「運命の神様が私達にくれるきっかけには3段階あるの。一度目の出会いは偶然。二度目は必然」

「…じゃあ、三度目は?」

「運命よ。私の可愛いお馬鹿さん」


そう言って僕にキスしてくれたのは、僕の『たった一人の人』ではなかったけど。

僕に愛情を教えてくれた人だった。












a bolt from the blue...4-3〜天使の手形〜









僕が覚えている一番古い記憶。

それは母親が泣きながら地面に押しつけて僕の首を絞めている姿だった。


大聖堂の重鎮にいるという人が、ただの町民だった僕の母親を見初めた。 それだけだったのならシンデレラストーリーだったのだろうけど、現実はそんな綺麗なものじゃなくて。
母にはもうその時既に夫がいて、その人は卑怯な手段を使って一夜を奪った。
そのたった一度の行為で僕を身篭ったのだと言う。
毎日不安に泣いて泣いて泣き暮らして。生まれた僕は愛した夫とも自分とも違う茶髪茶瞳の憎むべき男にそっくりな子供。
そしてある日とうとう思い余って僕を殺そうとした。
だけどその時偶然居合わせた人達が母を止めたので、僕はこうして生きている。

「……本当かな…」

周囲の噂話からわかった自分の身の上話は、どこか非現実的で。
それでも、あの鬼のような形相で泣く女性の姿は僕の記憶違いなんてあるわけが無い。
母の正式な夫とも、その重鎮と言う僕の父親に当たる人とも会った事はないし、物心ついた時には既に教会の孤児院に入れられていたくらいだからそんなに思われていたわけではなかったのだろう。

たった一度の過ちの上に出来た子供。
それが僕だった。

物心つく頃には俯いて歩く子供になっていた。
当時の自分は感情の起伏が少ない子供だったと思う。
何があってそうなったかは知らないけど、自分は望まれてない子供だったというなんともいえない空虚が僕を苛んでいた。
首を絞められてその息苦しさのまま生きている状態でただ日々を過ごしていた。
周囲に気を使い、機嫌を伺って。

そんな僕に優しく接してくれたのは、半分血の繋がった兄の許婚だった。
ディオから僕の事を聞いて、会いに来てくれたのがきっかけでしだいに話す様になっていた。
その頃の僕は単に与えられる暖かさが、彼女のいっそ小気味いいくらいの話し方がとても心地よくて。
今思えば「辻に失敗したらその人と結婚しなきゃいけない」とかそういうとんでもない嘘も多く刷り込まれてしまったのだけど、今でも彼女の事は母親のように姉のように想っている。


「運命の神様が私達にくれるきっかけは3段階あるの。一度目の出会いは偶然。二度目は必然」

「…じゃあ、三度目は?」

「運命よ。私の可愛いお馬鹿さん」


ベットの上で互いに身に纏うものは無く、寝そべったままキスされた。

彼女にとって、それでも僕は兄の弟で子供のようだったのだと思う。
僕が好きだと言っても、ただ困ったように笑って「私もよ?」と言うだけだった。
その好きが僕の欲しい好きじゃない事は、人の機嫌を伺う事が得意になっていた僕にはもう分かっていたけど。
それで良かったわけじゃなかったけど…、その頃の僕は何も出来なかった。
彼女を引き止めることも、縛り付ける事も。

彼女が、いなくなっても探すことすら出来なかった。
教会に来ていたディオがただ一言「他の男と消えた」と言った言葉にも、ああやっぱりと思っただけだった。

消える前日、彼女は僕に言った言葉。
「人の愛し方は覚えたわよね。…後は俯かずに顔を上げて、好きだって言える人に早く会える様に祈ってる。…エリック。私がいなくなってもきっと『天使の手形』があなたを祝福してくれるわ」



