「知ってるか。最近ゲッフェンダンジョンに幽霊が出るって噂」
「知ってるも何も、そりゃドッペルゲンガーのことか?」
何を今更と琥珀色の液体の入ったグラスを傾ける目つきの悪いプリーストに、俺はにやりと口元を上げた。

「違うんだよ。それが・・・・青髪の男アサシンの幽霊なんだってさ」

そう言うと、このプリーストは眉をひそめて、不味そうに酒を飲み干した。
アサシンである俺が言った事が尚更不愉快だったらしい。
殊更に、死と言うものに敏感な俺達だったから。
ま、そういう風に反応を返してくれるのが嬉しくて話を振った俺も俺だけどね。
だってやっぱり好きな人には気にかけて欲しいじゃん。

「何をするわけでもないらしいんだ。モンスターと戦っていたアサシンに辻ヒールかけたら消えたとか、そういう話。攻撃してくるわけでもない。話しかけてくるわけでもない。・・・・・・・何の未練があって残ってるのかねぇ」
「そりゃ、倒したいモンスターがいるとか。欲しかったものを手に入れる前に志半ばで倒れたとか。そうだな、レアでたと思ったら即死してしまったとか」
「うわ、そりゃ心残りだ」
思わず噴出す。
せめて会いたい人の幽霊であれば、俺達もまた違う反応をしただろうが。
あんな死に方をしたわりに、ネイティスはあっさり成仏してしまっているらしい。
彼らしいといえば、らしすぎる。
恨みとかそういったものとは縁遠い人だったから。

「・・・・・・・・」

彼の人の笑顔を思い出せるようになった今でも、この胸に刺さる棘のような痛みが消えることはないけれど。
先日のことがあってだいぶ楽になったことは確かだった。
それもこれもカーティスのお陰だろう。
俺に告白されても変わらないこいつの図太さにいっそ羨ましさと尊敬を抱く。
こいつのこういうところに救われていると思った。

「幽霊に聞いてみない事にはわからんな。行って確かめてくるか?」

口元上げてにやりと笑うカーティスに、おどける様に両手を広げた。
わざわざ確かめに行くほどの興味はない。
その話はそこで終わり、俺達はそれをすぐに忘れ去った。
だが、数日も経たないうちに、まさか自分がそれに関わってくる事になるとは・・・・。
その時の俺は思ってもなかった。








a bolt from the blue...6







「マグナムブレイク!!!!」
沸いてきたモンスター達の半分にスタンがかかったのを確認して、短刀を持ち替えた。
「ラッキー」
掛かってないのから先に切り倒していくが、そうしている内に追加も来るわけで。
しかし心地良いスリルは狩りのスパイス。まだぎりぎり避けれると判断して飛び掛ってきたモンスターをそのまま刃を立てて真っ二つに切り裂いた。
今日は調子がいい。
久しぶりに踏み入れたゲッフェンダンジョンだったけど、昔よりだいぶ楽に感じるのはきっと自分のレベルが上がっているからだろう。
「今日はレア出るまで頑張ってみるかぁ」
一心地ついて回復剤をたしかめる。
背後からばたばたと足音みたいなものが聞こえたのはその時だった。

「え?」

振り返った先、こっちに走って来ていたのは男のプリーストだった。
茶色の髪を頭の天辺でくくり、そのしっぽが揺れる様に思わずネイティスと錯覚した。

「ちょっとっ・・・・あっ!!!!ど、どいてください!!!!逃げて!!!」

背後のモンスターを見ていたのか、俺に気がつくのが遅れた彼は、真っ青になって叫んだ。
そしてその背後には彼を襲おうと追いかけてきたらしいモンスター達。
その量の多さに俺は情けない事に一瞬背筋が凍って動けなかった。

