僕は背後を振り返って、そこに誰もいないことを確認して小首を傾げた。
人の視線を感じるようになって数日経つ。それも決まって一人でいる時にだ。
最初は酒場で吸った煙の副作用かと思った。
あの夜、酒場で煙を吸い込んだ僕は気を失ってしまい気が付けば翌朝を迎えていた。
目が覚めるまでに見た夢は自分にとってあまりに都合がよく、一人ヨタカのベットで目が覚めた時は夢と現実のギャップに頭を抱えて落ち込んだものだ。
・・・・・・ヨタカが自分にキスしたり、自分がヨタカを抱きしめて寝てる夢を見るなど僕はよほど欲求不満に陥っているのだろうか。

「・・・・・・・・・」

また、視線を感じた。というか、気配とでもいうのだろうか。
もう頭痛もやんだ今になっても感じるのだから気のせいではないのだと思う。

まるで真綿で首を絞められているかのような錯覚すら覚えて僕は気味が悪くなった。

「あっ!トキ!」

反対の方向から名を呼ばれてそちらを向くと、ダンサーのカモメさんとローグのカラスが困ったような顔をして走ってきているところだった。
「ごめん。トキ。時間ある?」
「ええ、何ですか?」
狩りの誘いだろうかと思ったが、カモメさんは僕の腕に自分の腕を絡めてそのまま僕を引っ張り出した。
「人にあまり聞かれたくない話なの。ちょっと付き合って」
「・・・・・・?」
僕は二人に引き摺られるようにして歩き出すはめになった。










最高の片想い













「見たんだよ」
「見ちゃったのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何をですか?」
主語が抜けている状態では何を見たのかわからない。
建物の裏で三人円陣を組むように座り込みながらぼそぼそとしゃべる。

「お前、ヨタカの背中に傷あるの知ってる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・いえ」

ヨタカの背中に傷があるなんて初耳だった。
だが彼も戦闘職であるアサシンを生業としている。身体に一つや二つ傷があっても不思議ではない。
むしろ不思議なのは、この二人がなぜその傷のことを知っているのかということだった。
ヨタカはゴブリン仮面を愛用していて素顔すら見せない。もちろん人前で服を脱ぐような真似だってしたことがないはずだ。
僕の冷えた視線に気が付いたのだろう。
二人は互いの手を握り合いながら怯えたように首を横に振った。
「偶然モロク南のはずれにいたのを見かけたのよ!何してるのかなって思ってついて行ったら偶然っ」
「そう!偶然!たまたま!オアシスで水浴びしに行ってたらしくて。これは素顔見るチャンス!?とか思うだろ!?思うよな!?見ちゃうじゃん!やっぱさ!でもこっち背を向けたままだったから素顔は見れなかったんだけどさっ!?その時・・・・・あいつの背中に肩から腰まで一太刀で斬られたかのような傷跡があったんだ・・・・」
その傷跡のことを思い出したのだろう。カラスが真剣な顔になる。
「あいつ、あんな傷・・・どこで受けたんだ?古い傷跡だった。ここ最近の話じゃねぇ」
「・・・・・・そんなにひどいものだったんですか?」
「あんなの受けたら死んでもおかしくねぇよ。モンスターにやられたにしてはおかしい。はっきりと見たわけじゃねぇから断言するのは早いかも知れねぇけど・・・・あれは・・・・人から受けた刀傷だと思う」
断言できないといいながらも慎重なカラスが言うのだからきっとそうなのだろうと思う。
だとしたらなんとも言いようの無い話だ。
「シシギも知らないって言ってた。別にあいつの過去なんて知ったこっちゃねーけどさ・・・・。お前は知っておいた方が良いんじゃねーかって思ってよ」
「・・・・・・・・・」
たまり場の中でヨタカと一番古い仲なのはシシギだった。だが彼もヨタカがアサシンになってから出会ったのでその前のことは知らないらしい。
そういう話になってもヨタカが進んで何かを言うこともなかったから、誰も聞けなかった。当然僕も彼の過去のことなど聞いたことがない。
だが、彼の背に命を奪ったかもしれないほどの傷があるということは、誰かが彼の命を奪おうとした証のように思えて心穏やかでいられなくなる。カラス達が心配してくれているのは、彼と僕が今同居しているほどに近しい関係にあることを踏まえてのことなのだろう。
カモメさんはいきなり僕の手を取って熱心な目で顔を覗き込んできた。

