冷たい雨が降る夜だった。

「・・・・・・助けて」

神の執行人ともいうべきモンクの青年は、腕にまだ幼い少年を抱いて私の家のドアを叩いた。
10歳前後に見える少年はぐったりと衰弱していて、小さく震える体は最悪の事態を予感させていた。

「頼む・・・・・。お前しかおらへんのや・・・・・。頼むからこいつを助けてやってっ」

だがそんな少年よりも、私はモンクの青年のすがるような視線に驚いていた。
いつも飄々としていた目をつらそうにゆがめて。
そして普段の彼からは想像もつかないほど焦っている様子に、彼にとってこの少年が特別なのだとわかった。







LOVE DISTRUST







私の名前は朧という。プロフェッサーという転生職についている。
そして今目の前にいるモンクの青年の名前は風見(かざみ)といって私とは一応友人関係に当たる。
風見はまだ20歳に満たない青年だが私は転生を向かえる前は40歳をとうに越えていた。
だが今は風見と変わらぬ年齢であるのが幸いしてか親しくしていた。

彼は明るく天真爛漫そうで、かといって彼を甘く見て痛い目にあった人間は数知れず。
だが、それすらも明るい笑い話にできる彼は人から好かれていた。
中には彼を本当に狙っている女も男もいたが、風見は相手が本気だとわかるといつもはぐらかせて断っていた。
かといって誰とも付き合わないかといえばそうでもない。一夜限りの相手なら何人かいたことを知っている。
自分もその中の一人だったが、前に一度酔った勢いで関係を持った時「お前の抱き方は好きやない」という理由で恋人にまでは発展できなかった。
それは風見が少々変わった性癖を持っているのが原因だった。
しかしそれからも風見とは友人関係を続けていた。というより自分が離れがたかっただけだ。
外見年齢が若くなったためか、報われぬ恋をする程度には精神年齢まで若返ったらしい。

私がまだ未練を残していることは風見もわかっているはずだった。
それでも自分に助けを求めてきた。
それだけ彼がせっぱつまっているのかわかる。

「・・・・・・・とりあえず入れ。話はそれからだ」

とにかく濡れている人間をこのままにはしておけない。
頑丈な風見はともかくとしてその腕の中にいる少年の方は一刻も早く温かい布団が必要だった。
まず温かくしている部屋に入れてタオルを掴んで風見と少年を覆う。
少年の姿に見覚えは無いが、話はよく風見から聞いていた。
先日教会の命令で踏み込んだ売春宿で助けてから、ずっと親代わり兄代わりで接してきたのだという被害者の少年だろう。
ひとまず風見に言って気を失っている少年の体から濡れた服を脱がせた。
湯たんぽを作って私が戻ると少年をベットに寝かせ、風見はまだ濡れた服を身に着けたままその傍らに座り込んでいた。
風見は今にも泣きそうな顔をして少年の冷たい頬を何度も撫でた。
「あのボケが・・・・・・っ。いらんことしくさってからに・・・・っ。やっと落ち着いてきたと思ったんや・・・・・なのに何でやっ・・・・・何で、東雲がこんな目にあわんといかんのやっ!」
不精で伸びた前髪をかきあげると、きつく釣りあがる紺の瞳が見える。
ぱらぱらと雫が床に零れた。
ぐっとつくられた拳は怒りに震えていた。
私は風見を刺激しないよう湯たんぽを渡す。
「・・・・・・・・ありがと」
少し理性を取り戻したのか、礼を言って風見が少年の傍らにそれを入れる際に毛布が少しめくれた。
その時見えた少年の肌には明らかな情交の痕が見えた。
さっきの風見の言葉と、このことで何があったのかわかる。
「・・・・・やっと・・・名前教えてくれたのに・・・・」
話を聞いたことはあったが、ここまで入れ込んでいるとは思わなかったというのが正直な私の気持ちだった。
来るものは拒まず、さりとて去るものも追わない。
そんなところがある風見だったから、誰か一人に執着する姿を始めてみた。
彼にここまで思われている少年がうらやましいと思った。
そして同時に嫉妬する。
誰にも執着しなかった風を捕まえた、まだ年端も行かぬ少年に。
風見はこちらの心境など欠片も気が付いてはいまい。その唇でポツリとつぶやいた。

