プロンテラは、俺が前に住んでいたモロクやこの間までいた所より明るくて、人の笑い声が絶えない町だった。
正直自分が今、こんな所を歩いているという事が不思議でならない。


カイが連れ出してくれたこの場所は、正直まだ自分には居心地が悪くて、自分の居場所ではないような気がしていた。







ANGELIA







俺は慌てて振り返り、視点を下に落した。

キャンキャン!

そこには灰色の小さな仔デザートウルフがいた。
俺が止まった事で、小さな狼…ウルフもしっぽを振りながら見上げてきた。
それを確認してほっとする。
身に付いている習性で、気配を完全に消して歩いていたからはぐれたかと思ったのだ。露店が多く出ているこの町は人も多い。
そう言えばこいつは犬以上の能力を持つ魔物だ。嗅覚もそれ以上に優れているのだろう。

カイがくれたこのデザートウルフの子供は、俺が止まった事をいいことに足にしがみ付きよじ登ってこようとした。
こいつはいつもそうだ。何が面白いのか小さな体で一生懸命爪を立てて俺の体に張り付いてくる。
このまま歩けばたちまち落ちてしまうだろう。俺は黙って、白くふかふかした腹に手を差しいれ、救い上げるようにしてこいつがいつも定位置にしている肩に乗せた。すると首と肩当ての間に綺麗に収まる。
そこにぴたっと張り付いて、ウルフは満足そうに小さく吼えると口をあけてぺろぺろと俺の頬を嘗めた。

……こいつは何故こんな事をするんだろう。ざらざらした舌が当たるたびにくすぐったい。

犬は嬉しいとしっぽを振る。だから今小さなしっぽをパタパタと振っているこいつは喜んでいるのだと思う。だけどそれがなぜか分からない。
こいつは何故一生懸命顔をすりつけてくるんだろう。


くすくすと笑う声と視線に気が付いて顔を上げた。

通りすがりのモンクとウィズの女の二人組みと目が合った。途端に彼女等は顔を赤らめて、何か相手と言い合いながら慌てたようにいなくなった。

……何故。

一度気が付くと急に周りの視線が気になりだした。顔を向けずに気配で計ると、気のせいじゃなく少なくとも5人ばかりに見られていた。ちらちら見ている人間もいる。
その事に気付いた途端に居心地が悪くなった。物心ついた頃から人に知られないように、時には殺す相手にも気が付かれない様に任務を全うしてきた俺は、こういった人に見られるという事自体が苦手だった。相手の視線も気持ち悪いが、自分もどこに視線を向ければいいのか分からなくなる。
せめていつもの目隠しをしていれば自分の視線を定める事に苦労せずにすんだのに。生憎あれは今、カイが持っていた。
いつものように気配を消して周囲の視界に入らない様に歩こうにも、肩の上のこいつの気配がある。
俺だけ消しても無駄だろう。

……面倒だ。 こいつがカイがくれたものじゃなかったらとっくに放り出している。

カイはペットの散歩はご主人の義務だと言った。
犬にとって散歩は必要な事だと言う。
だけどこいつは歩こうとしない。散歩は必要ないということだろうか。
俺は早々に散歩の意義を失って、来た道を戻ろうと踵を返した。
『家』は暖かい気に満ちていていつまでたっても慣れないのだが、少なくともどういう人間がいるかはわかってる。カイも居る。こうして人の視線に晒されているよりましだった。
俺は来た道を戻る事にした。


