The name of a flower






3



話は少し遡る。


「あ、いたいた!」
「………またお前か…」
初めて狩場で出会って。何が気に入ったのか、くだらない事を言いながら毎日纏わり付いてくるこいつに俺はいい加減うんざりしていた。祓っても祓ってもやってくる。いっそ狩場を変えようかと思っても、こいつの為に移るのも癪で意地になってそこに通った。
それがいけなかったのか俺は無理やりのようにそいつがギルマスだって言うギルドに加入させられてしまった。

そしてあの日。ギルドに入って、暫く経ってからだった。そう、丁度一週間前の事だ。
ギルドの他のメンバーといつまでたっても慣れる事もしない、相変わらず一人で狩りに行く事が多かった俺に、ギルマスだったあいつは責任を感じてか、相変わらず毎日のように纏わり付いてきた。
「せっかくギルドに入ったんだから、もっと皆と一緒の行動してみたらどうだ?俺とだけじゃなくて」
「必要ないだろ。弱い奴等と一緒に行って、効率が落ちのは嫌だね。というか、こっちはお前と一緒に回ってる気は無いんだよ!」
いつものように断わる俺に、ギルマスは眉尻を落とした。
「……レベルを上げることも、お金を稼ぐ事も。強くなりたいと思う事も悪い事じゃない。効率を考えるな何て言わないけどさ。一人で行くより、皆で行った方が楽しくないか?」
そういう人間もいるだろう。
だけど俺には必要の無い事なんだ。本当に。
「俺はもっと強くなりたい。弱い奴等と行って、狩場のランクを下げるなんて嫌だ。足を引っ張られたくないし、雑談だって無駄な事だろう」
いつもの如くそう言い返せば、ギルマスはまたいつものように悲しそうな顔をした。
「お前は何のために強くなりたいんだ?」
「己の為に」
臨公をしようにも強い武器が無ければ足手まといにしかならない現状が、自分は嫌で嫌で仕方なかった。あの状況から逃げずにいようと思ったら、一人で強くなるしかなかったのだ。
「己の為に強くなると自分に誓った」
そう言って見返すと、ギルマスは目を細めた。
真剣な顔で。
「だったら、尚更聞いて欲しい。……無駄なものにも、意味はある。でもその意味は自分で探さなきゃ見つからないんだよ。お前には自分で気が付いて欲しいんだ」
そう言って渡されたのは、一輪の花。
薄紅色の、大輪の花だった。たった一輪なのに、香りが漂ってきた。
「綺麗だとは思わないか?この花の名前は……って言うんだよ」
「……いらない。邪魔だ」
そう言って突っ返した。
ギルマスは俺の行動に、はぁっと一つため息をついた。
そしていつものように砕けた様に口を開いた。
「…何でまぁ、そんな頑なかね。とりあえず、お試しで俺と公平組まない?今日じゃなくてもいいからさ。いやー同じギルドになったから公平できるようになって良かったね」
やけにしつこく勧誘していたと思えばそういう事か!
悔しい事にこいつの方がレベルは上だった。
「今日も明日もあさってもずっと組まない!」
「じゃ、明日いつも使うポタ屋の前でね、約束。待ってるからな〜」
「……いい加減、人の話を聞けー!」
へらへらと笑って手を振りながら去っていくあいつに眉を顰めた。相変わらずつかみ所の無い男だ。
だけどあいつが待つといったら待つだろう。嫌な事だがそんな事がわかるくらいには付き合う時間が長くなっていた。こうして話が合わない事はいつもの事だったし、俺はむしろそんな風にあるこの関係こそがいいと思っていた。
馴れ合いはあまり好きではなかったから。

だがあいつが『約束』と言い出したのは今回が初めての事だった。

俺は内心ため息を吐きながらも、一日ぐらい付き合ってやってもいいかと思い始めていた。
一日だけだけどな。そう自分に言い訳しつつ、つい口元が上がっていた。
認めたくは無かったし、言う気も無かったが、それでもいつの間にかあいつに心許している自分がいた。

だけど、最初で最後だったその『約束』は守られる事は無かったのだ。





すべて昨日の事のように覚えている。

「分かれた後、俺は一人で狩場に向かった。いつものように狩りをして、そして帰ろうとしたんだ。そうしたら一瞬だけギルチャで叫び声みたいなものが聞こえた。……そしてすぐにオーガトゥースに会った。運良く見つかる前に避ける事が出来たけど、その先にあいつが倒れていた」