天使の手形。



それは、大聖堂の中央にある大きな十字架についた小さな不思議な手形だった。

地面から10メートルはある場所に備え付けられた重厚な十字架の側面、天辺に近い所にある小さなもみじのような手形がほこりを落とすようにしてそこに付いていた。
光が差し込む角度で見え隠れするそれは、指先が上に向いたまま判子を押すように一つだけそこにあった。
おそらくそんなものがあるなどと他の人間は知らない。
僕はこの事を彼女にだけ教えていた。
彼女も驚いて、不思議そうに首を捻った。
子供であるはずが無い。
天井に近いその場所は、大人でも登れない所にあるのだ。

ありえない場所にあるそれは、本当に天使が悪戯で押したもののように思えた。


だから彼女と『天使の手形』だと言う事に決めた。



















僕はあの日と同じように長いすに座ったまま十字架の小さな手形を見上げた。
そしてあの日より大きくなった指を組み、祈りを捧げるように繰り返し呟く。


天にましますわれらの父よ、
願わくはみ名の尊まれんことを、
み国の来たらんことを、
み旨の天に行わるるごとく
地にも行われんことを。
我らの日用の糧を、
今日我らに与え給え。
我らが人に赦すごとく、
我らの罪を赦し給え。

我らを試みに引き給わざれ、
我らを悪より救い給え。

父と子と聖霊とのみ名によって
アーメン。


いつの間にか、はらっと零れるように涙が頬を伝って落ちた。

「カーティスさん…カーティスさん…」

自分を庇って血まみれになったあの人の名前を呟いて、堪えきれなくなって嗚咽を零して俯いた。

どんなに癒しの力を持っても、それはけして戦う術じゃなく。 かといって、死にかけたカーティスさんの傷を癒す事も出来なかった。
非力な自分が悔しかった。
カーティスさんと共に戦いたいと思っても、今の自分ではそれも叶わない。
むしろ足手まといにしかならなくて…。


冷たくなっていく彼を、ただ見ていることしか出来なかった。


ディオがいなかったらと思うと、ぞっと背筋が凍った。
大丈夫。大丈夫。
生きてくれているなら、もう会えなくてもいいから。


天にましますわれらの父よ、
願わくはみ名の尊まれんことを、
み国の来たらんことを、
み旨の天に行わるるごとく
地にも行われんことを。



『…消えろ……このままお前がいたら…、俺はお前を殺すかもしれない』



コールさんの言葉を思い出して、ずきっと心臓を針で刺された様な錯覚を覚えた。
傷は塞がってもまだ顔色も悪く目の覚めないカーティスさんを両腕に抱いたまま、彼は怒りに震える声で背中越しに呟いた。
襖の奥にある魔物の気配に気がつかないまま、僕が迂闊に開けてしまわなければ、カーティスさんがこんな目に会う事は無かった。
頭ごなしに怒鳴りつけられるより厳しい、コールさんの言葉に僕は何も言えなかった。
ガタガタと震える僕の体をディオの腕が抱いて。
放心していたのだろう…。気が付けばこのプロンテラ大聖堂にいた。

それからずっと、…一晩中祈ってた。



カーティスさんは無事輸血できたんだろうか。

毒素はちゃんと消えていたのか。

熱が出て苦しんでるんじゃないだろうか…。







………………。

僕に会った事…後悔してるんじゃないだろうか。









「……カーティスさん」
はらりと落ちた涙が床に染みを作った。

今でも思い出すのは、何でもない日々の会話だった。
三人で笑ってた。
ある日僕が何故カーティスさんの事を好きだと思ったのかという話になって、一目惚れだって言ったらきっかりしっかり現実主義のあの人は眉を潜めたっけ。

『だって素敵じゃないですか。一目惚れって』
『そうか?俺はじっくり付き合うタイプがいい』
『わかりました、じっくり僕の事知ってもらうようにします!』
『……そういう事じゃなくてな』
『…辻に失敗したらってあれも、だったらいいなぁって思ったんですよ。好きになれる人だったらいいなぁって』
『それで、一目惚れねぇ…。思い込み激しいんだよ、お前』


