背に、焼け石を押し当てられたような衝撃を受けた。
身体から力が抜ける。泉に落ちながら、死ぬのだと思った。
いや、自分は最初から死んでいたも同然だった。

『ヨタカ』という人間は、最初からこの世に存在していなかったのだから。


「ヨタカぁぁぁぁ!!!!!!」


遠のく意識の中で大事な弟の泣き叫ぶ声が聞こえたような気がした。
俺の唯一の肉親。そして最愛の弟。

どうか、悲しまないで。
この結末は俺が望んだもの。

俺がいなくなれば、お前は何の憂いもなく光の下にでることができる。


願うのは。
ただ。

ただ、お前の幸せだけ。












最高の片想い










それはまだ、自分のことを『拙者』ではなく、『俺』と言っていた頃の話。


モロクは水の少ない乾いた土地だった。オアシスがあることから昔は盗賊の拠点として重宝がられ、そして今もなおその片鱗をのこしていた。
シーフギルドがそれである。
モロクと言う土地はその環境から昔から子供が育ちにくいところだった。一昔前まで、子供が10歳まで育つ確立は3割ほどだったという。今だからこそそんなことはないが、昔から続いてきた慣習のいくつかは今もなお根強く残っていた。その中のひとつにこういったものがある。

曰く、『双子は禁忌』。

一人でも育てることが難しいというのに、二人になれば共倒れになりかねない。
モロクでは昔から双子が生まれると必ず一人を間引いた。
もちろんそれまで反対したものもいたろう。
だが、自分の意思の放棄と長上たちの命令への完全な従順はここで生きるための掟のようなものだった。

『俺』と、ハヤブサはモロクで生まれた。

だが、自分達にとって幸運だったことに、俺たちを生んだ母親は一人で子供を産み落とし、ギルドにそれを知らせなかった。
そして知り合いだったフク爺と呼ばれるギルド専属の薬師にハヤブサを預けた。
もし双子であることを知られていたら、身体の弱かったハヤブサが殺されていたことだろう。
母の機転には感謝したい。

だが、その母親も産後の肥立ちが悪く、すぐに死んでしまった。
結果、孤児となった自分はシーフギルドの中の孤児院に引き取られた。
そこは暗殺者を養成するようなそんな場所で、常に身に死がまとわりつくような所だった。自分と同時期に入った子供も数年後そこから出る時には半数以下に減っていた。
そこで俺は56番と呼ばれていた。
大人たちはすぐに死ぬかもしれない子供の名を覚える暇はなかったらしい。
番号で呼ばれる生活は、それだけでも辛いものだった。

そんな荒んだ場所で、俺の唯一の安らぎはフク爺の元に隠れて住むたった一人の弟に会いに行くことだった。
自分の銀髪とは違う、太陽のような明るい金髪をもった俺のかわいい弟。
毒薬の作り方を教わるのだという建前でフク爺のもとへハヤブサに会いに行っていた。ここでフク爺と話すことも自分にとっては驚くことばかりで、狭いと思っていた世界が実はもっと広いものだとわかったのもこの頃だった。
そして自分がいる場所が息苦しいと子供心に感じていた。

「ヨタカっ」
双子なのにハヤブサは俺よりも身体は小さく、いつも咳き込んでいてベットの中で寝ていることが多かったが、俺が姿を現すと嬉しそうに起きてきた。
血の繋がりを感じる顔立ちは、俺を見て明るく笑う。
俺が自分の名を忘れずにいれたのも、この弟のおかげだった。
俺は無邪気になついてくる弟がかわいくてしかたなかった。
今日は顔色がいいようだ。だが、起き抜けでは寒いだろうと毛布を肩にかけてやる。

「今日はナイフの投げ方を教えてもらった。ハヤブサもしてみる?」

「うんっ」

そして、孤児院で教わった技術をハヤブサにも教えた。
すると次来た時には必ずそれをマスターして見せてくれた。ハヤブサはすぐに色々なことを吸収していった。
身体こそ弱かったものの、ハヤブサには天性のものがあると思った。もしかしたら俺より筋が良いかもしれない。

「うまく出来たね」

ハヤブサは瓶の上のりんごを投擲で射落とした。
頭を撫でて褒めてやると、ハヤブサは嬉しそうに抱きついてきた。
「ヨタカ、大好きっ」
「俺もハヤブサが好きだよ」
「ずっと、一緒にいてねっ」
「うん。一緒だね」
「じゃー。約束!」
ねだるハヤブサの唇に俺は、ちゅっとキスを落とした。
ハヤブサは花のような満面の笑みを浮かべてぎゅうぎゅうに抱きついてきた。
始めはおやすみのキスだったそれが、いつの間にか日常のスキンシップになり、いつしか約束の証のようになっていた。額から頬になり、唇にするようになっても、おかしいと思わなくなった。

