ヘタレアコライトのエリックがニューマを覚えた。せっかくだしヒール砲を練習してみようと言う事で、俺の昔馴染みの二刀流ボンゴン帽アサシンのコールも連れ立ってやってきたアマツ。
半分は年中咲き乱れる桜を見物しながらという、観光気分だったのだ。



それがこんな事になるなんて。





伊草の香る畳敷きの数ある部屋の一つで、俺、ことカーティスは腹に鈍い衝撃を受けて―――死を覚悟していた。











a bolt from the blue...4

















「何だってこんな所にアルギオペがいるんだよ!」



コールは一人では立てない俺を脇から抱えて引きずるように魔物のいない部屋に移した。
今までいた部屋にはアルギオペだけではない、ここにはいないはずの魔物で溢れていて誰かが故意的に枝を使ったのだろうとわかった。
騒ぎを聞きつけてやってきた他の冒険者達が俺達の横を慌しく走って行く。

魔物たちの叫び声と、他の冒険者達の掛け声、魔法の衝撃音、剣がぶつかってきしむ音。

それを耳だけで感じながら、俺は気管に詰まった血に吐き気をもよおしながら激しく咳き込んだ。


赤芋の歯が俺の腹に食い込み、食われたと思った時には死を覚悟したがどうやら穴は開いているがまだ生きているらしい。
コールがとっさに自分の体に巻いていた白い布を応急手当とばかりに傷の上に巻いていく。
そうしてなければ腹圧で開いた腹から中身が出てくることを知っているからだろう。
激しい痛みに加えて、じくじくと体に広がっていく毒に苦しむ力もなく、生ぬるい赤い血が流れ出すにあわせて体が冷たくなっていくのを感じた。
自分でヒールをしようにも空気も喉の奥で引っかかる状態で満足に息もできない状態では癒しの力も行使できない。
閉じた目の奥でぱちぱちと赤い光が散っては消える。
突然与えられた痛みと衝撃に、体が強張ってしまって指一本動かせなかった。


「オイ、カーティス。意識はあるか?あるな?死ぬなよ。おい!!!エリック!!!ぼさっとしてんな!!!」


そうだ、エリックは…。
エリックは無事か?
うっすら開けた目の端に、真っ青な顔をしてガタガタと震えて首を横に何度も振っているエリックが見えた。
怪我をしている様子はない。




良かった…。無事か。





「兄弟揃って、他人かばって死ぬなんざ、許さねぇぞ!!!おい聞いてるか!!?」

コールが叫びながら傷口に白ポーションをぶちまける。
エリックが傷口に両手を翳しヒールをかける。
癒されていく端から毒素の痛みが広がっていく痛みを感じて食いしばっていた歯の隙間からうめき声がもれた。
強張っていた体が、反射のように痙攣した。その分痛みが体を襲い、喉の奥に溜め込んでいた息を吐き出すように叫んでいた。

「うあああああああっ!!!」

「カーティスさん!!!カーティスさん!!!カーティスさん!!!」

「だめだ、癒せば毒素が回る。おい!!誰か解毒剤持ってないか!!?誰か!!!」

「カーティスさん!!カーティスさん!!!死なないでっ。死なないで下さい!!!やだ…っやだー!!!」



痛みに耐え切れなかった意識が、思考を麻痺させる。

心臓の音がうるさいくらい聞こえていたのが遠のいていく。




これが聞こえなくなれば死ぬのか。





俺は死ぬのか…。





悔しいとか、悲しいとか思わなかった。


心残りもあったように思ったが、思い出せない。


体が、下に沈んでいく感覚はまるで闇に飲まれていくかのように思った。




「大丈夫。君はまだ死ぬ時じゃないようだ」



聞き覚えのない声が振ってきたのはその時だった。痛みのない体に染み込んで来るような甘さを含んだ男の声。

体を苛んでいたものが欠片もなく一瞬で消えて、次いで重かった体がふわりと救い上げられたような錯覚を覚えた。
だが体の痺れは今だにあり、呼吸が出来ないままで喘ぐ様に唇を振るわせた。
それに暖かいものが重なり、そこから空気がゆっくりと送り込まれてきた。
与えられた酸素がもっと欲しくて、だがすぐ一杯になった肺に咳き込むように息を吐いた。