最初に見た時、赤い塊が血の海の中に漂っているかのように見えた。それが見覚えのある人間だと気がつき、慌てて走り寄った。
膝を付いてあいつの体を抱き上げた。
胸の傷口から白い骨が見えた。それがかなり広範囲に渡っているのにぞっとした。
傷口に最後の回復薬をかけて持ってた布で抑えるが、その布ですらすぐに赤く染まって指が血で汚れた。
その生温さと、止まっていた命の鼓動。
そして息をしないあいつの青白い顔。
何度声をかけても、返ってくる声は無かった。
「……どうして……ここに?」
何故こいつが今ここにいるのかが分からなかった。
こいつが個人で行く狩場は別の所だった筈だから。
そして突っ返したはずの薄紅色の花が血溜まりの中に見えて、目を見開いた。
まさか……俺を追ってきた?
どういうつもりだったのかはわからない。だけど、こいつがここにいる理由が他に思いつかなかった。
傷口を抑えていた指がかたかたと震えた。

「……馬鹿か、お前」

弱いくせに。
おれは一人でも平気だって言った。
だから弱い人間は要らないって言ったんだ。
いらぬおせっかいだって何度も言ったのに。
邪魔だって何度突き放しても寄ってきやがるからこんな事になるんだ。勝手に死にやがって。自業自得じゃないか。

妙に冷静な自分に驚いた。
あれほど煩く感じていたこいつが、何も言わないことに違和感を感じたのは、きっと認めたくなかったから。

「……何で俺を呼ばなかった…?」

今抱いているこの存在がもう動く事はないのだと、俺は信じたくなかったのだ。

「俺は近くに居たんだぞ…?なぁ、何で…っ……お前……、こんな冗談笑えねーだろ…?」

声をかけながら何度もその体を揺すった。反応が返ってくることを願いながら。
だが、反応が返ってくることなど無かった。
俺は呆然と彼を見下ろした。

「……だって約束したじゃないか」

また明日って、溜まり場でって言っただろう。
お前が遅くなったとしても待っててやるから。
文句言いながら来るまで待っててやるからさ。
初めてした約束を早速破るのか?
だからお前いい加減な奴だって俺から言われるんだよ。
俺をギルドなんかに騙まし討ちみたいに入れたのは誰だよ。
責任取れよ。

お前さっき無駄な事でも意味があるって言ったな。
それを俺に証明してくれるんじゃなかったのか?

そういや俺が前に雪見たこと無いって言ったら箱一杯に詰めて持ってきた事あったよな。
殆ど溶けてて開けた途端びしょぬれにされて怒ったけどさ、本当は嬉しかったんだよ。
お前がわざわざ持って来てくれた事が。
まだ礼も言ってなかった。
ちゃんと言うから、目を開けろよ。

何か言えよ。まだ俺お前に何も言ってない。
言ってないのに。

「…………なあっ」

いくら揺す振っても、その目が開けられる事は無かった。
それが現実なのだと、残酷なまでに俺に伝えた。


『お前は何のために強くなりたいんだ?』

さっき聞いたばかりの言葉が脳裏に浮かぶ。
何の為に?
己の為に決まってる。
過去に初めて臨公を組んだ人間を死なせてしまった事があった。
あの時感じた無力感を今また思い出していた。
あの時はただ、何も出来なかった自分が嫌だった。
足手まといにはなりたくなかった。
誰かを守れるようになりたかった。死なせたくなかった。
だから強くなりたいとそう思っていた筈なのに。

…俺は何時の間にその気持ちを忘れていたんだろう。いつの間に強さだけを求めるようになっていたんだろう。

どうして、気が付かなかった。
目の前に答えはあったはずなのに。
そんなだから、俺はまた間に合わなかったんだ。

『自分で気がついて欲しいんだよ』

何もかもが遅すぎた。
もう、お前はいない。


不思議と涙が出なかった。俺は震える指で地溜まりの中から薄紅色の花を掬った。
どこか感覚が麻痺したまま、その花と彼の体を抱いた。体中が冷え切った氷のように固まっていた。
赤い闇が目の前を覆っていき、そこで俺の記憶は途絶えていた。




