「あれ?…ディオさん?」

バーンは玄関のドアをあけて、そこに立っていた人物に目を丸くする。
まさかこの町に戻っているとは知らなかった俺も、その後ろで読んでいた本を閉じた。

「やぁ、バーン。久しぶり。ようやくプロンテラに戻ってこれたから、挨拶に来たんだけどカイはいるかな?」

そこにいたのはプリーストの法衣を纏っている青年だった。色素の薄い肩まである髪を軽く横に流し、穏やかに微笑むその口元にはほくろが一つ。顔には横長のめがねがかけられている。
見る者に中性的な印象を与えるプリーストだった。
「カイなら中いるけど。うわー、久しぶりだねー。俺ちょっと出るんだけどさ、ゆっくりしていってよ。今度またモロクの土産話聞かせて」
「おや。恋人に会いに行くのかい?相変わらず仲のいい事だね」
くすくすと笑うディオに、嬉しげに歯を見せてバーンは外に出た。
そして入れ替わるようにディオは中に…入らずに走っていくバーンの後姿をうっとりと眺めていた。

「あいかわらずいい尻してるなぁ…。あの腰、尻。ああ…突っ込みたい…」

何をだ。

「……いっそモロクの土になってしまえばよかったものを」
見も蓋も無い戯言を昼間の路上でぼやく招かざる客に眉間にしわを寄せて、俺は玄関のドアを閉めようかと手を伸ばした。だがぎりぎりでディオは家に入ってきてしまった。
相変わらず、何考えているかわからない胡散臭い笑顔を向けながら片手を上げる。

「やぁ、カイ。君がモロクで私に無理難題吹っかけてきて以来だね」

この男はモロクの教会で司祭長をしていた男。そして、ランの事で一骨折ってもらった人間でもあったのだ。

名前をディオ・クレスという。










ANGELIA〜裁きの天使〜








俺は何も言わずにテーブルの上にチェスボードを一つ用意した。
それを挟むようにディオと向かい合い座る。元は軍隊を模して作られたと言うチェスメン(駒)は白と黒で互いに振り分けて並べる。
「バーンは相変わらずだね。恋人とはうまく行ってるようで何より何より。ついでに一回でいいから私ともお付き合いしてくれるとありがたいんだけどなぁ……。性格と言い、体格腰尻何もかもが完璧私のストライクゾーンなんだ」
「そういう事は本人に言え」
「やだなぁ、カイ。そんな事言ったら、バーンの私を見る目が変わってしまうじゃないか。彼との会話は心の潤いなんだから……まぁ、無理強いも嫌いではないんだけどね」
ディオはカラカラと笑いながら最初のチェスメンを進めた。
「と言うか、好きなんだろうが」
「あ、誤解してるね?私はね、自分を襲ってくる人間を返り討ちにしているだけなんだよ?プリーストだから非力だろうと下卑た想像を張り巡らせながら私を襲い蹂躙しようとしてくる男達が、逆に私に組み敷かれた時に浮かべる驚愕の表情、悲鳴、その姿を見ながら犯した時の快感。……はぁ…いいよねぇ…」
うっとりと恍惚の表情を浮かべながらうんうんと頷くこいつに、鳥肌が立つのを懸命に堪えながらチェスの駒を動かした。
「男相手に見境無くよく立つな」
「別に入れるものは一つと決まってるわけじゃないだろ。私にも選ぶ権利はあるよ」
「……………」
それはあれか。
机の中に入っていた怪しげな収集品がその役目を果たすと言うわけか。
優しげな微笑を浮かべているこの男はこの優男の風体で、とんでもない趣味を持っている。
荒くれ者の多いモロクではさぞかし痛い目に会った人間も多かった事だろう。 この男に弱みを握られてしまえば、きっと死ぬまで脅しを掛けられる。 そして広げたこいつの持つ情報網を使えば他の脅しのネタにも困らない。
モロクでも一体どんな手品を使ったのやら、俺がランの事で訪ねた時などは一日でランの素性と一族とを調べ上げ、また次の日にはランはこの世から消えて別の生まれを持った同じな前の別の人間として冒険者に登録されていたのだ。
もちろん戸籍偽造は犯罪だ。公に知られれば、ディオも俺も重罰に処せられるだろう。
だが、俺はランを手に入れるために。
ディオは俺に借りがあるために。それをやってのけたのだ。
もちろん後で調べられて困るような痕跡などこいつが残す事などあるはずが無いが。