「だからもし背中に手を回すようなことになっても、爪立てたりしたらダメだからね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何の心配ですか。何の」

一気になくなった緊張感に僕はがっくり肩を落とした。



二人と別れてゲッフェンに戻ると、ヨタカからWISが飛んできた。
『ゲッフェンでアトリ嬢に捕まったので行って来るでござる』
プリーストのアトリ嬢は今度転生してハイプリーストになるため今経験値を積んでいるのだが、純支援の彼女では戦闘職と共に行くしかない。最近はヨタカを見るなり拉致してはあちこちに引っ張りまわしている。
特に僕達は狩りの約束していたわけではなかったのだが、気にして連絡をくれたらしい。
ゲッフェンのたまり場に着くと、ちょうどワープポータルの中にヨタカが消えたところだった。僕に気が付いたアトリ嬢が謝るように片手をあげた。
「ちょっと旦那借りていくから!あと5%でまたひとつレベルが上がるんだ!」
「が、がんばって。いってらっしゃい」
かなり切羽詰った迫力に、『旦那じゃありません』と最近の口癖のようなそれも言えず、笑顔を張り付かせて見送る。声が硬くなったのは仕方の無いことだろう。
アトリ嬢の青い髪がポータルの中に消えた後で、僕は軽く息をついた。
自分も純粋とはいえないかもしれないが支援プリーストだ。より強力な癒しの力を行使できるハイプリーストに興味はある。だがなるためにがんばろうという前向きな姿勢が無い。
しかしこうしていてもしかたない。
「・・・・・・プロに戻って臨公捜すかな・・・・」
空いた時間の有効活用と、僕は踵を返そうとした。だが、丁度背後からやってきた影とぶつかってしまう。
「あ、すいません」
同じくらいの背の高さの影は、今はまだ見慣れない姿をしていた。だが、それがアサシンクロスのものだと知っていたから僕はついまじまじと見てしまった。
灰紫の衣に血のように赤いマフラー。骨のような装飾の装甲は独特のものだった。
だが目を引くのはそれだけじゃない。少し癖のある柔らかそうな金の髪で彩られている端正な顔立ちは女達が放っておかないだろうと思わせた。だが、その中心にある氷蒼の瞳だけが彼に冷たい印象を与えている。
「・・・・・・?」
金髪のアサシンクロスは身体を逸らすどころか立ち止まってじっと僕を見て、すぐににっこりと笑った。どこか人懐こい猫のような印象になるが、僕はそのそらぞらしさに警戒した。
「聞こえてきたんだけど、あんた臨公捜してるの?」
その手がしゅっと風を切って、その指に何かを挟んでかざした。
「トキ・・・・・か。ふーん。レベル近いね」
「え」
胸元のポケットで風が通ったかのような気はしたが、彼の指に挟まっているのが僕の冒険証だと気がついて驚く。警戒していたにもかかわらず、彼は僕の法衣の裏からそれを盗ったらしい。
その早業に僕は一層警戒して一歩下がった。
だが、わずかに作ったその距離をまた詰められる。アサシンクロスは笑みを浮かべたまま冒険者証を翳した。
「じゃ、俺と狩りに行かない?ね?」
「・・・・・・・・・・すいません、ちょっと用を思い出しました。・・・・・また今度機会があったらよろしくお願いします」
断りの定例句を口にすると氷蒼の瞳がナイフのように細められた。
その視線に僕はぞわっと背筋を凍らせた。

