俺が工場に入ろうとすると、中から人の声が聞こえてきた。 「掌を見せて」 「掌ですか?」 聞き覚えのある落ち着いた声と、おそらくまだ年若い少年の声。 音を立てないようにこっそりと扉を開け中を覗くと25・6ぐらいに見える灰色の髪のブラックスミスと、おそらくこれから冒険者の仲間入りをするのだろう少年が向かい合うように椅子に座っていた。 ブラックスミス…ソラさんは少年の掌をじっと見詰めて黙り込む。 これがソラさんの製造やり方だった。その人にあった武器を製造するためにする儀式のような。 時折自分の指で相手の節を測りながら15分もした頃だろうか。 「うん…」 ソラさんは握っていた手を離しそのまま少年の頭に手を置いて微笑んだ。 柔らかなその微笑みはホニャンと力の抜けるような笑顔で。 「明後日にまた来なさい。ショートソード作っておきますから」 「ありがとうございます!あ、お金…」 慌てたようにズボンに手を突っ込む少年に片手を上げて笑う。 「いいよ。代金なら君のお父さんからもらってますから」 「父から…?」 少年はちょっと戸惑ったようだったが、ソラさんはそれ以上は何も言わずに相変わらずの笑顔を浮かべていた。 そのなかにどこと無く影を見て俺は反射的にドアをノックした。 「邪魔するぞ」 「おや〜……バーン君」 俺に気がついてまた一段と力の抜けたような表情になる。 これが曲者なんだ。 本心が見えない。 「うわぁ!ナイトだ!!!」 少年の歓声に心持顔を下げると、満面の笑顔で握り拳まで作って見上げてくる。 「俺も将来立派なナイトになりたいんです!俺の死んだ父さんもナイトだったから!」 希望に満ち溢れた笑顔に好感を持ったが、その前に彼が口に出した言葉に引っ掛かりを覚えた。 死んだ父親? 「そうですか…頑張ってくださいね」 ソラさんはよしよしと少年の頭を撫でてやる。 元気良く返事した少年は気がつかなかっただろう。 ソラさんの表情に隠された寂しさを。 ANGELIA 「もしかしてあの子、ソラさんが前にいたギルドのメンバーの子供だったり?」 「あはは。さすがバーン君には隠し事もできませんねぇ」 少年が帰った後、そいつが座っていた椅子に座りソラさんの入れてくれたお茶を飲みながらじーっと目の前のブラックスミスの顔を見る。 …隠し事なんて山ほどあるくせに。 というか、俺はソラさんの過去ほとんど知らねーけど。 知ってるのは…昔彼がいたギルドはもう存在しないこと。 それと、ソラさんが唯一の生き残りだって事。 「なんですか?」 「さすがに人間30年生きると誤魔化し方も堂にいってると思って」 そう言ってみれば年を気にしているソラさんは案の定ショックを受けてどよーんとした空気を背負いながら椅子の上でひざを抱え込んでテーブルにいじいじとのの字を書いている。 「どうせね…、どうせね。僕も三十路になりましたよ。えーえーおじさんですとも。二十歳のバーン君のようにぴちぴちしてませんとも」 「十分ぴちぴちしてんじゃん。童顔だしさ」 そう言うと目だけ伺う様にこっちを見てくる。 「……若いですか?」 「若い若い」 そう、今年30になるというのにこの親父は見た目は俺よりちょっと上ぐらいにしか見えない。 きっとそれは彼が良く笑うからだと思う。またふにゃんと笑って抱えていたひざを解いた。 これでも知る人ぞ知る凄腕の武器製造人だというのだから世の中わからない…。 「時に、ラン君はお元気ですか?」 「ラン?昨日またこの町から逃げ出そうとしたくらい元気だよ。カプラさんの所まできてカイに捕まえられてたみたいだけど」 おそらく今ごろ御仕置きとか言いながらカイがランを押し倒してる頃ではなかろうか。さっき今夜は宿には戻ってくるなと『耳打ち』送ってきたし。 「またですか。これで7回目?」 「いや、3日前にクローキング使って逃げようとしたの合わせると8回目」 その時はすれ違いざま脇から抱き上げられてびっくりしたとか。 というか、スキル使ってまで逃げるアサシンを捕まえられるプリーストっていったい…。 