ミッドガルドの運命の女神様に愛されながらも、持ち前の鈍さと奥手ぶりに相手に思いを伝えられない二人の冒険者がいた。 アルケミ君とクルセ君である。 このふたり、なんと互いに片想いを始めて早半年。 相手も自分の事が好きだと気がつかないまま、相手への思いを募らせていた。 だがしかし! 漸くこの二人にも多少強引ではあるのだが、春が訪れようとしていたのである。 まさしく春の訪れを知らせる春雷を背中に浴びながら、アルケミ君は叫んだ。 「出来た……。どうしよう!できちゃったよ!!!」 カッと光刺す部屋の中。 蛍光ピンク色の液体が入ったビーカーがあった。 そう。 彼がクルセ君に片想いを始めてから、作り始めたあの薬。研究に研究を重ねた『一生効果が続く惚れ薬』をとうとう完成させたのだった。 アルケミ君とクルセ君。その2 「ど、どうしよう。本当に完成するだなんて……」 アルケミ君は実際出来てしまった薬を前に心臓を破裂させそうになっていた。 どうやら、いざ使うと言う状況になって極度の緊張に震えているらしい。 そりゃそうだ。 薬で人の心をどうこうするだなんて、人権侵害だ。 それ以前にそんな怪しい薬を好きな人に飲ませようと言うのが間違っているのではないだろうか。 もし、まかり間違ってぽっくり逝ってしまったらどうすると言うのだろう。 さすがのアルケミ君もここに来て事の大きさに気がついてくれたらしい。 ごくっと息を呑んだかと思うと、彼は指を一本一本曲げながら口を開いた。 「落ち着いて順番に考えよう。1.彼をまずこの部屋に呼ぶ。2.お茶としてこれを出す。3.経過を見る」 ………はい? 「下に持っていって他の人に飲まれたら大変な事になる。薬はここから絶対出さない。うん。だとしたら、この部屋を片付けて彼を向かい入れないといけないわけで、……通り道を作ればいいかな。あ、壊れ物も片付けといた方がいいよね」 ………もしもし? 「は!そうだ、大事な事忘れてた!飲んだ後に他の人が間違って入ってきたらいけないから、入ってきたら鍵を掛けないと!」 ……そうですか。監禁までしちゃうんですか。 アルケミ君はシチュエーションの設定を決めガッツポーズをとった。 「よし!完璧!!!!」 えー…。念の為言いますがもし好きな人が出来てもこんな事しちゃいけません。 絶対嫌われます。というか、人としてどうよそれ。 これ読んでる人達はクルセ君がアルケミ君の事を好きだと知っている人が殆どでしょうから笑いですむかもしれませんが、立派な犯罪行為です。 良い子の皆様はこの小説を反面教師としてお楽しみください。 運命の女神様からのお願いでした。 翌日。 自分の身に危険が迫っている事など露ほども知らずに、クルセ君は今日もアルケミ君のお部屋に訪問しようとしていた。 本日の贈り物は透明な布だった。 先日アルケミ君がファイヤーボトルの製造の書を手に入れたので、その材料にと集めてきたものらしい。 「喜んでくれるといいけど」 クルセ君はそう言いながら、ごしごしと目を擦って欠伸をした。 昨夜の激しい春雷のせいで眠れず、クルセ君は寝不足だったのだ。それでも毎日の日課(アルケミ君のお部屋に訪問)を欠かさない所が愛だろう。 今日はアルケミ君の顔を見たら夕飯まで一眠りしようとクルセ君は思っていた。 今日もいつものようにドアを叩いて返事が返ってからドアを開けた。 「こ、こんにちは!」 「え?」 今日はいつもと違っている事にクルセ君は驚いた。 何と開けた扉の前にアルケミ君が立っていたのである。 「さ!入って!!」 しかも、腕を引っ張られて中に引き入れられてしまった。 これにはクルセ君も心底吃驚した。 なにせ前に入った時、無駄に横に広い鎧のせいでこの研究室の機材を半分使用不可にしてしまってから入ったことの無い部屋だ。 自分から入ろうともしなかったし、アルケミ君から誘われたのも初めてのことだったのである。 だがしかし、雑多なはずの研究室はいつもより茶色の床面を見せ、機材も多少乱雑ではあったがクルセ君が歩いても引っかからない程度には片付いていた。 これにはクルセ君も3度目の驚きに襲われ、背中で閉められた扉の鍵がかちゃりと閉められていた事も気がつかなかった。 「よし。第一段階完了」 アルケミ君は指差しで鍵を確認した。 「え?何か言ったか?」 「うんん!!?何でもない!!!ささ、奥のソファにどうぞ!!!今お茶入れるから!!!」 ぐいぐいとクルセ君の背中を押して、いつもベット代わりに使っているソファにクルセ君を座らせた。 