「ちょっ・・・・・ちょっと待てーっ!!!」




「すいません。すいません。すいません」
「・・・・・・・・・」
大小さまざまなモンス達にぷちっと引き倒された俺は、どうやらどこかであのモンスター達を置いてきたプリーストに蘇生してもらっていた。
しかし調子のいい時に水をさされた形になって、顔が引きつるのも仕方ないわけで。
・・・・・まぁ地面に埋まったおかげで魔物たちに引き裂かれずにすんだのはいっそラッキーだったと思わないといけないのかも。
「本当にごめんなさい・・・」
悪いと思ってるのか詫びながら俺の肩や腕に手をかざす。
そこから流れる癒しの祈りに、みるみるうちに回復していくのを感じた。
どうやらこの男、かなりの高レベルプリーストらしい。
こんなとこにいるって事は、MEプリかPTで来てる支援プリーストなのだろう。
「ま、蘇生ですんだし、いいけどさ・・・」
モンスターに踏まれた頭や背中をさする。
やわらかな地面にめり込んだ分衝撃が薄かったのかたいしたことはないようだ。
俺は肩を落としているこの男を見た。
さっき錯覚したとはいえ、間近で見るこのプリーストはネイティスとは違う。
似てるのは髪型だけで、よく見ると髪の色も薄い茶色がかった銀髪をしていた。
暗い場所だから錯覚してしまったらしい。
それにこのプリーストは男にしては綺麗な顔をしていた。
んー・・・こういう顔はわりとストライクゾーンではあるんだけどなぁ。
現在カーティスにアタック中でなければ、口説いていたかもしれない。
でも何か真面目そうな感じだしなぁ。
しかし、落ち着いてよくよく見てみれば彼は他の誰かに顔が似ている気がする。
誰だっけ。
いろんな顔を思い浮かべるが、どれも一致しない。
気のせいかなあ。
何か結構よく見る顔なんだけど。
「・・・・何か?」
「んー・・・・・いや、何でも」
まぁ、思い出せないと言う事はそんなたいしたことでもないのだろう。
「で?お兄さんは一人?MEプリ?」
それだったら置いていってもかまわないだろう。
ここは退魔魔法がきく場所だから。
だが、この男は首を横に振る。
「支援です」
「だったら他の人間は?誰かと一緒に来たんだろ?」
「・・・・・・・」
男は一瞬視線を泳がせた。

「それが・・・PT機能が壊れてるらしくて・・・組んでいる人と連絡が取れないし場所もわからないんです。テレポ運が悪いのかなかなか見つからなくて。あの・・・申し訳ないんですが一緒に探してもらえませんか?1人では・・・その、・・・無理みたいなので」

ああ、やっぱり・・・・。

厄介なことになったなぁ、と思いつつ。
集中力も切れたし、まあたまには慈善もいいかと承諾する。
なによりこの男は下手するとあちこちにMHを作りかねない。
それは勘弁して欲しかった。
「お兄さん、名前は?俺コールってんだけど」
「ブレットです」
よほど安心したのか人形のような整った顔が花開くように微笑んだ。



「闇を反射する力と聖なる加護を。キリエレイソン」
鐘と共に体の周りに反射するバリアの光。
「悪いね」
「お世話かけてますからこれくらいは」
早速モンスターに絡まれる中を二人で殲滅しながら歩いていく。
初めて組むにしてはやりやすい相手だった。
どうやらこのプリーストはキリエやセィフティウォールを多用するタイプらしい。
ネイティスもそうだったよなーと、つい比較してしまうのは最初の印象の為だろう。
詠唱が早くて、細やかな気配りを忘れない。
支援ももらえば危なげなくどころか楽勝でこのマップの半分を歩いてまわることができた。
「コールさんは2刀しかつかわないんですか?」
「カタールも使わないことはないけど。2刀がメインかな」
「・・・・・・」
ブレットは一瞬懐かしむような目をして、それを笑顔で隠す。
その表情が気になった。

「・・・・・あ」

それを感じたのはブレットが先だった。
ぞくりとした冷気に、彼の視線の先を追う。
緊張感のせいではなく、ここだけ温度が下がったかのようなひんやりとした空気が体を包んだ。

そこに立っていたのは・・・・20台後半の青髪の男アサシンだった。こちらに背を向けて黙って立っている。

「・・・・・・・・」
しかし気配がなかった。
その上その姿が半透明で、向こうが透けて見える。
ゲッフェンダンジョンのさ迷えるアサシンの幽霊の話しを俺はここに来てようやく思い出した。

「うわ・・・・マジかよ」
「・・・・・あ・・・」

俺達に気がついたのか、幽霊は静かに振り返る。
その目がこちらを認めてわずかに驚いたように見開かれた。
わけがわからず思わず刀を握りなおした俺の横で、ブレットが一歩前に出た。
その視線の先に幽霊がいる。