「ショックで呼吸が止まっていただけだから。落ち着いて息を吸って。呼吸の方法は思い出したでしょ?」

体中が酸素を欲しがり、焼けた喉が細く感じられたが体が求めるままに呼吸を繰り返した。
脳に酸素がまわり、うっすらと目を開けるとそこに見慣れないプリーストがいた。
横長いめがねの奥に薄いグリーンの目。跳ねた髪が顔にかかってるままに俺を見下ろしていた。
悪戯気に笑む口元には小さなほくろが見えた。

「運が良かったな、あと少し遅かったらあんた死んでたよ?」

「…………」
どうやらこのプリーストが俺を助けたらしい。
まだぼんやりする視界はすぐに霞みがかり重くなる目蓋の向こうで聞こえてくる声を聞いた。

「毒素も消したし傷口も塞いだけど、血が足りない。早く教会で輸血してもらった方がいい。出来るだけ揺らさないで運んで」
「あ…ああ。助かった。…感謝する」
「何……弟の恩人だ。見殺しにするわけにはいかないからね」

弟?誰の……?

「ディオさん……。…何故、…ここに?」
「…他人行儀だね。兄さんと呼んでくれてもいいと言ってるだろ?腹違いとはいえ、半分は血が繋がっているんだからさ。
――なぁ、エリック」

そこで意識が途切れた。











ふっと意識が浮上する感覚に目蓋を開けた。
視界に入った見慣れぬ板張りの天井に違和感を感じて、顔だけ動かして明るい方を見た。
「ん……、目が覚めたかよ。このやんちゃプリーストっ」
出窓に座って外を眺めていたらしいコールが、目の覚めた俺に気がついて立ち上がる。
無理に作った笑みを浮かべて俺を見下ろす。
そこでようやく自分がベットに寝かされている事に気がついた。
「…ここは…」
「アマツの教会。お前覚えてるか?腹に風穴開けられたんだぞ」
「………ああ」

ようやく意識を飛ばす前の事を思い出した。

エリックと三人でアマツに来て。
畳敷きの迷宮で、鉄砲隊相手にエリックがヒール砲をためし、俺達は雛人形や忍者をからかっていて。
次の部屋に行こうとエリックが閉まっていた襖を開けようとしたのだ。
その隙間からありえないものを見て、とっさにエリックの体を自分の後ろに引きずり込んだ。
後は、思い出すだけで体が痛むくらいの衝撃を受けて。 教会では医療の仕事も行うのでここに連れて来られたのだろう。
「丁度そこに居合わせたエリックの兄貴がお前に緑ポーションとリザをかけてくれてな。ありゃ、ただもんじゃねーな。あっという間に傷が塞がっちまった」
「………」

そうだ、エリックにプリーストの…しかも結構高レベルの…兄がいたのだ。
初耳だった。
エリックの家族の事は殆ど聞いたことがなかったから言わなかっただけかもしれないが、腹違いとか言っていたしむしろ何か事情があって話さなかったのかもしれない。