4



毎夜見る夢は、あの日のことばかりだった。
あいつが死ぬ夢。
あの日の再現だった。
記憶を飛ばしても、思い出せと体が言ってたのかもしれない。
そして今すべてを思い出しても罪悪感も感じない自分は本当に人間なのだろうか。目先の事ばかりに囚われて、人の心すら無くしてしまったのだろうか。
何だか滑稽だった。
「あいつに感謝なんかしない。むしろ罵ってやりたい。何故俺を追ってきた。だからおれは一人で良いと何度も繰り返したのに!人に関わって傷つきたくなんて無かったのに!!こんな事……忘れたままでよかった!!!」
血を吐き出すように叫ぶと、プリーストから両手で肩をつかまれて揺さぶられた。
「また目を閉じるのか!耳を塞ぐのかよ!逃げるな!!!」
掴まれた肩が痛くても振り払う気も起こらなかった。
逃げる?何から?
もう……誰からも俺は逃げてない。
ああ、それとも思い出してもっと苦しめって言うのか?

『始めまして、お兄さん。俺ね……って言うんだ。よろしく』

いくら声だけが残っても仕方ない。
同じギルドに入っても俺から声をかけなかったのは甘えでもあったのだ。俺から呼ばなくても、あいつからいつも声が届いていたから。
でももう遅い。
これから先俺が何を話したとしても、返ってくる事は無いのだ。

すべて思い出したと言うのに、さっきから頭痛は増すようにひどくなっていった。
「思い出せよ。あいつの姿。名前。お前に何を言ったか!!!!本当にどうでもいい事だったら、そんな顔しないだろうが!!!!」
乱暴に揺す振られながら、俺は目を細めて嫌味なくらい晴れ渡った青い空を見た。
万力で挟まれたようにひどい頭痛の中また、あの声が聞こえた。

『簡単な名前だからすぐ覚えられるよ。君と反対の意味を持つ名前。何かあった時は呼んで』

ぴしっと何かガラスにヒビが入ったかのような音を立てた。
深い紅闇に足先から飲み込まれていくかのようだった。吐き気と頭痛に涙が浮かんだ。もう、プリーストの声すらも聞こえてこなかった。
ぼんやりと空を仰ぐ。
だから口から零れたのは無意識の言葉だったのだろうと思う。

「……ファイっ」






「はい?」









すぐ横に突然現れた気配。いきなり降ってきた声に、思わずびくっと体を強張らせる。

「あ、いっけねー。俺の声も聞こえなくなってるってのに、つい返事しちゃったよ」

その声は今まで俺を悩ませていた幻聴と同じ声だった。能天気そうな口調まで一緒だった。
驚いてプリーストに肩を掴まれたまま、首だけをそっちに向ける。
そこにはプリーストの腕を掴んで俺から引き剥がそうとしている一人のBSが立っていた。
薄いブルーのシャツにジーンズ。短い癖のある青い髪とグレイの目。
突然降って沸いたような実像に、今まで霞みがかっていた記憶が一気に晴れ渡ったようにクリアになる。
赤黒い闇が一掃されたかのようにも感じた。

そうだ、この男だ。
突然俺の前に現れ、自分のギルドに引き込み、そして死んだはずの…。

俺は目を見開いて食い入るように彼を見た。半分開いた口は、声帯を麻痺させていた。
「レインに名前呼ばれたことなかったから、嬉しくて………あれ?」
目が合った。
向こうが驚いたように目を瞬かせる。
俺と自分の間に手を翳して何度か振る。
「……もしかして、見えてる?」
そいつは喋った。
くらりと眩暈がした。

これは何の冗談だ。

「ゆ……幽…霊……?」

「え?レ……レイン!!?」

慌てたように俺の名前を呼ぶ男の声を聞きながら、突然雪崩のごとく襲ってきた眩暈にその場に崩れ落ちた。





5


俺は目の前でファイが死んだ事で、錯乱していたのだという。
正式にはこいつは死んでいなかったのだが。
危ない所で駆けつけたこのプリーストが蘇生に成功させたのだ。
どうやらカードの生命維持装置が働いてかろうじて命を繋ぎ留めていたらしい。
だが、気を失っていた俺は目が覚めた時にはファイを覚えていなかった。

「全部忘れた時に、その原因が目の前にいたらまずいだろ。だから頭の方で判断して無意識に目の前にいるはずのファイを視界から消した。当然声も遮断した。元々感受性も強そうな感じだったしな、衝撃に対する自己防衛もあったんだろう。ずいぶん思い出したくなかったようだし?」

