昔話をしよう。

あの人がまだ生きていた頃の話だ。

俺がシーフで、あいつもアコライトだった。




「天使のはしごって知ってる?」

そう言って笑うあの人は本当に穏やかで優しく。
知らないと首を振る俺にそれが何なのかゆっくりと説明してくれた。

彼の身にまとう空気が心地よく、その話が終る頃には…俺はあの人の事を好きになっていた。











a bolt from the blue...3  〜天使のはしご〜










「コール、今日はどこ行く?」
「んー…フェイも飽きたしなー。ゲッフェン行かね?」
「お。いーねー」

俺とカーティスは気の合う友人だった。
親友と言うより、悪友に近いかもしれない。
血気盛んな頃だったから喧嘩もよくした。
カーティスは聖職者のくせに、殴り中心のちょっと変わった奴だった。
元々は支援プリを目指していたらしいのだが、性格が合わず初期のうちに殴る楽しみを覚えてしまったのだと言う。
だったら他の職業にしろと言うのだが、「人と違う事をするのが楽しーんじゃねーか」と胸を張られては何も言えない。
後ろでただ支援されるより背中合わせで戦える聖職者。
ちょっと想像してみて「そりゃかっこいいわ」と言ったらカーティスはニヤリと笑ったっけ。
むしろこういう奴だから付き合ってこれたのかもしれない。

「カーティス。コール!」

男にしては良く通る声に呼ばれて小さく肩を震わせる。
「ネイティス」
自分の兄に気が付いてカーティスが顔を上げた。
俺もドキドキしながら振り返った。

目の前にいるのは長い亜麻色の髪を頭の天辺で括ったプリースト。
このがさつな弟とは全然違う優しげな瞳で微笑を浮かべた男が手を振っている。

この時の俺はまだ18で、5つ年上のこの人がものすごく大人に見えたっけ。
顔を見た途端、体中の血が顔に集まってるのが分かった。

そして、彼の後ろにいる人物を見て小さく唇をかんだ。
銀の髪を腰まで伸ばした女騎士だった。
ネイティスの相方であり…恋人だった。
きりりとしたきつい顔立ちだがそれが余計に彼女を美しく見せた。
口下手な彼女は俺とカーティスの視線に目礼で返す。

「はい、二人にお土産」

そう言ってネイティスが俺とカーティスに渡したのは青箱だった。
しかも二つづつ。
「何?ミヤとどっか篭ってたのか?」
「うん。ささ、開けて開けてv」
挨拶もそこそこにネイティスに急かされるように言われて、俺たちは顔を見合わせる。
ビックリ箱を開けるような、そんな感覚でちょっとドキドキしながらまず一つ目を開けた。
「ニンジン…」
「ゼロピー…ちぇっ」
二人共見事なまでにスカだった。
青箱の中身はランダムだって言うけど、やっぱりスカのほうが多いわけで。
カーティスが頬を膨らませてすぐにもう一つを開ける。
「あ」
「え?」
「うわっ!スロット付きマフラーだ。カーティス運良くない?さすが俺の弟!」
ネイティスがカーティスの首に腕を回して抱き締める。
カーティスはこんなもんで大げさだと言っていたが、兄の好きなようにさせている。
この二人は両親がいない。
小さい頃に死んで、カーティスにとってネイティスは親代わりでもあったからこういうスキンシップはいつもの事だった。

「コールは?何だった?」
「…やっぱゼロピーだった」
ネイティスが顔を向けるのを、笑って答えた。

本当は開けずに後ろに隠していたんだ。
ここで開けるのがもったいなくて。
誰でもない、ネイティスさんから貰ったものだから。

「残念だったねー。また拾ったらあげるね」と、腕を伸ばして俺の頭を撫でた。
俺は首をすくめて赤くなった顔を見られないように下を向いたっけ。

「そういや、コール髪染めたんだね。最初誰かと思ったよ」
突っ込まれると思ってた事だったが、ふいに言われてどきりとする。
「ミヤと同じ銀色。並んだら姉弟みたいじゃない?」
そう笑った。