「・・・・やはり、あなただったんですね。・・・・シギーさん」

また一歩、ブレットは足を踏み出す。
背中しか見えないのでどんな表情をしているのか見ることはできなかったが、その声は懐かしさに震えていた。

「話を聞いて・・・・、もしかしてと思ったんです」

ブレットは幽霊の前に立つ。
驚きもなにもなく、ただ確信する声だった。
そこでようやくこのプリーストの探していた人物がこの幽霊だったのだと悟った。
PT組んでてはぐれたなんて言ってて、その実この幽霊と会いに来ていたらしい。
騙されたのかと思ったが、このプリーストがあんまりにもすがるような目をしていたために怒りはわかなかった。それだけ必死だったのだろう。支援の癖にこんなところまできて会いたかったのだろうから。

『・・・・・・・・・』

幽霊の口が動いて、聞こえない声を発した。
口の動きで、このプリーストの名前を呼んだのだとわかった。

そして『すまない』と。

シギーと呼ばれたアサシンは、ブレットの頬に触れようとした。
その指が透き通る。
「・・・・・・・・・」
ブレットの肩が落ち、俯く。
触れる事のできない存在に必死に意識を向けているのがわかる。
やがで聞こえてきたのは悲痛な叫びだった。

「あなたにどうしても聞きたかったんです・・・っ」
『・・・・・・・・』

「何故・・・・、あの時俺を殺さなかったんですか?」

生きる者が死んだ人間にかける言葉ではない。
立ち去るべきか迷っていた俺は、その言葉に黙って立ち尽くした。

「暗殺任務の目撃者は消してしまうのが決まりだと聞きました。なのにあなたは俺を殺さず自分の命を絶った。どうしてですか?」

暗殺任務という言葉に俺は驚いて眉を跳ね上げた。
さっと周囲に人がいないことを確認したのは、それがアサシンギルドの掟だからだ。
幽霊は黙ったままただ、目を細めて悲しげにブレットを見る。

いまでこそ表に出て冒険者としての地位を確立しているとはいえ、大本のギルドが変わった訳ではない。
昔から請け負ってきた影の仕事も闇の部分でそのまま引き継がれているのだと聞く。
その任務に就く者は俺のような一般的なアサシンではなく、ギルドで選ばれた数名がその任を負う。
ブレットの言葉を信じるのなら、この幽霊はその1人だったのだろう。
そして元から知り合いであったブレットに暗殺任務を見られた。
今の会話を聞く限りそういう事なのだろう。

だがアサシンが職として国に認められ表向きギルドの暗殺業は廃止になったとされている。
だからこそ、もし目撃者がいれば国からの追従は免れない。
へたをすればアサシンという職すらこの世界から抹殺されかねないのだ。

だからこそ「目撃者はすべて殺せ」。
そうギルドは決めたのである。

すべては今ある社会的地位とアサシンという職についている冒険者すべての命のために。

ゆえに暗殺の失敗、目撃者を取り逃がすことは暗殺者の命にも関わる。
守られるべきギルドから逆に死を与えられることになるのだ。
周囲に人はいないものの、それほどの秘密をこの場で語るこのプリーストの迂闊さに、眉をしかめる。

「・・・・・あなたが俺の事を調べていたのなら、全部わかっていたんでしょう?俺の時間はもうあまり残されていない。そんな俺を殺すのにためらいはなかった筈なのに」

『・・・・・・・・・』

幽霊は首を横に振る。
ためらうように口を動かす幽霊の言葉は聞こえない。
ブレットもその事に気がついたのか首を横に振る。
「何て言ってるんですか?聞こえない・・あなたの声が聞こえないんですっ」

「『自分にあんたを殺すことはできない』って言ってんだよ」

焦るブレットに、読唇術で拾い上げた幽霊の唇の言葉を伝えてやる。
ブレットは驚いたようにこっちを見た。
そうしてすがり付くような目に俺も小さく頷いた。
「・・・・俺が通訳してやる」
乗りかかった船だ。
人が来て騒がれるより、とっとと話を済まさせた方が得策だと判断する。
している内容がやばすぎる。

それに何より俺はこの幽霊に感心していた。
ギルドを裏切るということがどういうことなのか、任務は違っても同じ職に就く者としてその重要性がわかっていたから。

『長く深い闇の中、何度死を思ったかしれない』

「・・・・・・・・・・」

『そんな中で「また明日」と小さな約束をくれたあなたの言葉だけが、自分にとっての生きる理由になった。それを自ら奪ってしまうのなら、俺は死んだも同じだ。この結果を俺は後悔しない。・・・・・・だけどあなたには謝らないといけないと思ったから・・・・・・。ごめん・・・。二度あなたを殺そうとした罪を。あんな死に方をした俺を・・・・どうか許して欲しい』