幼馴染の底知れなさをまざまざと感じた一件だった。 しかし、逃げ出そうとするたびに押し倒されていたらラン身ももたないだろうに。 実際、『逃げ出す→捕まって→御仕置き(丸一日)→動けない(丸一日)→回復して逃げ出す』を1ヶ月の間に8回も繰り返している。 「逃げる距離は徐々に長くなっていってるんだけど、カイの方が一枚上手だね。だけどなー…ランの素早さは天下一品だぜ?よくあのカイが見つけられるよな」 「あはは〜。ただ逃げるだけじゃ逃げ切れないですよ。目印ついちゃってますから」 「目印?」 なんだそりゃと首をかしげるとソラさんはくすくすと笑って自分の鎖骨あたりを指でとんとんと叩いた。 うーん、相変わらす綺麗な鎖骨…。 ちょっとどきりとしてしまう。 「聖職者の気を受けたクルスは無くしても持ち主にはどこにあるのかわかるんです」 初耳のそれに俺は驚いた。そして納得する。 いくら気に入った人間にとはいえあの悪魔のような策略家が何の理由も無く物をやるわけが無い。 「猫に鈴?」 「うまい事言いますね、バーン君」 そう言って二人顔を見合わせて笑う。 「どーりでなー。あの人でなしが形見のクルスをやるから何考えてるのかと思えば」 「人でなしとはひどいですね。カイ君おもしろくていい子じゃないですか」 その善意的な意見に俺は顔が引きつる。 「ソラさん!あいつは鬼!いや鬼でも生ぬるい!!!聖職者の仮面をかぶった悪魔だ!!!! この間だって今にも死にかけている俺にヒールもかけずに一人セイフィティウォールの中で俺のこと笑顔で眺めていたし、毒をくらっても解毒一つしないし!まともな支援一つせずに、ホリーライトとマグヌスエクソシズムで前線に出るプリーストなんて俺は他に見たことねぇよ!!」 「あはは。本当、おもしろいですよねぇ」 「あいつと組むたびに俺は確実に寿命が縮んでる…」 うう、いろいろ思い出して胃が痛い。 きりきりと痛む胸を抑えていると、ぽんぽんと頭を撫でられた。 「でもカイ君は感謝してると思いますよ?史上最年少でマグヌスを会得するまで、彼はいろいろなものを犠牲にしてきてますから。マグヌスも一般向きな能力でもありませんしね。臨公してももう一人プリーストがいなければ彼の力も半減しますし」 たしかに。マグヌスを優先して取ったスキルではまともな支援レベルはない。 パーティが大規模になるほどそれは浮き立つのだ。過去にそれで痛い目を見たこともある。 「カイ君は君に甘えてるんですよ」 「…それでも、あいつヒールだって速度増加だってキリエだってかけてくんないんだけど?」 血の涙を流さんばかりにソラさんに訴える。 「俺の方が身長あるからって、目ざわりだってホーリーライトはぶつけて来るし、倒れれば踏みつけてくるし!」 「あー…」 実際ソラさんも含めて三人で炭鉱に行った事があって実際にそれを見てるのでソラさんもそれ以上言えなくなっている。 「で、でもほら。本当に危なくなったら助けてくれますしね!」 「ほとんど瀕死の状態でやっとね。壁が無くなるからじゃないかと思うけど」 そしてまた沈黙に陥る。 「……………一つ聞きたいんですがそんな彼とどうして今まで組んでこられたんですか?」 「ただの腐れ縁」 ただの腐れ縁。 それでも、この言葉には本当にいろいろな過去が詰め込まれていてソラさんもそのほとんどは知らない。 それでも唯一つだけ確信の事実だけを知っていた。 カイの生まれのこと。 『…人の気以外のものを感じます』 カイの武器を作ってもらうために3年前始めてこの工房を訪れた時にカイの手を見てソラさんが言った言葉。 それ以上は何も聞かずに武器を作ってくれた彼を俺は信頼している。 きっとそれだけでなんとなくわかっているのだろう。 カイが退魔の十字マグヌスエクソシズムにこだわる理由も。 人の世界では珍しい紫の瞳の意味も。 「それでも…あいつが頑張る気でいるんだったらさ…なんとかしてやりてーんだよな」 ぽつりと言ったその台詞にソラさんが持っていたカップをテーブルに置いて俺を引き寄せた。 