この家の中から出られなかった弟。
俺が孤児院に戻る時間になると泣きそうな顔で抱きついて離そうとしなかった。
「また来るから」
唇に約束の証を残して顔を離す。
「・・・・・・・・・・・・」
そうしてようやく俺の腕を放した。
だが見上げてくる蒼い瞳には泉のような涙がたまって今にも零れそうになっていた。
当時のハヤブサにとって俺とフク爺だけが話し相手であり、このくらい部屋だけが彼の世界だった。
「ヨタカ」
背を向けようとした自分を、ハヤブサは引き止めた。
「・・・・・・・・・・・・・?」

「俺も・・・・ヨタカと・・・・一緒に行きたい・・・・・」

弟が泣いていた。
白い頬に涙を零して。手を伸ばすことを堪えるように自分の上着をぎゅっと掴んで。
肩をすくめて俯いて泣いていた。

俺はハヤブサの願いを聞いた時、怖いと思った。
ハヤブサがここから出る。自分の手から離れる。
薄暗いこの小さな部屋から外に出たハヤブサはどんな感情を持つだろう。
今自分がいるこの世界ですらこんなに広くて大きいのに、ハヤブサにとってはきっと途方も無い。
今は自分とフク爺しか知らないハヤブサは、外に出ていろんな人に出会うだろう。
かわいいハヤブサはきっと誰からでも愛される。
そしたら自分のことなんて見向きもしなくなるかもしれない。

自分のことを必要としなくなるかもしれない。

黙り込んだ俺に気が付いたのだろう。
ハヤブサは白い顔を真っ青にして必死になってしがみ付いてきた。
「ごめんなさい。言わないっ。もう言わないからっ。・・・・・・ヨタカっ、嫌いにならないで。俺のこと、嫌いにならないでぇっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」

でも、こんなのは違うと思うくらいには、自分はまだまともだった。

人を一人閉じ込めて、自分だけをみさせて、こんなことを言わせて。
彼の世界は本当にこの部屋と俺だけなのだ。


・・・・・・・・・・・・・こんなのがまともなわけない。


「ヨタカ・・・・?何で、泣いてるの・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・っ」

俺はハヤブサを抱きしめた。

「・・・・・・ハヤブサ・・・・っ・・・・・」
「ごめんなさい。ヨタカ。俺のこと嫌いにならないでっ。もう言わないからっ」
その声は恐怖に彩られていた。
そんな声を出させている自分がいやだった。
「・・・・・・・・・・っ」
俺は泣きながら首を横に振った。

謝るのは自分の方。
お前をこんなところに閉じ込めて、自分だけが空の下にでている。
自分が感じている不自由さすら、この弟にとっては自由と呼べるものであるのに。

「ごめん・・・・・っ」

その時初めて自分のおろかさを知ったのだ。


その日から、俺は弟を外に出したいと思うようになった。
だけど、そうすればギルドは黙っていないだろう。ハヤブサの存在を知られればきっと彼は殺される。
まだ子供とはいえ、そんなことがわかるくらいには自分はギルドのやり方を知っていた。

やがて俺が孤児院を出る時期にくると、フク爺が調合する滋養薬のおかげかハヤブサは咳き込んだり寝込んだりすることがなくなってきた。13の年を数え、遅かった成長期が来て自分と同じ身長と外見になった。
その頃、漸く俺はずっと考えてきたことを実行することが出来ると思った。

「ヨタカ。お前シーフになる気か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

孤児院から出る前の日、フク爺から問われた。
「・・・・・・・・・」
俺はその時すぐには答えなかった。
代わりにフク爺にあるものを頼んだ。フク爺はそれだけで俺が何をする気なのか何となく察したのだろう。だが、俺をじっと睨んで俺の意志が変わらないことを知るとため息をついた。

「・・・・・・・・・・毒食らわば皿までか」
「・・・・ごめん。フク爺」

そしてその夜、僕は髪を金に染めた。
翌日、孤児院を出ることになり、正式な冒険者として登録することになった。
登録員が紙にペンを走らせながら聞いた。

「お前の名前は?」

名前を問われるなんて、何年ぶりだろう。
物心つく前から番号で呼ばれていたのだからもしかしたら初めてだったのかもしれない。
俺は馬鹿らしいことにそれだけのことに感慨深いものを感じながら口を開いた。