少し歩いた所で肩口でキュウキュウとウルフが鳴いた。
こいつの考えは分からないが、この泣き声は分かる。
腹が減ってるのだ。
俺はポケットからペットフードと呼ばれる肉を出し、それを小さく裂いて肩の上のウルフに差し出す。前に丸ごとやって肩で大惨事を起こされてからはこうして一口ずつ与えている。
あの時はこの服を即座に洗濯しなければならない程だったのだ。もう、あんな目に会うのは嫌だった。
目の前に出された途端にぱくっと食いついたこいつがすぐに次を催促してきた。何度かそうやって小さく裂いて食べさせて一個分綺麗に食べ終わると満足そうに口を嘗めた。
「……うまかったか?」
その顔があまりに満足そうだったので、つい声を掛けた。ウルフはそれにキャン!と吼えた。
まるで人間の言葉が分かるかのようだ。
だけどそんなはずが無い。人方の魔物でもないこいつが人間の言葉を理解できるはず無い。偶然だろう。

……俺はこの時何も知らなかった。カイがくれるまでペットと言うものの存在も知らなかった。だから、まさか。

「ご主人様おいしかったです〜♪」

「……………!!?!?!!!??」
肩口で感想を言われた俺は絶句し、一歩前に踏み出したままの姿勢でストームガストを食らったかのように固まった。


驚愕。


おそらく今の俺を殺そうと思ったら、即座に殺せる。それくらい隙を見せて固まってしまった。
だがそれも一瞬だけで、我に帰った俺はざっと周囲を見渡した。そしてがばっとウルフを胸に抱え直して、その口を抑え全速力で走り出した。突然のそれに驚いて振り返った奴もいたがそれどころではなかった。

『家』に戻った俺はドアを開けるのももどかしく、開いていた窓の縁に手をかけて乗り越えるようにして中に飛び込んだ。
慌しい音に顔を上げたカイをすぐに捕まえた。

「カイっ!ペットフードが街中で『おいしい』ってウルフが、いきなりっ人が食べて喋りだした!聞かれたかもしれない!」

「………は?ペットフードが……何だって?」

ソファで分厚い本を読んでいたらしい。カイは唖然とした顔で俺の言葉に首を傾げた。
あわあわと自分でもよく分からない状態のまま、ウルフをカイに突き出し、今あった事を懸命に説明する。


人語を解する動物型の魔物なんて世間に知られたらこいつはどうなってしまうだろう。殺されてしまうのではないかと俺はこの時本気で思っていた。
異端のものは殺される。自分もそうだった。
だけどこいつは、俺みたいに人を襲ったり殺したりしていない。
散歩もしない怠け者なのだ。
餌を食べさせれば零すほど不器用で。
機敏さとかも全然無くてきっと人間を襲っても返り討ちに遭うだろう。
だけどこいつは……キラキラした丸い目で嬉しそうに俺の事を見るのだ。本当に嬉しそうに尻尾を振るのだ。
暖かくて、騒がしくて、うっとうしくもあるのだけど。

だけど……俺はこいつを、助けてやりたかった。


だがカイは俺の説明にだんだん引きつった笑みを浮かべだした。
「……?」
ついには口を片手で抑えて体を震せながらソファに突っ伏してしまったのを、俺は呆然と見下ろした。

これは一体どういうことだろう。
肩を振るわせるだけで何も答えてくれないカイに、説明が悪かったのかと詰め寄って何度も事の重要性を訴えかける。だがカイは何かを堪えるようにして俺の話に答えてはくれなかった。
ウルフの命がかかっていると言うのに!元を辿ればこいつをくれたのだってカイなのに!
俺は攻めるような目でカイを見た。

「えーと…ラン君?…デザートウルフの子供は知能が高くて、愛情を持って接してやればこうして話してくれるんですよ」

躊躇うように聞こえてきた声はソラと言うBSのものだった。振り返った先に困ったような顔した騎士のバーンがいた。そしてその腕の中に庇われるようにしているBSのソラが顔を覗かせている。
まるで何か襲撃を受けたかのようだったが、俺はそれよりもソラが言った言葉が気になった。
「……話す?」
「ええ。それにこれからも色々話し掛ければ、その分たくさんの言葉を話すようになります」
……喋る?おかしくない?話してくれる事が普通なのか?
じゃぁ、こいつが殺される事もない? だけど、カイはそんな事一言だって教えてくれなかった。

……そして俺は漸くカイが笑っているという事に気が付いた。

きっとカイはこうなる事を分かっていたに違いない。そして今俺がみっともなく慌てていたのを見て笑っているのだ。
かぁぁぁぁっと顔に血が上る。

カイはやっぱり意地悪だ!