「私はね。どっちかっていうと女性が好きなんだよ〜」
そう言って駒を進める。
「どうだかな」
確かにちらほらと女の陰もあった様だが。
付き合う女はどちらかと言えば体が魅惑的だと言うわけでもなく目立つような容姿でもないのが多かった。

『男が皆ボンキュッボンのXラインを好きだと本気で思ってるのかい?自分に自信を持ってる女は好きだけど、性格が悪いのが一度気に障ると毛虫以上に不快にしか思わない。多少コンプレクスを持っているくらいの女性がいいんだよ。優しい言葉と程よい刺激と愛情。それで花がほころぶ様に変わっていく姿を見るのが好きなんだ。心優しい女性は幸せにならなくてはいけない。……でもどうしてか結局最後には私の方が振られてしまうんだよなぁ…』

それはお前が本気で愛していないからだろうと言えば心外だと不貞腐れてみせる。
だがこいつは、俺以上の人間不信なんじゃないかと思うのだ。基本的に他人を信用していないのだろう。歪んでいると言う表現が一番合うかもしれない。
代々プリーストの家系に生まれ、現大司教の孫と言う位置にいながらも、けして幸せそうには見えなかった。
どういう育ち方をすればこんな性格破綻者が出来るのか反面教師として教えて欲しいくらいだ。


つい最近までこの男を見るたびに思っていた。
こいつが本気で人を愛する事なんて出来るのだろうかと。
先日モロクに行くまでは。


「…そういやお前のいつも後ろに張り付いていた騎士はどうした。とうとう愛想尽かれたのか?」

モロクに行った時、こいつに付き従っていた騎士。
正式な騎士階級貴族の出らしく、黙って立っているだけでも印象的な男だった。
そしてディオが唯一自分の周りにいることを許している人間だった。

「………………撒いて来た」

頬杖をついてこつんと少々乱暴に動かされた駒に、眉を潜める。
「命を狙われている事もあるというのに、ボディガードを撒く奴があるか。今頃探してるんじゃないか?」
「いいんだよ。あのトウヘンボク。せいぜい青い顔して走り回ればいいさ」
不貞腐れたようにそんな事を言って、8×8の戦場を見下ろす。
この女王様はどうやらご機嫌斜めのようだ。
こんな男に振り回されることになったあの騎士に内心深く同情した。
「忠誠も剣の腕も捧げられているんだろう。そこまでされておいて何が不満だ」
「体をくれない」
あいつだったら下でもいいんだけどなぁ…などとぶつぶつ言ってる。

バーンのようにそこら辺にいる冒険者の騎士ではない、正式な騎士の忠誠は神聖なものだ。
どういう経緯かは知らないが、こいつはあの騎士から剣を捧げられていた。
身命を尽くし、力を尽くし、精神を尽くして、生涯離れず主君に守護と敬愛を捧げるという神聖な契約。
この誓いを破る事あれば、剣を持つ指を、時にはその腕を落とす事も過去にはあったのだ。
今は無き過去の儀礼に則ってされた誓いはそれだからこそかなり重い。
する方ももちろん、主君に選ばれた者は騎士が死して後も心に名を刻み、その命の重みを背負う事になる。

双方共に覚悟のいるこの誓いをされておいて、それでも尚この男は俗物だった。

「……教会は何故お前のような人格破綻者の上に人生快楽主義者をプリーストにしたんだろうな」
忌々しく教会のプリーストの査定基準に文句をつけると、ディオは意外だと言わんばかりに片眉を跳ね上げた。
「私が有能だからだよ」
さも当然と言わんばかりに言い切る。
「何を驚く事がある?広い世界には悪魔の血を引いてるプリーストもいるだろう。表立って教会に刃向かう事無く、従順にしていればどうしようと構わないのさ。たとえそれが偽りの姿だとしても、幸いかな、我等の神は寛容に出来ている」
「………奇麗事だけで人はまとめられないとでも?ルールはある。それに外れれば削除される。ただ例外を例外として認めることもしなければこの世はあっという間に破綻してしまうと、そういう事か。」
「だから上に立つ人間は度量を試されるのさ。今の大司教がいい例じゃないか。君をこうして牢にも入れずに放し飼いにしている」
「………」
それでも冒険者カードを介して俺の行動は教会に把握されているのだ。いつか俺の中の血が目覚める時、即座に『処理』出来るように。……飼い殺しとはよく言ったものだと思った。