言えなかった。
あなたの恋人が銀色の髪をしていたから染めたんだって事。
ちょっとだけでもあなたの特別に近くなりたくて。
銀の髪をしてたら、ちょっとは俺の事見てくれないかなと思ったんだ。
弟の友達としてじゃなくて、俺の事を。


「気分転換だってさ」
カーティスは俺が言った言い訳を鵜呑みにして兄に教える。
ネイティスはふわりと笑って「よく似合ってるよ」と言った。

それだけで良かった。
嬉しかった。
幸せだった。

たとえ、振り向いてもらえなくても。
あなたに俺を見てもらえるんだったらそれだけでよかったんだ。

あなたが好きです。なんて。
言うつもりは全然無かった。

あなたがこの女騎士、ミヤの事を愛してるのは知ってる。
俺が告白しても、あなたは困るだけだろうというのは分かっていた。

言ってあなたとのこのなんでもない関係が変わるくらいなら、言わずにいる方が良かったから。
俺のこの恋は誰にも言うつもりは無かった。

始めから諦めていた恋だった。







別れはあっという間だった。
さらに1年。俺とカーティスは19歳になっていた。


俺は一足早くアサシンになり、今日カーティスもプリーストに転職する。
試練を受けている間、俺とネイティスとミヤは大聖堂の詰め所にいた。

「うわー、自分の時みたいにドキドキするなー…。大丈夫かな、カーティス。ちゃんと合格できるかな…」

ネイティスはオロオロと落ち着かずに部屋の中を行ったり来たりしていた。
カーティスを送り出した時には頼もしげに「頑張って来い」なんて言ったくせに、いなくなった途端これだ。

「ネイティス…、落ち着け…まるで盛りのついた熊の様だぞ」

ミヤが呆れた様に突っ込むが、彼女もさっきから貧乏ゆすりが止まらない。
座っている椅子ががたがた揺れていた。
表情は変わらないものの、この人はこの人で動揺しているのが分かる。

というか、女が「盛りのついた熊」何て言うなよな…。
こういうどこかとぼけている様な天然のような所が俺が彼女の事を嫌いになれない要素の一つだった。。

「だってだって、もし落ちたらどうする?どう慰めればいいのかな…。いや、合格するよね。大丈夫だよね。きっと大丈夫だって思ってるけど、心配なんだよ〜!もう、『保護者なんて恥ずかしいだろ』なんて言葉鵜呑みにせずに付いて行けば良かったよ〜」
「カーティスは強いんだ。お前でも合格できたんだから大丈夫だ」
さりげなくひどい事を言っているが二人とも気が付いていない。
それくらい動揺しているのか。
それともそんな会話が当たり前なのか。
…普段の事を考えると前半:後半=3:7といったところかな…。

二人が焦るので逆に冷静になってしまった俺は、不意に窓の外から聞こえたざわめきと悲鳴に気付いて一早く椅子から立ち上がった。

「何?」

ネイティスとミヤも表情を険しくして近くの窓を開け放ち外に身を乗り出す。
遠く、噴水前に集まる人々の群れはいつもの事だが、それが今慌しく動いていた。

空に向かって一筋の雷が地面から立ち上り、そして一気に視界が真っ白に埋め尽くされる。
そして耳を劈く激しい雷鳴と爆風。

地震が怒ったのかと思うくらい建物が激しく揺れて、開けていた窓ガラスが吹き飛ぶように割れた。
俺は目と耳に焼きついた形の無い痛みに顔を顰めて悲鳴をあげた。
「ロードオブバーミリオン!!!」
「あれは、…バフォメットか!!?…ブラッディナイトもいる…」
「大規模テロ…?他にもかなりの数のモンスターが召還されているな。…何て事を。あそこで復活する者もいるんだぞっ!」
やはり経験しているものが違うのか。
とっさに目をかばった二人が状況を確認している声が遠くの物のように聞こえた。
さっきからひどい耳鳴りが止まらない。
初めて感じた衝撃と恐怖で足元ですらおぼつかないのだ。