本当は。


本当は、あなたに会ったのは、あの辻の日が初めてじゃなかったんです。


あなたは覚えてないだろうけど、僕がまだこの大聖堂の横にある孤児院にいた時に渡り廊下でぶつかった事があった。
僕は走っていた勢いのまま地面に尻餅をついてしまって。
謝ろうと一瞬だけ見上げた時に目に入ったのは、片眉を上げて怖い顔をしたお兄さん。
聖職者の登竜門であるアコライトの服を身につけていたが、似合ってるようには見えない。
釣りあがった目が僕を見下ろしてくるのに、僕はもう殴られるんじゃないかと恐ろしくなった。
そしてお兄さんの手が伸びてくるのに僕は弾かれるように首を竦めて片腕で顔を庇った。
一瞬だけ、母親が僕の首を絞めた事を思い出した。

「おい、ガキ!怯えてんじゃねーよ、ちっ…胸糞悪い…」

だけどその腕は僕の腕を取って立たせてくれた。
驚く僕の腕を掴んだまま掌を広げさせられる。
赤い血が見えて、さっき尻餅付いた時に擦ったんだと分かってすぐそれがじくじく痛んだ。
思わずためていた涙が零れた。

「泣くな!男だろ!!」

吼える様に怒鳴られてやっぱり怖い人だと目を瞑ってびくりと肩をすくめた。
だけど、叩かれると言う事は無くて。掌に暖かいものを感じて恐る恐る目を開けた。
お兄さんの掌からぼんやりと白いオーラが立ち上り、それが強くなるに連れて掌のじくじくした痛みが消えていった。
すぐに傷も無くなって、お兄さんはそのまま手を離した。

「気をつけろよ、ガキ」

お兄さんはそのまま振り返らずに立ち去った。
「あ…」
僕はお礼を言う事も出来ずに、その後姿を見送った。
この時、どうしても言えなかったお礼が気になって。
また来ないかと時間を見ては渡り廊下に行ったのだけど、結局会う事は無かった。

怖いと思ってごめんなさい。
本当は優しい人だったんだ。

……お礼を言いたかったけど、会えないから。
その分神様に祈った。


あの人が幸せになれますように。

健やかでいられますように。








再会は劇的だった。

最初はまさかあの時の人だとは思わなくて。
辻が失敗した事に加えて(このときの僕は辻に失敗したらその人と結婚しなきゃいけないって本気で思っていたから)、怖い人に会ってしまったと大泣きしてしまった俺にカーティスさんはまた同じように怒鳴った。

『男なら泣くんじゃねぇ!!!!』

頭ごなしに怒鳴られて呆然とする僕は、その言葉に5年前にあったアコライトのお兄さんを思い出した。
サングラスしてるけど、間違いない。
プリーストになったんだ。
そうだあの時のお礼言わないと。
逃げるように立ち去るカーティスさんの後ろを今度こそ追いかけた。
その背中を追いかけて追いかけて。そうしながらドキドキと胸が高鳴った。
怖い顔した、本当はやさしい人。
「辻に失敗したらその人と結婚しなきゃいけない」っていうんだったら、あの人が僕の家族になってくれるのかな。

………だったら、いいなぁ…。



そうして捕まえて。

プロポーズまでしてしまって。
それが嘘だって知った時には、顔から火が出る思いだった。

だけど

コールさんがカーティスさんにキスした時、兄の許婚だった彼女を思い出した。
あの時の後悔を繰り返したくないと思った。
諦めたくないって。


運命の神様がくれた二度目の出会いを捕まえた。





それでも最初は俯いている事が多くて『声が小さいんだよ』と言われて余計居たたまれなくなった。
ますます俯く僕に、カーティスさんはため息を一つついて『顔を上げろ。聞いてやるから』と、髪をかき回すように力任せに撫でて。