「・・・・・・・・朧・・・・・。お前、人の記憶壊せる言うたことあったよな・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・ああ」

それはプロフェッサーのスキルにある「ソウルバーン」のことだろう。
前に風見にちらりともらしたことがあった。
相手の脳を揺さぶり精神力を奪うそのスキルは、まれにそういった副作用を起こした。加減を間違えれば相手を廃人にまで追い込むことが出来る。
私は自分の興味の為に密かにその研究をしていた。
だが『ソウルバーン』自体が自分に跳ね返る危険性と、そしてその特異性から制限をかけられているスキルだった。
特に相手の精神力を破壊する目的でこのスキルを使い、それがギルドにばれれば即日冒険者としての資格を失い牢に入れられるだろう。

「壊して欲しい・・・・・・。この子の記憶を・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「頼むわ・・・・・・この子を助けたって・・・っ」

正直。話の流れからそうくるだろうということは分かっていた。
そしてそのことで生じるリスクも風見もわかっているはずだった。
ここに来るまでに何度も悩んだはずだ。悩んでそれでもこの家のドアを叩いた。

「見返りは?」
「・・・・・・・・・・・」
風見はじっと私を見てくる。
「無償で危険な橋を渡らせる気か?私もそこまで善良じゃない」
「金・・・・・とか?」
「あいにく困ってない」
「なら何?・・・・・・・言ってくれ。俺に用意できるもんなら何でも・・・・」
「不用意に発言すると後悔するぞ」
「・・・・・・・・・・」
私は風見の顎に手をかけて仰向かせた。

「お前が欲しい。・・・・・・・・これからのお前の一生を」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「お前のすべてを私に寄越せ」

ある程度は考えていたのだろうか。
風見は食い入るように見上げてきたが、驚いてはいなかった。

「・・・・・・そんなんでええの?・・・・・・・」

自分の価値を知らない男が無垢な顔をして見上げてくる。

「お前こそいいのか?・・・・・・・・この子供と自分を引き換えにして。・・・・・好きなんだろう?」

あっさりと返すその言葉に何故こちらが確認を取らねばならないのか。
私がそういうと、風見は優しげな笑みを浮かべて東雲の頬に指を当てた。

「・・・・・・・・・俺、この子のことそんな目で見てたわけや無い・・・・・。お前もこの子と話してみたらわかるわ・・・・」

本当にそうだろうか?
お前はまだ気がついていないだけじゃないのか?
優しく慈しむように見守る瞳は、ただの親愛だけのものではないと私でも分かるほどだと言うのに。

「・・・・・・・ほんま・・・・かわええ、ええ子やから。・・・・・・苦しむ姿なんてもう見とおない・・・・」

溜まり場で風見が言っていたことを思い出す。
始まりは2ヶ月前のこと。
急に付き合いが悪くなった風見に誰かが恋人でも出来たのかとからかったのだ。
すると風見は教会で預かってる子供の世話をしとるんやと、そう言った。

『前おったとこでひどい扱い受け取ってなぁ。まだ口もきけん』

『今日、坊が俺のこと見てん。目がくりっとしとってな。かわいらしかったわぁ。・・・笑ってくれたらええのに』

『まさか耳も聞こえんのか思ってたんやけど、そうでもないみたいでな。昔話を読んでやると、よー聞きよってん。今日はここまでといって途中でやめるとな。泣きそうな顔になるんや』

