「ハンマーフォール!!!」 気合一閃。地面が揺れるほど聖斧を振り下ろす。 見えない重圧に気を失いかけて朦朧としているモンスター達をアサシン君が次々と切り倒していく。 「っ」 だが油断があったのか、意識のあるモンスターの攻撃を避け切れなかった。 アサシン君は腕に鋭い痛みを感じて、顔をしかめる。 ジンジンと痛むそれをほっといて最後のモンスターをなぎ払った。 今日は沸きがいい。ここで倒さないとまた次が来ると思ったからだ。 最後の一匹が土に帰るのを確認してから、ほっと息をついた。 その時いきなりぐいっと腕を取られた。 「!?」 いきなりの事に驚くアサシン君は思わず体をこわばらせて、振り向く。 ギルマスの視線はさっき切りつけられた腕に向けられていた。 傷口が紫色に変色している。 「あ、・・・・・・平気だから」 毒に犯されたことは知っていたから落ち着いてすぐに解毒する。 たいした怪我ではないのだが、取られた腕が気になってヒールクリップを出そうとした。 「ヒール」 ギルマスが先に手をかざして癒しの言霊を唱える。 たちまち感じた熱と共に傷口が塞がっていった。 「・・・・・・・ありがとう」 「遠慮はなしな」 捕まれていた腕が・・・正確にはそこから伝わる熱に途惑った。 思い出しかけたあの夜の出来事に無理やり蓋をする。 アサシン君はギルマスに気取られないように腕を引いた。ギルマスが笑って肩を叩く。 こんな事で意識してしまう自分が恥ずかしかった。 だが、あの夜の事は自分が淫乱なのだと思いこむには十分で、また気持ち悪い声を上げてギルマスに不快な思いをさせてしまうのではないかと思ったのだ。 先を行こうとするギルマス背中を見ながら、アサシン君はその場から動けなくなる。 それに気がついたギルマスが顔だけ向けた。 「どした?」 アサシン君の様子がおかしいことに気がついて、来た道を引き返す。 「・・・・・・・」 「毒が抜けてないんじゃないか?具合が悪いなら帰るか?」 カートの中から緑ポーションを出そうとするのを、アサシン君が首を横に振る。 「・・・・・・・」 『それ』に先に気がついたのはギルマスの方だった。 「っ」 ゆらりと土から蘇ろうとした魔物の腕が背後からアサシン君に伸びようとしたのを引き寄せる事で阻止し、斧を振るった。 どさっと地に伏せた音にアサシン君はそこでようやく背後の魔物に気がついた。 「・・・・大丈夫か?」 「・・・・すまない」 アサシン君は青ざめながら砂に消える魔物を見た。 気配に気がつかなかった事がショックだった。 今だって意識が肩に回された腕に集中している。 自分は言ったいどうしてしまったのか。 そのまま黙り込んだアサシン君の様子に感じたものがあったのか、ギルマスは怯えさせない様に腕を放した。 気を使わせたのだと、わかって尚更いたたまれなくなる。 ・・・・最悪だ。どうして自分はこうなのだろう。 「・・・・・・・ごめん」 そういったアサシン君の内心がわかるようで、ギルマスは黙って俯くアサシン君の唯一見える頬を見ていた。 「謝るのは、俺の方だろう」 一度壁を越えてしまえば、やはりいくら取り繕うとも前のようには出来ないのだ。もう誤魔化すことは出来ない。 むしろ、苦しんだのだろうアサシン君に申し訳なさを感じた。 ギルマスは逃がさないようにアサシン君の手を掴んだ。 電流が走ったかのようにアサシン君の体が震えた。 「ごめん・・・・・でも、あの日から俺の気持ちは変わらないから」 「・・・・・・・」 「お前の事が好きだ」 触れる熱と、言葉にアサシン君は首を横に振る。 「でもお前は、あれから俺に何もしなかっただろうがっ!」 「お前がまたいなくなるかと思ったからだ」 「―――!!!!」 プリーストの言ってた言葉は正しかったのだ。 目の前が暗くなるようだった。 だが、そんな日が来なければ良いと思いながらも、自分はわかってはいなかったか。 いまだ自分に向けられる好意の意味を。 