「どこか痛む所はないか?痺れは?喉渇いてないか?腹減ってるなら飯貰ってくるぞ」
「……一気に言うなよ」
コールが珍しく気を使う様子がおかしくて、喉を鳴らして笑う。
柔らかな毛布の中から腕を出して目の前で拳を作った。
指も曲がる。手足の痺れもない。
俺はそのままベットに手を付いて体を起こした。
「っ!」
途端に腹に鋭い痛みを感じてそのままの姿勢で体を強張らせる。
「無理するな。まだ繋がったばかりの神経が過敏になってるんだ」
「…ああ…わかってる」
いわゆる神経痛に腹を抑えてできるだけ静かにベットの端に足を下ろして座った。
こればかりは少しずつ慣れていくしかない。
ようやく楽になった体制で息を吐いた。
上半身は裸で、傷を負ったところだけ新しい肉が出来て薄い桃色になっているのが見て取れる。
自分でもそこを触れてみて確かに綺麗に傷が塞がれている事を確認した。あの時は見る事も出来なかったが、良くこの範囲の傷を受けて死ななかったものだ。
「まだお前、熱あるんだぞ」
コールが眉を寄せてそれでも心配そうに俺を見ている。
「…何日寝てた?」
「お前が倒れたのは昨日。丸一日しかたってない」
そんなもんか。ざまねぇなと、寝起きといつもより高い熱で少しぼんやりする頭を抑える。
血を流しすぎた体が新しい血を作るために働いているのだろう。
おそらく輸血もされたろうが、体に支障がない分だけしか入れないはずだから。
だから熱と言っても悪いものではない。


視界の端に影が映り、顔をあげる前に耳元にコールのほっとしたようなため息を感じた。
その腕が俺の背中に回り、抱き締められていた。
コールの肩に額を預けるような姿勢のまま、コールの吐息をもう一度さっきより近い位置で感じた。


「…良かった」


肩に込められた力と、その溜め込んでいたものを吐き出すかのような重い声に口をつぐむ。



「お前が死んだらって…ずっとそんな事ばっか考えてた」



「………」


「ネイティスのように俺の前でまたお前も死ぬのかって…っ」



泣く寸前の、切なくなるような声に、こいつがどれだけ傷付いているかを知る。眉尻を下げて、軽く唇を噛んだ。



四年前…。俺の兄、ネイティスが死んだ時のこいつの取り乱しようはすさまじかった。
気が狂ったのではないかと思うほどに荒れ狂う様に、弟であるはずの俺の方がこいつを宥めるのに必死になった。

それでも、一時はネイティスの後を追って死のうとする程だったのだ。
それを俺が無理やりに引き止めた事は、昨日の事の様に覚えている。


あの時自分の我侭でこいつを引きとめたのに。
それなのに……こいつの前で今度はまた自分が死にかけたのだ。
しかも同じように、人を庇って。コールの傷口を抉るように。
どんな懺悔も謝罪もこいつの痛みを癒す事は出来ない気がして、ただ自分の迂闊さに眩暈を覚えた。

エリックを助けた事は後悔してない。
襖を開けたとたんに襲ってきた赤い魔物に体がとっさに反応していたのだ。
そしてまた同じ事が起こったら、おれはまた同じようにエリックを庇うだろう。
だから、そんな自分が何を言ってもコールには届かないような気がした。これが自分の性分だからとそんなものが免罪符になるとは思わなかった。



「お前が死んだら、エリックを殺していた」



不意に紡がれた言葉に目を見張る。
「な…」
「お前が死んでたら、俺はきっとエリックを殺していたっ。あんな罵るだけじゃない、きっとこの手で…」
ここに見えないエリックに急に不安が募る。
「エリックはどこだ?」
ぴくっとコールの腕が震えた。
それに眉尻を上げる。
「おい、コール……うあっ!!」
前から圧し掛かられるように背中からベットに倒された。
弾む体に与えられた衝撃と半端に力を入れた腹筋に神経の引きつる痛みを感じて一瞬息を止めた。
素肌に感じるコールの手に目を見開く。

「あいつはもう、ここにはいない」

その手が、傷口のところを這うように触れていく。
傷口を確かめるように。
だが、それだけではすまない気配に、コールの手を掴んだ。
それを逆に握りこまれ、うろたえる俺の顎をもう片手で引っ掛けるように上げられて口を塞がれた。
見開いた視界一杯にコールの顔があり、ぬるっとしたものが歯を割って口内に入る。