幽霊の姿が薄くなった気がした。
それにブレットも気がついたらしい。
「待ってっ」
手を伸ばすがやはり何もつかめないまま。
幽霊の唇が笑みを浮かべて、そんなブレットを包み込むように腕をまわした。
そうして幽霊の最後の言葉を拾い上げた瞬間、その腕は掻き消えた。

「待って!!!!待ってください!!!勝手なことを言わないで!!!俺だってあなたに言いたいことがあったんです!!!許さない!!消えるなんて絶対許しませんから!!!シギーさん!!!シギーさん!!!」

周囲を見渡して何度も幽霊を呼ぶ。だが、最初から感じていた冷気が消えているのがわかったのだろう。
その声は小さくなり、嗚咽に変わる。
すんっと鼻を鳴らして、腰に差してあったものを抜き取った。それが鈍色に光ったのをみて、俺は目を見張って駆け寄った。
ブレットの首に当てられたアサシンダガーをそのまま掴んでとめる。
「離してください!!!」
「馬鹿なことはやめろ!!」
刃をそのまま握った為に、肉に食い込んだそれは、必死で取り戻そうとする力によって切れた。
ブレットは憎しみを込めた目で俺を見上げてきた。その意志の強さに圧倒される。

「今ならあの人を追いかけられるっ。俺はあの人に言ってやらなきゃ気がすまないんです!!!勝手に俺をかばってっ、勝手に死んで、勝手に消えた!!!俺の気持ちなんて考えないあの馬鹿にっ!!!残された人間の気持ちなんてわからないんだから!!!」

「――――――!!!!!」

元からそのつもりだったのだろう。
短剣を持つ手にためらいがなかった。
とめなければこの剣で喉をかき切っていた。
傷つけないように刃を握った為、指に刃が食い込む。
切れにくい剣の根元とはいえ、その痛みに俺は眉をしかめた。
だが、ここでこの男を死なせたら、あの幽霊は何の為に死んだのかわからない。
記憶の奥から過去の出来事がよみがえるが、俺はそれをぐっと堪えた。

「あの男は唯一無二のギルドの掟より、お前を選んだんだ。お前を生かすためにギルドを裏切った」

「俺はそんな事望まなかった!!!俺なんていつ死んでもいいんです。どうせ先は長くない。選べというのなら、生きなければいけなかったのはあの人の方だったのに!!!」

「―――!!!」

その言葉に、押し殺していた過去がデジャヴのように甦る。

思わず振り上げた手がぱんっと音を立ててブレットの頬を叩いた。

「・・・・・・・・・・・・・・」

生きて・・・・・・生きて欲しかった人なら自分もいた。
だから俺はブレットの気持ちがわかる気がした。

でもだからこそ。
そう思ってはいけないことを、そう思うことが間違いだと俺はあいつに教えられたから。


「何でわかんねぇんだよ!!!・・・・もしお前が死ねばあの男の死は無駄になるんだ!!!」


握った刃から血が滴る。
それが伝ってブレットの手を汚す。
叩かれたショックと血への怯えから力の抜けた手からアサシンダガーを奪い取った。


「・・・・『生きる方法はきっとあるはずだから。だからどうか・・・・最後まで諦めないでくれ』・・・・あの男の最後の言葉だ。あいつはお前にそれを伝えるためだけにここにいたんだ」

「――――っ!」


引き付けを起こしたようにその体がこわばる。
俺はその言葉の意味を知らないまでも、今ここにいるプリーストが何らかの理由で死期が近いのだろうと思った。だけどそれは含まず、ただあのアサシンの言葉として伝えたかった。

「・・・・・・あんたのことを何も考えてなかったわけじゃない。あいつはただ、あんたを失いたくなかっただけなんだ」

たとえその結果が自分の死というものだったとしても。
あの男は自分の命とシギーの命を両天秤にかけて、自分の口を閉じることでアサシンギルドからこの男を守ったのだ。

「暗殺業受け持つアサシンにとってギルドは絶対だ。・・・・・それ以上に思われといて、・・・死ぬなんていうな・・・・」

「・・・・・・」

やがて人形のような綺麗な目から、雫がこぼれた。頬を伝い、それは地面に吸い込まれる。
自分の言葉がどれだけの意味を持つのか、俺はその重さに息ができなかった。
あいつも・・・・、俺が命を絶とうとした時にとめてくれたあいつも、同じ気持ちだったのだろうか。