「何か…。今日は違うな…」 「え!?どこかおかしいかな!!?」 「……いや…部屋、片付けられているし」 「き、気分転換にね!!?」 「……君もちょっと慌ててると言うか…」 「うんん!!!?全然普通じゃないかなって思うんだけど!!?」 あからさまに不自然なほど首を横に振ってカタカタと震える手で隠しながら試験管に入っていたピンク色の液体をカップに入れる。 それを置いて、2、3度息を整えるアルケミ君の背中をクルセ君はじっと見た。 さすがのクルセ君もこのアルケミ君の様子に不審なものでも感じたのだろうか。 (何か……一生懸命車を回すハムスターのようだ…。何かプルプルしていてかわいいなぁ…) 少しも疑っていないようだった。 たしかにここでおかしいと思うくらいだったら、もうとっくに相手の気持ちに気がついているだろう。 ここでアルケミ君は行動に出た。 手に持っていた蛍光ピンク色の液体の入ったカップをぎゅっと握って振り返る。 「の、喉渇いてない!?ああ、乾いてる!!?そうだよね!!?はいどうぞ!!!」 この台詞をワンブレスで言い切り、クルセ君の方に勢いよくカップを差し出す。 「…え?」 思わぬ早口に半分くらい聞き逃していたクルセ君は、目の前に出されたカップをぽかんと見た。 ちょっとの時間だったが、アルケミ君にとっては何より長く感じられた時間だった。 「…あ、ありがとう」 とりあえず、これは自分に入れてくれたものらしいと悟ってクルセ君はカップを受け取った。 もしそうじゃなくてもこんなにアルケミ君の手が震えていては、カップから中身が零れてしまうと判断したせいもあった。 受け取ってもらえて、アルケミ君はあからさまに肩の力が抜けるほどほっとした。 息をついて、今度は期待を込めた目でクルセ君を見る。 その視線にクルセ君はドキドキしながら首を傾げた。 「……何?」 「うんん!!?何でもない!!!ささ!どうぞ!!!ぐいっと飲んで!!ぐいっと一気に!!!」 「はぁ…」 何だか今日のアルケミ君はちょっとおかしいなぁと思いつつも、丁度喉も乾いていたのでカップに口をつけようとした。 だが、その色に動きが止まった。 「………何だかすごい色だな…。これ何のお茶なんだ?」 さすがにドピンク色のそれに、鈍感なクルセ君もちょっと考えてしまったらしい。 「あ、新しいハーブティーなんだ!!ちょっと変わってるでしょ!!?」 「へー。何の効能があるんだ?」 「目の前にいた人間を好きにな……目が良くなるんだ!!そ、そう!!目が!!!」 「なるほど」 クルセ君は納得してカップに口をつけようとした。 その動きにアルケミ君の視線は釘付けだった。 「あ、そうだ」 「!!?」 アルケミ君はびくっと肩を揺らした。 クルセ君はカップを口から離して、脇に置いていた布の袋をアルケミ君に渡した。 やさしい顔でふわっと笑う。 「透明な布。良かったら使ってくれ」 「………」 袋一杯に入ってる透明な布に、アルケミ君は驚いて声が出なかった。 何かしら持ってきてくれるのは毎日の事だった筈だった。 だけど今日は………何故だか素直に喜べなかった。 御礼を言わないといけないと思うのに、声が出なかったのである。 (どうしてだろう) 何だか、胸がちくちくする。 よく分からない感情が湧き上がってきた。 「……君は…どうして僕にいろいろくれるのかな…?」 「え?」 クルセ君はその問いに眉尻を下げる。 アルケミ君の様子がおかしい事はわかっていたが、贈り物を受け取ってもらえた後に笑顔を返してくれなかった事など初めてだった。 クルセ君は自分が何かまずい事をしたのだろうかと慌てた。 「同じギルドにいる者同士助け合う事は当然の事だろう?」 それにちくりと胸が痛んだ。 (そうだよね…同じギルドだから…優しくしてくれるんだよね……。それ以上を望むのは俺の我侭なのに。こんなに優しい人に薬を使って好きになってもらったとしても……僕は後悔しないだろうか) アルケミ君は自分が作った薬の事でこんな風に悩んだ事など初めてだった。 クルセ君はカップを置いて立ち上がり、アルケミ君の肩を掴んだ。 「何か俺が君の気に触る事でもしただろうか。教えてくれ、でないと謝る事も出来ない」 「………」 その真剣な目にアルケミ君は泣きそうになった。 クルセ君が悪いわけではないのだ。 何か間違っているのはきっと自分の方なのだと、そう思うのに。 