この視線は・・・・・・・っ。

「―――――-!」

風を斬る音に条件反射だけで身を引く。だが彼は風圧だけで法衣の前と、胸の薄皮一枚斬った。
アサシンクロスは短剣を引いた状態のままで感心したように呟いた。
「へぇ。これを避けるんだ。偶然?それとも・・・・・」
人気の無いところをと選んだたまり場にくる人影も無い。逃げようにも背を向けたとたん彼から斬られる事は間違いない。
孤立無援状態の僕が彼の短剣を避けることが出来たのもここまでだった。
瞬間移動のように目の前に現れたアサシンクロスに目を見張った僕は、腹に受けた衝撃に息を詰めた。
「あーあ・・・・・・。やっぱダメだなぁ・・・・。・・・・手荒になっちまう」
「・・・・・・・っ」
短剣でないだけマシだったのか。それでも装甲で固められた拳を受けて、僕は呼吸を止めたまま前のめりになる。
倒れる前に、アサシンクロスが差し出した腕の中に崩れ落ちた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「安心しろよ。あっさり殺すなんてしねーから・・・・・・・」
「・・・・・・っ」
何のてらいもなくそう呟いた声に僕は安心できるかと心の中で悪態をつき意識を手放した。


次に意識を取り戻して見たのは、綺麗な花畑でも三途の川でもなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
「へぇ・・・・・30分くらいで目が覚めるとは思わなかったな」
見慣れた天井にぼんやりとしていると、聞きなれない声がしてびくっと身体を起こした。いや、起こそうとした。
「っ」
ベットの柱に腕を括られていた。腕を動かすとがっちりと括られていた縄は手首に食い込むだけで緩まることは無い。自分ではこれを解くことは出来そうにない。
元凶のアサシンクロスはチェアの上に無造作に積まれていた写真を一枚手に取り眺めていた。
そう、ここはヨタカと僕が住む宿屋だった。僕はヨタカのベットに寝かされたまま拘束されていたのだ。
どうしてここを知ってるのかという疑問が浮かぶ。だが、最近感じていた視線がこいつならば、後を付いてきてこの場所を知っていてもおかしくは無い。
だけど、目的は何だ。
アサシンクロスに付けねらわれるようは覚えは僕には無かった。
「・・・・・・・っ・・・・・・・・!?」
声を出そうとして、ひゅーっという呼吸音しか出ないことに気が付いた。腕だけでなく、全身が痺れているような錯覚を覚えて僕は現状を察した。
「痺れ薬が効いてるから、声でないよ。あんたの声を聞くだけもイライラしそうだからさ。あんたは俺の質問に頷くか首を横に振るかだけでいい」
アサシンクロスはメスのような細身のナイフを翻らせた。次の瞬間には僕の目の前をそのナイフが通り、向こうの壁に突き刺さる。そこにはアサシンクロスが持っていた写真が一緒に突き刺さっていた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
写真はヨタカのものだった。銀髪にゴブリン仮面とファッションサングラス。きっとたまり場で取ったものだろう。
「お前らここに住んでるんだな。なぁ・・・・・お前が死んだら、ヨタカはどうすると思う?」
彼の口から出てきたヨタカの名前にますます警戒を強める。
彼の前で僕の口からヨタカの名前を言ったことはない。だとしたらこのアサシンクロスはヨタカの知り合いなのだろうか?
「そのきつい目、いいね。そそられる」