『まだ外には出せへんなぁ・・・・・。臆病な子やから。・・・・・過保護言うなやっ!』

風見の言葉から時折聞かされる少年の様子は徐々によくなっていっていた。
そして風見の嬉しそうな顔も徐々に増えていき、仲間内では『光源氏計画か』とまで揶揄されていたほどだった。

そして3日前、風見は少年の信頼を勝ち取った。
『東雲言うんや。ええ名前やろ?俺の名前も呼んでくれたんや。ありがとうって・・・・・・嬉しかったなぁ』
そう言って無邪気に笑う姿は今までに無いもので。
ああ、恋に落ちたのかと分かって胸が痛んだ。

「先に前払いを頂こうか」

「・・・・・・」

リビングのソファくらいしかないが、あいにくベットは東雲が使っている。
大人しく付いてきた風見はまるで自覚のない殉教者のようだった。
ソファに押し倒しても抵抗は無く、何もわかっていない子供のような目で私を見上げてきた。

「あのな・・・・ちゃんと東雲を助けたってな・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「返事」

「・・・・・・・・・・わかった」

その言葉だけで、風見はほっとしたように体の力を抜いた。
そして安堵したように笑った。

「無理言って悪かったわ。感謝してる」

「・・・・・・・馬鹿者」

それ以外自分に何が言えただろう。
感謝などされる立場ではないと分かっていたからこそ。

それでも濡れた上着を広げてキスをした。下に何も着込んでいない、露になった肌はしっとりと濡れていて冷たく感じた。
薄く開いた唇に舌を忍ばせると心得たように風見からも絡んでくる。
甘く噛まれそうになったところを風見の顎を摘んで止めさせる。
綺麗に筋肉のついた体を指先でなぞっていくと、そこから熱が上がっていくかのようだった。

「・・・・・・・お前・・・・ほんま優しいキスするなぁ・・・・・。俺もっと激しいくらいのが好きなんやけど・・・」

「お前好みには抱かない」

「なんやそれ・・・・・」

それには答えず風見の濡れて腕に張り付く服はそのまま肩まで広げてズボンを剥ぎ取りながら口や手で愛撫する。
暫くむず痒そうにしていた風見だったが、下で徐々に立ち上がり始めていたそれを私が口に咥えるとびくっと体をそらした。
「あ・・っ・・・・はっ・・・・・・」
羞恥心を煽るように音を立てて吸ったり舐めたりすると口の中に苦みが広がりだす。
「朧・・・・・・っ。なぁ・・・・・ちょっと・・・・まっ・・・・んっ」
先のくぼみを舌先でえぐるようにすると、こわばった体を震わせ息を飲んだ。
ぐりぐりとそこをなぶりながら、竿から離した手で自分のズボンのベルトを外して腰についていたポーチからスリム白ポーションを取り出して蓋を開けた。
その間にも風見はイクにイけない状態のまま声を震わせて私の髪を掴む。
「・・・・・朧・・・ぉ・・・・」
足を開いて、上半身を半端に浮かしたまま、羞恥に染まった顔で涙を堪えてすがるような視線を向けてくる。それだけでもこちらの情欲を煽る。
根元を押さえて刺激で達したりしないように、それでいて見せ付けるように舌で舐め上げて口を離す。
そして唾液で光るそこに白ポーションをかけていった。
「ひゃ・・・・ぁっ」
風見は冷たさでびくっと体をこわばらせた。
半分だけかけ終わると、白い液体はくたりとなった風見の腹のくぼみに溜まる。
もちろんそれだけでなく、伝っていったそれは後ろのくぼみも濡らしていた。
「あっ・・・ん・・・・っ・・・・なぁ、朧ぉ・・・・・・」
「何だ」
息を整えながら濡れた瞳で風見は両腕を揃えて差し出すようにしてねだるように言った。