「コールはここにいて。危ないから」

俺が顔を覆っていた手をネイティスの手が包む込むようにして外す。
そして、目蓋に息を吹きかけられるように口付けられた。
そこから暖かい温もりが伝わった。

「カーティスにも逃げるように言ってね」

それがすぐに離れる。

「駄目だ。行かないで下さい!!」

とっさに腕を伸ばす。 だがその先にあるはずの、彼の手を掴む事ができずに指は空を掻いた。
体はさっきの衝撃で強張り、足が動かなかった。

かけてもらったヒールでだいぶ楽になった目を無理やり開けた時には彼らの後姿しか映らなかった。
亜麻色の髪と、銀色の髪が並んで揺れていた。
それに闇が被るように見えてぞっと背筋を凍らせた。

「行くな―――!!!!!!」


喉が潰れんばかりに叫んで、その場に崩れるように膝を付く。
足音はもう聞こえなくなっていた。
耳に入るのは命の途絶える間際の叫び声と、魔物たちの唸り声。

耳鳴りが治まらない。

見たことも無いくらいの大魔法に衝撃を受けた俺は体中が振るえ、割れた窓ガラスの散らばる床に拳をたたきつけた。
ガラスが刺さる痛みも何も感じない。
そのまま力の入らない膝を何度も殴った。

「立てよ…っ!!!立ちやがれ!!!!」

あの人を追いたいんだ。
嫌な予感がするんだ。
いくらあの人が高レベルのプリーストだって、自分ではまともに戦えないはずなのに。
なのに…。
あんな強い魔物達に立ち向かうだなんて。

「コール!?」

背後から上がった声に顔だけ振り返る。
そこにはプリーストの法衣に身を包んだカーティスがいた。
試験が合格したらこっちに寄ってから司祭の所に行くはずだったので、もう転職している事に驚いた。
「何か様子が変だったから、こっち寄らずに先に転職してきた。ネイティスと、ミヤは?」
二人の姿が見えないことに不安を覚えたのだろう。
しかもこの状況に、普段は不敵なこの男まで顔色を変えている。
「…カーティス…っ」
隣で膝を付くこいつに腕を伸ばしてしがみ付く。
「噴水広場でテロがっ!!!!!」
「…っ」
「二人とも行ってしまったっ!!!……ネイティスさんが、……お前は逃げろってっ」
叫んでしまって、急に涙が込み上げてきた。
一気に視界が揺れる。
俺の言葉にカーティスが顔色を変える。
「あの…馬鹿兄貴。…逃げられっかよっ!!!畜生、おらっ。コール立て!!!」
怒りに光る目に引きずり上げられるように立ち上げられた。
「何…」
呆然としている俺の胸倉を掴んでカーティスは怒鳴った。
「俺たちでも何かできるかもしれないだろう!それともここで黙ってる気かよ、このっ腰抜け!!!」
「………っ」
その強い目に覗きこまれて、溢れていた涙が止まる。

そうだった…。
ここで震えてるだけで何が出来る?

今はあの人を助ける事を考えよう。
最初の衝撃で混乱していた頭の中が急にクリアになる。
ぐっと濡れた頬を拭ってぱんっと頬と両手で挟む様にして叩いた。
じんわりとした痛みにまた涙が出そうになるがそれを奥歯をがりっと噛んで堪える。

「…悪い。…行こう」
「おうよ」

カーティスはニヤリと不敵に笑う。
そうして駆け出した。
噴水広場に行くために。




そこに着く前にもう血の匂いが鼻につき始めていた。
傷ついた冒険者達を避難させて来たのだろう、あちこちでプリーストやアコライトが皆の傷の手当てをしている。
その中に二人の姿は無い。

魔物達の半分は片付けられているらしい。
争っている場所もやや南に下っている。
俺たちは競うように走っていた。
心臓が張り裂けそうだ。
だが、足は緩まない。

足元には死体が転がっていたが、どれもあの二人ではなかった。

「いた!!」
カーティスが叫んだ。
声のする方に視線を走らせる。

2体のアーチャースケルトンに矢を射られながら片腕を掲げているネイティスと、その前にはブラッディナイトと剣を交り合わせているミヤの姿が見えた。
二人とも満身創痍だった。
ミヤの失われそうな体力をネイティスのセイフティウォールがかろうじて支えているようだった。
ネイティスは自分を犠牲にしてそれを維持しようとしていたのだ。