口ではそういいながらもアサシンクロスは殺気を隠そうともせずに近寄ってくる。彼の攻撃範囲内に入った時、僕の法衣やベットは見えないかまいたちのようなものでずたずたにされた。
「っ」
ものだけじゃなく、身体のあちこちに痛みを感じた。深い傷はなく、血が滲んで浮かぶ程度の傷ばかりだったが、それでもそれが余計彼の腕のよさを感じさせた。
「本当はお前なんて興味なかったんだけどさ・・・・・。その目が歪むところは見てみたいかな」
ベットの綿が舞い散るなかで、彼は懐から赤い瓶を取り出して蓋を開けた。そしてその中身を僕の胸にぶちまけた。
「――――――-っ!!!!!!」
胸に受けた傷口にその液体がかかると、じゅうっと音を立った。
激しい痛みに僕は声にならない悲鳴を上げて身をよじる。
「これ空気に触れると一分くらいで変質するからさ。拷問とかには使えないんだけど・・・・・・・血液から体内に入れると運が悪ければ心臓を止めることもある」
金髪のアサシンクロスは冷たい笑みを浮かべる。
アサシンクロスは毒のエキスパートだ。身体が痺れている上に、体力奪われていくかのような錯覚を覚えて歯噛みした。
声が出なければ回復の祈りの言葉すら口に出来ない。
自分がとても無力ではがゆかった。
そんな僕の顎を掴んで顔を上げさせる。
「しっかし、なんでヨタカもあんたみたいなどこにでもいるプリーストなんかと一緒にいるんだ?こんなのたいしたこと無いのに」
返事が出来ない代わりに懸命に睨みつけると枕に押し付けるように喉元を掴まれた。
「・・・・・・・・・・・・・・!」
アサシンクロスはダマスカスを構えて僕の頭に向かって突き刺した。無造作なまでの殺意は僕の命を奪うことなく、僕の頬を掠って枕の中にふかぶかと突き刺さる。
「・・・・・・悲鳴も聞けないのは残念」
氷のような瞳を人懐こい猫のように細めてっこりと笑った。まるで猫がねずみをいたぶるかのよう。
気まぐれで、感情に揺らいでいる。僕が今生きているのはただの彼の気まぐれと、何か僕に聞きたいことがあるから・・・・?
彼の口がヨタカの名前を呼ぶたびに、彼は殺気を高めていった。自然僕を見る目もきつくなる。
「なぁ、お前ヨタカと寝てるの?」
アサシンクロスは指先で僕の胸の傷をなぞった。
どういうことかと思ったが、そういえばこの部屋にはまだ僕のベットを入れていない。明日来ることになっているベットを心待ちにしながら僕は懸命に自分のベットを進めようとするヨタカを押し留めてソファで寝ていた。
だがそんな事情など知らないこのアサシンクロスは勘違いをしたらしい。
「この身体で、この場所で、あいつを抱いた?それとも抱かれた?」
手の甲の爪が傷口を広げるように皮膚に刺さる。
「!!!!!!」
釘でも打ち付けられているかのような痛みに仰け反って声にならない悲鳴を上げる。
痺れ薬を盛ったと言うのなら、痛みの感覚すら麻痺してほしかったのに、どうやらアサシンクロスは僕を苦しめるためにそういった要素は排除したらしい。むしろ、感覚が鋭敏になっている気がした。
アサシンクロスの指にぐっと力が篭る。
「――――――!!!!!!!」
爪で肉を抉られた。飛び散った血がシーツや床を濡らした。
胸元から血が溢れ肌を伝ってベットに染み込んでいく。

「ここで、お前を犯したら、ヨタカはどんな反応するんだろうな・・・・」
「っ」
毒の所為か目がかすんできた。
血の匂いに興奮したのか、アサシンクロスが獲物を前にした肉食獣のように赤い舌が舌なめずりをするのがかろうじて見えた。