ウルフを片手に、言い様も無いむず痒さに文句をいう事も出来ずにいた。だが沸くような腹立たしさが一気に湧き上がる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
ウルフを放り出すように下に下ろして、カイの胸をどんどんと何度も叩く。
こんな事をするのは初めてで、カイも驚いたように片眉を上げた。が、全然余裕の表情で、笑いながら両手でガードしていた。悔しい。
「ごめんごめん。ランがあんまりにも可愛いから」
可愛いと言う言葉は俺には当てはまらないような気がしたが、カイの目は優しくて温かい。
それに思わず許してしまいそうになって、ぎゅっと唇をかんだ。黙って目だけで非難する。
「俺が悪かった、ごめん」
腰に腕が回された。引き寄せられるようにしてカイの顔が近寄ってきた。
これは分かる。 キスしようとしている。 それで誤魔化そうとしているんだ。
だけど俺も少しは学習しているのだ。
もう少しでキスされそうになった瞬間に、予め拾い上げていたウルフをその顔の前まで上げた。
ウルフにぺろりと嘗められたカイが驚いて顔を引く。腕の力が緩んだ。
するりと柔らかな檻を抜けて俺はカイの腕の届かない所までバックステップで下がった。

絶対誤魔化されたりするもんか。

むうっと歯を食いしばってカイを睨んだ。
こういう時どうすればいいのだろう。
何か言い返してやりたいけどそんな言葉が見つからない。
どうしよう。ここに居たいけど居たくないなんて、そんな矛盾を考えるなんて自分が自分じゃないみたいだ。
「ラン?」
カイの声に焦りが生まれる。
逃げるとは思わなかったみたいな顔されているのが悔しくて、思わずべーっと舌を出した。
出してしまってから、はっとして慌てて踵を返した。
怒られる!!
そのままカイが何か言う前に入ってきた窓を飛び越えて、逃げるように外に出た。顔なんて見れなかった。
「あ!ドアから出ろ!ドアー!」
背後からバーンの声が飛んできたけど聞こえてなかった。
行く当てなんて無いから、真っ直ぐにひたすら全力で走った。腕の中のウルフがキャウっと鳴いたが、それすらも自分は聞こえていなかった。


町からちょっと出た茂み辺りに隠れるように身を潜めて息を整えた。腕の中でもぞりと何かが動いて、そういえばウルフを抱きかかえていたのだと今更ながらに思い出した。慌てて体から放して地面に下ろす。
けふけふと咳をしたが、どうやら潰さずにすんだらしい。
ほっとする俺をウルフは心配そうに見上げてきた。
「ウルフ、喋らない…方がいいですか?」
「……」
どうなんだろう。ソラが言うようにこれが普通の事なのだったら別に喋る事は良いのではないかと思って首を横に振る。
俺が知らなかっただけだし、ソラが言う通りなのだとしたら悪い事ではないのだろう。
「ウルフ好き。御主人さま好き!」
膝を付いていた俺の太腿に手を乗せて、またパタパタとしっぽを振る。
「……好き?」
カイからよく言われるようになった言葉をこいつからも聞くとは思わなかった。
「好き!ウルフ、御主人さま好き!」
何故だかさっきまでの苛立ちが綺麗に消えていき、代わりに胸がほんのり温かくなったように感じた。カイから言われる好きという言葉とな何だか違う気がした。カイの「好き」は心が痛くなるから。
「…ラン」「ワンっ?」
「ラン。俺の名前。ラン。ご主人じゃない」「ワン!」
「ラン」「ファン!」
「ラ・ン」「ラ・ン!」
ちゃんと言えた事を分からせるように、ぽんっと頭に手を乗せて撫でる。
目をキラキラさせて、飛んでいくのではないかと思うくらい尻尾をいっぱいに振って擦り寄ってくるのを見ると…やっぱり胸が温かくなった。暗殺者には表情はいらなかったから、俺は笑うと言う顔を自分では出来ないけど、だけど今俺は笑ってると思う。
「ラ!ン!嬉しい!ウルフ嬉しい!」
腕をよじ登って顔を嘗められる。嬉しい?…こいつが?
「何故?」
「ラン、好きだから!ずっと一緒にいたいですっ」
好きだから?嬉しい?
見ればまだパタパタとしっぽを振っている。じゃあ、これも好きだからという事なのだろうか。そして好きだから傍に居る?
……契約じゃなくて?
「あ、そうか。餌やるからか」
契約が餌なんだと思って口に出す。
「お腹空いたら悲しいけど、ウルフちょっとだけだったら我慢できるよ?」
「…………、おかしな奴…」
「お菓子?」
「いや……。何でもない」
…どうしてこいつは俺の事を好きだ何て思うんだろう。分からない事だらけだ。