一気に血が引く。

焦るな。
戦う時は冷静であれ。
自分で念じるようにマインドコントロールをする。

「コールっ」
「ああっ」

俺たちは弾かれた様に分かれて走り出した。
俺はネイティスに矢を放っていたアーチャースケルトンに向かって飛び込むように剣を一線に振るった。
「カーティス!コール!!?」
ネイティスさんの声ですら聞こえないほど目の前の敵に集中して何度も剣を振るう。

「ニューマ!!!…後、ヒール!!ヒール!!!ヒール!!!!」

カーティスがネイティスに矢を弾く幻の盾を作り、二人に向かってヒールを何度も繰り返す。
「二人ともっ!!!駄目だ、逃げなさい!!!」
「うっせー、馬鹿兄!!!苦情なら後だ、後!!!」
ここに来るまでに速度とブレッシング、エンジェラスなどまで使っていたのでSPが切れたのか武器を持ってミヤと一緒にブラッディナイトに殴りかかっている。
「セーフティウォール!」
ネイティスが弟の暴挙に驚いて彼の身を守るための盾を作る。
「キリエレイソン!!」
続いてネイティスが唱えた呪文で俺の体の周りに光のヴェールがかかる。
立て続けにグロリアの歌声が聞こえて身を包む。
「二人とも俺から離れるんじゃないよ!!」
「はい!」
「わかった!」
俺はアーチャースケルトンの1体目を片付けて、すぐに2体目に向かう。

正直俺の心は躍っていた。
ネイテェスさんとはレベルが離れすぎていて一緒に戦う事は殆ど無かったから。
こうして彼からの支援を受けて戦える事が素直に嬉しかった。
矢を射られてもヒールが飛んでくる。

剣を握る腕にも力が入る。

ブラッディナイトに向かっていたのは何もミヤとカーティスだけじゃなかった。
取り囲むような配置で赤い髪の魔術師とハンターやアサシンがいた。
どれもかなりのレベルを持っているのがわかった。
ネイティスは彼らの支援もしているようだった。
彼らのセイフティーウォールや他の支援が切れる気配は無い。

俺が2体目のアーチャースケルトンを倒した頃にはブラッディナイトも断末魔の叫びをあげて地面を震わせ地に伏せた。

目の前の骨が崩れたと同時に俺は踵を返しネイティスの方に向かった。
ネイティスは魔術師とハンター、アサシンに労いの意味をこめてかヒールとブレッシングをかける。
三人は片手を上げて礼をいい、それぞればらばらにまだ騒ぎの起こっている方へ走り出した。

ネイティスとミヤはそこに座り込んだままだった。
そこに俺とカーティスも膝をつく。
「…疲れた…」
カーティスが肩を落とす。
ふっと戦闘中の空気が和らいだ。
「…もーSPカラッポ……、いきなり二人が入ってくるから真剣に驚いちゃったよ…俺。」
ネイティスが口をへの字に曲げてメッと俺とカーティスを叱る。
俺はちょっと首をすくめ、カーティスはそ知らぬ顔でそっぽを向いている。
ミヤはそれを見てくすくすと笑っていた。
「しかも勝手に転職しちゃってるし!あーもーその時には天使と言う天使全部呼ぼうって思ってたのに―」
「止めろよ恥ずかしいだろっ」
「とんだ転職イベントになっちゃったよー」
弟を羽交い絞めにしてその頭を拳でぐりぐりとしている。
密かにまだ怒っているらしい。

あ、でもいいなぁ…。
ちょっと俺もしてもらいたいかもとか思って、はっとさっきの事を思い出した。

大聖殿の控え室で、目を焼かれた時に目蓋に残った吐息と唇の感触。

…うわっ!俺馬鹿じゃん。
今何思い出してるんだよ。
あれは、ヒールされただけだって。
顔に体中の血が逆流していくのが分かった。
顔を隠すように口元を覆う。

その時。
少しだけ視線を外した俺の視界に、黒い何かが動いたのがわかった。
何だと思う前に、それが倒れたブラッディナイトの腕だと頭だけで理解する。
その先に握られた鈍い色をした剛剣が、太陽の光を反射した。

