俺はずっと裁かれたかったのかもしれない。
誰でもないお前に。

あの日、俺は招き起こした事で大切な人を喪った。
それと同じように、お前は唯一の肉親を大事な兄を喪った。

ずっと……それがしこりになって胸に残っていたんだ。
俺は、本当ならお前のそばに居る資格なんか無いのに平気な顔をしてお前の隣に居た。
だけどもう、決めていたんだよ。
お前が自分にとって大事な奴を見つけたら、俺は消えようって。お前から離れるって。
そばに居てくれる人間が居るんだったら、俺が消えても泣かないだろう?

『……もう…これ以上っ、俺に何も失わせるなぁぁあ!!!!』
俺をこの世に止めているのはあの時のお前の言葉だけ。
それだけだったから。

だけどお前まで俺の目の前から消えるかもしれないと思った時。俺はあの時ほど何かを呪った事は無かった。
かろうじてあったものまで粉々に砕かれた気がした。
狂えればどんなに楽だったか、だが人間の精神と言うものはそんなに柔に出来ていないらしい。
結局お前を傷付けた。

何でかな。どうしてこんなことになったんだろう。

お前を好きになんてなったんだろう。


だけど、俺からは離れられないから。だから……お前が。




俺を突き放せ。











a bolt from the blue...4-5







「俺が、あの人を殺したも同然なんだよ」

その言葉に一気に頭に血が上った。
弾かれるように、俺はコールに向かって腕を振り上げた。

そのまま両手でコールの肩を掴み、
「ゴルアァァァ!!!!」
ガンっと額めがけて頭突きをかます。

脳天にくわんくわんと響く衝撃と痛み。ついでにコールの鼻に当たったサングラスが、ひび割れるような音を立てて地面に落ちた。
「〜〜〜〜〜っ」
自分でやっておきながらあまりの激痛に目頭が熱くなる。

ああ、ちくしょう。俺が今こんなにむかついてるのも、痛いのも何でもかんでもこいつの所為だ。
「か…っ、カーティスさん…っ!?」
「お前は黙ってろっ!」
駆け寄ってくるエリックを声と手で制して、俺は頭抑えて唖然とこっちを向いているコールの胸倉を掴んだ。

「お前、もう一回言ってみろ。何て言った、今俺に、何て言いやがった!!!」

「……だから。俺が…っ。俺がネイティスさんを」
「そうか、またそんな事を言うのはこの口かっ」

泣きそうなほど顔を歪めて同じ事を繰り返すこいつの頬を、両手で摘み上げて両方に引っ張った。
コールが切れる前に手を放す。

「それが、お前がずっと溜め込んでた事か」

まだありそうで、俺は腹立たしさを隠そうともせずに、頭を振って吐き出すように呟いた。

「他に無いか?」
「カーティス…」
「無いのかと聞いている」
「……ああ、全部だ」

嘘だったら、今度こそ悲鳴あげるまで頭突きかますぞ。
睨みつけると、コールは顔を歪めて視線をそらすように俯いた。

「つまりこういうことか。お前はずっとあの日の事を自分の所為だと思っていたわけだ。
ついでにそれは、お前がミヤに嫉妬して彼女がブラッディナイトに殺されそうになった時、死んでも良いとそう思って助けなかった。結果ネイティスがミヤを庇って死んだ。お前はそれをずっと負い目に感じていた。そういう事だな」

俺が、整然と話し始めた事に戸惑ったのはコールだった。
さっき、俺に殴られようとしたこいつの姿からは想像も出来ないくらい困惑した姿だった。
まるで4年前の再来だ。
……いや、事実そうなのだろう。こいつの時はあの日に止まっていたも同然だったのだ。
そして今俺を怒らせた上で、お前がどうする気だったのか容易に想像できる。

『これから俺が言う事な。……許せなかったら言ってくれ。殴ってくれても良い、死ねと言われたらこの喉掻き切る』

なぁ。コール。
お前は俺に『死ね』と、言わせたかったのか?
あの日、死のうとしたお前に死ぬなと言ったのは俺だから。だから、その俺から言って欲しかったのか?

