今俺の隣には、栗毛を腰まで伸ばしたアコライトの少女が歩いていた。 年は15、6。大きなリボンで頭を飾り、黙って俯いている。 擦れ違う男達が興味深げに少女を見、そしてうらやましげな視線をこっちに向けてくる。それが分かるくらいには、俺もこの少女がかわいらしいという事は理解している。 この場合他人の目から見たら恋人同士にでも見えるのだろうな。俺は乾いた笑みを浮かべた。 だが実際はと言えば、俺とこいつは喧嘩中な訳で。しかも俺にはその原因がまったくわかっていなかったのである。 気まずいどころの話ではなかった。 ・・・変われるもんなら変わってやりてぇよ・・・。 俺は不機嫌そのままに浮んだ眉間の皺を更に深める。 そこで今この世で最も聞きたくない相手からの耳打ちが入ってきた。 『君たちはデート中なんだから、もう少し楽しげにしてくれないと囮の意味が無いだろう』 姿は見えないが、こちらを目を離さずに監視しているのだろう。 笑いを必死で堪えながらそう言っているのは、エリックの実兄でありこの茶番を企画したプリースト。ディオだった。 a bolt from the blue...5 遡る事2時間前。 俺とボンゴンアサシンのコールは大聖堂の中をある一ヶ所目指して突き進んでいた。 というか、憤る俺の後ろをコールが付いてきていた。 「おいおいおーい、カーティス〜。穏便にね、穏便に」 「やかましい。お前はあの男と話してないからそんなに冷静なんだ。あいつはな、半分血の繋がってる弟を『使い捨てにする』と言い切る男なんだぞ。もし死んだりしたらどうする!お前はそれでもそんな事言えるのか!?」 「え…い、いや。なんと言うか周りが逆上していると逆に冷静になるって言うか…」 「俺は冷静だ!!!!」 「……ちっとも冷静じゃないじゃんー…。もー……お前血の気多いんだからなぁ…」 始まりは今さっき届けられた一枚のメッセージカードだった。 手の中で握りつぶした高そうな高級紙にインクで綴られた流麗な文字でこう書かれていたのだ。 *−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−* エリックは預かった。 ディオ ディオ…、忘れもしない。俺の命をアマツで助け、そしてエリックの腹違いの兄の名前だった。 「あの男は何考えてやがる!!!!どこの世界に義弟誘拐する人間が居るんだぁぁぁ!!」 「・・・・・・・・そ、そうだねー」 すぐにディオの執務室が見えてきた。俺は怒りも露に乗り込もうとドアのノブに手をかけようとした。 「…から、絶対お断りです!!!」 内側からそう怒鳴る声と共にドアが開いた。内側に引かれて、ノブを握ろうとした姿勢のまま腕の中に何かが飛び込んできた。 「えっ?あ、ご…ごめんなさいっ」 「い、いや…」 慌てて顔を上げたのは、アコライトの聖衣を纏った少女だった。大聖堂に聖職者がいる事は何の不自然も無いが、やけに印象に残る少女だった。 紅を引いたような桃色の唇。上気した頬。腰まで伸びた栗色の髪を紅いリボンで飾っている。 くりっと大きな薄茶の瞳は俺を見て驚きに大きく見開かれた。 「〜〜〜〜〜〜〜!!!」 少女は血が引くように青ざめて、また部屋の中に慌てて戻った。ドアの前に立っていたディオの護衛の緑髪の騎士の影に少女が隠れる。 「………」 自分の顔が恐いって事は分かってるが、あんなあからさまに怯えられたら…なんかショックだ。 「おや、カーティス。もう一人は、えーっと…コールだっけ?どうしたんだい?私に何か用かな」 少女の方にばかり気を取られていたせいで、本来の目的を忘れていた。書類の詰まれた重厚な机の向こうに立っていたプリーストの声に顔を向ける。相変わらず中世的な顔立ちに何を考えているのか分からない笑顔を浮かべている。 俺は手の中でくしゃくしゃになったカードを、彼に向かって投げ捨てた。 「俺の用件なんてこれぐらいしかないだろうが。…人払いしてくれないか」 暗に彼女の事を言ったのだが、ディオは笑顔のままうんうんと頷いたきり何も言わない。 伝わってないのか?と俺が怪訝な顔をする後ろで、コールが騎士の方に歩いていった。 