怒れば拳もハリセンも飛んでくるけど、その後に強くやりすぎたか?なんて目でこっちを伺ってるものだから全然怖くなかった。
カーティスさんの言葉は容赦なくても、それはこの人の不器用な優しさなんだって分かってからはその事が嬉しかった。

こんな風に気の置けない関係と言うものを知らなかったから余計に。



コールさんもカーティスさんを好きで。
その点ではライバルだったんだけど、不思議と嫌いにはなれなかった。むしろこんな子供をライバルだって張り合ってくれるコールさんには尊敬に似たものを持っている。かっこいいと思う。
二人で狩りしてる時の話題はカーティスさんの事が多かった。
詳しくは聞いたこと無かったけど、彼は彼なりに色々複雑な事情があるらしくて。
『お前がいなかったら、多分冗談でもカーティスに好きだって言う事もできなかったろうな』と自嘲したのを見て、何だか胸が苦しくなった事を覚えている。
いつから好きだったのかと問い掛けた僕に、コールさんは「さぁ?」と苦笑した。

『言うつもりも無かったんだ、いつからだって言われてもわからない。どこから愛情なのか測れる機械でもないとな』

ああ、でもそんな機械があったら…。きっと世の中の恋人達は大騒ぎになるに違いない。
なんて言って二人で笑った。


だから、コールさんが怒るのも無理は無い。
僕だって、今こんなに自分が情けなくて腹立たしくて仕方ないのに。

組んだ指が震えるのを感じながら、ぎゅっと目を閉じる。


どうかどうか。
あの人達が幸せになれますように。

心の底から笑える日が来ます様に。

カーティスさんが早く良くなりますように。




僕はもう、会いに行ったりしませんから、だからどうか神様。

お願いです。



……天にましますわれらの父よ、
願わくはみ名の尊まれんことを、
み国の来たらんことを、
み旨の天に行わるるごとく
地にも行われんことを






一度目は、六年前、怪我したのを手当てしてくれて。

二度目は、辻して逆に怒られちゃって。





我らの日用の糧を、
今日我らに与え給え。
我らが人に赦すごとく、
我らの罪を赦し給え。





じゃあ、三度目の出会いは…?

三度目は無い。あるわけない。






我らを試みに引き給わざれ、
我らを悪より救い給え。






「……そっか…だから、駄目になったんだ」


ぼんやりそんな言葉が口に出た。














「何が駄目になったんだ?」




突然振って沸いた声に、弾かれた様に肩を震わせて振り向いた。


そこにはいつもの不機嫌そうな顔にサングラスを掛けたプリーストが立っていた。




これは何の幻だろう。

思わずごしごしと目を擦る。



「お祈り中申し訳ないが、隣に座っても?」

「え…」

漏れた声を返事と受け取ったのか、どかっと乱暴に腰掛けるその人は、間違い無くカーティスさんだった。
呆然としている俺の視線に気が付いたのか、視線だけこっちに向けてニヤリと口元を上げる。

「幽霊でも見てるような目をしてんじゃねーよ」

「ち…違いますっ」

そうじゃなくて。
何でここにとか。怪我はもう大丈夫なのかとか。熱は?とか。
聞きたい事はいっぱいあって。
だけどどれから言えばいいのか分からなくて。
だってもう会わないって決めたばかりなのに。
それなのに……目の前にいるこの人を見てそれだけで泣きそうになった。



よかった…。生きてる。

元気になったんだ…。

歩けるようになったんだ……。


ぼろぼろと堰切ったように流れ落ちる涙に、カーティスさんがぼやけて見えて必死になって手の甲で目を擦る。
一瞬でも目を離したら、彼が消えてしまいそうで。怖くて腕を伸ばして腕を掴んだ。