「本当にいい子ですねぇ…バーン君は」 ぽんぽんと背中を叩かれる。それに父性を感じてくすぐったくも思ったが目の前にあるおいしそうな鎖骨に手を伸ばした。 「実はあんまりいい子でもねーんだけど?」 そろっと撫でて顔を見上げればあっけに取られたようだったソラさんがホニャンと笑う。 「じゃ、僕はこれから剣を打たなければならないのでこれで」 そしてすたっと身を翻す。 「ああああーーーー!!!!どうせ打つのは夕方からだろ!!?」 慌てて逃げるソラさんを追いかける。 部屋の中をばたばたと追いかけて角に追い詰めた。 「む、無理強いはいけないと思います!!!」 「ソラさんをその気にさせるまでがんばります!」 口調を真似て返し、両腕を抑えて彼の鎖骨に首を埋めた。 もう、ここで犯してやる〜! さっきからむらむらとしていた俺はまずさっきからおいしそうだった鎖骨を味わう。 そんな鬼気迫った俺にソラさんが声をあげる。 「それに、もう一本頼まれてるんです〜!!!!」 それって武器製造? 「本当に!!?また、うそだったら承知しねーぞ!?」 過去にうそつかれたことがあったのでそんな事を言う。 「本当ですって!!!ラン君に作ってあげるんですから!」 「………ランに?」 そう問い掛けながら俺はソラさんのはだけたシャツの隙間から手を差し入れる。 さらりときめ細かい肌が指に馴染むまで撫でる。 そういえばさっきランの話を降ったのはそれでか? 「カイ君に頼まれたんですよ。彼が持っていたジュルを修理できないかと」 俺に隠れてそんなことしてたのか。相変わらず行動が早いというか。 ソラさんの手が一生懸命俺の腕を押しのけようとするけどがっちり回しているのでびくともしない。 ちゅっと音を立ててキスすると、ソラさんの青い瞳がぎゅっと閉じられた。そのまぶたにもキスする。 「ああ、相違や拾ってきてたっけ。…真っ二つだったけどそれでも修理できんの?」 口だけは動かしながらそっと触れ合わせるだけのキスを繰り返す。 「あれは無理です。形だけ戻してもカードの効果はもう期待できないに等しい。それに…あれはもう妖刀の域にあります…だから…っ…バーン君、ちょっとっ…んっ」 深く唇を合わせて抵抗の言葉を封じて、片手で細い腰を抱きながらもう片手で胸のかざりを擦りあげる。 「んっ…だ…めですってっ…」 ここが弱いくせに熱い吐息を吐きながら懸命に耐えているソラさんに、 「妖刀って何?」 何もいかがわしいことはしてないとばかりに唇を離して濡れた唇をぺろりと舐める。 それでも指のいたずらは止めない。 ぴくぴくと震える体をもてあましながら頬を赤く染めるソラさんの頬にキスする。 もうすでに半分上着は落ちて腕に引っかかっているだけになっている。 後もう一息か。 「…人と人以外のものの血を多く吸い過ぎると、刀にまれにですが気が宿ることがあるんです…んっ…そうなると今度は持ち主がその気に当てられて…狂うことが…。だから、あれは折れて良かったんです…っ…だから、新しい武器を…っ」 「ふーん…さすが、ソラさん。よくそういうのわかるよね。」 笑みを浮かべながらもう一度唇にキスを落としながら彼のズボンの中に指を差し入れ…ようとした。 「!!!!!!ーいいかげんにしなさーい!!!!!」 ピピピピピココココココオオオン!!!!オンオンオンオン・・・ とたんに頭に殴られたような衝撃と情けない音に地面に付した俺は、一瞬真剣に気を失った。 「い…いってーーーー!!!!」 頭が揺さぶられるような衝撃がまだ続いている。 頭を抑えて蹲ったまま目の前の恋人を見上げればその手には子供が振り回すようなオレンジ色のピコピコハンマーが。 それを両手に抱えたソラさんが顔を真っ赤にして怒っていた。 あ、涙目になってるのがまたかわいい。けど怖い。 「いいかげんにしなさい!!!僕はこれから仕事だっていってるでしょう!!!!!」 「いったー…ソラさん、それ何…?鉄板入ってねぇ〜…?」 「僕特性の+10ピコピコハンマーです!こういう時のために作っといたんです!」 「+10!?」 