「・・・・・・ハヤブサ」

かわいくて、愛しい俺の大事な弟。

望むならなんでもあげたかった。
彼に外を歩かせたかった。
空を見上げさせてやりたかった。

冒険者になればギルドの目から離れることが出来る。世界中を回ることが出来る。
外見が同じなのをいいことに、俺とハヤブサは入れ替わりながら冒険者としての生活を送った。
初めて外に出たハヤブサが戻ってきた時の興奮した顔は忘れられるものじゃない。
言葉も出ないくらいに興奮していたハヤブサは翌日熱を出して寝込むことになったのだがそれもまたいい思い出だった。
冒険者証の名前がハヤブサの名前になっていることも、俺がいきなりハヤブサと同じ金髪にしたことも弟はあまり深く考えなかったようだった。ただ、俺はおそろいだ笑い、そして弟もそれだけを鵜呑みにした。
これもまた罪になるのだろうか。
でも今はそれでいい。

一日をフク爺のもとで薬品を扱いながらすごした夜には、ハヤブサの一日の行動を聞いて眠り、外ですごした日には出来るだけハヤブサの行動から逸脱しない行動だけをした。
そしてそれから1年、俺はハヤブサの仮面を被り続けた。

だが、そんな生活がいつまでも続くわけが無い。

ある日、ギルドにそれがばれた。
成長した双子。
元は赤ん坊を成長させるためのその掟。だが、そこを潜り抜けて育った双子にギルドは暗殺者を送ってきた。
すべては掟を遵守するため。例外は認められない。それがギルドの鉄の掟と呼ばれる所以。
相手はアサシンマスクをした高レベルのアサシンだった。濡れ羽色の髪、漆黒の瞳。まるで黒い死神のようだと思った。
当時まだシーフだった子供の叶う相手ではなかった。
モロクの泉の前で俺達は暗殺者と相向かった。
金の髪を持つ俺たちに、暗殺者は聞いた。
「どちらを生かすか。どちらを殺すか。お前らが選べ」
「ふざけんな!!!!!ヨタカは殺させない!!!!!」
「そうか、・・・・・・・・・ならばお前がハヤブサか」
暗殺者の冷えた声はハヤブサに、そしてそのカタールは俺に向けられた。

「―――――-!!!!!!!」

風の流れる気配に下がった俺は、腕を切られて倒れた。

「ヨタカ!ヨタカ!」

最初からそのつもりだったのだろう。
暗殺者は冒険者として登録していなかった俺の方を殺すことにしたらしい。

・・・・・・・・・・・・・・それでいい。

俺は誰にも見られないように笑みを浮かべた。

「許さない・・・っ。絶対に殺してやる・・・っ!」

ハヤブサは俺を抱き起こして暗殺者を睨み叫んだ。
だが、俺はハヤブサを押しのけて立ち上がる。

「ハヤブサ・・・・・危ないから、下がって・・・・・」

俺は短剣を構えた。だが、暗殺者は前にではなく、すでに俺の背後にいた。

「っ!!!!!」

背に、焼け石を押し当てられたような衝撃を受けた。
身体から力が抜ける。泉に落ちながら、死ぬのだと思った。

いや、自分は最初から死んでいたも同然だった。

『ヨタカ』という人間は、最初からこの世に存在していなかったのだから。


「ヨタカぁぁぁぁ!!!!!!」


遠のく意識の中で大事な弟の泣き叫ぶ声が聞こえたような気がした。
俺の唯一の肉親。そして最愛の弟。

どうか、悲しまないで。
この結末は俺が望んだもの。

俺がいなくなれば、お前は何の憂いもなく光の下にでることができる。


お前の目のような空が好きだった。
お前の髪のような太陽が好きだった。

だから、それを全部お前にあげる。
お前を暗い場所に閉じ込めてきた俺にできるのはそれだけだから。

『ずっと、一緒にいてね』

・・・・・・・・・・・ごめん。

約束守れなかったね。
でも、あの時は本当にそう思っていたよ。
ずっと、ずっと一緒にいれると思っていたよ。

でも、ごめん。


・・・・・・・・願うのは。
ただ。
ただ、お前の幸せだけ。


どうかこの世界で、お前だけは生きて。

そして・・・・・・・・笑っていて。


それが自分の命を賭けた願い。

地下で繋がった水路を抜けてモロクの外にあるオアシスで浮かんでいるのを、心配してかけてつけてくれたフク爺が見つけてくれなければ、俺は確かに死んでいただろうけど。







「死ぬことの出来なかった拙者は、だが誰にも素顔を見られるわけにはいかなかった。生きていることを知られれば自分だけではなくハヤブサにも害が行く。・・・・・ゆえに仮面を被り、髪を戻し、口調すら変えた」