わかっていて気がつかない振りをしてきた。 そうすれば、いつまでも一緒にいれると思って。 「・・・・お前のことは好きだけど・・・・ごめん。恋人にはなれない」 この言葉がもしかしたら永遠の別れを意味することになるのだと思うと辛くて仕方なかった。 声につまりながらそれだけ言う。 「なぜ?」 「・・・・・・・え?」 「俺の事が嫌いなわけじゃないんだろう?むしろ好きだといったじゃないか」 「それは友達としてっ」 「あんなことしといて、友達?」 「っ」 「自分のベットじゃ眠れないくせに。あの夜の事思い出してた?俺のこと意識してくれてた?」 「違っ」 頬に朱が走る。ギルマスがいきなり言い出した言葉を反射的に否定する。 だが、それは本当のこと。あんな事のあった場所で平気な顔が出来るはずがない。 だがギルマスが何故こんなことを言い出したのかわからなかった。いつもの彼じゃない。 見上げた先に暗く冷たい瞳を見てアサシン君は背筋が凍るようだった。 軽蔑されたのだろうか。 あの夜にギルマスに不快な思いをさせてしまった事へのこれは罰だろうか。 手に何か握らされて、浮遊感とともにふっと周囲の景色が変わった。 見覚えのある町並みが広がる。 手を掴まれたまま引きずられるように家に向かう。 掌から蝶の羽の欠片が落ちた。 「ギルマスっ」 家にかけられていた鍵を開けて、中に引きずり込まれる。 いつもと様子の違うギルマスに恐怖に似たものを感じた。 そのままリビングから近いギルマスの部屋に押し込まれた。 すぐ目の前にあるベットを認めて足の力が抜けた。 その体を支えるように腕を回されたかと思うと、肩を壁に押し付けられた。 「やめっ・・・・・ギルマスっ・んっ」 抵抗しようとした腕すらも捕らえられ、壁に纏めて押し付けられる。 無理やり与えられた口付けに胸に痛みすら感じた。 口内に入ってくる熱に眩暈がする。 この口付けを知ってる。 あの夜何度も優しさとともに与えられたから。 だから、あの日とは違うことが余計に辛かった。 苦しかった。怖かった。 ・・・・・・・・怒りがわいた。 「・・・・・俺の意思は関係ないんなら・・・・・っ。やっぱり、俺じゃなくてもいいって事かよっ!」 糸を引くように離れた唇で、アサシン君は吐き出すように叫んだ。 それに驚いたギルマスの腕を払う。 ギルマスはアサシン君の言葉に冷水をかけられたように一気に冷静になる。 「・・・・・・・・・・・違う」 ただ抱きたくて、こんな事したわけじゃない。 誰でも良くてこんな事をしているわけじゃない。 好きになればなるほど、切れやすくなる自分に歯噛みした。 部屋の隅まで退いたアサシン君は、まだ警戒しているようだったがそれ以上逃げる気はないようだった。それでも警戒心はそのままに全身でギルマスを拒絶していた。 「ただ・・・お前を失いたくなくて・・・・・」 「・・・・俺だって・・・・・お前を失いたくないと思う」 まるで恋の告白のような・・・、しかし本人は意識していないのであろうそれにギルマスは黙って息を呑む。 「だから、何も無かったようにしたかった。あんな俺、俺じゃない。気持ち悪いだろ・・・・あんなの」 「気持ち悪いなんて思わない。お前が好きだから抱いたんだ、なんでそんな事を思うんだ?」 ギルマスの言葉にアサシン君は耳まで赤くなって絶句する。 「・・・何でお前・・・・俺のどこを好きって言うんだ・・・・?お前ならもっと良い奴がきっといる。だから、友達でいさせてくれ。お前とはずっと付き合っていたいんだ。これ以上の関係なんて望まないっ」 「・・・・・もう友達なんて無理だ。お前を知るごとに、欲しくてたまらなかった」 ギルマスの意味深な言葉にアサシン君は再び羞恥に身を染める。どうしてそんなことを言えるのか理解できない。 それでも視線をそらしてぎゅっと唇を噛んだ。 「お前が俺の事をどう思ってるのかわからない・・・・でもきっとお前の中の俺と本当の俺は違うから。