振り上げた先にミヤがいた。

「――――――――――!!!!」
ネイティスが腕を伸ばし身を乗り出して彼女を弾き飛ばす。


冒険者には命の保障制度というものがある。
最後の生命維持装置だ。
だが、それでも復活できないものはある。
たとえば、腕をもがれた場合、復活しても腕は無いままに。
足がもがれた場合は、足が無いままに。
……体は再生できない。


頭から振り下ろされた剣は、鈍い音と共にネイティスの体を真っ二つに裂いた。






それからどうなったのか俺は覚えていない。
気が付けばベットに寝かされていた。

目を赤くしたカーティスが言うには、あれから俺は大声で叫び錯乱して暴れたらしい。
もう既に絶命しているブラッディナイトを滅多切りにし、なおも剣を振り上げる俺をカーティス含めて3,4人がかりで取り押さえ無理やり気絶させたのだと。
「悪かったな…。結構加減無しで殴ったから痛いだろう?」とカーティスが問うが、それすらも実感が無い。

俺はもうどうでも良くて。
体中の何もかもが自分のものじゃないように感じていた。
胸に暗く深い穴が出来ているような錯覚を覚えていた。

夢じゃない。
夢じゃない。
あれは現実だった。
服は着替えさせられていたけども、あの人の血を全身に浴びたあの暖かさを俺は忘れる事は出来なかった。


それは、ある事実を俺に突きつける。
あの人はもういない。
もう、どこにも。


何も言わない俺に、カーティスは俯いて「何かあったら呼べ」と言って部屋から出て行った。



それから俺は枕元に置いていた武器をとり、黙って宿から消えた。
町は人々がごった返し、テロの情報を交し合っている。
俺はそれすらもどうでもよかった。
無表情のまま、まだ血の匂いが消えない町の中を歩いて目的のものを見つけた。

ポタ屋。

揃ってる中でも一番上級のダンジョンを選んだ。
怪訝な顔をされたがポケットに入ってるだけの金を握らせた。
出してもらったそれに乗れば、すぐに見慣れないグラストヘイム城が目に入る。
その頃の俺には過ぎたダンジョンだ。
ジョーカーにでも会えばすぐに死ねる。

だが危機感も無く俺は地下へ繋がるぼろぼろの道を歩き出した。
ここに、墓場がある事は知っていたから。

足音さえも他人のもののように聞こえた。

向こうから寄ってきたゾンビがいた。

魔物…。あの人を殺した魔物。
体中の血が一気に沸騰する。

「うわああぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!!!!!!」

片っ端から切りつけて、俺は腹の底から叫んだ。

「あああああああああああ!!!!!!」

何度も何度も。

何度も何度も。

何匹もの魔物を切って捨てた。
もちろん俺も無傷ではなかった。
血が飛び散り地面は赤く染まる。
その上にはゾンビやグールの残骸が積まれていった。

だがそれも長くは続かない。

あっという間にグール達に取り囲まれる。
腕に噛み付かれ肉を食いちぎられた。
髪を掴まれ地面に引きずり倒された。
手に持っていた武器も腕ごと抑えられ、ありえないほどの力で喉を絞めあげられる。
息が出来なくなる。
叫びすぎて、焼けた喉はもうその機能すら放棄しようとしていた。

グールは仲間が増えるのが嬉しいのか、くぼんだ目の奥で笑ったように見えた。
不思議と怖くは無かった。
むしろ頭のどこかでこれで楽になれると思っていた。


俺は許されない。
死ななければ成らない。
あの人を殺したのは誰でもない俺だ。

俺は気が付いていた。
ミヤの上に刀が振り翳されていた事。

俺はあの時叫ぶ事は出来なかったか?
引き寄せる事は出来なかったか?

あの時…ミヤがいなくなればとは思わなかったか…?