「――――!!!」

逃げるように引いた舌はたやすくコールのそれで絡め取られ、嬲られるように舌裏や顎の線までなぞっていく。
巧みなそれにぞくそくとしたものを感じて眉間にしわを寄せて堪える。
押しのけようにも片手はコールの腕に捕らえられ、もう片手は器用に互いの体の間に挟まって動かなくなっていた。
ベットの端から落ちてばたつかせる足は空を掻くだけで、その間にコールの体が入り込む。押し上げられるように股間に硬いものが当たる。
コールのベルトか?と思ったが、その熱さに俺は正真正銘驚きに思考を止めた。
「っ!」
俺が抵抗を止めたのに気がついたのか、舌を抜いてそのまま俺の唇を端から端までなぞっていく。
その目に、確かな情欲を感じて目が離せなくなっていた。
今までのように、冗談のような行為とは違う。

「………」

身動きすることすら忘れて食い入るように互いを見つめていた。
静かな室内には息をすることも躊躇われるような空気だけがあった。



一言でも喋れば、何もかもが壊れる。
コールとの今までの関係も、自分も。
そんな気がして何も言えなかった。



コールは手を上げて俺の額にかかる髪を撫でるように掻き上げる。
そのまま頬をなぞる。
何かを発するのかと思った唇は、もう一度俺の息まで絡め取るように重なる。
さっきとは違う、優しく確かめるように口内を辿って行くキスに閉じた目の奥につきんと痛みを感じた。

冗談ではすまない。
これ以上は本気で……自分もこいつも今まで培ったものが壊れる。
エリックが絡んできた時、コールが張り合うようにしてきたキスとは全然違う。
俺のすべてを求めてくるキスに、息が出来なかった。

「――――!」

やめろと言う意思を込めて、掴まれていた腕を振り払おうとしたが余計に力を入れてベットに押し付けられた。
コールのもう片手が確かな意思を持って下がっていくのを感じて眩暈がした。
腰を捻って逃げようとしたとたんに剣山でさされたような痛みを覚えて逆に体が強張る。
「ぅあっ!」
動かさずともそこからジンジンと痺れるように頭まで響いてくる痛みに嗚咽を零した。
コールもそれに気が付いたのだろう。
俺の体を解すように痛みが消えるように腹のあたりをゆったりと掌で撫でる。 それに慰められるように、キスの合間に息を整えた。
やがて、俺が落ち着いたのを見越して、コールの手がそのまま下に下りてくる。
ズボンの上から触れられたそれを、布越しに同じように撫でられる。
確かな意思を持って動く手に、ぞくっと背筋を電気のようなものが走り、吐息を堪えるように小さく仰け反った。
掴まれていた手に力を入れて握って堪える。


この手が6年も自分の隣にいた人間の手だと思えば、急に倒錯的な思考にかられた。
剣を握るこの手が。
自分の肩を叩く手が。
こんな意味で意識した事もないこいつの手が、今俺を犯そうと言うのか。

血で汚れていたズボンは一度着替えさせられていたのだろう、ベルトはされていなかった。
ボタンを一つ外されてじっと音を立ててすぐに、直にやんわりと俺のものに絡みついた。
びくっと体を震わせて、固まった俺を宥めるようにキスは柔らかく優しくなっていく。それが余計俺を居たたまれなくさせる。
ベットがきしむ音ですらも、非日常的な音に聞こえた。
「っ……」
最近自分でもしていなかったために、二、三度指先でなぞられるように撫で上げられただけでぴくぴくとそれが意思を持つ。

まずい、まずい、まずい。

頭の奥で警鐘が鳴る。
そう言えばこいつが今まで付き合ってきていた……恋人か体だけの付き合いだけかは知らないが、そのほとんどが男で。
悔しいが、こういう手管は自分よりかなり手馴れたもののように感じた。
「…っ」
自分で擦るより確かに快楽を与えてくるのに、声を堪えて意識を別の所にやって逃げようと拳を握り自分の掌に爪を食い込ませる。