くやしい。
くやしくてしかたない。

何も出来ない自分の無力さが。
こんな男に犯されようと、なにされようとそれは自分のせいだ。抵抗できない自分のせいだ。
だけどこんな暴力に心まで屈する必要は無い。

だが、この男の目的はヨタカを傷つけることだった。
あの優しいアサシンは自分のせいで僕が傷ついたと知ったら、きっと僕以上の衝撃を受ける。
わかるのだ。

わかるから悔しい。
何も出来ない自分が。

冒険者用に作られた耐久性に優れた黒いズボンが裂かれる。
前戯などする気もないらしいアサシンクロスは自分のズボンの前だけを寛げると、何も身に纏わない僕の足を抱えて広げた。
「っ」
次に来るだろう衝撃に備えて身を竦める。無様な悲鳴を上げることのないことだけが救いだった。

だが。

ガタンとドアが開く音が部屋の中に響いて、僕もアサシンクロスも目を見開いた。
開いた視界は霞んでいたが、そこに紫の影を見た気がした。
そして上からの重みが一瞬で消えた。
「!」
ひゅっと身体の上を風が走る。
次の瞬間には入り口とは反対の壁にアサシンがアサシンクロスの身を押し付けていた。
アサシン・・・・ヨタカはカタールでアサシンクロスの動きを捉える。
それを短剣で押し返すアサシンクロスは喉の奥で笑った。

「久しぶりだな・・・・・ヨタカ・・・・・っ」

「ハヤブサ・・・・・何故・・・・・おぬしがここにいる・・・・・っ!!!」

ヨタカの声には苛立ちと怒りがあった。

「何故、トキ殿を・・・・・っ」

「何故・・・・・?わかんだろ・・・・・お前への嫌がらせだっ!」

短剣でヨタカの身体を押し返す。ヨタカは飛ぶようにベットの脇にきた。僕の視界からはヨタカの背中しか見えない。

「だったら拙者に向かって来い!!!!!トキ殿を巻き込むな!!!!」

こんなにも大きな彼の怒鳴り声を僕は聞いたことがなかった。
どちらかというと声を荒げることなどない彼が、今こうして怒っているのは僕のためなのだ。
「・・・・・・・・俺の前から姿を消しておいてよく言う・・・・・」
ハヤブサと呼ばれたアサシンクロスはゆらりと身体を揺らす。それはあくまで自然体で、どこからでも攻撃が出来るような構えなのだろうとわかった。
「・・・・・・・・ヨタカ・・・・・。背を斬られ泉に落ちたお前がまさか生きてるだなんで思ってもみなかった・・・・」
その言葉に僕はカラスとカモメさんが見たというヨタカの背の傷のことを思い出していた。
「もし生きてれば俺の元に戻ってくると思ってた・・・・っ!なのにお前は・・・・・っ!!!!しかもそんな男と一緒に暮らしていたなんてなっ」
激しい嫉妬の目を向けられた。ヨタカもそれに気が付いたのだろう。
「・・・・・・・おぬし・・・・本当に拙者への嫌がらせだけの為にトキ殿をこのような目に・・・・っ!?」
「それ以外になんだと?・・・・・お前は、俺のだ。俺以外のものを見るなんてそんなこと許せるものか!!!!」
ハヤブサが鋭く光るナイフを投げる。
それはヨタカが避ければ僕が当たる位置にだった。ヨタカはそれを無造作に動かした腕で受け止めた。
弾く事だってできたはずなのに。
「っ!」
ハヤブサも驚いたのだろう。動きを止めた。
ヨタカは腕に短剣を刺したまま低い声で呟いた。
「ハヤブサ・・・・・拙者はおぬしのものではござらんよ」
「そのふざけた口調を止めろ・・・・っ」
「もう、拙者はおぬしとはおれぬ」
「俺を拒絶するな!!!!」
ハヤブサは一瞬にしてヨタカの前に立つと、身構えるヨタカの腕を捕らえると顔を寄せた。
「っ」
赤いマフラーが背に戻る前に、ハヤブサの指がヨタカの顔から仮面をとる。
下から見上げるような形ではっきりとしたことはわからなくても、二人がキスしているように見えるのは・・・・僕の気のせいではないはずだ。
カタールを落としたヨタカの指先が時折震えているのを見る限り、ただ口を重ねてるだけというわけでもないらしくて・・・?
僕は思わず顔を引きつらせた。
「・・・・・・・っ」
ちゅくっと立つ水音に血管が切れそうになった。
僕は見も知らぬアサシンクロスに今日一番の激しい怒りを感じた。
腕を拘束されてなかったら、ヨタカを引き寄せていた。
ヨタカが抵抗するが、ハヤブサはそれを片手で押し留めた。
「・・・・・・・っ。ハヤブサ・・・・っ・・・・・止めろ・・・・っ」
「・・・・・・・・・・いやだ」
どこか子供が甘えるかのような拒否の言葉は本当にさっきまで自分を襲っていた男が発したものだろうか。
愛しいものを捉えた男が甘い言葉をささやくかのような声に、僕は驚き、そしてこの二人の唯らなぬ関係を感じた。
「昔はお前からしてくれた」
「舌を入れた覚えは無い」
「お前を喪ったと思った俺がこの5年間どういう気持ちで生きてきたかわかるか?・・・・・死んだと思った。あの傷を受けて生きているわけがないと。だけど、お前は生きていてくれた。ヨタカ・・・・・・・もう、離さないっ!」