アルケミ君はクルセ君から自分の顔を見られないように俯いた。 「……僕と君って、ただのギルメンだよね」 アルケミ君の言葉に、クルセ君は一瞬だけ傷ついた目をしたが、すぐに笑みを浮かべた。 「こう言っては気を悪くするかもしれないが、俺は君の事を家族であり友人だと思ってるよ」 (……『友人』) アルケミ君は俯いたまま、泣きそうなほど顔をゆがめた。 何とも思われていない訳ではないが、決定打を受けたも同然のような気がする。 分かっていたはずだった。クルセ君が自分の事をなんとも思っていないことぐらい。 だからあの薬を作ったんじゃないか。 もう、こうするしかないんだ。 アルケミ君は痛いくらい強く拳を握った。 (だから神様、お願い。見逃して。僕、この人しかいらないから。この人以外好きにならないから) アルケミ君はがばっと顔を上げた。 その顔にはいつもの笑顔を浮かべていた。 「そう言えば、この間クッキー貰ったんだ。お茶請けに開けよう。あ、これありがとう!早速使わせてもらうから!」 「あ、ああ…」 透明な布を置いて、アルケミ君はクルセ君に背を向けるようにして本棚の方に向かった。 視線は前を向いているのに、感覚だけは背後にあった。 痛いほど心臓が鳴っているのを感じながら、本棚の上にある菓子箱に手を伸ばす。だが、後もう少しで届かなかった。 「何でそんなところに置いてあるんだ?」 「だって、下に置いてたら踏みつけるかもしれないからね」 「俺が取ろうか?」 「うんん、平気だからゆっくりしてて」 行儀は悪いが積み上げていた本の上に片足を乗せて缶を取る。 クルセ君は入れられた飲み物に口をつけようとした。 ふとその時。 運命の女神様がくしゃみをした。 みしっと床が鳴った。 「え?」 ふっと下を向いたアルケミ君は信じられないものを見た。 なんと床にヒビが入っていたのである。 しかもそれは音を立てて大きくなっていた。 「――――――――!!!」 積みあがっていた本が滑るように崩れた事にアルケミ君が気付く前に、クルセ君が彼に手を伸ばした。 手に持っていたカップは投げられるように床に落ちたが、その音ですら聞こえなかった。 それ以上の轟音に自分の声すらかき消される。 足元の地面が消えて、一気に襲ってきた浮遊感にアルケミ君はぎゅっと目を閉じた。 「―――――――――!!!」 どおおおおぉぉぉぉおおおおん!!!! 腕をつかまれ力強い腕に抱き締められたまま、襲ってきた衝撃に息を止めた。 一瞬意識が飛んだ。 何が起こったかと言えば。 なんと床が抜けたのだ。 原因は散らばっていたものが一箇所に寄せられた事によって床の重心が偏った事にあった。 元々重みが散らばっているために過重にも床は何とか耐えていた。だがそれでも徐々に痛んでいたのだ。結果偏った重みに耐え切れなかった。 ……これに人一人は担いでいるような重い鎧を着こんだ人物の分の、重みも内緒だが入れておこう。 だが二階から一階に落ちた時の衝撃は相当なものだった。 (……生きているか…?) 多少VIT型であるもののぎりぎりでアルケミ君にディボーションを掛けたクルセ君は二人分の衝撃を受けて意識朦朧としていた。 さらに昨夜寝ていなかった事がここでさらに負担になっていた。 このまま意識を手放せばもう目を覚ます事は無いのでは無いだろうかと思った。 だが埃舞う中で何とかアルケミ君の無事だけでも確認しようと必死で目を開ける。 そこに、ぼんやりとだが人の影が見えた。 それが動いていた。 衝撃音の中にいたせいなのか耳が聞こえなくなっていたクルセ君は、漸くそれにほっとしたように笑みを浮かべた。 (…良かった、無事だったか…。これでもう思い残す事は無い。……いや、最後に一言だけ……君に伝えたい事があった…。それだけ言えればもう……) 震える腕を上げて、影を抱き締める。 万年もの思いを込めて彼に告げた。 「君が…好きだった」 腕の中でアルケミ君の体が震えた。 「本当に…好きだったんだ」 「……うそ……」 徐々に音を拾い出した耳がアルケミ君の声を拾った。 愛しい声だった。 だがそれは腕の中ではなく、別の方向から聞こえた気がした。 「………?」 まだ耳の調子がおかしいのだろうか。 不思議に思ったクルセ君は腕の中の人物を見た。 が。 「……その気持ちは嬉しいんだけどね……断わってもいいか?」 「―――――――――!!!!!????」 視界一杯のギルマスの顔に、クルセ君は魂を飛ばしてしまうかと思うほど驚いた。 