「……ここって……」

エリックは不思議そうに俺を見た。
今しがた教会から連れて来られた場所がいつもの酒場ではなく、墓場だったんだからそんな顔するのも無理は無い。

「コールがな、お前も連れて来いって言うからさ」

…俺も、何をいい訳みたいな事を言ってるんだか…。
どうやら思ってた以上に自分も緊張しているらしいことに気が付いた。
俺は法衣のポケットからタバコを出して一息吸った。肺一杯に溜まった煙を頭の中のごちゃごちゃと一緒にゆっくりと吐いて、そのままタバコを潰した。
黙って墓場の門をくぐる。エリックも後ろを付いて来た。

「……誰か、お亡くなりになられたんですか?」
「…4年前だけどな。…ネイティスと言って、…俺の兄だった。そして」
そこで俺は口を噤む。
そして……おそらくもう居るのだろう、銀髪のアサシンの姿を思い浮かべて口を開いた。


「コールが惚れている相手だ」


過去形には出来なかった自分に、何故だか苦いものを感じた。










a bolt from the blue...4-4







腰まである高さの十字が数多く並ぶその場所は、慰霊のために一時だけ訪れる人が殆どでこの日も自分達以外の人間の姿は無い。
街中から少し離れている為かとても静かで、たまに頭の上を飛ぶ小鳥のさえずりと二人分の足音だけしか聞こえなかった。
ここに来ると自然と口数も減る。


共同墓地の左から入って奥、L-19。


当初は掘り返されて茶色だった地面は、この4年の間に芝生の緑が映えるようになっていた。
銀髪のアサシンはそこに立てられた十字の前に片膝をついて屈み込んでいる。祈りを捧げるように胸に片手を当てて、両目を閉じて俯いていた。

俺とエリックは声をかける事も出来ずに少し離れた所で立ち止まった。コールは俺達にとっくに気が付いているのだろうが、振り向こうとしない。
エリックはコールのその姿に悲しげに目を伏せて、十字に向かって前で指を組み小さな声で冥福を祈る言葉を紡いだ。

俺は黙ってコールの横顔を見ていた。



「…付き合っていけば相手のいやな所も見えて、嫌いになれるかもしれない」

どのくらいそうしていたのか。コールはゆっくりと顔を上げた。

「だけど、……あなたとはそういうわけにもいかないよな。
…俺の中のあんたは、いつまでも綺麗なままなんだよ…情けないよね、あんたの所為にして。今まで全然会いに来なかった奴に、急にこんな事言われても困るよね」

自嘲するようにそう呟いた。

どこか感情の見えないその言葉に、俺は目を細めた。
コールは十字に書かれたネイティスの名前を視線で辿りながら、何かを振り切るかのように目を閉じる。

「だけど今日、俺はあなたとカーティスに謝らないといけない事があって来た」

俺に?

…ネイティスとの事ばかりだと思っていたので、自分の名前が出てきた事に驚いた。
コールがここに来たのはネイティスの事にケリを付ける為だけだとばかり思っていたのだ。
その表情に浮かぶものを確かめようと食い入るように見たが、コールの顔は墓に向かったまま、やはりこちらに視線を寄越そうともしなかった。

「これ、覚えてる?」

まるで目の前に相手が居るように微笑んで、コールが出したのは古くて青い箱だった。
倉庫から持って来たいものとはこれだったのかという思いと、何故今ここにという疑問が浮かぶ。

「あんたが俺にくれた青箱。開けたって言ったんだけど、本当はさ、一個だけ隠して持ってたんだ。……あんたがくれたものだったから」

「…………」
驚いた。
確かに何度かネイティスに青箱をもらった事があった。今コールの手にあるのはきっとその中の一つなのだろう。
4年前のコールを思い出しながら、その箱を見る。
この男とは長い付き合いだったが、こんな所もあったのだと今更ながらに思い知った。