「・・・・・・・・・・・・縛って?」

風見の性癖。
それは縛られることを好むことだった。
一般的に縛られることによって性的興奮を高めることはあるし、そういうプレイだと割り切れはどうということはない。
だが、私はその両腕を片手で掴んで風見の頭の上に押し留めた。
「断る」
「何で?」
「前にも言ったろう・・・・・・・。風見・・・・」
「いや・・・・・・なぁ、お願い。・・・・・・してくれへんと、俺・・・・・」
風見の願う顔に私が弱いことを知っていて、ねだるその様子は浅ましさよりも何故だか痛ましさを覚えた。
快楽に顔を染めて泣きそうな顔で見上げるその姿は男の欲情を駆り立てる。
けして女のような顔立ちをしているわけじゃないのに。
「何故、縛られたい?」
風見のそれは快楽を得たいという理由ではないのだと、前に抱いた時思った。
いや、痛みに興奮する気はあるが、むしろ理由は別にあると私は思っていた。
風見は最中泣きながらずっと拘束されることを望んでいたから。そうされていないと不安だといわんばかりに。
「・・・・・・言いたない」
「言わなければ契約は破棄だ」
風見の弱みを利用することに躊躇いは無い。
触れてもするりとぬけるこの風をやっと手に掴むことができたのだ。
風見は唇を噛みながら拗ねたように顔を背けた。