拙者の長い昔話をトキ殿は黙って聞いてくれた。
ソファの上で隣同士に座るトキ殿は窓から入る月の光に淡く輪郭を浮かび上がらせていた。
明かりの無い部屋の隣の部屋には粗大ゴミに成り果てたベットが一つ。
ハヤブサを追い出した後、話が出来る場所はソファしかなかった。
相手の体温を感じるほど近くで、虫の羽音のように密やかに語る。

「ハヤブサと自分は別の人間。もう一緒の道を歩くわけには行かないのでござる。それはハヤブサのためも拙者のためにもならない」

だから、生き残った後もハヤブサの前に出ることなく姿を隠した。それが、彼との約束を裏切ることになっても。
ハヤブサの自分への執着も、自分がハヤブサに持つ依存も互いによくないものだとわかっていたから。

それまで黙って聞いていたトキ殿は、話が終わると知ると拙者をまっすぐに見て言った。

「それでも、ヨタカ。あなたは今も仮面を被り続けてる。自分という存在を隠し続けている。・・・・・・これからもそうするんですか?」
「・・・・・・・・・拙者はいいのでござるよ。苦にも思わぬゆえ」
苦笑すると、トキ殿は目を細めた。
どうしてそんな物憂げな顔をするのかわからなかった。
藤色の瞳でじっと見つめられる。
その真摯な視線に、嘘も冗談も言えなくなる。
言葉につまり、顔に熱が篭るのは何故なのか。
ひどく恥ずかしいことのように思って言葉が出なかった。
思わず顔が見れなくなった拙者の腕にトキ殿が触れた。
「神よ。哀れみを」
「っ」
ハヤブサが投げたナイフを受けた傷が癒されたのがわかった。
拙者は思わず掴まれた腕を振り払いトキ殿を見た。
「トキ殿。これは・・・・っ」
「ヨタカが・・・・自分を責めるためにつけた傷なんてしりません。それに、ヨタカのせいじゃないでしょう。あれは」
だが、ハヤブサがヨタカ殿を犯そうとしたのは事実。
拘束し、毒まで使ってトキ殿を傷つけた。
それもこれも拙者がハヤブサを裏切り続けた結果なのだ。すべて拙者のせいなのだと微塵も疑わなかった。
「拙者がすべて悪い」

「・・・・・誰が人を想う心を悪いとそういうのでしょう」

トキ殿は拙者の腕を掴み、まるで司祭が祭壇の前で話す言葉のような口調で言った。
その姿は月明かりに淡く輝いていて清廉でもあった。

「ヨタカは弟を愛しいと思って姿を消し、ハヤブサは兄を愛しいと思って僕にあんな真似をした。人は勝手ですね。誰かのためといいながら、結局は自分の思うようにしかできない。・・・・・でも僕は、その行動に理由がある限り、その下にある愛情を罪だとは思いません」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

だがその言葉は、拙者にあることを思い出させた。
行動に理由がある限り愛情を罪だとは思わないとトキ殿は言った。
だが。
「・・・・・・・・・・・拙者はまだ一つ、トキ殿に隠していたことを言わねばならぬ」
だが言えばトキ殿は拙者に軽蔑の目を向けてくるかもしれない。
躊躇いながらもこの目を前にすれば隠しとおせるわけもなくそれを口にした。

「・・・・・・トキ殿、拙者は素顔を隠すため、少なくとも一人この手で殺した」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

トキ殿は驚いて目を見開いた。

背中の傷も癒え、冒険者としての道を一から歩き出してまもなくのことだ。相手はまだ年若い騎士だった。仮面を被る拙者に、いたずら心がわいたのだろう。拙者の仮面を取った。
騎士にとって不運だったのは、彼がハヤブサのことを知っていたこと。
そうと知った時の恐怖。
ハヤブサに危険が及ぶかもしれない。それと同時に自分の命すら危険に晒されるかもしれない。
背中が熱を持つのは、暗殺者とギルドへの恐怖から。
まだくっきりと脳裏に焼きついていた漆黒の死神の姿は自分を恐慌状態にさせた。
一度プロンテラの臨時のパーティで一緒になったことがあると言った。元気だったかと笑っていた。まだシーフだったのかと不思議そうに聞いたその喉をこの手で裂いた。