それに気が付いたコールが抑えていた腕を伝って俺の手を覆った。


「…力抜け。これ以上お前に怪我させたくない。…分かってるから……」


キスの合間に囁くように呟かれた声にぼうっとしたまま目を開ける。
繰り返し与えられるキスに息も思考もままならない。
ふっと力を抜いた指をなぞる様に絡みついた指は、すぐに隙間がないくらいに手が合わさる。
指を組むようにして合わさる掌からコールのひんやりした掌の温度を感じた。
汗をかいてるのだろうか?こいつが?
目の前のこの男が緊張しているのだと分かって、急に心音が跳ねた。

俺が抵抗らしい抵抗が出来ないでいるのを、こいつはどう思っているんだろう。
怪我の所為だと?
熱で浮かされていると?
そう思ってるのだろうか。


「わかってる…」


何を分かってるというのだろう。
その問いかけは再び唇を塞がれる事によって音に出なかった。

「っ……んっ……」

与えられる刺激に声が漏れそうになるのを堪えようとするが、息すら満足に出来ない状態ではそれも困難で。何度か鼻から漏れてそのたびに羞恥が積み重なっていく。
口の中にはもう自分のだかコールのだかわからない唾液がくちゅくちゅと音を立てて端から零れた。

「…ん…ぁっ」
しだいに熱を持ち出したそれが、限界を訴えてくるのに首を振る。
「コールっ…」
ようやく出せた引きつらせた声は間に合わず。俺は刺激を与えるその手の中に、噛み殺した声と共に体の中の熱を吐き出していた。

眩暈がするような開放感に体中の強張りが抜けていった。
荒い呼吸を繰り返しながら、その後の気だる気な空気に身を浸す。
いつのまにか開放されていた両腕を投げ出して、息を整えながら自分の体に覆い被さり見下ろしている男に視線を向けた。

俺のを受け止めた掌にピチャッと音を立てて舌を這わせたのを、信じられないように見た。
そんなの、気持ち悪いだけだろうに何飲んでんだよ…。
夢か幻でも見てる気分だった。 だが、その行為から目を離せなかった。

ああ…、そうだった。俺コールにイかされたんだんだった。
それでも不思議な事に、自分でもこの異常事態に落ち着いていた。もしかしたら熱がある所為でいつもより動かない体が、思考まで働かなくさせているのかもしれない。


「一つだけ…聞いてもいいか」

俺の言葉に、コールは少しだけ驚いたようだった。
むしろ怒鳴る事も抵抗もしない俺に戸惑っているようにも見えた。
その姿がおかしくて浮かびかけた笑みは、唇の端を噛んで堪えた。

馬鹿かよ…。
そんな顔するくらいなら、こんな真似してんじゃねーよ。
怖がりながらやるもんじゃねーだろ、こういうのは。

男に抱かれると言う事に抵抗感はもちろんある。
それでも、ネイティスを喪ったあの日のように途方にくれたこいつの腕を払うことは、今の俺には出来なかった。
他の人間なら鳥肌ものだが、こいつなら別に良いと思った。

脳裏に俺の事を好きだと言ったヘタレアコライトの姿が浮かんだがすぐに消した。 冗談や酔狂で男に抱かれるつもりはないし、二股掛けられる程悪趣味でもない。

だが、今のまま抱かれる事を由とできる程、俺も軽く考える事は出来なかった。
これ以上進めば、本当に今までの関係は壊れてしまう。
それ以上に新しい関係が生まれるのかすらわからない状態が怖かった。