なんてくだらない+10武器か。 世の中の冒険者達が喉から手を出すほど欲しがっている最高精錬強度をこんなもので…。 きっと世の中で一番情けない+10ハンマーに違いない。 それでもさすがの威力にやる気もそがれてしまった。 こっちに背を向けてぷりぷりと怒りながら服を直すソラさんの肩にそろりとあごを乗せる。 「ごめんなさい」 こういう時は素直に謝らないと、ソラさんはしつこく引きずるのだ。 「……本当に悪いと思ってますか?」 「はい」 「もうしませんか?」 「………………………」 「その沈黙は何です」 「だって俺ソラさんが好きだから。目の前にいて何も思わないほど枯れてないし」 「………………」 今度はソラさんが黙ってしまった。 だがそれは悪い意味ではなくて。 背中からそっと包むように肩を抱いた。 そうすると俺より一回り小さな彼がすっぽりと腕の中におさまる。 「はー…でもちょっとあいつらに当てられたかも。なんかもー新婚さんみてーなんだもん。…でも、うん。子供のような真似してごめん」 「………」 ソラさんはしばらく黙った後、腕の中で身じろぎして向かい合わせに見上げてきた。 「ちょっと屈んで」 「?」 それに不思議に思いながら少し膝を曲げる。 すると長くは無い髪を掻き上げられてソラさんが少し背伸びする。 そっと額に唇が当たる。 思わず赤くなる俺に彼はくすりと笑った。 これはおわびのつもりなのだろうか。 …ちくしょう。このオヤジ、かわいすぎ。 けして不快ではない敗北感を感じながら彼に寄りかかる。 「ラン君の武器を作り終わったら、しばらく暇になりますから」 「!」 それはその時だったらOKってことだよね! 「本当にっ!?」 喜びと共にぎゅーっとそのままソラさん抱きしめて膝を伸ばす。 足が中に浮くことになったソラさんは腕の中で慌てていたが、がっしり捕まえて離さない。 「わかりましたから、離してください!」 「〜♪…あ、じゃあ、蜂蜜は冷蔵庫に入れて置こうっと♪」 「……蜂蜜?」 俺はものすごく浮かれていて。 製造期間中は絶対にさせてくれない恋人のめったに無いお誘いだったから舞い上がっていたのだと思う。 そしてこのとき大きな失敗を犯すことになるのだ。 「ソラさんいくら慣らしても辛そうだからなんかいいもの無いかなっていってたらカイが意外と良かったって、一瓶くれたん…」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」 真っ赤になったソラさんがオレンジ色のピコピコハンマーを振りかぶったのを見たのが最後だった。 「そんなものいりませーん!!!!!」 ピピピピコピココココココオオオン!!!!オンオンオンオン・・・ 暗転。(合掌) …後編続きます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 切りが良かったのでちょっと前後編に分けることにしました。一気に書けなくてすいません。 そしてまだ引きずるか…蜂蜜ネタ。 バーン君は大型犬のイメージで。AGI重視バランス剣士。散々非道目にあってるので打たれ強くなってるけど支援が無いもんだから戦闘中はやられる前にやれ精神が染み付いている。。 大好きな人にはしっぽ振りまくりの襲いまくり。身内には甘く情を捨てられない。こんな彼ですから悪魔神父と付き合ってられるんです。結構頼れる男です。 然し実はペコペコに乗れないという裏設定があります。(情けないよ…) ソラは思いっきり製造型。 外で物売ってるときの商人って何か空見上げてボーとしているイメージがあって。 朝座って気がついたらもう夜で。今日も気持ちいい昼寝ができたと帰っていく、そんな商人一人くらいいるだろう(いないいない)と作ったのがソラさん。ボケーとしてるから戦闘にむかず、製造型になったらしい。でも天職だったと。 顔は童顔ですが人生経験豊富な30歳。そして受け。 三十路受け〜!!!!!年齢差10歳のカップル〜!!!!(W萌) ……すいません、実は大好物です。(仲間求) |