どこかで思っていたはずだ。
俺はきっといつも思っていた。
ミヤが居なければと。
その汚い心があの人を殺した。


俺があの人を殺したんだ。



意識が途絶えようとした時、遠くで祈りの言葉を聞いた。




「…っ…―ル!!!!……めぇ、起きろ!!!!」
胸を掴まれて激しく揺さぶられる。 何だと思った瞬間、がんっと頭を地面に打ち付けて一気に覚醒した。
「っ!!?」
「起きたっ」
ほっとしたような顔が視界に入る。
「…ちくしょう…っ!!!!てめぇなんでこんな所に居るんだよ!!!居なくなったから調べてみれば……てめぇっ!!!」
目の前にカーティスが居る事を俺は信じられずに目を見開いた。
さっきまで俺は確かにグール達に取り付かれ死にかけていたはずだった。
喉はまだ焼けるように痛いというのに。

カーティスの服が汚れ、彼自身も傷付いているのを知る。

しかもさっきまで居た場所とは違っていた。
フィールドは同じだがさっきまでの薄暗い場所ではなかった。崩れた天井から光が床に差し込んでいる。
周囲に魔物は居なかった。

どうやらこいつが俺を救い出した後、気を失っていた俺を担いで逃げ回ったらしい。
意識を失う前に聞いた祈りの言葉はきっとヒールだったのだろう。
癒しの力はグール達にとって苦痛を与えるものにもなる。

だが何故お前がここにいるんだ。

こんな所に。
グラストヘイムだぞ。
いくらプリーストになったと言っても。
ヒールが効く魔物が多いといっても。
お前にもここが危険な事に変わりは無いのに。

カーティスから憎悪にも似た目で睨まれ、絶句していた俺はなおも揺さぶられる。

「死ぬ気だったのか!!?てめぇ、死ぬ気だったのかよ!!!!」
頭ごなしに怒鳴りつけられ、俺も反射的に血が上り怒鳴り返した。
「そうだよ!!!俺は死にに来たんだ!!!てめぇは帰れ!!!!迷惑だ!!!!」
「ふざけんな!!!!てめぇが帰るまで、俺も帰らねぇからな!!」

大声で怒鳴りあっていたからだろう、グールが一匹寄ってきた。
ちっと舌打ちして反射的にカーティスを押しのけて前に立つ。
「速度増加!!ブレッシング!!!」
後ろからかけてきた支援に振り返る。
「っ!!!支援するな!!!」
「する!!!」
「馬鹿やろうがっ。てめえも死ぬ気かよ!」
「どっちが馬鹿だ!俺がいてお前を死なせてたまるかよ!!!」
支援が苦手なくせに、攻撃を受ける俺に外さずにヒールを繰り返し唱える。
俺は、体を包む暖かい温もりに身を振るわせた。
それを振り払うかのように、剣を振るいグールに攻撃を繰り返した。

だがヒールの一つ一つを受けるたびに、カーティスの願いが聞こえてくるかのような錯覚を覚えた。

死ぬな。
死なせない!
死なせない!!

背中に突き刺さるカーティスの視線がそう訴えていた。
体を包むこの暖かさが俺を余計にやるせなくさせた。

死にたいんだ。
死なせてくれよ。
もう、生きていたくないんだ!!!




目の前でグールが崩れる。
それと同じくして俺も膝を付いた。

涙が溢れて止まらない。
嗚咽を堪える事も出来なかった。
死なせてくれないカーティスが憎くて憎くてしかたなかった。

背後にカーティスが立ったのが分かった。
俺はたまらずに顔をゆがめた。

手から離れた武器が地面に落ちる。
俺はそのまま地面に爪を立てた。
がりっと引っかく。

「……死なせろよ…、死なせてくれ!頼むから!!」

血を吐くかのような叫びをあげた。

苦しいんだ。
もう、いやだ。
このまま生きていくのは辛すぎる。

「考えてしまうんだ!!
もしあの時、俺がネイティスの手を掴めていたら!
あの時、すぐに追いかけることが出来たなら!
油断しなかったら!
あの腕が上がったときに叫ぶ事が出来たなら!
後悔ばかりが胸に残って仕方ないんだよ!!!」

爪が割れ、血がにじむ。
だがその痛みすら感じなかった。

カーティスは俺の背中をどんっと拳で叩いた。
崩れるように彼も膝を付く。
カーティスが俺の背中にしがみ付くようにして額を預けたのが分かった。
思わず体を強張らせる。