「・・・・・・・・・・・・・・・怖い」

「何が」

「そうしてないと・・・・・抱きつくやろ」

不覚にも風見の言っていることが一瞬わからなかった。
黙り込む風見は肩をすくめてモンクのフードの中に顔を伏せる。
「腕、自由になってたら最中抱きつくやん」
「・・・・・・・・・・抱きつけばいいだろう」
「いや。俺・・・・本当はめっちゃ独占欲強いんやもん・・・・・・。近づけば近づくほどひどうなる。前にそれで失敗したことあるんや。もう・・・・あんなのいややから」
風見の声は震えていた。
「・・・・・・それと抱きつくことと関係があるのか?」
「だって、・・・・・・やってる時抱きついたら俺もう自分止められへんもん。抱きついただけ、相手との距離近うなった分だけ・・・・・俺そいつのこと好きになる」
風見が拘束されたがる理由を知り、私は目を見張った。
まさかそんな理由があったとは思わなかった。
「なればいいだろう」
「・・・・・・・・・・?」
「聞いていなかったのか?私はお前の一生を寄越せと言ったのだぞ。どうせなら私に惚れればいい。そうなれば私もお前も幸せになれる」
「・・・・・・・・・・・・・ほんま?でも、俺・・・・・やきもち焼くし・・・・お前がうっとうしく思う日が来たらどーするんや。そうなったら俺・・・・お前殺すかもしれへんよ?」
驚いたように見開かれた目は、次第に疑いの目になる。
「前の相手は殺したのか?」
「え?うんん。・・・・・・・・大喧嘩した後でノイローゼで胃に穴あけて入院した・・・・」
「ほぉ」
なかなかできることではないと感心する。
風見はそのことを思い出したのかそっぽを向いたまま顔を手で隠した。
「俺ホンマ駄目。好きになりすぎたらセーブできんもん。なぁ・・・・・頼むから、縛って。俺の身体好きにしていい。何してもいいから・・・・・なぁ・・・・お願いやから」
「断ると言ったろう」
また両腕を揃えて差し出してきた手を取り、指を食む。
「前の相手にお前の気持ちは荷が重すぎたのだろうが、私はこれでも多くの人間を見、人生経験をつんでいるんだ。・・・・・・安心しろ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「続けるぞ」
「あっ・・・・・や・・・いきなり・・・・っ」
片足を掴んで上げさせて、露になったそこを試験管の丸みを帯びたところでつつく様にして嬲る。
「力を抜かないと大惨事になるぞ」
にやりと笑うと、風見は咎めるように見上げてくる。だがその目に怒りなど欠片も無い。
「・・・・・・・ん・・・・・」
「痛いのが好きでも、これはさすがに嫌だろう?」
「意地・・・悪いわ・・・・ほんま・・・・」
口ではそう言いながらも力を抜いてそこで試験管をくぷりと飲み込んだ。だが冷たさが嫌だったのか風見の眉間に皺がよる。
少しだけ出し入れしていくと冷たかった試験管も温まったのか、皺も減っていった。
入り口をそれで解しながら、慣れてきた頃を見計らって抜いて逆さまにして再び突き入れた。
「あっ・・・」
さすがにきつかったのか風見の手が私の腕を掴む。
だがかまわず残っていた白ポーションをすべて風見の中に注ぐ。
「・・・・・・暖めたから、そう冷たくは無かったろう?」
「・・・・や・・・・・。あうっ」
用済みになった試験管を放り出して、塗れそぼるそこに指をもぐりこませた。
すべりの良くなったそこを解しながら指を増やしていく。
小さく窄まっているそこが指を飲み込んでいく様はひどく淫靡で淫らだ。
「・・・・あ・・・っ・・・・・や・・・・・・・そこっ」
「ここか」
「ん―――っ!!!・・・・・・ああああ・・・っ」
わざとぐちゅぐちゅと音を立てながら風見の中のしこりのような場所を指先や爪で擦る。硬く反り上がる風見のものをもう片手で掴むと、先端から僅かな先走りが溢れた。
両手で顔を覆いながら風見はみも蓋も無く喘ぐ。
「そこばかり・・・・やっ・・・・・おぼろ・・・・っ・・・――――っ!!!」
声にならない悲鳴を上げて仰け反るように身をしならせる風見に手の動きを止める。
達することが出来ず、収まらない焦燥に風見がどうして?と先をねだるような目でこちらを見た。
その唇にキスした。
「・・・・・・くすぐったい・・・・」
風見がまだ外していなかった私の首巻に触れる。毛先が肌を撫でていたのだろう。
風見の腰が刺激を求めて揺れる。
まだ肩に羽織ったまま、下敷きにしていたモンクの服はいろいろな液体で濡れていた。きっともうこれは着れないなと思いながらズボンの前を寛げて、風見の痴態に立ち上がっていたものを取り出す。
「あ・・・・・・」
ぼんやりと見ていた風見の視線が物欲しそうなものになる。
「・・・・・舐めよか?」
「また今度でいい」
魅力的な話ではあったがそう断って自分のものと風見のものを合わせて握り刷り上げた。
「・・・んっ・・・・・は・・・・はは・・・・・もう硬いやん・・・・」
笑いを含んだ声はどこかまだぎこちない。
風見は首巻を掴んだまま喘いだ。
準備が整ったところで風見の片足を掴んでソファの背凭れにかけさせた。もう片方の足を抱えて腰を上げさせる。風見は抵抗もせず、協力するように身体を曲げた。
濡れて柔らかくなっているそこに先を押し当てる。
「んっ」
先の太いところを押し込めば後は自重だけで進むことが出来る。それでも慎重に中ほどまで進んだところで風見が私の名を呼んだ。
「・・・・・なぁ・・・・・なぁ・・・・・・朧・・・・っ」
「何だ」
風見の中は熱く蠢いて私を締め付ける。きつそうに顔を歪めて涙をこぼす風見は両手で毛が抜けるほど強く私の首巻を掴んでいた。
風見は震える声でまるで闇の中の希望を探り当てようとするかのように言った。

「なぁ、俺・・・・・・お前好きになったら・・・・幸せになれる・・・・?」

・・・・・・・・・・・・目の前にいる風見こそが、子供のように見えた。

「ああ」

私が肯定すれば安心したように首巻から手を離した。そしてその腕を更に伸ばして私の首に回すと自分の方へ引き寄せようとした。そのまま逆らわずキスを交わす。
一層深くなる繋がりにきつくないはずがないのに、風見は腕の力を更に込めた。