その視線の先には、さっきの少女がいる。 「……なー…お前さ……、何やってんの?」 コールの馴れ馴れしい態度に驚く。騎士の陰に懸命に隠れている少女は懸命に首を横に振っていた。 「知り合いか?」 単なる知人といっては親しすぎるような態度に俺の方が驚いた。コールは少女の腕を取って騎士から引き剥がすように引っ張って背後に回る。なお逃げようとする少女の肩を後ろからがしっと掴んで固定した。 「お前気が付かないわけ?…どっからどう見ても、エリックだろ。これ」 ぴたっと思考が止まった。 「……は?」 俺は少女を食い入るように見た。 「だから、エリック」 俺の視線にうろたえながら顔を赤くして違うといわんばかりに顔を横に振るその姿。 「!!?」 ……たしかにあのヘタレアコライトで、俺は顎が外れんばかりに驚いた。 「お前そんな趣味が・・・っ」 「ありません!!僕だって騙されたんです〜〜!!!」 「あ、エリック。かつらを無理に外そうとするのは止めなさい。直すの時間かかるんだから」 エリックが髪に手を入れて必死になって色々いじってるようだがかつらだというそれが取れる気配は無い。一体どんな方法でくっつけてんだ…あれは? コールは逃げようとするエリックを後ろから抱き締めるようにして羽交い絞めにしていた。その顔は心底嬉しそうだ。 ……というより、からかうのが楽しいって感じだな、こりゃ。 「……あんたには男を女装させて楽しむ趣味でもあるのか?弟を拉致してまで」 誘拐されたと思っていただけに、まさかこんな事になってるとは思わなかった。 エリックが自分から進んでやってるわけじゃないのは本人を見て大体分かったのだが、ディオが何をしたいのかが分からなかった。 しかもあのカードも、本気で2.3日預かるからという意味で使われたものらしい。 「プロンテラで最近カップルを襲う事件があるのを知っているかな?」 「……ああ、新聞で読んだ。同一犯の連続傷害事件だろ」 襲われたのは一般人から冒険者までさまざまだった。朝と無く夜と無く、複数の男達にどこかに引きずり込まれて暴行を加えられるという。 暴行というのは、男は殴る蹴るだけで済むかもしれないが、女はもっとひどい目に合わせられた事だろう。 暴漢者の人数は三人から十数人とまで言われていた。 「今まで起こっている事件は5件。ただ身元が割れると困る貴族も居てね、表には4件となっているがそれだけのカップルが襲われてる。そして、昨日も発生した。これで6件目」 指を折ってこっちを見る目は真剣だった。 「私はこれを捕まえたい」 「捕まえるにしても、もう騎士団が動いてるだろうが」 「その騎士団に、内通者が居る疑いが出てきたんだ。まだはっきりしないと言うが、私は間違い無く居ると思うね。2度ギリギリの所で逃げられている。予め来るとわかってなければああもタイミングよく逃げられるはずが無い。……それで襲われた令嬢の父親から内密にという事で私に依頼がきた」 こいつがこう内情を明かしてきた事に眉をしかめる。 町を守る為の騎士団に犯罪に加担している内通者がいると言う事は、騎士団全体のイメージを損なう恐れがある。この事はその重要性から極秘中の極秘事項に違いないのだ。 「……部外者にそんな大事な情報話していいのか?」 「君達は信頼できる」 にやりと笑うその目は何かを企んでいるそれだ。一言でいうなら胡散臭い。 目を細めて黙って聞いていたコールが、エリックの肩に顎を乗せてようやく口を開いた。 「………それで義弟をおとりに使うって?」 「女の子を危険な目にあわせるわけにいかないだろう?」 それを聞いて何故エリックがこんな格好をさせられていたのか、漸く理解した。 「もしそれでこいつが襲われたら、あんたどうする気だ?」 「エリックの身の安全は確保する。彼の居場所はいつも把握するようにするし、それに傍で守るボディガードもちょうどここにいる事だしね」 そう言ってディオが視線を向けたのは俺だった。 「は?」 「え?」 「って・・・」 そこでようやく分かった。 あのメッセージカードは俺をここまで来させるものだったのだと。 