ああ、でも今はそれどころじゃ無かったんだった。
カイに舌を出して逃げてきた時の事を思い出した。
……帰ったら怒られるかな。
どこか矛盾したものを感じながら考える。
会いたくないけど、帰る所はあそこしかない。『家』じゃないくて……カイの傍に。
俺は、カイの剣で盾になるんだって誓ったから。俺が今こうして生きてるのはその約束があるから。
こいつみたいに、好きだからそばにいたいだなんて、言ったらいけないよな…。そんな資格もないし。
なのに俺ってば、カイを叩いたり舌出したり…。
……俺は…何て事したんだろう…。
モロクで契約者にあんなことしたら、厳しい罰が当然のように与えられる。
………罰。
そう思って思い浮かんだのは、夜のことだった。

『おしおき、ね』

カイの声を思い出して、また顔に血が上った。
何かにつれ、カイは俺を抱く。それは何も考えられないくらい気持ち良かったり、泣きたくなるくらい苦しかったりするのも、カイの言う所のお仕置きなのだと言う。そんな罰は聞いた事が無いと言うと「特別な間柄でのみ行われるものだからね」と笑顔でさらりと言われた。……本当だろうか。何だかそれも嘘のように思えてきた。
あああ、だけどここで帰ったらカイはきっとまた変なことする…。そっちの方が今は大問題だった。
でも元はといえばカイが教えてくれなかった事が悪いのだ。
どこか理不尽なものを感じながら、俺はウルフの背中を撫でた。