風見からの初めての抱擁に込みあがる熱。
私は止める術も知らなければ止めようとも思わなかった。




情事の後の気だるさをシャワーで流し、風見と私はこれからのことを話し合った。
風見は少年の記憶を壊して欲しいと言った。その意志は変わらない。
だがまだ私は風見に伝えていなかったあるリスクを話した。

「私も万能ではない。決められた記憶だけを壊すことなどできない。・・・・・・このスキルは元々記憶の操作の為に使われるものじゃないからな。どんなことがあるかわからん。細心の注意は払う。だが、最悪言葉すら話すことが出来なくなるかもしれない」

風見は真剣な目で俺を見、モンクのローブを握りこんだ。

「・・・・・・・・・・・・そうなっても、俺が一から教える。あいつを育てる」

まだ自分の子供すら持っていない風見のその言葉にどれだけの信頼が置けるのか。
人はその言葉を軽んじるだろう。
まだ人生経験もほとんど積んでいない若者の薄い誓いだと。人一人育て上げることがどれだけの労力を使うかわからないのだからと。
だが、私はその言葉をまっすぐに信用した。
風見は一度決めれば意志の固い男だ。違えるならば、自分を壊すほどに。

「・・・・・・・・・・・・私はそれを手伝うことは出来ないし、東雲の前に現れることもしない。記憶は封印するんじゃない。粉々に砕くんだ。施行者に会うことが刺激になり砕いたピースが繋がる事だってありえるからな」

「うん・・・・・」

「後は、あの子の意志だ。・・・・・・・・まだ了承も取っていないのだろう?」

「・・・・・うん・・・・・・」

その時だった。
どすんと、物が落ちるような鈍い音がベットルームから聞こえてきた。
風見が弾かれたように立ち上がりベットルームに入る。
「東雲!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
後から入った私は、ベットから落ちた少年の体を抱き起こす風見の背中が見えた。
「大丈夫か?」
「あ・・・・・・ああ・・・・・・・・う・・・・・・」
怯えて震える少年を風見は優しくかき抱いた。
少年の身体に残された陵辱の痕。それを見ていれば彼が何に怯えているのかわからないわけじゃない。
だが少年は風見の腕を細い指でぎゅっと握った。
それだけで少年にとって風見は自分を守ってくれる存在なのだとわかる。
「もう大丈夫やからな・・・・・。東雲・・・・・悪かったなぁ・・・・・辛かったなぁ・・・・・」
泣きそうな声で風見は呟きながら少年の頭を撫でた。
「もう大丈夫やから・・・・・・・痛いところ無いか?どっかぶつけたとこ無いか?」
「・・・・・・・・・ん・・・・・・」
風見は少年を抱き上げてベットに座らせた。そして頬に掌を当てた。
「熱はないな・・・・・」
少年は風見のされるがままにして目を細めた。
だが私に気がついたのだろう。びくっと身体を震わせて後ずさった。
東雲という少年は怯えるようにシーツに丸まってベットの端にいく。見知らぬ人間がいるからだろう、私のことをひどく警戒しているようだった。
「大丈夫や。東雲。こいつは俺の・・・・・・・・えと・・・・・・」
「知り合いだ」
「・・・・・・・・・・・・・」
言いにくそうな風見の言葉をすくってそう言うと、風見は困ったような伺うようなそんな目で私を見た。