嵌められたのだと分かってかっと頭に血が上る。 「そんな茶番に付き合う義理は無い!」 俺はこれ以上は無用とばかりに、エリックの腕を取りディオに背を向けてドアに向かう。 その前にあの緑髪の騎士が立ち塞がった。 黙って睨み上げるが、男は涼しい顔で何も言わずに、どこうともしない。 「君は…、正義感というものが無いのかな。聖職者に道徳と奉仕の精神は大事だよ?」 「生憎安っぽい正義感なんて持ってねぇよ。俺が助けられるのは目の前に居る奴等だけなんでね。見も知らない人間まで助けれるような聖人君子でもねぇ。買いかぶりすぎだな」 「……やれやれ…、でも君は私に恩があるよね……」 「恩?」 「そう。・・・天津で君の命を助けてあげたのは誰だっけ?」 天使もかくやと言わんばかりに微笑んだその背後に、黒い尻尾が見えたのは俺の気のせいではなかっただろう。 30分後。 俺の横にはかわいらしい清純そうなアコライトの少女が俯いて歩いていた。 すれ違いざまエリックを見ていく男達の視線は実に好意的で、実は男だと言う事など微塵も思われていないようだった。 ………まぁ確かに、エリックだって分かっている俺でも、妹でもいたのかと錯覚しそうになるしな。 そういや、女と最後に付き合ったのって1年前? 最近コールとエリックと馬鹿ばっかりやってたからなぁ…。かといって今のこの状態で女作ったら問題が起こるのは必然だしな…。 はぁ、とため息をついた。それにエリックがピクッと肩を震わせる。 しまった、また何かやったか? 「………………」 「………………」 妙な空気が俺達の間を通る。 なんと言うか、こいつが喋らないのがいけない。 俺は自分からべらべら喋る方じゃないんと言う事をこの時改めて思い知らされていた。 いつもコールとエリックが話を振って、俺はそれを聞くのが多かった。 それにこいつとは昨夜喧嘩と言うか…泣かせてしまい、尚更気まずかったのだ。 俺は昨夜の事を思い出していた。 あれの何がこいつを泣かせたのか全然わからない…。 大体こいつだって枕を掴んで俺を殴ると言う事までやっといて、理由を全然話そうとしないし。 『……もしもーし。二人とも何無張面してんのー?』 パーティチャットを通じて聞こえてきたのはコールの声だった。 コールは俺達二人が巻き込まれたことによって必然のように監視及び警護を買って出ていた。 最初はコールとエリックが囮になると言ったのだが、アサシンとアコライトより、プリーストとアコライトの方が相手を油断させる事が出来るとかでその案はディオに却下された。 『そうだよ。もっとこう、イチャイチャしてくれないか。馬鹿ップルのようにさ』 「出来るかっ!」 ディオの声に俺は反射的に返した。 『してくれないと囮の意味が無いじゃないか。ほら、街中でキスしろとは言わないが腕を組むか肩に腕を回すくらいはしてくれないかな』 『ディオ隊長〜。顔笑ってます〜』 『いやだな、コール君。せっかくもっともらしく言ったのに、それじゃからかってるみたいに聞こえるだろう』 『言っとくけど俺、あんたの義弟のライバルだからね?あーあ。俺とカーティスでやれりゃ良かったのに』 『その時は、どっちが女装するのかな?』 『んー?さすがに180超えてる男の女装なんて俺見たくないかな?俺むしろあんたの方が女装似合うと思うけど』 『ははは、そんな恥ずかしい真似、私が出来るはず無いだろう?』 義弟にさせといてか、このやろう。 『そっかー、それにあんたがやるとまさしく悪女みたいになりそうだしねー』 唯我独尊を地で行くディオと、言葉のあちこちに見えないとげを感じるコールの会話にそれとなく冷気を感じるのは俺だけだろうか。表立って喧嘩しない分、底知れない物を感じて体を振るわせた。 こういう腹の探りあいは苦手なんだよ。 『とにかく、その開いてる隙間を埋めてくれ』 上からのお達しに、俺はちらりとエリックを見た。 栗色の髪のアコライトは黙ったまま俯いている。 何か言ってくれれば、話のきっかけにもなるのに。 『…エリック』 ディオの声に、しぶしぶと言った感じで俺の腕に細い腕が回された。ふわっと甘い香水の香りが鼻腔を擽る。 