自信が無いんだ。俺はお前に好きになってもらえるような人間じゃない。お前はきっといつか幻滅する」 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・いつかお前は理想の俺に裏切られるから。その時別れるくらいなら」 「そんなことない」 アサシン君が自分の事を買いかぶりすぎている事はわかっていた。 それもこれも自分がアサシン君にとって頼りになる存在であると刷り込んで言った結果でもあった。 まさかここでそれが悪い影響を与えるとは思わなかった。 「それにいくら好きだってクルセとアルケミのようにうまく行かなくなるかもしれない」 その言葉に、たまらず身を乗り出してアサシン君を抱きしめた。強張って引き剥がそうとする力を諸共せずにその首に顔を埋めるようにして熱い息を吐く。 アルケミ君の手紙を見て少し塞ぎ込んでいた理由がようやくわかった。 アサシン君は最初から諦めているのだ。うまくいくはずがないと。だからこそ自分の望みは最初から飲み込んでいた。 それは錯覚かもしれないけれど。 だがギルマスには確信があった。 「前にお前がアルケミに言ったよな。『好きだから、言えない言葉がある』と」 「・・・・・あれは・・・」 それは、クルセ君がニブルに行く数日前。 それを知ったアルケミ君にプリーストが何かを言いかけたのを止めた時の事だった。 まるでその姿が自分と重なってしまったのだ。 「ちゃんと聞こえた。お前の言葉。俺の事を心配するお前の言葉が、そのまま俺を好きだという事なんだろ?」 それに耳まで赤くなったアサシン君は酸欠の金魚のように口をパクパクとさせた。 「失うのを恐れるのはそれだけ大事だって事なんだ。それだけの事だから、その所為で諦めないでくれ」 「・・・・・・・・・」 真剣な声に揺らぐアサシン君の瞳と視線を合わせる。 「言ったよな。俺がお前をどう思ってるのかわからないって」 腕の中で小さく震えた体。 それを感じながらギルマスは呟いた。 「最後の最後まで一緒にいて欲しい相手だと思ってる」 「!」 「それだけじゃ駄目か?」 「・・・・・・・・・・・・・」 アサシン君は痛みを堪えるように歯を食いしばって、ぎゅっとギルマスのシャツを掴んだ。 耳まで赤くなった顔をその胸に寄せた。 そうだ。 いつも思っていた。 本当は自分もずっとお前と同じ気持ちだった。だけどそれを認めるのが怖かったんだ。 気持ち悪いだろうとか、先のことばかり考えて、それを言い訳にしていた。 お前を好きになって本当に良いのかずっと自信が無かったんだ。 でも お前が諦めないでいいというのなら。 「・・・・・・・・・・」 それを 信じたい。 「・・・・・・俺も・・・・・・・お前といたい」 小さくかすれた声で、小さな望みを呟いたアサシン君の言葉にギルマスは目を細めてその体を抱いた。 心から幸せだと思う、そんな笑みだった。 その時女神様はとある現象に気がつかれました。 アサシン君の小指の赤い糸がふつりと消えて新しいものと変わった事を。 そして悟りました。 その糸の先の相手は長い長い糸を辿らなければ正確にはわからないだろうけども、きっとこの強引な男に結ばれてしまったのだろうと。 あの時うっすら消えかけていた赤い糸は、アサシン君が自分でまだ見ぬ運命の相手を必要としなくなっていたからなのでしょう。あの時すでにアサシン君がギルマスを選んでいたから。 そうまでして目の前の一人を選びながらも、拒絶しなければならなかったのもまた彼だからという事でしょう。 しかしこれは異例中の異例と言えるのかもしれません。 自分達で糸を繋ぎなおしてしまうなんて。 しかし、それも彼ららしいのかもしれないと女神様は呆れながら二人を祝福しました。 ある日、またアルケミ君から手紙が届いた。 相変わらず日々の事が主につづられていたのだが、どうやら無事ニブルヘイムの町についたらしい。 