お前を楽にする言葉を。

頭の中は煮えくり返っているというのに、思考は妙に冷静だった。
だが、体は正直で握った拳の中で、爪が掌に食い込んでいる。この痛みが無ければこいつを殴り飛ばしていただろう。
それくらい俺は怒っていた。

「何で俺は、お前とその話をしなかったんだろうな」

俺は地面に落ちたサングラスを拾い上げた。
土を払ったそれは、縁の金具が壊れかけていた。
掛ける事を諦めて法衣のポケットに放り込む。

「何も分かっちゃ居なかった。お前の事」
「許そうとするな、カーティス。そんなもの俺は望まない」
「違う、許すと許さないとかそんな問題じゃない。どういうつもりかしらねぇがな。…俺を理由に使うんじゃねぇよ」

低い声でそう言って視線を合わせて睨めば、コールが目を見開いて肩を震わせた。
図星かよ。
ああ、畜生…。畜生畜生。この馬鹿この馬鹿この馬鹿っ。

「俺から離れたければ、何も言わずに消えればよかったんだ。それも出来ずに俺を不快にさせるだけさせて一人消えようって言うのか。それこそ俺の事馬鹿にしてるんじゃないか?」

「どうしようもない事は分かってるさ!だけどな。俺は今回の事ではっきりわかった。俺はお前に依存している。はっきりきっぱり切られないとお前から離れられないんだよっ!俺を生かしているのはお前の言葉だけだ。それさえ無くなれば俺は…っ!」

「楽になれるのか?」

「…………」
コールは答えなかった。ただ、辛そうにゆがめられていた顔で黙り込んだ。だが、その目が肯定していた。


「分かった。開放してやる。無かった事にしてやる。好きな時に死ね。お前なんか知るか。もう、愛想尽きた」


そう言った途端、コールは糸の切れた人形のように立ち尽くした。
体が震えているのが分かる。指先まで震えていた。
それを妙に冷静に見て、「だけどな」と言葉を繋げた。
「お前が居なくなっても、俺はお前を忘れないからな」
「…………」
「六年付き合ってきたんだ。忘れられるかよ。」

開放してやる。あの日お前に言った言葉から。それが俺の責任だろう。
だけど、俺はお前を諦めたわけじゃない。

だから今度はお前の意思を。……俺に見せてみろよ。
お前がどうしたいのか、俺に見せてみろ。
だけど、それが俺の意思に反するものだったら俺はお前を止める。殴ってでも、拘束してでも止める。止めてみせる。

「……ずるい…」
「ずるくて結構。てめぇが何勘違いしているのかわかったからな。離れる理由にもならないものを突きつけられて『お別れ』されてもこっちがムカツク」
「…勘違い?」
不審そうに聞き返すコール。こいつが話した内容の中で、最初から引っかかっていた点が俺にはあったのだ。

「………ああ。お前あの時大分錯乱していたからな。……お前、ミヤに嫉妬していたって言ってたよな。じゃぁ、ミヤの事嫌いだったのか?憎んでいたか?」
「………ああ」
「違うだろ。それともそう思いたいだけか?言っとくけど俺はお前がミヤに対して嫌ってるとかそんな態度を取ってるようには見えなかった。嫉妬はしてたろうけど、嫌いじゃなかっただろ」


思い出すのは4人でいた時の事。ぼーっとした兄に、きついけれどもどこか不器用なミヤの二人は結構割れ鍋に閉じ蓋のような似合いの恋人同士だった。
パーティを組んだ事は無かったが、ネオティスとミヤはよく俺達に会いに来ては食事を一緒に取る事があった。
ミヤは鈍かったからコールのネイティスに対する想いは知らなかっただろう。
だがコールがミヤと同じ銀髪に染めた時、ネイティスが「並んだら姉弟みたいじゃない?」とか言った時、ふっと微笑んだ彼女の笑顔を俺は良く覚えていた。
コールが不貞腐れたような態度をとる事があっても、その会話は本当に気の置けない人間のそれだったから。