俺が体を起こしているベットの横に椅子を置いて、偉そうに座ったプリーストが言った。
そんな事があるのだろうか。
だが実際怪我を治したファイはいつも俺の傍にいたのだと言う。それはさっきギルチャで俺の記憶が戻ったと知らされた途端、頭の中に入ってきた何人もの喜んだ声が真実だと証明してくれた。女セージからは泣き声で馬鹿馬鹿と何度も罵られた。嵐のように入ってきた声は俺をずいぶん混乱させたので、ファイが「詳しい説明はこっちでするから」と言って今は一時的に切っているのだが。
あの晩の酒盛りも、ギルメンが集まっていたのはファイの蘇生で結構な騒ぎになった後の話だった。
そしてあの時も確かにファイはいたのだ。あのジョッキの向こうに。
……つまりその頃からすでに俺はおかしくなっていたらしい…。

「ファイが死んだって事まで思い出して、それでも見えてないようだったから正直焦ったんだぞ。だがそれもそいつを示す名前を認識する事で、封じ込んでいたものが壊れた」

プリーストがそう言って懐から何かを包んだハンカチを出して俺に差し出した。それを受け取って包みを開くと、そこには粉々になった『非情な心』があった。

「お前が倒れた時に粉々になった。その時一瞬だけだったけど魔力を感じた。記憶をああまで綺麗に消せたのは、その所為もあったのかもな」
「これが…?」

俺は驚いて、粉々になったそれをもう一度見た。
確かに…暗殺者の心を封じて任務を滞りなく遂行させる為に作られたんだって聞いた事があるが、今までただの飾りだと思っていた。
時折感じたあの赤黒い闇は、この所為だったのだろうか。
そこでファイが苦笑した。
「だけどさすがに乱暴すぎ…。下手したらトラウマになったかもしれないのに」
「あんた散々無視されといてそんな甘い事言うのか!?人がいいのもいいかげんにしとけよ!!!!」
「でも、それだけショックだったんだろうから。ほら、無意識の行動に真実があるって言うじゃないか。付きまとってた時のあの冷たさを考えるとさ、何かそれくらい想われてたんだと分かって嬉しかったな〜。」
「嬉・し・が・る・な・!」
ギルマスでありBSのファイ。
幻なんかじゃない。本当に生きているし話している。触れば暖かかった。それでも信じられずに食い入るように見ていると、ファイが気が付いて能天気そうな笑顔を向けてきた。
自分の存在を否定されていたと言うのに、それをファイは怒らなかった。俺に対する態度も全然変わらない…。ひどい事をしたと思う。許してもらえなくても当然だとそう思っていたのに。
俺の事を強い人間だと思わないと言ったプリーストの言葉が今なら良く分かる。確かに俺は全然強くなかった。弱かったから、すべてを放棄したのだ。大事なものが目の前にある事すら気付かずにいた。


怒るプリーストに、ファイは困ったようにため息をついた。
「混乱させるだけだろうしできるだけ自分で気がつくのを待つか、もう少し落ち着いてからって事でギルメン全員に俺の事は緘口令強いてたってのに、お前だけは黙ってなかったもんなぁ……。しょうがないけど」
……そう言えばこのプリーストはいつだってヒントをくれていた。
それを俺が認めようとしなかっただけで、こいつは思い出させようとしてくれていた。
でも何故、口止めされてたものを教えてくれようとしたのだろう。特に仲が良かったわけでもなかったのに。
疑問に思ってプリーストを見ると、急に不機嫌になって視線をそらした。
代わりにファイが苦笑して説明した。
「……こいつね。ずっと探してる人がいるんだ。その人はソロの騎士で、名前とか全然知らない。それでも、その人を見つけたいんだって」
「ファイ!」
慌ててファイの口を塞ぐプリーストの様子に俺は驚いた。こいつがこんな顔を赤くしてる所なんて始めてみた。
プリーストは俺の視線にすぐ気付いて気まずそうに眉を潜めた。ちっと舌打ちして、
「……そうだよ。でも…もういないかもしれない。探しても会えないかもしれない。でも、できるだけそれを考えないようにしていたんだ。だから……目の前にいるのに見ようともしなかったお前に腹たったんだよっ!」
不貞腐れた様子でふんっと横を向いたプリーストに目を丸くする。ファイがニヤニヤと笑うのに、彼はどこか居心地悪そうにして部屋から出て行こうとした。
それを俺は呼び止めた。プリーストが振り返るのに、俺はちょっと言いよどんで、口を開いた。
何がどうであれ俺はこいつに感謝していたし、もうこれ以上嘘はつきたくなかった。
「お前の名前…教えてくれないか。悪い……忘れたんだ」
正直に言うと、プリーストは驚いたように目を見開いて俺をまじまじと見た。
「………リョウ、だよ。それとな、言っとくけどお前忘れたんじゃね―よ。一度だって聞いてこなかったから、教えてなかったの。他のギルメンの会話から俺の名前を探ろうとしているお前の姿は見てて結構面白かったぜ」
それにぽかんと見上げた俺を面白そうに見て、嫌味そうに口元を上げて部屋から出て行った。さっきまでの可愛げのある様子など微塵も見せずに。
「あの野郎…っ」
そりゃあな、聞かなかった俺が悪かったろうけどな!
それを楽しむなんて、何ちゅー性格の悪い男だ!!!!!
さっきまでの感謝がどこかへ行ってしまう程腹が立ったが、それでも聞きもしなかった自分が悪いと言う事はわかっているので唸るだけでそれ以上は何も言わなかった。
「まぁ、まぁ。あいつもね、性格ひねくれてんだけど、基本的にいい奴だからさ」
それでも怒り収まらない俺に、ファイが困ったように頬を掻いて呟いた。
「…リョウも一時期レベル上げですごく苦しんでてさ。元々モンク志望だったから殴りアコやっててね。……でも、その騎士さんに会って大分変わったんだ。俺も会ったことは無いんだけど」
どこか昔を懐かしむように言うファイは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「………」
それを聞いて、何故だかデジャヴを感じた。
レベル上げに悩んでて、人に助けられて?
……何か、リョウとその騎士の関係って自分達と似てないか?
つまりあんな男と同じ!!?
突然降って沸いた考えにかなりショックを受けて呆然となった。