「あんたはさ、これを俺達にくれて、その場で開けさせようとしたよね。だけど開けた時点で箱は消えてしまって、その中身が何であれ、それは『あんたが俺にくれたもの』じゃなくなるんだ。『俺が青箱で当てたもの』になっちゃうんだ。だから開けれなかった。俺はさ………一つでいいからあんたから貰ったものが欲しかったんだ」

一瞬だけ目を細めて、切なげな表情を浮かべる。

「…ごめん。………だけどこうして話した今も開けれないんだ。ごめん、ネイティスさん」

どんなに謝っても謝りきれない。そう呟いて、箱を十字の前に置いたまま唇をかんだ。

「俺がこれを開けれる時、それはきっとあんたの事を過去に出来た時だと思う。だけどそれがいつになるのか、俺にはわからない。もしかしたら一生開けれないかもしれない。俺はこの4年、あんたの事考えないようにしていた。思い出すのはあの日の事ばかりで、そのたびに俺はあんたが居ない事を思い知らされたから。辛いとか、そんなんじゃない。あの日俺の胸には穴が空いてしまって、そこにあった愛しいとか辛いとか苦しいとかそういうの全部消えてしまったからもう残ってないんだ。思い出そうとすれば…ただ、自分の所為でもう何もかも無くなってしまった事に気付かされるから……それが……っ」

コールの肩が揺れる。泣いているのかと思ったが、違う。
ぜぇぜぇと、小さく弾むようにする息は異常だった。

「…まさか、過呼吸…?」
はっとしたように言うエリックの声に、俺は走り出してコールのそばに寄った。急いでその肩を抱くように腕を回し、俯くコールの顔を覗き込む。
ひきつけを起こす寸前の浅い呼吸音は、吐く量に比べて吸う時間が短い。
「おいっ」
緊張の所為だろう。もしかしたら最初からおかしかったのかもしれない。
これは明らかに精神的なものだ。 まさかここまで追い詰められていたとは思わずに、俺はこの男にこの場所を教えた事を後悔した。

『ネイティスの身代わりか?』

あの言葉一つで、混乱して涙を見せたのはほんの3時間前の事だ。それなのにそう簡単に切り替えれるはずが無い。
そうだ、そう単純な思いでここに来れる筈が無いのだ。

コールがどれだけ思いつめていたのか、俺は今更ながらに思い知った。


この場から引き剥がすしかない、そう思ってコールを立たせようとする。
「………っ」
だが、コールはそれに抵抗して、逆に俺を押しのけた。ぐっと力強い腕の力に俺は唖然として俯いたままのコールを見下ろす。
コールはがたがたと震える肩を無理やり押さえ込むように息を止めて、一度大きく息を吐いた。口元を抑えていた手を離して、十字の前に音を立てて両手を地面に付いた。
その必死な姿に俺は手を出す事が出来なかった。


「あなたが好きです」


これまでとは違う、強い意思の篭った言葉。
コールは荒い息で、それでも張りのある声を上げた。


「ずっと好きだった。
叶わないと分かってても、それでも好きだった…っ!」


胸の中にずっと重く圧し掛かっていたものを吐き出すように、コールは叫んだ。
濃くはというには甘い雰囲気もなく、囁くというよりも叫ぶという方がぴったりあう。
だけど歯を食いしばっていなければまた泣き出しそうな程、その言葉は俺の胸に響いた。

この十字架の向こうにいる人に向かって伝えた、彼の初めての告白だった。

いつもわざとおちゃらけてみせるこいつが、こんなに真剣に告白をしても、その相手はもうこの世には存在しない。
永遠に届かないそれを、意味の無いものだという奴が居るかもしれない。

だけど俺は、むしろ今居ない相手を恨んだ。
何も知らなかった、あの日の自分を恨んだ。
何故気が付いてやれなかったんだろう。
告白させてやれなかったんだろう。


そう……たとえ、その告白が叶わないものであったとしても。


こんな身を締め付けられるような告白をさせてしまうくらいなら。








「だから、あんたが死んだのは俺の所為だ」



突然の言葉に、俺の思考が止まる。
コールの言葉が反響する。
その言葉の意味をすぐに理解する事が出来なかった。

…何だって?