思わずぶわっと鳥肌が立った。 「……まさか…君が…ギルマスの事が好きだったなんて…」 横たわるクルセ君の足元の方で、プリーストに支えられるように呆然と座っていたアルケミ君は、その一部始終を見ていた。 目の前でクルセ君がギルマスの事を抱き寄せながら告白したのだ。 まるで悪夢のようだった。 2階から落ちた事よりショックだった。 次第に泣きそうになりながらそれでも必死になって笑顔を浮かべようとしていた。 「……そっか…そうだったんだ……」 「ちっ…違っ…」 アルケミ君と間違ったんだとここで言えば言えばいいものを。 ショックで言葉にならないクルセ君のことを、アルケミ君は照れているんだと勘違いしていた。 一方、最も混乱しているのはこの二人以外のギルメン達だった。 何せ一階リビングで茶をしばいていた最中に天井にヒビが入りアルケミ君の部屋が丸ごと落下してきたのだ。このリビングは襲撃を受けたように瓦礫の巣窟となってしまったのである。 憩いの場は一瞬で本やぬいぐるみ、割れた試験管まである危険地域になってしまった。 それにいつかは落ちるかもしれないと思っていたが、それに人間まで落ちてきたのだ。 しかも二人も。 さらに言うならこの二人、アルケミ君とクルセ君は互いに思い合う恋人同士だとギルメン達は思っていた。 先日はローカで乳繰り合っていたと言う証言もある。 それが、クルセ君はじつはギルマスの事が好きだったというのだ。 しかし。BSでもあるこのギルマスは実は今密に狙ってるアサシン君がいたりするのである。 何とまぁ、見事な四角関係だろう! この振って沸いたような新事実にギルメン達は興味を一気に掻き立てられていた。 その時横の瓦礫から何かが飛び出した。 『しゃげげげげぇぇぇぇぇぇっ!!!』 「は!!?今度は何だ!?」 ギルメン達が異様な叫び声に驚いた。 それは赤い口で叫ぶフローラだった。 培養していたプラントが壊れて出てきたらしい。 「――――!」 アサシン君がすぐに刀を持ってそれに切りかかろうとしたが、それが止まった。 『しゃげ?しゃげ?』 フローラはじーっとアルケミ君を見ていた。 何もせずに黙って見ているのである。これにはアルケミ君もおかしいと気がついたようだった。 「…?………あ」 フローラから何かが滴っている。 何かと思えば蛍光ピンクの液体だった。 そう『一生効果が続く惚れ薬』である。 それを認めた途端アルケミ君は真っ青になった。 『しゃしゃしゃ、しゃげげげぇぇぇぇぇvvvvvv』 「うわあ―――――!!!!」 蔦を伸ばしてアルケミ君にフローラが絡まった。 しかし、攻撃と言うより懐いていると言った感じだった。 「やだ、どこ触ってるんだよ!え、うそ。やだ。あは…あははははっ。脇は駄目だって!!あはははははっ。た、助けてー!!!誰かー!!」 「……えーと…これはつまり…?」 攻撃を仕掛けようとしていたアサシン君が困惑しながら状況を確認しようとしていた。 それに、女セージがポンっと手を叩いた。 「魔物との禁断の愛ってやつですね〜。五角関係なんて〜なんて素敵〜v」 うっとりと女セージは微笑む。 「それで済ませていいもんかね」 プリーストが腕を組んで、大笑いしているアルケミ君を眺めていた。 「あら、じゃあ助けるんですか〜?」 「………いや、面白いから暫く見ていよう」 「そうですね〜」 「………」 フローラと戯れている(?)アルケミ君を生暖かく見守っている二人の横で、アサシンだけがまだ彼を助けるべきか否か迷ったまま固まっていた。 一方ギルマスとクルセ君の方はというと。 「おい、助けなくていいのか?」 アルケミ君に絡まっているフローラに害がないようだと言っても、いの一番に助けに行きそうなクルセ君が黙っているのがギルマスは不思議だった。 さっきの告白など本気とも冗談とも思っていない。クルセ君がアルケミ君の事が好きなのは見てればわかることだ。 「おーい?……あれ?」 だが当のクルセ君には、動けない理由があったのである。 驚きに目を見開いたままなんと彼はショックで気を失っていたのであった。その頬は涙で濡れていた…。 果たしてアルケミ君とクルセ君は無事誤解を解いて両想いになる事が出来るのだろうか。 それはもう運命の女神様でも分からない。 …AND CONTINUE? +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 恋敵はフローラちゃん。笑) |