「・・・・・・黙れっ!!!!」

アサシンクロスの身体を押しのけ、ヨタカは怒鳴った。
その剣幕にアサシンクロスだけでなく僕まで身を縮こまらせた。
ヨタカは完全に切れていた。いつの間にか口調まで変わっていた。

「俺はトキ殿を傷つけたお前を許さんっ!!!!」

「そ、そんな男のどこが良いんだよ!そんな誰にでも足を開くような奴っ!これだってそいつが誘って・・・」
「拘束した上に毒を盛った人間が何を言うか!!!!トキ殿を侮辱することは俺が許さん!!!!今ここで彼に謝れ!!!!」
「で、でも・・・・っ」
「ハヤブサ!!!!」
「・・・・・・・・イヤだ」
ヨタカに怒鳴りつけられて、アサシンクロスは不貞腐れたようにそっぽを向く。
ヨタカは背後からでもわかるくらいに怒りをあらわにしていた。顔は見えないが前からそれを見たハヤブサは恐ろしいものを見たかのように顔を引きつらせた。
またヨタカが怒鳴りつけるかと思ったのだが、意に反してヨタカの声は低くぼそりと呟いた。

「・・・・嫌いになるぞ」

「・・・・・・・・っ!!!!!!」

氷のようだった蒼い目が丸くなって、泣きそうな顔になった。
その変わり様に見ているこちらの方が戸惑うばかりだ。

「ご・・・・・・・ごめんなさい・・・・」

さっきまでの強気さはどこへやら。その一言だけでアサシンクロスは見ているほうが哀れに思うほど肩をすくめて頭をたれていた。その頭に動物の耳があったらぺたんとたれていたことだろう。
アサシンクロスが、アサシンに頭を下げる。一種異様な光景だった。
しかし、その謝罪も僕に向けられたものではないというのは感じた。