それでもコールが踏み出そうと言うのなら一言だけ、俺はこいつに聞かなければならない事があったのだ。


「コール」


「………」
聞きたくないとその目が訴えてくる。
それに俺も痛みを感じながら口を開いた。






「……俺は、ネイティスの身代わりか?」







まさかそんな問いかけが来るとは思わなかったのだろう。
目を見開き、驚愕したままコールは息を止めた。
震える唇が、言葉を発しようとして失敗したのだろう。ガチガチと歯が鳴る。
途方にくれた子供のような目。


それだけで分かった。
それだけで十分だった。


もしかしてと思ったまま、今までずっと口に出せなかった言葉があった。
コールが、俺の兄に抱いていた感情。

コールがネイティスの前でだけ見せていた態度の変化。
ネイティスが死んだ時に後を追おうとしたこと。
思い当たる事はいくらでもあった。
口に出しても、ネイティスがいない今となっては何の意味も持たなかったから黙っていた。

コールがずっと胸のうちに残したままだった想い。




コールは体を震わせて、首を何度も横に振った。言葉を捜すように、搾り出すように口を開いた。


「…お前が好きだ。好きなんだ。うそじゃない。本気で、俺は…」


ああ、それもきっと本当だろう。
わかってる。わかってるよ。
お前は、お前なりに俺の事を好きでいてくれている。



だけどそれ以上に……まだお前は死んだネイティスに囚われたままじゃないか。


何、苦しんでんだよ。

何、泣きそうになってんだよ。

情けない面してんじゃねーよ。

俺のことが好きだって言うんなら、それでいいだろうに。

何で、過去を過去に出来ないまま、こんなに苦しんでんだよ、お前。



……嘘でもいい。
本当は、嘘でも良かったんだ。
お前が、『違う』と言えばそれを信じたのに。
お前に抱かれることぐらい何でもなかったのに。
お前を安心させられたのに。



……なのに、なんでそんなお前、馬鹿正直なんだよ…。
何で、自分が苦しむような真似するんだよ。



「馬鹿野郎…っ」



目頭に熱いものが込み上げて来る。

俺は腕を伸ばしてコールの首に絡めて肩口に引き寄せた。



「この馬鹿が…っ!」


力を入れてコールを抱き締める。


「好きなら好きだといえばよかったんだ!!あいつは真剣に考えた。それであっさりきっぱり振られれば良かったんだよ。何でここまで苦しんでんだよ、お前!!」


コールの絶望が、あの日俺の前から消えると思った恐怖が、昨日のように思い出されて身を振るわせた。
その深い闇にこいつ奪われないように、腕の中のコールの体を力の限り抱き締める。

「ネイティスは、お前がこんなに苦しむ事なんて望んでないのに。何で…」




何で、こいつは幸せになろうとしないんだろう。






それはまるで、最初から諦めているようにも見えた…。








コールの腕が下になる俺の体に回される。

声にならない嗚咽は、熱い吐息と共に吐き出されたのを、肩口に感じた。

堰を切ったように零れる雫は肌を伝いシーツに落ちた。




俺はそれを感じながら、目を閉じた。




目の端から伝い落ちた涙は拭わなかった。














>>続く


















++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


個人的プリースト受強化シリーズ。急展開です(そしてようやく受けらしくっ!!涙)

今までの健全さと明るさが嘘のように!!!前回までが一区切りで、今回からちょっと進ませてみました。いや、恐ろしい事に健全のまま終ってしまいそうだったので。いえそれはそれでよかったのかもしれませんが。
しかしまぁ…何と言うか、カーティスは『弱い者』にはめちゃくちゃ弱い。 泣いてる子供も、傷ついている友人も見捨てられない人です。

コールの過去と関わってくるネイティスさんの事はHPに置いているこのシリーズの三話目「天使のはしご」をどうぞ。(宣伝か)

このままだと真剣に先に進まなかったので事件起こして無理やり進んでいただきましたが、消えたエリック君の事もあるのでここで一端切らせて頂きます。

感想ついでにせっついてやって下さると筆も早くなるかもしれません。笑)



トナミミナト拝
























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