チェス板の中の攻防に二人して黙り込む。
暫く駒を動かす音だけが室内に響く。
「……こっちに正式に戻るのか?」
「ああ、ようやくね。兄達はまた他の所に飛ばすつもりでいたんだろうが、先に手を打った。まぁ最も、難しい任務を任されてね。兄達は私がいつ失敗するか手ぐすね引いて待ってるよ」
そう言って一駒動かす指は迷い無く板の上を叩いた。
「そのうち叩き落してやるさ」
口元に物騒な笑みを浮かべて盤上を眺める。
もしかしたらこいつには未来の兄達の姿が見えているのかもしれない。
それがふっと消えた。きょろきょろと周りに視線を送りながら、
「…時にラン君は元気かい?見ないけど」
「散歩だ。戻ってくる前に帰れよ」
「やれやれ、嫌われたもんだね。ラン君の戸籍簿や冒険者登録の改竄やら、これでも結構大変だったんだぞー。一目だけでも見せてくれてもいいじゃないか。カイの友人として紹介してくれてもいいくらいだ」
「誰が友人だ。誰が」
「冷たいね、君は」
俺が鳥肌立てているのを気にした様子も無く、ディオは椅子の背凭れに背中を預けた。
そしてなんでもないようにふっとその手首を翻した。
ひゅっと空を切る音。
こっちに何か鋭い何かが投げられたと思った時には、それはここにいないはずの第三者の手によって受け止められていた。
「ラン」
それ以上の行動を止める様に声をかける。

即座にディオの喉元に彼の投げたナイフを突きつけていたのは、今話しに上がっていたアサシンだった。

波のない朱色の瞳で無表情のままディオを見下ろすランは、俺が声をかけなければ即座にこの男の首を落としていた事だろう。
ランを見上げるディオの楽しげな表情を見て、それも良かったかもなと本心から思いつつランに声をかける。
「おいで、ラン」
俺の声に視線だけを向けて、意識だけはディオに向けている。
完全に消された殺意が、冷たくその目に宿っていた。
「お前の手を汚す事は無い。…それにこいつのはタチの悪い悪戯だから」
「そうそう、ちょっとね、君を見てみたかったんだ。いやぁ、話以上に美人だね。目の保養だ。ちょっと怖いけど」
ディオは自分の首が掻き切られるかもしれないというのにカラカラとのんきに笑っている。
それにランも俺を見て、ナイフを持ったまま下がって、俺の後ろに付いた。足音すら立てない。
そうしてランから渡された切れ味の良さそうなナイフに眉を顰める。
「聖職者は刃物厳禁じゃないか?」
「おやおや、それじゃあ聖職者は包丁も握れないって事かい?大丈夫、儀礼用に聖別したものだ。よければあげよう。使ってくれ」
ナイフを突きつけられた所を指で摩りながら、お菓子でもくれるような気軽さで言う。
もしランがいなければ、俺は死んでいたんだがなと思いつつ、それを言えば「教会にとってはそっちが良かったかもね。面倒が無くなって」と笑うに違いなく。
そう考えれば怒る気にもならなかった。
…………俺はどうしてこんな奴と腐れ縁を続けているのだろうかとため息をついた。

ナイフをテーブルに置いて、代わりに駒を持つ。
後ろに立ったランはさっきまでと同じように綺麗に気配を消して俺の後ろにたたずんでいる。
今度ディオが何かすれば、今度こそ腰から下がっているカタールが黙ってはいないだろう。
空気のように周りに溶け込んで、ランに上げた十字から感じられる波動が無ければ彼の存在を感じ取れる事は出来ないくらい、彼の隠遁術は完璧だった。それをディオは楽しげに見ている。さっき殺されそうになったというのに、暢気なものだ。
「姿は見えるのにここまで綺麗に気配を消されては、本当に存在しているのか疑問に思うね。われわれが召還する天使のようじゃないか。なぁ、カイ」
くすりと口元に笑みを浮かべてディオは目だけは真剣に俺を捕らえた。


「それとも君にとっての裁きの天使か?」



密かに俺がランを手元に置く理由を察しているのだろうディオに、答えは返さなかった。

死を望むわけではない。だがそれでも、人間はいつかは死ぬのだ。
だとしたらせめて幸福な死を。

だが内心薄暗く自嘲したのを、正面から見ていたディオだけは気が付いたかもしれない。












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■ディオさんは「a bolt from the blue...」にでているへたれアコのお兄様です。
カイとは薄暗い所を共有してる仲。悪友?

チェス仲間でもあり、その勝敗で頼み事をしたりしなかったり。










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