そこにいた。

いてくれた。



「お前、本当泣き虫な」
カーティスさんが、ちょっと困ったように言った。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
ひたすらに謝った。それしか言葉が浮かばなかった。
庇って大怪我を負わせてしまった事も、ぜんぜん役に立てなかった事も。
筋を立てて説明したくても出来なかった。


「いいから。お前が謝る事なんてねーんだよ。俺は俺のしたいようにしたんだから。……でも、そうだな…。残される気持ちも分かってるのにな……。心配掛けたな」


カーティスの言葉に何度も首を振って否定した。
カーティスさんが謝る事なんて無い。
でも、もう。こうして元気でいてくれることが嬉しくて。それだけで良かった。









「…コールさんは?」
泣いて、だんだんと落ち着いてきた所で、不意に気になった事を確かめるように周りを見る。
僕達の他に人影は無かった。
もしかして、コールさんは知らないんだろうか。
そうかもしれない。あんなに怒っていたから。
きっとカーティスさんが僕に会いに来るなんて許してくれない。

「待ち合わせしてる。お前拾って合流する事になってるから」

「……え?」

「あいつからの伝言。『お前がいないと張り合いが無いから戻ってこい』とさ」

僕は信じられないように、…食い入るようにカーティスさんを見た。
そんな。まさか。こんな都合のいい事無い。

「でも…だって…」

「何だ?嫌なのか?」

ムッとした様に言うので、僕は慌てて両手をぶんぶんとふる。
「違いますよ!……だって、僕。……役立たずだし……」
そんな下手な言い訳しか出ない自分が情けない。
「分かってるよ」
ぽんっと返ってきた言葉に、ぐっと胸に痛みを感じながらも続けた。
「僕といてもいい事無いじゃないですか。カーティスさん僕の所為で、し…死にかけたんですよ?それなのに僕、全然役に立たなくて。……人を助けるために聖職者になったのに、僕じゃ、助けられなかったんです…」
また、あの時の事を思い出して涙が零れた。

「でも、必死でヒールしてくれたろ。…覚えてるぞ、お前が泣きながら何度もヒールしてくれた事」

ぽんっと頭に暖かな手が乗せられた。

いつからだろう…。こうして、差し出された手を怖いと思わなくなったのは。

首を竦める事が無くなったのは。

伸ばされる手が怖いものじゃなく、優しいものだと知ったのは。


「…………っ!」

身を乗り出すようにしてカーティスさんにぎゅうっと抱きついた。
彼は黙ってぽんぽんと背中を叩いてくれた。


「自分の力に納得できてる奴なんていないんだよ。肝心なのは今ある力をどうやって使うかだ。…足りないと思ったら修行しろ。お前にはまだ先がある。まだこれからなんだよ」


その声にまた涙が止まらなかった。
カーティスさんが困ったように何度か頭を撫でてくれた。

「……僕。戻っていいんですか?」

「お前が戻りたきゃ戻って来い」
不機嫌そうにいうのはきっと照れ隠しの所為。
泣きそうになるのを唇をかんで堪えるようにして顔を上げた。



嬉しい。

良かった…また、会えて。

また…一緒にいさせてくれて。




思いを込めてキスすると、途端にカーティスさんは顔を真っ赤にしてぼかっと僕の頭を叩いた。
慌てたのか、いつもよりちょっと痛かった。

「あのな!言っとくけど、俺はお前のその邪まな想いには答えられないからな!コールといいお前といい…」
ぶつぶつ言う様がおかしくて、僕はくすくすと笑った。
それにカーティスさんは表情を改めて片眉を跳ね上げる。

「やっと笑ったな」

「え?」
目の前に立つカーティスさんを見上げる。
サングラスをかけていて表情は分からないけど…だけど優しげに僕を見下ろしていた。
僕がじっと見てるので居たたまれなくなったのか、すいっと顔をそむけて頬を掻く。