俺の内面の声など知らないファイが、表情を改めて俺を見た。
「今回の件に関しては俺も悪かった」
パンっと手を合わせて頭を下げる。
「なっ、何でお前が謝るんだよ!」
「いや、ずっと思ってたんだ。レインを苦しめてたのは俺の所為なんだし」
その言葉に、俺はどんな非難よりもずっと胸が痛んだ。
後悔を、させていたのだろうか。
「………何で、お前俺に声を掛けたんだ?」
俺の質問に、ファイは少し驚いたように目を揺らして、指を組んでいた腕を自分お膝の上に乗せた。
「……俺に似ていたからかな」
「え?」
「何か大事なものを置き忘れたまま焦ってる感じがした。俺もそんな時期があったから何となくそういう人間ってわかるんだよな。俺はその時何やっても全然面白くなくて、だんだん心が荒んできて、人の声が聞こえなくなった。ああ、こりゃやばいなと思ってギルドを作った。心の拠り所が欲しくてさ。どこかで人と繋がっていたかったんだよ。何でもいい、おはようって言えばおはようって返ってくる、そんな場所が欲しかった」
情けない理由だろ。とファイは照れくさそうに笑った。
今までファイに持っていたイメージと違う事を聞かされて俺は素直に驚いた。俺やリョウが抱えていた焦燥をこいつも感じていた事があった…?
「幸い何人か気の合う人間がいたからさ。勧誘してこのギルドが出来たわけ。割と個人や2・3人で動く人間が多くて皆でどこか行くという事は少ないけどさ。寂しくなったらチャットで声を掛ければ誰かが返してくれる。根っこが繋がってるみたいか関係でいい。ギルドは擬似家族だって言う奴もいるけど、本当そんな感じで。一人でいることは別に悪い事だとは思わないけど、一人じゃない事を確かめる事も大事な事だろうと思う。無駄な事かもしれないけど、俺にとってはそれが大事だ」
「………ああ」
それは何となく分かる。今はわかる自分がいた。
「…それを押し付ける気は無かったんだけど、その所為で俺はレインを苦しめた。だけど何を言っても伝わらない。目の前にいるのに見てもらえない。これはその罰だろうかと思ったよ」
「……………」
やっぱり…リョウがいた時に言った台詞だけが本音ではなかったのだろう。
だけどそれは俺の所為でもあったのに。
今までもこうやってそうと知らず大事なものを見逃していたかもしれない。そしてこんな事が無ければ、これからも気が付かないままだったのかもしれない。
「…ご…」
罪悪感に駆られて謝ろうとした俺の肩をこずく様にファイの指がトンっと叩いた。驚いた俺に、ファイはへらっと安心したように笑って見せた。