人の意志を覆すことがこんなに重いものだとは・・・俺は、この時まで思わなかった。






「コール?」
声をかけられて、目の前に立つ人相の悪いプリーストに気がついた。
薄暗い町にサングラスにタバコを咥えている姿は、ずっと思い浮かべていた男で。
どうやらいつの間にかプロンテラに戻っていたらしい。
酒場の前でカーティスを見て、ようやく意識が浮上する。
「げ。その手は何だ。何で直に握ってるんだよっ。おら、よこせっ」
右手をとられてようやく自分はアサシンダガーを持ったままだったことに気がついた。
あれからどうやってここまで来たのか覚えてないが、これで町中を歩いていたとは結構不気味だったかもしれない。
「骨見えてんじゃねーか・・・痛くねぇのかよ?」
正直手の痛みなど感じてなかった。
それ以上に胸の痛みが痛くて。痛すぎてしかたなかったのだ。
人間は耐え切れないほどの激痛を与えられると意識が痛みをカットするというのに、この痛みは消えたりしない。
自由になる左腕でカーティスの背中にまわして、その肩に顔を埋めた。
触れれることがこんなに嬉しいことだなんて思わなかった。

「・・・・・・・・痛い・・・・」

「・・・・・そりゃ痛いだろうなぁ・・・。どこでこんな馬鹿な真似してきやがったんだ」

「・・・・・・・・痛い」

目頭が熱くなるのは無償の優しさにすがりつきたくなるからだ。
手のひらから冷えた心に差し込むぬくもりに心が震えた。
ネイティスのことに区切りはつけたと思っても、まだこんなに俺は脆い。
ブレットの心に引きずられて出てきた膿を今更持て余してしまっていた。
震える俺に気がついたのか、黙ったまま手のひらを癒してくれた。
そのぬくもりにまた切なさが蘇る。
俺は何度こいつに救われてきたんだろう。
こいつだってけして泣かない奴じゃないのに。
「カーティス・・・・お前も痛かったよな・・・・」
「・・・・・・・・・?」
「ごめんな・・・っ」
何も知らないカーティスに謝っても仕方ないことだと思うのに、それでも言わずにいられなかった。
「・・・・・・・・・・・・・わけわかんねぇよ。後でちゃんと話せ。落ち着くまでつきあってやっから」
気になりはするのだろうがカーティスは黙って俺の背中を叩いて酒場へ押し込んだ。。

2年前、俺の背中でこいつが泣いた時のように暖かい手だった。

ああ、俺はぜんぜん変わってない。
自分の弱さを自覚しながら、この温もりから離れれずにいた。







ブレットはプロンテラの大聖堂のなじみの赤い絨毯を歩いていった。
ぼんやりと歩いていると目の前に影ができて顔を上げる。

「・・・・やぁ」

知り合いの顔に無意識に笑みがこぼれる。
そこには薄茶の髪にミニグラスをしたプリーストが立っていた。
自分と似てると言われる中性的な顔に自分とは違う意志の強い瞳が乗る。
「会えたんですか?」
穏やかな声は、意識を現実に戻してくれた。
このプリーストはゲッフェンダンジョンにアサシンの幽霊が出ると教えてくれた弟だった。
自分が生きていたことにどこかほっとしたような安堵の笑みを浮かべる。
それに苦笑する。

「ああ・・・・シギーだった。・・・・あの勝手な男は俺に生きろと言った・・・自分は死んだというのに、俺に生きるすべを探せと言ったんだ。・・・ひどいとは思わないか?もう諦めようとしていた人間に、まだ諦めるなと自分の命をかけてそう言ったんだ。俺はこんなひどいことを始めて言われたよ」

彼はけして恋人ではなかったけれども。
・・・・・それでも一緒に死んでも良いと思えた人だった。
教会に属し、最後の勤めを前に1年という猶予をもらい外に出ることを許された自分がその時間のほとんどを一緒にいた人。

「・・・・・・・・・・・・それでもあなたは今生きている。」

「・・・・・・・・ああ。生きている」

今自分がここにいるのは。
自分が死んだらシギーは無駄死にだと、自分が傷ついてもそう教えてくれた人がいたから。
理由はそうであっても確かに結果として自分は今もこうして生きている。
むしろつき物が落ちてなんだか生まれ変わったかのようだった。