「それは、」

「…お前、飛び出そうとしてたんだぞ。ミヤに手を伸ばして叫ぼうとしていた」

まだ何か言おうとするのを遮って結論だけを突きつける。俺が覚えている、4年前の事を。

「…え?」
「でもお前が一番遠かった。俺はお前の方を見ていて気付くのが遅れた」
呆然としていた。目の前に俺がいる事も分かっていないかのように見えた。
あの日の事を思い出しているのだろうか。その視点は定まっていなかった。

俺は片腕をコールの首に回して、肩口に頭を乗せた。
こいつが、今ここにいるという事を確認して欲しくて。
過去ではなく今と言う時間に戻って来て欲しくて。

ゆっくりと噛み締めるように、コールに言った。


「助けようとしていたんだよ、お前っ!……覚えてないってんなら、無意識だったのかもな」




きっと、そうだったのだろう。
何かを考えていたこいつは、急に弾かれた様に真っ青になってミヤを見た。
何かを叫ぼうとしていた。声が出ていたかどうかは俺も忘れた。
だけど俺はそれに異常を感じてミヤのいた方を振り返ったのだ。
その時には、血まみれの剣は振り下ろされていたけれども。



「俺達はあの日少しずつ同じ重荷を背負ったんだ。……お前はネイティスが好きだった分、それを重く感じたんだな」

この4年。どうして俺は気が付いてやれなかったんだろう。
こいつの表面ばかり見ていて、その下にあるものに気が付かないままだった自分に腹が立った。
こいつが『俺の所為だ』と言った時から、俺は自分のふがいなさに腹を立てていたのだ。
握り込んでいた拳の筋が悲鳴をあげても解く事が出来ないくらいに。
俺が今こんなに冷静なのは、俺がお前とこの話をしていなかった事を怒り以上に後悔しているからだ。

嘘だとうわ言のように呟く声に、俺は何度でも首を横にふる。
「嘘じゃない。…お前、俺の事まで信用しない気か?」
人形のように立っていたコールの腕が震えながら上がってくる。
それが俺の体に回ろうとして、止まった。それが、コールがまだ拘っている事のように思えて、俺は黙ってコールの首に回していた腕の力を入れた。
「この馬鹿」
「………っ」
瞬間、縋り付かれる様に抱き締められた。



ごめん。ごめん。気がついてやれなくて、悪かった。
何度も呟いた言葉に、コールは小さく首を横に振った。










ネイティスの墓の前で三人並んで座っていた。
どこかに行っても良かったのだが、何となくここを去るには名残惜しかった。
コールはぼーっとしたまま目の前の青箱を指で弄んでいた。
「……開けるか?」
これは、コールを縛るものの一つにしか見えない。いっそこの場で開けたほうがいいのではないかと思った。
だがコールは俺の言葉に苦笑する。

「……無理。……これは、開けれない。………まだ、好きだからさ。何か…好きになるんじゃなかったとか思ってきた分、好きでいて良かったんだと思ったら…あの日に戻ったみたい。すぐに切り替えられねぇよ」

死人に義理立てだったら問答無用で奪って開けていたかもしれないが、そう言われたら何も出来ない。
ちっと舌打ちして、睨むように見ていた青箱から視線をそらした。
「だったらとっとと、新しい恋人でも見つけろ」
「…恋人」
ちらりとこちらを見てきたコールの視線の意味に俺は全然気が付かなかった。
いらいらしながらタバコの入っているズボンのポケットを探る。
「気になる人間ぐらいいないのか。……そういや、お前…付き合ってる人間いるだろ?」
そうだ、何で今まで忘れていたんだろう。最近ずっと纏わり付かれていた時間が多くて忘れていたのか?
一時期こいつは入れ替わり立ち代りぐらいの勢いで付き合う人間を変えていた。あまりの多さに俺も顔をしかめた事がある。だが、今でも続いている人間の一人や二人ぐらいいるのではないのかと俺は言った。
コールは器用に片眉上げて、慌てたように手を振る。
「付き合ってたわけじゃないって!それにエリックが来るようになった頃に全部切ったし!」
全部?二人とか三人とかそういうレベルの括り方じゃないのが気になった。
お前…何人いたんだ……?
呆然と見るとコールは責められているとでも思ったのか、口篭った後眉をへの字に落して肩まで落した。
覚悟を決めたように、俺に向かってぱんっと両手を打って頭を下げた。