「ネイティスが死んだのは、お前の所為なんかじゃない!!誰の所為でもない!!…少なくとも兄貴は人の所為にはしないっ!!!」


ちきしょう、ちきしょうという声と共に何度も背中を殴られる。


「それでも…死にたきゃ、……俺を殺してから死ねっ!!!…じゃなかったら…俺が絶対お前を死なせねぇ!!!!」

「―――――――っ」


カーティスの声が震えていた。
出会って2年しか経ってないが、その間こいつがこんな声を出すのを俺は始めて聞いた。
呆然としたまま背後を見る。
俺の背中に額を付けていたのでカーティスの顔は見えない。

だが、……確かに泣いていた。

人前ではけして涙を見せなかったこいつが。
兄が死んで、目が覚めた俺の前でも泣かなかったこいつが。


「……もう…これ以上っ、俺に何も失わせるなぁぁあ!!!!」


耳の奥が震えるほどの純粋な叫びと激しい衝撃が背中を伝い、息が止まった。

腕を噛み千切られるより、首を絞められるより、どんな攻撃よりも………苦しかった…。
どんな言葉よりも、胸を深く抉った。






生きろというのか。
お前が…、俺に?

生きろと。

こんな俺の事を失いたくないと叫ぶのか。






……ああ、そうかよ。


俺はやっと気が付いた。






俺がいなくなったらお前こうやって泣くのか。
失った事を後悔するのか。












体から力が抜けた。
同時に。
さっきまで胸の中に渦巻いていたどろどろとした物が消えていくのを感じた。
憑き物が一気に落ちたように。


こいつが、…消してしまった。



カーティスの嗚咽が止まない。何度も何度も背中に拳を打ち付けられながら、その一つ一つに胸につかえていたものが消えていくのを感じた。








ネイティスさん…、ごめん…。
俺…まだ行けないよ。
あんたの大事な弟を…こんないい奴を泣かせて行ったら…。


…あんたきっと怒るよね。















涙が止まらない。
闇が消えて胸にはもう、悲しみにしか残っていなかった。
もうきっとこの先ずっと、この胸の隙間は埋まらない。


これが、俺に与えられた罰だと言うのなら。

俺はこのままこの空虚を抱いて生きていく。


壊れたようにぼんやりと顔を上げれば崩れた天井から一筋の光が差し込んでいるのが見えた。
目を細めれば涙が落ち、視界にはその光しか入らない。
まるで、天使が舞い降りるような錯覚を覚えた。








『…雲の隙間から差し込む一筋の光の事を、【天使のはしご】って言うんだ』


ふいに脳裏に浮かんだのはいつかのネイティスの優しい声だった。
「綺麗な風景を見た」と本当に嬉しそうに話してくれた。




天使のはしごは不意にあらわれるんだ。


海原を見下ろしたとき、

どこまでも続く道を走っているとき、

山を見上げたとき、

地平線の見える草原を眺めるとき。



はしごの降りる先は明るく輝く。






『とても綺麗なんだ。…いつかお前達にも見て欲しいよ』






きっと。



勇気付けられるから。


















見上げて目に入るのは青い空でも白い雲でもなかったけれど。

それでも、見上げた天井から漏れ出る光は。





あの人の笑顔のように

とても綺麗だった。


















…AND CONTINUE?




+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

プリ受け強化シリーズ番外。
2話目で出てきたカーティスさんのお兄さんの話です。
本当はこの後にもう少し話したい所があったんですが…省略。
とりあえず、開けなかった青箱とコールの髪は染色という事だけ覚えといてやってください。
あとミヤさんも。


そして…カーティスがコールに抱いてるのは友情です。いや、本当に。笑)
いやー、ブラッディナイトに向かっていくやんちゃカーティスさんが書いててほほえましかったり。
そして途中出てくる赤い髪の魔術師…ぷぷぷ。(お遊びです。分かる人だけ分かってください)


カタコンの一角で光がさす所があるのですがそれが本当に綺麗で。
それで出来たお話です。



読んでくださってありがとうございました。







トナミミナト拝












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