『ラン』
突然頭に入り込んできたのは、今考えていた相手だった。
びくっと体を震わせて、念の為周りを見る。カイらしき人どころか魔物の影すらも見えない。おそらくまだ家に居て、声だけ送ってきているのだろう。
『まだ怒ってる?』
「…………」
どうしよう。何て言えばいいんだろう。
ああ、吃驚しすぎて言葉がうまく出ない…。どうしよう。
『おーい、ラン。もう昼飯の時間だから一度戻って来い。ランが望むなら今回の罰にカイは飯抜きにしてもいいからさ』
割って入ってくるように聞こえてきたのは、ギルマスのバーンの声だった。ご飯も彼が作る。
『まだ怒ってるんなら、それで勘弁してやれ。な?』
『お前が言う事じゃないだろうが…』
『カイが悪いんだろ。何にも教えないままでそれを笑うなんてさ。ラン。こいつに謝らせたいんだったら、俺が無理やりにでも謝らせるから帰って来い。ほら、この間のココアチョコもデザートに用意しとくから』
『だからお前は口出しするな。というか、いつの間に餌付けしてたんだ、お前』
何だか、大変な事になってる気がする…。というか、何だか餌で釣られてるだけのような気もするんだけど。それってウルフと同じ扱いじゃないか?
「……、カイ。怒ってないのか?」
『怒ってない。笑って悪かった、反省してます。悪意があったわけじゃなくて、戸惑うランがあんまりにも可愛くてさ。さすがにクリアサのAGIは高いね。もう懲りたよ』
そう言ってる声は、さっきの事を思い出してでもいるのか、まだ笑いを含んでいるもので。
つまりそれはからかって遊ばれていると言う事ではないだろうか。
向こうに見えない事をいい事に目を座らせた。
「カイなんて…っ」
大嫌いだと言いかけて、口を噤んだ。
言おうとして始めて、この言葉が恐いと思った。
もし、本気に取られたら。それでカイに嫌われたら。冗談でも口に出せなくなった。
俺は、人に執着すると言う事が無くて、だからカイが初めてなのだ。
好きだとか、嫌いだとか。そういった言葉で相手を表現する事は。
たった一言なのに、それはひどく難しいもののように感じた。
『俺なんて?』
「…………」
『……思った事を言っていいよ。大丈夫、俺はそれでも好きだから』
「違う…カイが思ってる『嫌い』じゃない。そうじゃ無くて」
首を横に振って俯く。
ああ、どう言えばいいのだろう。
『俺の思ってるものときっと同じだよ。ランが今思ってる「嫌い」は痛く無い。むしろ可愛いと思うけどね』
あっさりとそんな事を言うカイは怒ってるとか言う気配はない。
だけど普通にそんな事を言うので。俺の考え方が悪いのかどうなのかわからなくなった。
『嫌い』が痛く無いだなんて、それはどういうことなのだろう。
「……カイの言ってる事…、よくわからない…」
『そうかい?簡単な事だろうと思うよ。ランは俺の事好きだろう?』
「うん」
即答して、その意味に気が付き慌てて口を抑える。もう、遅いというのに。かすかに聞こえてくる声にカイが笑ってるのが分かった。それに俺はまた耳まで熱くなる。
何言ってんだ。俺。言わないって思ったばかりだと言うのに。
がっくり地面に手をつく俺の耳に柔らかい声がまた届く。
『だから、言っていいんだよ。この場合「嫌いだ」と言う言葉は、好きな人に対する「甘え」だからさ。むしろ、言ってくれるようになると俺も嬉しいね』
「……」
そういうものなのだろうか。何だか今日は好きと嫌いが頭の中で混乱している。
ウルフの言う「好き」とカイの言う「好き」とは意味が違うような気がする上に、「嫌い」と言う言葉も単純な意味合い以外のものまで存在するのだと言う。……頭が痛くなりそうだった。

『で、ラン。俺としては早く顔を見たいんだけど、お許しは出るのかな?』
そうだった。悩む前に目の前の問題をまず片付けないといけない。怒ってないのなら戻りたいと思ったが、でも単純に戻るのは癪だった。
「……まだウルフの事で隠してることは無い?」
『隠してること?隠すほどの物もないというか。後は、そうだな…ペットって言うのは、たまごの状態に戻す事もできる』
カイの言葉に俺は驚いて、またよじ登ろうとしているウルフを抱きかかえた。
「たまご?」
『たまごの中で眠るんだよ。中では時間が止まるからウルフもお腹が空くと言う事が無くなる』
それはつまり…。
俺はカイから貰った時のあのたまごを思い出した。ひびが入って、こいつが始めて顔を出して目が合った時の事も。
「……暗い所にまた閉じ込めると言う事?……それ、いやだ」
『閉じ込めるわけじゃないんだよ』
「でも…やっぱり、いやだ」
たまごを始めて触った時、とても冷たく感じた。またあの中に戻るのかと思ったら、こいつが可哀相だと思った。
だって、こんなに暖かいのに。ふかふかしてるのに。目が合った時、本当に嬉しげに吼えたのだ。漸く出れたと言わんばかりに。
それに少しでも黙ってないこいつをあんな小さなたまごの中に戻したらきっと体をどうにかしてしまうだろう。