「懺悔します。…あの頃さ…、お前のふとした仕草とか、横顔に…ネイティスさん重なっちゃってさ…欲情してました」

「!!!?」
突然の告白に、俺はハンマーホール食らってスタンまでかかった。
お前、いつの間にBSスキルを…。
「その頃お前は女と付き合ってたし、さすがにやばいと思ったから他で発散させてた。……んだけど…、特定の人間作るの嫌だったから。相手もそういうの選んでたし」

そういうのってどういうのだ。体だけと、そういう事なのか?
呆然としながらもそういうところに突っ込みができる自分が嫌だ。

「お前に負い目が合ったから……それにそれまでもカーティスだけは駄目だと思うようにしていたんだけど、一度気になったらもう後はどうしようもなかった。いつからかは分からないけど、俺は前々からお前を気にしてたんだろうな…。それでエリックに取られたくないと思う頃にはもう駄目だなって」

駄目って……、は?
それはつまり?

……考えたくねぇ!!!

「………」
たちどころに出てくる新事実に俺は言葉を失った。

ちょっとまて、俺はお前がエリックに感化されておかしくなったものだと思っていたんだぞ。
そうじゃなかったのか?
その前からだったのか?
欲情…………?そんな目で見られていたのに、全然気が付かなかった俺って一体…?
もしかしてものすごく鈍くないか?

そして何か、話がとんでもない方向に転がっていきそうになってるのは俺の気のせいか?

「だから、もうお前がお前が新しい恋しろって言うんだったら。それはもうお前しか考えられないんだけど」
「諦めろ!また次の恋を探せ!」
予想通りの言葉に、慌てて反射的に言い切る。だが、コールも俺がそう言う事を予め予想していたらしい。

「カーティスもちゃんと考えてやるって言ってくれたじゃん。」

それはあれか。アマツでの話か。
考えるといったが、それは俺がお前等に対して意味ありげな態度は取らないっていう意味だったんだ。前向きに考えると誰が言ったか!

「考えた!よーく考えた!!お前は俺の親友だ。それ以上にはならない!!」

そうとも、俺はここでお前への友情を再確認したばかりだ。
永遠に友でいようじゃないか!
恋人とかよりずっとましだ!!!

だがそんな俺の言葉も新たな恋に向かって突き進もうとする男の抑止力にはならなかったらしい。
「その親友にあんな事されといて?」
あんな事?何の事だと聞き返そうとして止まった。

……思い出させるな、このやろう。

抑止力の壁にはもうすでに穴が開いていた事に今更ながらに気がついた。
そうだ、ついさっき、俺はこいつに喘がされたばかりだった。
真っ青になる俺を覗き込むようにコールが顔を近づけてくる。

「お前…あの時、抱かれても良いと思っただろう」

ドキ。

「お前の言う通り雰囲気に流されたんだとしてもな、俺に対して嫌悪感を持たなかったんじゃないか?」

ギク。

「そこまで思ってくれてるのは、すでに親友の域超えているように思うのは俺だけか?」

そりゃまぁ…別の関係築く覚悟までしたんだけどな。
それはもうきっぱりしっかり忘れる事にしたんだよ!!
あれは、本気で魔が差したとしか思えない状況だったんだ!!!

言っただろうが。さっきまでの俺は俺じゃないんだ。俺は死の寸前までいたわけだ。走馬灯も三途の川も見えないほどあっさりと逝きかけたんだぞ。それが昨日だ。つまり目覚めたばっかりの俺の精神状態はまともじゃなかった訳だ。おまけに熱に浮かされていた。雰囲気に流されても仕方ないだろう。心神喪失状態で何をしようとも、それは俺の意思じゃない。

脳裏には既にこいつに言った言葉が駆け巡るのだが口に出ない。コールの真剣な目が突き刺さって、俺は真っ青になったまま開いたままの口をパクパクとさせていた。

「……カーティス」

ちょっとまて、急に真剣に俺の名前を呼ぶな。
顎に手を掛けるな。
自分の方に顔向けさせようとするな〜!







>>つづく










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カーティスさんは激ニブです。






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