こいつ、こんなものまで使ってるのか…。 ふとそこで腕に当たる柔らかいものに気が付いた。 ・・・・・・なんだこれは。こいつの胸どうなってるんだ? ポリンでも詰まってるのか? それともアンパンか?メロンパンか? ・・・気になる・・・。 町中を歩き回り、裏通りまで足を伸ばしていく。人気の無いところを選び、黙々と歩いている俺達にコールが怪訝そうな声を上げた。 『……何か変だなー…』 「?」 何がだ?どこかおかしい所でもあるだろうかと、俺は自分とエリックの姿を交互に見る。 『あのさー二人共なんかあった?むしろ何かやった?』 思っても見なかったコールの言葉にギョッと目を見開く。 「俺は無実だ。何もやってないぞ!!」 そう言ってしまって、自分でも墓穴を掘ったことに気がついた。 一瞬黙った向こうが、ここぞとばかりに口を開く。 『うわー。男は皆そう言うんだよなー』 『ほほう、最低男の常套句だね』 『白状して楽になれ。むしろ吐かなかったら後で絞めるよ?』 コールの後半の声は、ドスまで効かせて冷ややかなものを含んでいた。 「ああああ・・・・・・」 俺とエリックの関係にお前がやきもちを焼くな。頼むから。 胃の辺りが痛くなって黙ってそこを抑える。 「……本当に何も無かったんですよ」 エリックがぼそっと呟いた。だがその目は暗く、まだ怒っているように見えた。 昨夜。酒場でエリックと酒を飲んだのだ。 これ自体は珍しい事じゃない。 だがいつも居るコールは、この日借りていた装備を急に返しに行かないといけなくなったとかで居なかった。 それで、いつもの喋り相手の居なかったエリックはいつもより酒が過ぎて潰れてしまったのだ。 こいつの取ってる宿より自分の宿のほうが近かった事もあって、こいつ背負って宿に戻り、広くも無いベットに転がして一緒に寝たのだった。 そしてその夜。 ちくりと頚動脈辺りに走った小さな痛みに眠っていた意識が上昇した。 虫か?と思うまでも無く腕を上げてそこを掻こうとして、あるはずのない何かにぶち当たった。 「なっ…?」 「あ、起きちゃいました?」 見開いた視界いっぱいに見知ったアコライトがきょとんとした顔がある。 俺の腕はこのアコライト、エリックの頭に触れたまま止まっていた。 「………何してる」 みれば着替えても居なかった俺の法衣は前を肌蹴られて上半身は半裸状態。 恐ろしい事に外した覚えの無いズボンのベルトが外されていた。 ベットに横たわる俺の体に乗り上げるようにして見下ろしているエリックは悪びれも無くにこっと笑顔を浮かべた。 出会った頃の面影も残しながら、どこか『男』を感じさせる笑みで。 「ちょっと夜這いを」 「………そうか」 俺はこの小さな犯罪者を見上げながら、緊張感を解いて、はぁっとため息をついた。 出会った頃から繰り返し俺に好きだというこのガキは、あろうことか俺を押し倒したいらしい。 この一年で押し倒されかけた事は両手の指では足りないし、キスは何度か不意打ちでされた事がある。 コールが言うには俺に隙があるらしいんだが、自分よりなりの小さいガキに何を警戒しろって言うんだよ。 男同士でもSEXは出来るという話は下ネタ話で聞くけれど、……なんでこいつは自分より背もあるガタイのいい人相の悪い俺なんかを押し倒そうって言うんだ…? その脇に両手を差込み、ひょいっと抱え上げてベットの端に座らせた。 軽すぎる。ちゃんと筋肉付いてんのかこいつは。 唖然としたエリックをそのままに頭を撫でてやる。 俺も体を起こすような形になって、めくれた毛布を上げながら欠伸をした。 「変な事する余裕があるんなら帰れ。寝る気があるんなら大人しくしろよ」 「………………っ!」 「で、……泣かれた」 何故だ?何故なんだ?俺が悪かったのか? 帰れと言ったのが冷たかったのか? 朝っぱらからの冗談に怒る方が大人気ないと思うのは俺だけか? だが帰ってきたのは俺に同意するものではなかった。 『それはカーティスが悪い』 『最悪だねぇ…』 お前らこぞって…っ。 「何が悪いってんだ。俺はベットまで提供してやってたんだぞ!」 『そういう事じゃねーんだよ。