拙者は自嘲気味に言った。

「それでも、罪ではないとそう言ってくれるのか」

トキ殿の目は見れなかった。

これは間違いなく罪だ。
拙者が背負うべき罪だ。
自分のエゴで人の命を奪った。そんなことが赦されるわけがない。

トキ殿は何も言わなかった、。二人の間の空気が冷えたようなそんな気がした。それに思わず目を伏せる。
だが、ソファにぽたりと落ちた水音にすぐに目を見張った。
驚いて顔を上げると、トキ殿の濡れた頬が月明かりに光って見えた。
細めた藤色の瞳が揺れて、雫を零す。頬に伝う雫がソファに染み込んでいった。
トキ殿の指が拙者の両耳に触れても、驚きのあまり反応できなかった。
温かで優しい指が止まる。

「・・・・・・・・・・この傷ついた魂に哀れみを。彼の人の罪を赦したまえ」

指先から溢れる癒しの波動は、身体を癒すものでは無かった。
心に染み入るような、そんな温かさだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

濡れた瞳は、凛として拙者を見ていた。

「知っていますか。懺悔は・・・・・自分で悔いる人しかできないんです。貴方は十分苦しんだ」

仮面越しに額が重なる。
敬虔な気持ちでトキ殿の言葉を聞いていた。

「ヨタカ」

名を呼ばれることがどれだけ幸せなことか拙者は知っている。

「・・・・・・・・ヨタカ」

自分がここにいることを教えてくれる声は、まるで天恵。
神の恵みはこんなちっぽけな存在にも注がれるのだと。

「だからどうか、自分が一人だと思わないでください。その辛さを僕にも分けてください」

だがその言葉は天からではなく、人の願いだった。
あの空のように手の届かないところから降りてくるものではなく、今ここにいる存在の。

夜の静寂が耳に痛い。
トキ殿の息遣いすら聞こえてきそうだった。
返事の出来ない自分に、トキ殿は熱を感じるほど近くで口を開いた。

「一つ・・・・・聞きたいことがあります。あなたは僕の前で仮面を取り、僕に同居を進めてくれた。危険性を顧みず。それは・・・・僕の前でならそのままの貴方を見せてもいいと思ってくれたからですか・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

その答えは、言えば鎖になるとわかっていた。
もう遅いのかもしれないと思いながらも、それでもその言葉を口に出すのは躊躇われた。

「ヨタカ。教えてください」

だがそうとわかって、トキ殿は聞いているのだということもわかってしまった。
彼の目は、覚悟を決めていた。
拙者の返事を待っていた。
拙者の為に目に見えぬ神に赦しを請い、そして拙者の弱さと真実を暴こうとする目。 その問いかけは・・・・、拙者の罪を共に背負うという覚悟だった。拙者の秘密も、過去も。

『僕に、少しだけでもいいから・・・・寄りかかってくださいね・・・・』

・・・・・・・・・・トキ殿はいつだって優しい。
だから優しさに溺れてしまって、いつだって後から気が付くのだ。
トキ殿から離れられないくらいの心地よさを感じている自分に。

「・・・・・・・・・・トキ殿。だめでござるよ」

静寂の中で、その声は自分のものではないように感じた。
胸がひどくくるしかった。
今まで気が付かなかった振りをしようと思っていたことを、今まざまざと思い知らされた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「拙者を・・・・・・・・甘やかし・・・・ては・・・」

拙者はすがるような気持ちでトキ殿の腕を掴んだ。


もう、ひとりに戻ることなど出来ない。

この温もりを知らなかった頃に戻ることなど出来ない。


後は声にならなかった。
トキ殿の肩にもたれるように額をのせた。仮面に落ちる涙は、目のところから落ちて法衣を濡らした。それでもトキ殿は拙者の肩に腕を回して唯黙っていてくれた。
嗚咽を堪え、声を出せるようになるまでどのくらいかかったのだろう。
拙者は先ほどのトキ殿の疑問に答えた。

「あの夜・・・・・・拙者がトキ殿の前で仮面を外したのは・・・・・・、トキ殿のことをもっと知りたいと・・・共にありたいとそう思ったからでござる」

「・・・・・・・・・・・・・・僕も、同じ気持ちです」


優しさに甘えすぎてはだめだ。


「ヨタカ」


頭の冷静な場所でそう思うのに、拙者の名を呼ぶ声がひどく嬉しかった。














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