『町に入る時に片腕を無くした剣士が立っていたんだけど、クルセ君はその子を見てとても驚いたようでした。 何か亡くなった親友の子供の頃にそっくりなんだって。 その子は幽霊なんだけど、町から出る旅人に警告をしているようでした。 あいつらしいとクルセ君は言っています』 「そっか・・・・・会えたんだな」 最後に親友が見た景色を見てみたかったのだと言っていたクルセの事を思い出して、ギルマスは口元を上げた。 隣で手紙を何度も読み返すアサシン君を優しい目で見つめる。 いつか終わりは来る。 だけど、その中でこんな風に繋がっていく想いもあるのだと。 失うだけじゃないのだと。 終わりを怖がる君が、いつかそれに自分で気がついてくれたら嬉しいと思う。 「・・・・・・?」 ギルマスの視線に気がついたアサシン君が顔を向ける。 それに身を乗り出すようにして耳打ちをした。 「今夜、部屋に行ってもいい?」 その意味を正確に察したアサシン君が真っ赤になって、身を引く。 「そろそろ触るだけじゃなくて先に進みたいなぁなんて」 「いや、そそそれはっ・・・だ、だっ」 いまだに自分が淫乱だと思いこんでいるアサシン君。どもりながら一歩二歩と下がる。 そこで偶然台所からお茶セットを持ってきたプリーストとセージ子ちゃんと眼があった。 「----------!!!!!!!ちょっと出てくる!!!!!」 いっきに耳まで赤くなってすさまじい勢いで家から逃亡を図ったアサシン君を、二人はあっけに取られながら見送った。 「・・・・・まーた、このエロマスは何言ったんだか」 「かまいすぎてまたアサシン君が家出でもしたら、許しませんよ?マスター」 アサシン君がギルマスの手にかかったことを察した二人の冷たい視線もなんのその、ギルマスは楽しげにくすくすと笑いながら立ち上がった。 「もう、・・・逃がしはしないさ」 そして、もう一組の後日談。 柔らかく重なった薄い唇。 触れるだけのその感触に心臓の音が激しくなる。 「・・・・・・」 離れる事を惜しむように、うっすらと目をあけるとクルセ君と目が合った。 でも何故かその姿が歪んで見えた。 「え・・・・」 ほろりと流れた涙に、クルセ君が驚いて真っ青になった。 「すまないっ!・・・・・まさか、そんなに嫌がっていたとは・・・っ」 「あー、違うと思う・・・・・」 自分でも吃驚したのだが、嫌で流したものではない事ぐらい自分でもわかっていた。 涙をぬぐって顔を上げた。 「どうしようもなく嬉しかったから」 「・・・・・・・・」 「好きだなぁと思ったから」 どうしてそう思ったのか、それに思い当たって二人してぼんっと耳まで赤くなって俯いた。 それでも繋いだままの手は離されずにいた。 「君に・・・・言わなければいけないと思っていた事があった」 赤くなった顔はそのままにクルセ君が改めて言うのに、アルケミ君はちょっとだけ視線を上げた。 クルセ君の顔をのぞき見ることは出来たけれども、気恥ずかしそうなその雰囲気は伝わってきてアルケミ君も俯いてしまった。かわりに繋いだ手をぎゅっと握る。そして握り返されたその力を、何よりも大切だと思った。 「・・・・今更と思われるかもしれない。だけど・・・・伝えないといけない言葉だと思うから。・・・・・俺は君と共に在れて嬉しい。諦めず追いかけてきてくれてありがとう。君の強さに感謝する」 END +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ギルマスとアサシン君も片付いて、やっとECOシリーズここに完結と言い切る事が出来ました。 ギルマスが何だか怖い・・・・。アサシン君騙されてる気がするのは何故なんでしょうねぇ。 この二人は結構苦労性の二人かもしれません。 クルセ君とアルケミ君の方は根が結構楽天家。万年新婚カップルのような初々しい二人が恥ずかしくて仕方なかったり。 トナミミナト拝 |