『これから行うことを考えれば、ヘタな刺激は少ないほうがいい』

そう耳打ちで風見にだけ伝える。
風見はまだ私の方を見ていた。

『恋人だと言いたいのか』
『ばか・・・・・』

風見は耳だけ赤くして東雲に相向かう。
その拗ねた子供のような仕草がかわいらしい。

「あんな・・・・・・東雲。・・・・・・よお聞いてな・・・・・。大事な話やから」
「・・・・・・・・・・・・・」

風見はベットの端から東雲を刺激しないようにゆっくりとした口調で言った。

「俺な・・・・・・お前が辛いだけやったらな・・・・・その記憶消してやりたいな思ったんや」

「・・・・・・・・・・・・?」

「お前の記憶、消してもええ?」

風見の方が困ったように言う。
東雲はよくわからないまでも風見の言っていることを理解しようとしていた。
それでも完全な理解は出来まい。

「お前が記憶無くしても、俺がまた教える。言葉も字の書き方も・・・・・ずっと一緒におる」

風見は真剣だった。

「消した無い記憶もあるかもしれん。・・・・・・それも消してしまうかもしれん。・・・・・・・お前がいやだと言うのなら・・・・無理にとは言わん」

風見は私にすべてを差し出したあとも、この少年の意志を大事にしようとしていた。
少年は風見の真剣な思いを黙って聞いて、そして掠れた声で言った。

「・・・・・・・・・・・・・・お兄ちゃん・・・・・・の・・・・ことも・・・・忘れるの・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・うん」

風見が少年と会ったのは少年が強制的に身売りさせられていた後だ。その前の記憶を消すのだから、支障をきたすような記憶も粉々にしてしまう必要がある。
風見にはそれも伝えていた。
風見は少年を安心させるように笑った。

「で、でもな・・・・・また『始めまして』から始めるだけや。心配せんでもええ」

「・・・・・・・・・・・・・・・うん・・・・・」

それだけ風見のことを信頼しているのだろう。
少年は風見の方へにじり寄った。その小さな塊を風見は抱きとめる。

「ありがとう、風見お兄ちゃん・・・・・・」





東雲は抵抗しなかった。
ベットに横たわり私を見上げる目は不安そうだが、その手を風見が握っているので安心しているのだろう。
私の指が額に触れるときだけ小さく震えたが、目を閉じて黙って受け入れた。
長年の研究をこうして試してみる日が来るとは思わなかったが、それでも自分にできるだけの繊細な力の操作を行った。
「マインドブレーカー」
私が小さくスキルの発動を告げる言葉を呟く。
掌から少年の記憶を破壊する音が聞こえた気がした。
びくっと電流を流されたかのように身体が震える。
「っ」
風見が少年の指を握る。
だがそれも一瞬のこと。

「・・・・・・・・終わりだ」

「・・・・・・・・・・・もう、ええの?」

「暫くは目が覚めないだろう。目が覚めた後にまた診る」

そう言って私はベットルームを後にする。きっと少年の傍についているのだろうと思った風見が後からついてきた。
そして、ドアを閉めたところで私の背中に体当たりするかのように抱きついてきた。

「・・・・・・・ありがとうって・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

その言葉は震えていた。私に対する礼ではないことはわかっていたので黙って聞く。

「ありがとうって・・・・・東雲・・・・・。やりきれんわ・・・・・・あれだって・・・・俺が教えた言葉やったんや・・・・・っ!」

「・・・・・・・・・・・・・」

押し殺すかのような声は、感情の濁流となって風見を押し流そうとしていた。
風見は流されないように私にしがみ付く。
だがそれでも止まらない。

「・・・・いや・・・・いやや・・・・・っ・・・・・・・いやや!いや!何でっ!!!?あいつが俺のこと忘れるやなんていやや!!!!!!一緒にいたんやっ!ずっと一緒やった!!!!何でっ。何でこんなこと・・・・・っ!!!!」



『今日、坊が俺のこと見てん。目がくりっとしとってな。かわいらしかったわぁ。・・・笑ってくれたらええのに』


『まさか耳も聞こえんのか思ってたんやけど、そうでもないみたいでな。昔話を読んでやると、よー聞きよってん。今日はここまでといって途中でやめるとな。泣きそうな顔になるんや』


『まだ外には出せへんなぁ・・・・・。臆病な子やから。・・・・・過保護言うなやっ!』



『東雲言うんや。ええ名前やろ?俺の名前も呼んでくれたんや。ありがとうって・・・・・・嬉しかったなぁ』



風見の腕に力が篭る。

「忘れてほしなかった・・・・っ!!!!!・・・・・・ほんまは・・・・ずっと覚えていて欲しかったんやっ!!!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