ニブチンがー』 「コール!お前どっちの味方だ!」 『今回はエリック陣営』 『私もそうだね』 「……………」 そうかい、俺は孤立無援かい。 「カーティスさんの馬鹿」 ぼそっとエリックが泣きそうな声で呟いた。 何か言い返そうとした時、背後に気配を感じた。振り返ろうとしたとたん、エリックの方に伸ばされた腕を見て反射的にエリックを自分の方に引き寄せる。そのせいで反応が遅れた。俺は鈍器のようなもので頭を殴られ、壁に強かに背中を打ちつけた。 くわんくわんと頭がシェイクされ、込みあがってきた吐き気をぐっと堪える。 「カーティスさん!!!」 「・・・大丈夫だから、離れるな」 しまったっ。 すっかり気を取られて回りの警戒を怠っていた。 ドロッとしたものがほほを流れる。血が目に入る前にそれをぬぐい周囲を見ると、それぞれ武器を持った10人の人間達が座り込んでいる俺とエリックを見下ろしていた。 その中の一人が、メイスを握っていた。あれで殴られたらしい。 「カーティスさん!」 エリックが涙を浮かべて俺の傷を癒す。だが、俺は頭に響く鈍痛に目を霞ませていた。 ああ、なんつー失態だ。 だが俺達の声にコールたちも気がついているはずだ。応援はすぐ来るだろう。 「ちょっと、良い所まで来てもらおうか。痛い目見たくなかったら大人しくして貰おう。プロでも動きにくくなったからな。さっきの奴等みたいに身包み剥ぐだけにしといてやるからさ」 さっきの奴等・・・? もしかして、俺たち以外にもどこかで襲ったというのだろうか。 「・・・・・・もしかしてあなた達が・・・」 エリックが俺を庇う様にして、男達を見上げていた。 冒険者が何人か混じっている。その中に聖騎士がいるのを見て例の内通者かと口元を上げた。 どうやらこいつ等で当たりらしい。 「・・・そりゃ、丁度良い。俺もあんた達を連れてってやろうと思ってたんだよ・・・良い所までね」 怪訝そうな顔をする男達。 鬱積が溜まってたとこだったんだ。憂さ晴らしには丁度良い。 エリックを支えに立ち上がり、俺は手に馴染んだチェインを握った。 ヒドラカード刺しの過剰精錬チェインをなめんなよ。 と、正確には握ろうとして失敗した。 それは、何故だかエリックの手に掻っ攫われて握られていたのだ。 「・・・・・・よくも・・・」 俯いたままチェインを両手に握って震えているエリックの背中に、男達は恐怖で震えていると思ったに違いない。 だが、俺はそれを正面から見てしまって思わず顔を引きつらせ背後の壁に手をついた。 ・・・・・・・・エリック・・・お前・・・・・・・・・黒いぞ・・・・・・? 速度増加、ブレッシングを自分でかけてエリックは振り返って男達を睨んだ。ブワッと蛇のように広がった髪の奥で薄茶の目が光ったように見えた。 「よくもカーティスさんをーーーーーーーーーーー!!!!」 「・・・・・・泣くな」 強制的にベットの住人になった俺は、心底困っていた。 「だって、だって・・・」 ベットサイドでえっくえっくと声を引きつらせているのは、元の姿に戻ったエリックだった。 「また、カーティスさんに・・・怪我を・・・」 天津以来、俺の怪我に過剰反応するようになっているエリックに、俺は頭をかいた。 「たいしたとじゃねーって。・・・それにお前が敵をとってくれたんだしな」 そう。 あれから衛兵と共にコールとディオがやって来た時、その場に立っていたのは返り血を浴びて息を切らせているアコライトの少女だった。足元にはうめき声をあげてうずくまっている男達が転がっていて、警備隊もそれを見てどっちが犯人か一瞬迷ったらしい。 「おとなしい子ほど切れたら怖いって言うけど、あれ本当だね。俺今回の事、夢にまで出そう・・・」 現場を思い出したのか桑原桑原と肩を震わせ、そう言ったのは収集に引っ張って行かれてここにはいないコールだった。 それを最初から見ていた俺としては何も言えなかった。だが、思いはコールと同じだった。 エリックだけはもう怒らせまい・・・。 男達は話せる程にまで治療を施され、その後はディオが何とかするのだろう。 犯人が言っていた犠牲者も、別の場所で見つかったらしいが、思った以上に被害は小さかった。