「でも俺の名前呼んで見てくれた時そんなものは全部消えた。あの時俺の名前呼んでくれて嬉しかった。俺の事見つけてくれてありがとう」

心の中に言葉が落ちていった。
その言葉に急に目頭が熱くなった。視界が歪む。

それは俺の言葉だった。
俺がお前に言いたかった言葉だった。

強くなりたいと思う気持ちは変わらない。
変わらずこの胸にある。
だけど、あの時のような焦りは感じられなかった。
それは強くなりたいと願った理由を思い出したからだろう。
そしてこんな俺を心配してくれる人間がいると言う事を知ったからだろう。
俺は今始めてこのギルドに入ってよかったと思った。


「で、これからもレインに色々言うんだろうと思うんだけどさ…。俺もちょっとは遠慮した方が良いのかな」
ファイが珍しく殊勝な事を言い出すので言葉に詰まった。

今更そんな事を言うか。この馬鹿。

でもそれを真正面から言えば、つまりは「一緒にいて欲しい」と言ってるも同然なわけで。俺はそこまで素直な性格はしていなかった。
迷っているうちに思い出したのはあの日の言葉だった。

「…明日、約束……守れよ」
「え?」

ぽかんとしてるファイを睨むように見た。今までに無いほど緊張しながら、自分の顔が赤くなってるだろうと言う事も自覚していた。
でもいい。俺はもう、後悔はしたくなかった。
失うものはこの『非情な心』だけで十分だ。

「いつものポタ屋の前で待ってるから」

正真正銘自分から誘うなんて初めての事で。ファイは俺の言葉に心底驚いたように目を見開いて、……嬉しそうに笑った。

「わかった」

俺の考えなんて一瞬でわかったかのような態度に、内心へそを曲げて布団の中に潜り込んだ。
まだ正直体調が良いとは言えなかった。後遺症と言う程ひどいものではないのだろうが、無理やり記憶を封じた歪のような物がまだ眩暈になって残っていた。天井が回って正直気持ち悪い。

その時視界を通り過ぎた花に、まだ思い出せない事が一つある事を思い出した。
こればかりはどうも思い出せそうに無い。

毛布の中から顔を半分出してファイを見る。
「もう一つ……教えろよ。あの花の名前…」
視線の先にあるのはあの日ファイに付き返して、そして拾い上げた花。
何故だろう。
ずっと見ていたものの筈なのにそれが綺麗に見えた。
飾ってるのはきっと前から知られていたのだろう。どう思われていたのか考えると、耳が熱くなった。

『……無駄なものにも、意味はあるよ。でもその意味は自分で探さなきゃ見つからない』




……そうだな。

お前がくれた

この花に 意味があるのだとしたら 


俺にとってのそれは きっと……。





「ああ。……あれは」













その花の名前を、



俺は一生 忘れなかった。
















END






++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

「ギルメンのリストの存在は無視ですか」はい、そうです。
名前はいつものごとく適当に。晴れ(ファイン)と雨(レイン)からでした。
しかし私の書くアサシンさんは精神的に弱い人が多いなぁ。と言うか、苦しんでるアサ萌?とか(ガタガタガタ…)。

個人的に忘れられない言葉。「誰だってそういう時期はあるんだよ」つまりはそういう話が書きたかったのです。
こんな色気もへったくれも無いつまらない話を最後まで読んでくれてありがとうございました!



トナミミナト拝




















【ついでにちょっとだけカップリングっぽい余談】

「本気で全然気が付いてもらえなかったなぁ…。一緒にご飯食べてた時も、目の前で漫才した時も、そうそうあの時はリョウだって笑うの堪えてたくらい改心の出来だったのに。それに隣に添い寝した時もレインってば全然気が付かなくてさ。あの時はもう本気で落ち込んだね!」
「そ…」
添い寝!!?
ギョッとする俺に、ファイは慌てて両手を振った。
「あ、一日だけだから!」
「本当か!?」
だとしてもそれは朝泣いてる所まで見られていたわけで。
「ふ…二日…くらい…?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!?」
何だその疑問符は!!?実はまだ増えるだろ!!!ファイの胸倉を引っ掴んだ。プライベートを全部見られていたという事に羞恥が込みあがってくる。
「すいません、ほぼ毎日…」
いやだって、一緒の部屋に入った後に出ようとしたらドア開けなきゃじゃん?そしたら本気でレインを驚かせると思ったからさぁ…などとほざくこいつを、俺は真っ赤になって殴り飛ばした。


色気がないなぁ…。実は一番書きたかったシーンだったとか。
これ、ファイの方からの語りにしたらきっとギャグにしかなりませんね…。というか、気付け。










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