると思うわよ」 「はい!よろしくお願いします!!」 帰ってきた元気な声の横でカガミがまだ膨れっ面で立っているのに苦笑した。 …ったく、こいつもねぇ…。 時間が近いこともあってあちこちで掛け声が上がる。 正門前が一掃騒がしくなるのに、薄暗い感情と共に一気に心が沸き立った。 ガイアを見つけたら、まずあれもしてこれもして…それから……。うふふふふふふふふ………生きている事を後悔させてやるわ……。 「これは一回あたり6人までが限度ですから皆さん分かれて入ってくださいね。かかったら次のグループと交代してください。連続でかけますから」 サクヤは両隣にカイとエリックを立たせた。 「聖体降福って始めてみるな」 「そうですね…」 バーンとソラと一緒に私も第一陣に入った。 私も見た事はあるけど、実際自分に使われるのは初めてだった。 中心に立つプリーストのサクヤの隣に立つエリックが胸を抑えて呼吸を整える。 「ドキドキします」 「緊張しなくても良いですわ。祈りは私と同じ言葉を捧げるようにしてくださいね」 「はい」 エリックとサクヤがそう言ってるのに、私はちょっと気になった事を口に挟んだ。 「その祈りの言葉って決まってるの?」 「いいえ?個人で好むものを使うのは魔術師の方の斉唱と同じですわ。それでもまぁ…主神を讃えるものが好まれますけど」 「聖歌とか駄目かしら?なんか景気のいいものが良いわ」 ここで、静かな祝詞なんてされた日には、せっかく高揚した気分も台無しだわ。 聖歌と言っても何も静かで退屈なものばかりあるわけではない。宗教の歴史は戦いの歴史でもあるから、戦歌もあって当然なのだ。それに、これなら主神の機嫌を損なう事も無いわよね。 そう言えば、サクヤはこくこくと頷きながら頬に指を添わせる。 「聖歌、良いですわね。曲は何がいいかしら?」 「300番か412番はどうですか?」 「まぁ、即座に出てくるなんて……エリック君も結構勉強してるんですのね」 「ちょっと待て、普通のでいいだろうが」 エリックの反対側に立っていたカイが嫌そうに口を挟むのを、サクヤも私も何も聞かなかったかのようにスルーする。 「じゃあ、412番で行きましょう。先にまず私が宣誓文を読みますからそれの後に。合わせて下さいね」 「俺は歌わないからな」 カイがこう言ったら、何が何でも歌わないだろう。そこで私は一計計る事にした。 「ラン。楽しみにしてて良いわよ。カイの歌声は一見の価値ありだから」 主を討ちたければ、まず馬からよね。昔の人もうまい事言ったもんだわ。 私がランに笑顔を向けると、彼はぴこんとウサギ耳を立てる。目隠しされてしまって朱色の目は見えなかったけれど、いかにも興味津々と言う態度だった。 目隠しはしているが気配で見えてるのだろう。じっとカイの方を見る。 ひたすら見る。 ずっと見る。 じぃ―――っと見る。 「〜〜〜〜〜〜〜〜………一曲分だけだからな」 その純粋な目に折れたのは、悪魔プリーストの方だった。 忌々しげにこっちを見てくるのを気にかけもせずに、サクヤと手を取り共に喜ぶ。 だいたい、ソラには借りがあるとか言って、製造の時にしかグロリアを歌わないあんたも悪いのよーだ。 ソラからその話聞くたびに、私だってあんたの歌聞いてみたいと思ってたんだから♪ 「じゃあ、始めますわ。皆さん準備はいいですね?」 さあっと風が靡く。 そこに、指を組み祈りを捧げるサクヤの高い声がゆったりと響く。 「永遠の光が、主よ、彼らを照らしますように。 あなたの聖徒たちと共に、永遠に」 サクヤも声がいいのよね。カイのいとこですもの、血筋かしら。 周囲の注目が彼女に集まる。 天使のヘアバンドをした聖女は、凛とした声で続ける。 「そして絶えざる光が彼らを照らしますように。 あなたの聖徒たちと共に、永遠に」 そう言って両手を広げた。空を持ち上げるように上げられた掌から、祈りが白く淡い光となって空に上がる。それと共にカイとエリックの体からも同じように白い光が立ち上る。 それはすべてサクヤに吸い込まれるように消えていく。 『聖体降福』 さぁっと白い天使が舞い降りたかのように頭上に現れた。まるでサクヤを通じて現れたかのように。 ざわっと人のざわめきがあたりに立ち込める。 その白い羽根から金色の光を散らしながら銀髪の天使が微笑し、サクヤと同じように両手を広げる。 真下から見上げる形になった私達は、一気に広がった光のドーム…聖域に揃いも揃って驚きの表情を浮かべていた。 カイとエリックとサクヤの歌声が上がる。 たてよ、いざたて 主のつわもの、 見ずや、御旗の ひるがえるを。 すべての仇を 滅ぼすまで 君は先立ち 行かせたまわん 「これは…」 ファクトがほうっと感心したように吐息をつく。 私は言葉も出ずにその光に触れた。 金色の光は歌声に光を増したかのように輝き、体に降り注ぐ。