風見の叫びは彼がずっと溜め込んでいた本音だった。
それだけ・・・・少年のことを思っていた。
それが口に出たことで耐え切れなくなったのだろう。


「あ・・・・・・ああああああああああああ――――っ!!!!!!」


悲鳴のような、泣き声のような叫びだった。
私は自分の身体に回された腕を掴み、黙ってそれを聞いていた。







「・・・・・お前は叫ぶくせに泣かないのだな」

狭いソファに風見を寝かせて私はその傍らに座る。
風見は何も身に纏わないままモンクの法衣を上にかけて私の髪にいたずらに触れた。
気を失うかと思うほど激しい情事の後の風見の声はかすれていた。

「・・・・・・・東雲から記憶を奪ったのは俺や」

「・・・・・・・・・」

「手段はお前やけどな・・・・願ったのは俺や」

「あの子の願いでもあった」

「東雲は・・・・」

「あの子だってただお前に流されたわけじゃない。ちゃんと考えていた」

「・・・・・・・でも奪ったと言う罪は消えへん。俺は神様や無い。人の記憶を・・・・人生を消すなんて一生許されへん事や」

その言葉は重く、風見の指は震えていた。
罪への恐れなどではないことはわかっていた。

「・・・・・・・・・・・東雲は幸せになれるかな・・・・・・」

「ああ」

でなければ、誰も報われはしない。

「・・・・・・・お前がそう言ってくれると少し・・・・救われるわ」

風見はそう言ってまだ痛々しさを残す微笑みを浮かべた。
その頬を撫でる。

もし・・・・東雲が記憶を消すことに承諾しなかったらどうなっていただろう。

「・・・・・お前、東雲のことが好きだったろう?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

あえて過去形で聞いてやれば、風見は少しだけ目を見開き、そして返答の変わりに諦めたように口元だけを上げた。


風見がこの少年を好きになっても、少年が風見のことを好きになっても・・・・・・・きっと幸せにはなれないだろう。
独占欲が強いのだという風見にこの傷ついた優しい少年が耐えられるとは思わない。この少年の過去を知れば知るほどそう思う。
そして心優しいモンクもそれをわかっていた。


だから風見は罪を背負った。
自分が大事にする少年を自分で傷つけたりしないように、罪を犯すことで自分を止めたのだ。


「・・・・・・・・・・・・・・馬鹿め」


もっと身勝手になれればよかったろうに。
相手のことなど考えずに私のように自分勝手な我侭を貫けば・・・・・・いや、できないからこそ風見なのだな。

「なぁ・・・・俺、お前好きになったらちょっとは幸せになれる?」

それは昨日風見が言った言葉そのままだった。
私は風見の頭を抱き寄せて呟いた。

「幸せにしてやる」

風見は小さく震えた。
そして、すがりつくように私にしがみ付いた。


「俺のこと離さんといて。ずっと見ててな・・・・・・・」

語尾が震え、ぼろぼろとその目から涙が零れる。
それは東雲に関わる涙ではない。


私への報酬のような・・・・・・そんな涙だった。







東雲が目を覚ましたのはそれから2日目の昼。


「・・・・・誰・・・・・?」


目を開けてぼんやりとしていた東雲は風見を見てそう言った。

風見は一瞬だけ言葉をつまらせて、それを相手に悟らせないように優しく微笑んで東雲の髪を撫でた。


「『始めまして』やな。東雲。・・・・・・・・俺はな・・・・・風見って言うんや。よろしくな」








そして優しい罪人は、それからずっと己の誓いを守り通した。










…AND CONTINUE?











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恋愛不審者。風見のお話でした。
最後まで読んでくれてありがとうございました。







トナミミナト拝






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