そして、それとは別に…俺はきっとこいつに自分を重ねていたのだと思う。
ウルフを守るように抱き締めて唇を噛んだ。

『じゃあ、ペットフードは絶やさないようにしないとね』
俺のわがままの理由も聞かずにそう言ってくれるカイに、ほっとして、うんと頷く。
そうだ、こいつの餌代を稼がないといけない。
そういえばカイに会ってから全然狩りに行っていなかった。持っていたTCJは壊れてしまったから、新しい武器が必要だった。今ソラが手配しているのだと言っていたけど、まだ時間がかかるかもしれない。
そう考えて、ふとこういう事って初めてだなと思った。
今までは人を殺したら金が手に入った。欲しかったわけじゃなかったけど、それが報酬だからと。等価交換だと言う人も居た。任務だとも思わずに金も貰わないで殺しをやるのはただの『人殺し』なのだと。『暗殺者』ではないのだと。だから人を殺す理由の為に金を貰っていたようなものだった。
だけど今はウルフの餌を買うために狩りをするんだと思ったらどこか不思議な気持ちになった。
誰かのためにとか思ったのは……、カイやウルフに会ってからで。
本気で生まれて初めての事だった。
そう思ったらあんなに驚かされた事も、何だか、こう胸がもぞもぞとするけど悪い気分ではなかった。

……悪くない。
うん。

「ラン…?」
ウルフが俺の顎に前足を乗せた。それがくすぐったくて、俺はこいつを肩のいつもの定位置に乗せた。
そこで俺はせっかく喋れるようになったのなら、一番聞きたかった事を聞こうと思った。
「そういや、お前。歩かないのか?」
「ウルフ、ランの顔が見える所が好きです!」
「……そうか」

散歩はいいのかという意味だったのだけれど、こいつがいいと言うのなら俺も構わない。
街中を歩くと確かに人目は気になる。だけど。

俺はこいつを下ろそうとか、もう考えなかった。



立ち上がって、カイに声を届けるように青い空を仰いだ。
「今から戻る」
『うん、気をつけて帰っておいで』
空から降ってきたかのような優しい声。
帰って来いと言ってくれる、人。


たったそれだけで、この空が綺麗に見えた。そよぐ風すらも違うものに感じた。
まるで一気に世界が変わったかのようだ。
俺が今までいた世界は、こんなに綺麗な場所だったろうか。
優しいものだったろうか。

それとも俺が気がつかなかっただけなのだろうか。
だとしたら俺はそうと知らずにずっと彷徨っていたのだろうか。


そしてこの世界に漸く気が付いた。カイが連れてきてくれた。


知ったばかりのこの世界は明るくて、騒がしくてまだ戸惑いも確かにある。


だけど俺がこれから先どんな事になっても、この世界にいることが誰かに間違いだと言われても、自分で生きられる場所を選べるなら俺は「ここがいい」と答えるだろう。




「振り落とされるなよ」
「はい!」



これからもきっと……この世界は驚きに満ち溢れている。

高鳴る胸の鼓動を感じながら、確信にも似た思いを抱いて俺は走った。













…AND CONTINUE?










+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 何と申しますか、ランとウルフの心の交流(大笑)を書きたかっただけだったんですけど。 ちなみにランが稼いだお金はおそらく教会に没収されているのだと。魔物狩りしててもドロップ品に興味なかったんでラン君自分の身に付けていたもの以外はまったくの一文無しだったりします。

そしてラン君の危惧していた事ですが…怒るどころかカイさん「か……かわいいーっ…べって…し、舌…っ」とか言って大笑いしてそうですが(あんた誰ですか)。 ラン君の反抗期?癇癪?カイにからかわれつつちょっとづつ成長しているようです。やられっぱなしじゃ無いけど、怒られるのもいや。うーん。ペットを使った情操教育の成果が出てるなぁ……。









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