中にいて分かる。聖なる守護の存在。頭から指先、足の先まで浸透していく。 これが、聖職者の奇跡。 魔術師とは違い、祈りで精神力を捧げて神の力を借りる唯一の存在。 サクヤの張りのあるソプラノを主旋律に、カイのどこか甘く朗々としたバリトンとエリックの優しげなテノールが重なる。 聞いているだけで鳥肌が立ちそうなほど美しい歌声は光と共に体に染みこむ。 これ…無意識にグロリアも一緒にかけているんじゃないかしら。 信仰の歴史は戦争の歴史と言われるほどだけど、そういう歴史があるからこそこんな戦いの歌も聖歌として存在する。こうやって人の心を鼓舞するために。 そう思えば、今この歌ほど相応しい曲も無い。 私は目を閉じてその歌声を体中で聞いた。 たてよ、聞かずや 主の角笛を、 いざ戦いの 門出いそがん。 君が隊(て)につく この身なれば、 雲なす仇も 何か恐れん。 「ネオン」 ファクトが顎を上げて砦を見上げた。その視線を辿って見上げると、砦の三階からこちらを見下ろすローグの姿があった。 そのローグはとんとんと自分の耳を指で叩く。 それに私は『耳打ち』の受信機能を復活させた。 「あら、逃げずにちゃんといたのね。本日はお日柄も良ろしく、絶好の攻城戦日和ね」 『……どうしてもやるのか』 最後の確認のように、真面目な顔をして紡がれた言葉に私は微笑だけを返した。 あんたが望んだ事でしょう? たてよ、わが主の 力により 神のよろいを かたくまとい、 みたま(御霊)のつるぎ(剣) うちかざして、 おのが持ち場に 勇み進め。 『せっかくすこしづつ、俺の株も上がってきたかと思ったのによ』 ため息と共に吐かれた声に、わざと少し低めの声で呟いた。 「あら……上がったわよ?」 私の言葉に怪訝そうな顔をするガイアに向かって 「私のブラックリストから、抹殺者リストに格上げよ」 ドスの効いた低い声でそれだけ言って、そこで即座に『耳打ち』を切る。視線はガイアの方を向いたままで。 ガイアが切れた事にすぐ気が付いて何かこっちに向かって叫んでいたが、人のざわめきでかき消されて届かなかった。 何か言いたければ聞いてやるわよ。すぐそこまで行ってやるから覚悟しなさい。後悔は地獄ですると良いわ。 わたしはゆったりと微笑み、ガイアに向かって指を差した。そして拳を作った手を顔の前まで下げる。そこで親指だけ立てて、ガイアにも分かるようにオーバーアクションで一気に喉のあたりを掻き切った。 引きつった顔でぐっと息を詰めるガイアに、少しだけ溜飲を下げながらマントを翻して背を向ける。 「あれが、君を怒らせた人間か…」 興味深げにファクトが呟いた。 たてよ、いくさは やがておわり、 永遠の勝ち歌 たかくうたい、 尽きぬ命の かむり(冠)をうけ、 さかえの君と ともに治めん。 歌が終焉を向かえると共に、攻城戦開始の銅鑼が鳴った。 がこんと内側から鍵が外れて、ぎぎぎと鈍い音を立てて扉の開く。その音に周囲が一瞬だけ静まり、そして一段と気合の入った声が辺りに木霊した。 「よーし!」 ぱんっと自分の両頬を叩いて気合を入れたバーンが、すらりと剣を抜いた。他の皆もそれぞれの武器を手にする。 「行くわよ」 マントを翻し、私は一歩前に踏み出した。 目指す先まで、この歩みが止まる事は、無い。 >>続く +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 真面目に始まりましたよ。攻城戦。 とうとう、間近に迫ってきましたよ、ガイアさん逃げなくて本当に良かったですか?本っ当ーによかったですか? 尚この小説はこれから先も嘘とノリとご都合主義で書かれることになりますので、突っ込みは優しくお願いします。聖歌も現代のキリ○ト教の使ってますけど、ROの世界の主神って北欧系なんですよね…。とりあえず時間たってごっちゃになってるのかなぁと言う感じで書いてますけど。あくまでこれイメージ小説ですから気にしないで下さい。ご都合主義万歳。 ついでに登場人物が多いので簡単に紹介。 ギルド『Deus ex Machina』側 ネオン(カマ魔術師)ガイアぬっ殺し計画発動中 カイ(悪魔プリースト) ラン(天使アサシン)今回武器を入手 バーン(大型犬騎士)ギルドマスター ソラ(製造型BS) サクヤ(ネタ好きプリースト)聖体降臨所持 レイリン(浪花のアーチャー) アケミ(マッドアルケミスト) ギルド『Non credo il dio』側 ガイア(どっかのならず者)ぬっ殺し計画発動され中 カーティス(殴りっプリ) コール(ボンゴンアサシン)←参加? ギルマスは女アサシンらしい。 今回出てきたエリック君は某シリーズに出てくるヘタレアコ君と同一人物です。 ファクトは今回が初登場。まぁ…どういうポジションかはお察しくださいという事で。 |