「正直、どうすりゃ良いのか分からなかった。俺はまぁ、その…人の感情には疎いし。好意を向けられるより、怖がられた方が多かったし。……おまえやコールが俺を好きだという言葉ですら、何の冗談だと思っていた。だから俺は真剣に受け止める事はしなかった」

「…………」

「……悪かったと思ってる」

「……」


口をへの字に曲げているカーティスさんを、僕は目を丸くしたまま見た。
だって…、そんなの。
……カーティスさんが悪いなんて思う必要なんて無いのに。




ああ。

本当この人って…。

なんて……優しい人なんだろう。




同性から惚れられて、その気が無いっていうのに真剣に考えてくれるだなんて、普通しないと思う。
諦める気は毛頭無いけど、言葉も話してくれないくらい嫌われるのも嫌だなとちょっと思ってた。
でもそれくらいは、しかたないと思ってたから。

なのに、この人は真剣に考えてくれていたのだ。





……その言葉だけで


…存在だけで、こんなに僕の心を暖かくしてくれる。


そんな人を目の前にして、どうして愛さずにいられるだろう。





ぼうっとしながら見つめ続けていると、慌てたように言葉を繋げた。

「言っとくがな、それでも俺はお前を抱きたいとか、だ…抱かれたいとか思ってるわけじゃないぞ。恋人とかにするなら女とだと思ってる」

僕はこくんと頷いた。
だってそれは分かってる事だから。

「はっきり言って、お前が俺を好きでもその想いがかなう日なんて来ないかもしれないんだぞ」

「でも諦められないから。……頑張ります!」

「が…」


絶句したカーティスさんから視線を外さずに、口元を上げた。
自信を持って見上げる僕にカーティスさんも何も言えずにいるようだった。



だって、こうして会えた。

これが三度目の出会いだったらいいと思ったから。
もう今度こそ、絶対離したくなんて無い。




カーティスさんはあっけに取られたように、やがて眉を潜めて自分の頭をがしがしと掻いた。
そして、眉間のしわを抑えて、はぁっとため息をつく。

「もう、勝手にしやがってんだ……忠告はしたからな」

「……はい!」

カーティスさんは椅子から立ち上がった。
もう帰るんだと分かって僕も同じように立つ。
心が沸き立つ。


もう、体が震える事は無かった。









見上げた先には、十字架があった。

その横の小さな手形を眩しげに見た。




ああ、そうだ。この人だったら何て思うかな?
そんな悪戯心を起こして僕は十字に向かって指差した。

「知ってます?ほら、あの十字の側面に小さな手形があるでしょう?」

「ん…?」

「光の加減で見えにくいかも。えーと十字の天辺辺りにあるんですけど」

カーティスさんはすぐにそれを見つけて、ちょっと驚いたようだった。
そりゃそうだ。

「あれ、どうやって付いたんだろうと思って。僕が物心ついた頃からあったんですけど。変ですよね?地上から10メートルはあるのにこうジャンプしたように指先が天井向いてるでしょう?あそこまで登れる子供なんて居ないのにどうして付いたんだろうと思って」

「………」

カーティスさんもそれを考えているのか難しい顔をしている。

「子供の頃は本当に天使の仕業かなって思ってました。天使の悪戯」

「……そんなんじゃねーよ」

カーティスさんは苦虫を噛み潰したようなそんな顔をして天使の手形を見上げた。



「ほら、天井に張りがあるだろ?あそこから子供が落っこちたんだ」

「え?」



突然振って沸いた新解釈に僕は目を丸くして驚いた。
それに張りから十字の天辺までもかなりの高さがあるのに。
下手したら、死んでしまう高さなのだ。

「子供には無理ですよ?」

「でも落っこちたんだよ。当の本人がそう言ってんだから間違いねぇだろ?」

その言葉に僕は声を上げる事も出来ずに驚いた。

カーティスさんはまだ憮然とした顔で
「2階の屋根裏からここの張りに出る抜け道があるんだよ。ガキなんて怖いもの知らずだからな。よく神父から逃げ回ってあそこに隠れてた。だけどある日滑って十字に落ちたんだ。足から落っこちたし伸ばした手が偶然あの天辺に引っかかった。あれは体支えてる時にでも付いたんだろうな。今まで全然気がつかなかった」
その時の事を思い出しているのか、あの時は大騒ぎだったとぼやいている。