これはいったい・・・・と思う自分の身体に反対方向からタオルケットがかかる。それは僕がソファで寝ているときに使っているもので、驚いて顔を向けると、アトリ嬢が拘束されていた僕の腕の縄をナイフで切りながら心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫かい?毒を盛られたんだね。ちょっと待って。傷を癒す前に解毒しないと」
アトリ嬢の声が聞こえたのだろう。ヨタカがハヤブサに手を差し伸べる。
「ハヤブサ。中和薬」
「・・・・・・・・・・ない」
「くだらん嘘をつくな。アサシンクロスの使う毒は個人によって微妙に違う。ゆえにその毒を使うからには完全な解毒の術も持つのが暗殺者の嗜み。持ってないと言うのならばお前は暗殺者失格だ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ヨタカの厳しい追求にハヤブサはしぶしぶ懐から青い薬の瓶を出す。ヨタカはゴブリンの仮面ごとそれを奪い、仮面をつけてからこっちを振り返った。
「すまぬ。ヨタカ殿・・・・・・拙者の解毒ではアサシンクロスの毒素を完全に消すことは叶わぬ。これを半分飲んでくだされ」
「・・・・・・・・・・・」
いつもの口調に戻ったことに戸惑いながらも、言われたとおりに口元に当てられた薬を飲む。そして残り半分は胸の傷口にかけられた。今見て気が付いたが、抉られて毒をかけられたそこは紫色に変色していた。
「んじゃ、いっくよー」
アトリ嬢は両手に癒しの波動をこめると、祈りの言葉とともに胸に押し当てる。
高レベルの癒しの力に一気に身体が楽になる。痺れもなくなり、喉を鳴らせば声が出る。
紫色だった傷もうっすら痕が残るだけで消えた。
ただ。流れた血液だけは戻らない。軽いめまいを感じながらも僕は片腕をヨタカに向かって動かした。

「・・・・・・ヨタカ・・・・・」
「すまん、トキ殿・・・・・。拙者のせいでござる・・・・」
「そんなことより・・・・・・腕・・・・」

さっきから気になっていたのは、ヨタカの腕のことだ。ナイフが刺さったままの腕に手を伸ばすと、ヨタカは逃げるように腕を引いた。

「これは拙者への罰でござる・・・・・・・。すまない・・・・・トキ殿。すまない・・・・っ」

ベットの上に横になったままの僕に彼はひざまずいたまま頭を下げる。
反対側からアトリ嬢が困ったような顔で僕に言った。
「急にギルド名からトキの名前が消えたからさ。こりゃ何かあったんじゃないかって二人で捜してたんだよ。後はシシギがPT機能でここにいるって教えてくれたからね」
アトリ嬢の言葉に、どうしてここが突き止められたのかわかった。冒険者証は生命維持装置もかねている。よって身から離さないことを義務づけられているものだ。身から離せば他にも色々と障害が出る。ギルドから僕の名前が消えたのもそういうことだろう。それにカラス達に会う前にシシギの製造の手伝いにパーティを組んだままだったのが幸いしたらしい。

「・・・・・・・・・・・・・・・トキ殿・・・・」

心配して駆けつけてくれたのだろう、彼が愛しかった。
それに、自分の為に怒ってくれたのが嬉しかった。
今目の前にある柔らかそうな銀の髪にふれたらきもちよさそうだと思った自分はまだ余裕があるのかもしれない。

「なんでヨタカがそんな奴に頭を下げるんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・」

ハヤブサがぼそりと呟くと、ヨタカはゆらりと背後をふりかえる。鬼でも担いでいそうな怒気にハヤブサは青ざめて震えた。
「・・・・・・・・あの・・・・ヨタカ・・・・」
僕はそこで始めてずっと聞きたかったことを訊ねた。

「彼は・・・・・一体・・・・・?」

自分のことを言われているとわかったのか、ハヤブサは怒っているヨタカの機嫌を伺うように、だがこちらを警戒したままヨタカの首に腕を回して抱きついた。
しかしその腕はすげなく払われる。
とたん泣きそうな顔になったアサシンクロスは今度ははがされないように後ろからぎゅっと自分の腕を掴むようにしてしがみ付いていた。その必死な様子にヨタカは不機嫌なまま肩を竦めてその腕を指先でねじり上げる。
そこにこの二人の仲睦まじさを感じた。
もし『かつての』(←ここ重要)恋人といわれても今更驚かない。

だが、彼の口から出たのは意外な言葉だった。


「ハヤブサは・・・・・・5年前に生き別れた拙者の・・・・双子の弟でござる・・・・」














+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

過去の男かと思いきや、小姑だったようです。
しかも超ブラコン。

背の傷のことは次回に。











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