どうやら本当にこの町から逃げるつもりだったらしい。その最後に欲を出して、この様だ。今頃は牢屋の中のベットの上で後悔しているに違いない。 ・・・そして早々に俺達の役目は終わったわけだ。 「もう痛くないですか?どこか気分が悪いところは?」 エリックが心配そうに手を伸ばした。殴られた所を細い指が撫でたが、俺は気がすむまでそうさせておく事にした。 「お前が癒してくれたからな。本当ならもう動けるんだぞ」 「ダメです!今日一日安静にしていてください!お医者さんもそう言ってましたから!」 本当に平気なんだがなぁ・・・。 維持でも俺をベットから出さない気でいるらしいエリックに、俺は内心ため息をついた。 だが、さっきまでのギクシャクしたものが消えて大分自然体になった空気に俺はずっと聞きたかった事を口に出した。 「・・・・・・相違や、お前。昨日のは何だったんだ?」 それにエリックが驚いたように指を引いた。その腕を掴む。 「考えたんだが、さっぱり分からん。俺の何がお前を怒らせたんだ?」 「・・・・・・・・・怒ったんじゃありません・・・。悲しかったんです」 「・・・え?」 「…僕だって、男なんですよ。それをあんな子供にするみたいに交わされて…傷つかないと思いますか?だって、そういう意味で眼中になってことでしょう?……」 それを聞いてようやく俺は、己の失態を理解した。 そうか、そうだったのか。 確かに好きな奴に男扱いされてなかったら、それはショックだ。 それは同じ男として分かった。 「そんな時に女装までさせられて、しかもカーティスさんに見られて。恥ずかしかったんです・・・」 「いや、似合ってたぞ?」 「嬉しくありません!」 フォローのつもりで言ったのだが、さらに頬を膨らませるエリックに俺は焦った。 なんだって俺は、こう口が足りない上に余計な事を・・・。 「・・・・・・・・・悪かった」 お前の気持ちを真剣に考えると言っておいてこの様だ。 確かになよなよしていていつまで経ってもへっぽこアコライトだが、確かに男なんだよな。 頭をがりがりと掻く。 「本当に悪いと思ってます?」 「思ってる」 「じゃ、お詫びにキスさせてください」 「はぁ?」 なんじゃそりゃ。 目を見開く俺を覗き込むのは、真剣な薄茶の瞳。 昨夜見た、あの目だった。 思わず心臓が跳ねた。 「冗談じゃないですから」 エリックの腕を掴んでいた手を解かれて指が絡まる。 「冗談なんかじゃないですからね……」 すぐ間近にあるエリックの目に視線を奪われた。 薄茶の瞳には俺の顔が映っていた。 ああ、吸い込まれるような目ってこういう事を言うのかとどこか冷静に考えていた。 「あなたが好きです」 薄い唇が言葉を紡ぐ。 恋人に告白するように、甘い響きに乗せて。 俺は動けなかった。 「あなたが・・・・・・好きです」 唇が軽く重なり離れるまで、俺はその瞳から目が離せなかった。 キスされたのだと分かって思わず口元を覆う俺に、エリックは満足そうに笑みを浮かべた。 「これから覚悟してくださいね♪」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」 1年前のおどおどしていたエリックはどこへ行ったんだ! さすがにディオと同じ血を半分受け継いでるだけあるな…。 強引なところが似てやがる。 「何でお前らは俺を押し倒したがるんだ・・・?」 頭抱える俺に、エリックは無邪気に笑って爆弾を落とした。 「だってカーティスさん、かわいいから」 「!!!!!?」 そうして俺は昨夜こいつが感じたのであろうショックを、わが身で実感する事になったのだった。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ■ずっとやりたかったエリック君女装話。 自分アホだなとつくづく思います。 なんというかエリックは一生懸命男の子している感じが好きなんですよ。 カーティスさんが虐められているのがデフォになってきたこの話。 鈍感だから仕方ないのかもしれませんがね〜。ああ、楽しい・・・。 |