驚く俺を、下から見上げるようにコールは顔を向けた。ここに来て初めて視線が合った。
その姿にさっきまでの苦しんでいた様子は無く、その目はまるで死をも覚悟した人間のもののように見えた。

「これから俺が言う事な。……許せなかったら言ってくれ。殴ってくれても良い、死ねと言われたらこの喉掻き切る」

「……?」

何だ?何を…言う気だ。
これ以上、何があるっていうんだ。お前…。

「……気が付いていたんだよ。血まみれの剣が振り上げられた時、俺は……彼女の正面にいた」

それが4年前、ネイティスが死んだ時の事を言ってるのだと理解するのに時間がかかった。
そうだ、こいつはあの時ネイティスが死んだのを自分の所為だと言っていたのだ。それをまだ悔やんでいるのかと思い、俺は口を開いた。

「…あれはお前の所為じゃない」

どう言えばいいのか分からなくて、あの時何度も言った言葉しか今も繰り返せない自分に嫌気が差した。
だが、俺の言葉に、コールは首を横に振った。

「違う。俺はミヤが妬ましかった。無条件でネイティスさんの隣にいられる彼女に嫉妬していたんだ」

嫉妬ぐらいするだろう。好きな奴が居れば誰だって。
お前だけじゃないんだよ、そんなのは。
当たり前の事だろう、そんな事は!

そう言おうとした言葉は、コールの声に遮られた。

「だから俺は。あの時、ミヤが死んでも良いと思った。だから気がついても声も手も上げなかった」

「…………?」

俺は、繋ぐ言葉が出なかった。
口をあけたまま呆然と目の前の男を見る。

……何を、言おうって言うんだ。お前。
心臓の音がやけに耳に痛い。
耳を塞ぎたいと、いっそコールの口を塞ぎたいとそう思っても体が強張って動けなかった。



「―――――俺が、変な嫉妬心を起こさなかったら、ネイティスさんが死ぬ事は無かった」


その言葉に、目の前が一瞬暗くなった。
死という言葉に、脳裏にあの日俺の目の前で切り裂かれた兄の姿がフラッシュバックする。
一目でもう命はそこに無いと分かる状態で、目の前に横たわった躯。

『あーもー転職した時には天使と言う天使全部呼ぼうって思ってたのに―』

俺にそんな事を言った、すぐ後だったのだ。
いなかった両親の代わりに、いつも俺にいろんなものを教えてくれようとした。いつも無条件に愛し信頼してくれた人。
その暖かかった腕が、声が、さっきまであった状態であの瞬間に突然無くなったのだ。
確かに直前まで生きていたのに。

その時の喪失まで思い出して身が振るえた。


「本当なら、今だって俺がここにいる資格なんて無い。……好きだとか言う資格なんてもっと無いよな……お前にも」


何を言ってる?
ミヤが死んでも良いと思っていた?
誰が?…お前が…?
だから………、あの時手を伸ばさなかったと?
だから…ネイティスが?





……何だって?








さっきから動機が止まない。気の気の引いた頭は眩暈を起こすような不快感を俺に与えた。



「カーティス……」



…やめろ。それ以上言うな。

言うなっ。


……その先を聞けば、きっと俺はお前を許せなくなる。


耳を塞ぐ事も出来ず、歯を食いしばって目の前のコールを睨んだ。
目の前に居る男は、ずっと長い間俺の友人だった男だ。
俺がこいつの性格を知っているように、こいつも俺の気性を分かっているはずだった。
だが、俺の状態が分かっているだろうに、コールは目を反らす事も躊躇う事も無く口を開いた。




「俺が、ネイティスさんを殺したも同然なんだ」

「!!!!!」



一気に頭に血が上った。
その声に弾かれるように、俺はコールに向かって腕を振り上げた。















4-5に続く





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………。後二回で終わりです。
ちなみに過呼吸を無理やり押し込めようとすると余計ひどくなりますからご注意ください。






トナミミナト拝






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