「・・・・・・・・・・」

自分の身を犠牲にしてまでとめてくれた銀髪のアサシンを思い浮かべた。
銀髪にボンゴン帽をのせて、破れた札から垣間見える青い目が綺麗だった。
自分と同じ痛みを抱えているように見えたのは気のせいだったのか。
そういえばシギーが自分の命を絶ったときに使った形見のアサシンダガーを彼が握ったままだった事を思い出す。
すっかり忘れていた。向こうも困っているかもしれない。
法衣についた血は彼のもの。けして少なくはないその血は、彼の思いの強さのように感じた。

今、死ねないと思うのは、シギーだけの言葉ではないからだ。

「・・・・・コールと・・・・言ったっけ」
「コール?・・・・コールを知ってるんですか?」

ぽそりと呟いた言葉を拾い上げたらしい弟が意外そうな目を向けてきた。
それに驚く。
「知ってるのかい?」
「私が聞いてるんですよ。・・・・彼は、エリックの恋敵です」
それにブレットは噴出した。
「ああ・・・・そういえば前に聞いた事があった。そうか・・・・彼が」
意外なつながりにブレットは笑った。

なら、もう一度会える。

それは確信。


「彼に、助けてもらったんだ」

そういうと、弟は納得したようだった。

「いつまでもそんな格好では、人に見つかった時がうるさいですよ」

弟が持ってきていたコートを受け取り、来ていたプリーストの法衣をそれに着替えた。
それはプリーストの衣装を白く染めたもの・・・ハイプリーストの証だった。
白い法衣は人目を引く。
目立つ事が利にはならないから、外に出るときはけして着ないその法衣。

・・・・・彼にもあったように自分にも秘密にしていることはあったのだ。

自分のことを調べていたようだったからシギーには知られていただろうが、何も言わなかった。
シギーが暗殺業をしていたことは自分も知っていたし、それで彼に命を狙われたこともある。
あの時は直前で大事な『お役目』が決まり、ぎりぎりのところで白紙撤回された。
暗殺を頼んだ人間が身内だなんて笑えない冗談ではあるのだけど、そうでなければ自分はシギーと会う事もなかったのだから世の中不思議だ。

あの日シギーが人を殺す様を見ても恐れを抱かなかった。
ただ、赤い手で剣を握る姿を見て、シギーが生きていてくれてよかったと最初にそう思った自分はどこかおかしいのかもしれない。掟に従い血にぬれたアサシンダガーを自分に向けられたときも、怖いとか恐怖とかを抱くより先に嬉しいと思った。
残り少ない命を国を護る為に使うより、今ここでシギーの手にかかって死ねたら。
シギーの心に必ず自分は残るから。

だが、彼は自らの胸を刺し貫いた。

たった一年。それでここまで大切だと思う人に会えた事を幸運だと思う。
そして自分のとこを大切に思ってくれた人に会えた事を奇跡のように感じた。
だが表向き冒険者として生きる彼が時折辛そうな顔をするのを、自分は何も言えなかった。
会えない夜は黙って無事を祈るしかできずにいた。
俺も彼も互いになんとなく秘密を察しながらも言えずにいたのだ。
お互いに惹かれながらも、秘密を共有することだけはできなかった。
似た孤独を抱えながら寄り添うようにそばにいたけれども、一歩踏み出すことができなかったのだ。

それが起こしたこの結末を、自分は一生後悔するだろう。

同時に彼の裏切りを恨めしく思う。
自分がそう望んだように、シギーはこの心に残っているから。
もう自分の命は自分だけのものではない。
この心にシギーが残っているかぎり、自分だけの命ではない。
この身はたしかにシギーが存在した証なのだ。


「ディオ。お前に手を貸すよ。ハイプリーストとしてでも、プロンテラを護る『結界師』としてでもなく、シギーとの約束のために・・・・・・」


彼の望みは唯一つ。
ただ『諦めるな』と。

「では」

ブレットはうなずいて『それ』がある方角をじっと見た。
今こうしていても僅かずつだが『それ』に精神力を吸われているのがわかる。

そこにあるのは町の平和のためにと、今まで数多の聖職者の命を吸いつづけた聖なるもの。
聖なる宝玉。
町の要というべきものだった。




「ああ・・・・この町を護る『宝珠』を破壊しよう」

















+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

新キャラのブレットさん登場。彼とシギーとのお話は短編にあります。深淵という暗い話です。

『宝珠』というものにくわえて、腹黒プリーストが何かたくらんでいるようで。
さーて・・・・今まで引いてきた伏線をこなしていかないとなぁ・・・・。

とにかくカーティスさんの周囲がまた騒がしくなるのは確実なようで。南無南無。









トナミミナト拝






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