「………………」

「悪かったな、天使の悪戯じゃなくて」

そうきまり悪そうに言うカーティスさんを見上げながら、僕はもう耐えられなくなったように笑い出した。
お腹抱えて、たまらずにその場に蹲る。
「あはははははっ!」

「…笑うな」

「む。無理ですってっ。だって……だって…っ」


おかしくておかしくて。
そんな昔からあなたのものとは知らずにずっと見上げていたなんて。




……あなたの欠片を見つけていただなんて。







無調面のままのカーティスさんを、僕は涙を拭いながら見上げた。
そしてカーティスさんによく見えるように指を三本立てた。





「知ってます?運命の神様が僕達にくれるきっかけは三段階あるそうです」


「はぁ?」


「一度目の出会いは偶然。二度目は必然。そして三度目は…運命だって」


一本一本折っていく指を、不思議そうに見られているのを感じながら僕は立ち上がった。




「カーティスさんは一目惚れとか信じないって言ってたけど。俺は信じます。
はっきり言えますよ。カーティスさんと会えたのは運命だったって。神様が僕に教えてくれたんだって」






だって最初のきっかけはもうすでにされていたのだから。





だから、きっと。
あの手形を見つけた時から、もう既に決まっていたんだ。



あなたを好きになる事。





一度目はあの手形。

二度目は6年前にぶつかって。

三度目は1年前に。あなたに捕まった。






だけど、まだカーティスさんには黙っておこう。

だって、僕だけが好きなこの状態で言っても仕方ないから。


カーティスさんがもう少し、本当に僕の事好きになってくれたら…その時言うから。
















あなたに会えてよかった。







じゃなかったら、僕はきっといつまでも俯いたままだったろう。

世界が、空が広い事も知らずに首を竦めて目に見えるものだけしか手を伸ばさなくて。

もしかしたら人を好きになる事もないままだったかもしれない。










不思議そうな顔をするカーティスさんに僕はもう一度笑顔を向けた。

「早く帰りましょう。きっとコールさん待ってますよ」







僕は、光に向かって手を伸ばした。














>>つづく






+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

このシリーズは、聖職者が多いこともあって「天使」をよく使います。「天使のはしご」に「天使の手形」。こじつける時は天使のご都合主義にお任せです。(オイ)

しかしまぁ…。エリック君大人〜。ちなみに彼女とそんな仲になったのは12歳。手取り足取り?…大人〜…。(オイオイ)
彼女の事はもう少しエピソード入れたかったんですが、これ以上長くすると読む方が大変なのでけずりけずり。じょりじょり。
エリック君はイメージ的に子供の部分も持ちながら無邪気に大人びてるという感じだったのですが、ここでようやくそれを出せて良かったです。だけど信仰深い聖職者って何か新鮮だなぁ…。

そして、カーティスさんはお子ちゃまの頃からやんちゃだったと。笑)
前にもちらりと書きましたが、カーティスはエリックと同じ孤児院育ちです。そうとうな悪ガキだったと思います…。(愛すべき悪ガキ)
アコライトカーティスさんと、エリック君の出会いは6年前カーティス17歳、エリック君10歳。
…微妙に年表が欲しいです。書いてる方が混乱する…。


と、ここまで読んで下さった皆様に感謝。
あともう少しです。コールさんに話を戻してもう一波乱起こします。
長い…最初に前後編で抑える気でいた馬鹿はどこですか?ハリセンもって追い掛け回しますから教えてください。




トナミミナト拝





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