僕の名前はトキ。 素早さを得意とする支援プリーストだ。 そして、今僕の横で黒猫のぬいぐるみを抱えているのがクリアサのヨタカ。 先日、彼は5年前にとある理由があって生き別れた弟と再会をはたした。 それは喜ぶべきものなのだろうが、僕は素直に喜ぶことが出来なかった。 いきなりその弟から強姦まがいなことをされかけたこともあるが、それよりも何よりも、彼の弟、ハヤブサはヨタカを溺愛している。それはもう兄弟であるということを飛び越えているかのように思えるほどにだ。 ヨタカに密かな恋心を持っている僕は、正直言ってそれがおもしろくなかった。 しかしそれも彼らの過去を知って、しかたないことなのかもしれないとも思う。 彼らは存在してはいけない『禁忌の双子』であることから、その片割れであるハヤブサは地下の隠し部屋で生きてきた。そこで会えるのは世話をしてくれたという老人とヨタカしかいなかったのだ。 そしてヨタカが生きている以上、彼らは今もギルドに命を狙われる可能性がある。 「あと、75匹でござるな」 さっきまで僕とヨタカは一緒にニブルでぬいぐるみ集めの狩りをしていた。 途中一度戦闘不能になったものの無事に狩りを終わることが出来て、ちょっとハイになっているのか、ヨタカはぬいぐるみの腕を掴んでおいでおいでをするようにして遊んでいる。 ・・・・・・・これが本当に同年代の男がすることだろうか。 たとえゴブリンの仮面で顔を隠しているとはいえそのしぐさだけでも、なんというか・・・・・かわいくてしかたない。 これが惚れた欲目とでもいうのだろうか。 なんて恐ろしい病だ。 こんなのどんな高レベルのヒールでも治らない。 しかし、僕はとりあえず暴走しかけた思考をいったん止め、もうすぐ来るであろう災害を予測してヨタカににっこり微笑んだ。 「ヨタカ。ちょっと話があるんですが」 最高の片想い 「ヨタカァァァァ〜」 語尾にハートマークでもついていそうな声に、僕は内心ため息でもつきたくなった。声が聞こえる前に気配は感じ取っていたから驚きは無い。 「ハ、ハヤブサ・・・・っ」 クローキングで忍び寄ってきていたのだろう、いきなりヨタカの背後を取るとハヤブサはヨタカを抱きしめた。 いきなり現れた金髪の見目麗しいアサシンクロスに驚いたのはヨタカだけではない。 「・・・・・・・・だれ?この派手なおにーちゃんは」 たまり場で一緒に話していたダンサーのカモメさんとローグのカラスが目を丸くして僕の方を見る。ハヤブサにしがみ付かれているヨタカがそれどころではないとわかっているからだろうが、・・・・・・・・僕はあえてにっこり笑って何も言わなかった。 「ヨタカヨタカヨタカっ!」 「離すでござるよっ!ハヤブサっ!」 片手でハヤブサを押しのけようとしたヨタカに、ハヤブサが面白くなさそうに目を細めた。 「守護たるヴェールを。キリエレイソン」 思わず神に光の加護を祈ったのは正解だった。案の定顔を近づけてヨタカにキスしようとしていたハヤブサは光の膜に阻まれて、僕をにらみつけた。その目は氷のように冷たいもので、だが僕はその視線を黙って受け止める。 「何のつもりだ・・・・・・」 「ハヤブサっ!またお前は・・・・っ。すまん、トキ殿・・・・」 ヨタカはハヤブサをはがして僕に謝る。 「ヨタカが気にすることは無いですよ?」 「ヨタカ!こんなやつに謝る必要なんて無いっ」 うーん。昨夜にも似た言葉を聞いたような気が。 やはりこのハヤブサという男はあんな真似をしておいて反省する気などまったくないらしい。 だが、彼の言うことももっともだと思う。 「ええ、そうですね。それには同意見です」 ヨタカが謝る必要など無いのだ。 僕は頷きながらヨタカの腕を引いてハヤブサの気を逸らすと、ヨタカを後ろにやる反動で前に出て、振り上げた腕を勢いよく前に出した。 つまり、ハヤブサを殴った。 「っ!?」 けっこういい音と、拳に感じた衝撃に目をしかめる。 「・・・・っ」 さすがに支援プリーストの拳ではアサシンクロスを殴り倒すことはできなかったが、その頬を赤くさせることだけは成功した。 まさか殴られるとは思わなかったのだろう。ハヤブサは目を丸くして体勢を崩したまま頬を押さえている。 僕はハヤブサににっこりと笑いかけた。 「僕にしたことを謝れと言ってもそんな気は毛頭ないでしょうからね。ですが僕もあんな真似を黙って赦すほど聖人君子ではないもので」 ぐっと拳を握る。 ハヤブサは歯噛みしながら一歩下がった。 「なっ・・・・・・。何・・・・・っ。なんでこんな乱暴なプリーストと一緒に住んでるんだよ!ヨタカ!こんなやつと恋人だなんて俺許さないからっ!俺と一緒に暮らそうっ!前みたいに一緒に・・・・っ」 「それは出来ぬ」 ヨタカの答えは明確で早かった。 「それとハヤブサ・・・・拙者はトキ殿を侮辱する者を許さん」 その声は冷たく、でもどこか冷静で人を突き放す刃のようだった。それを受けたハヤブサは身体を強張らせて泣きそうな顔で俯いた。 「・・・・・・・・・・・・・・」 黙ってみていた僕の法衣の袖をひく者がいた。 そちらに視線を向けると、カモメさんが笑みを堪えるような引きつった顔で僕を見上げていた。 ・・・・・・・せっかくの可愛い顔が台無しですよ、カモメさん・・・・・。 「彼・・・・何っ。もしかして、ヨ・・・・っヨタカの昔の男・・・っ?」 昨日の僕の勘違いと同じことを言っているカモメさんは、新しい遊び道具を見つけた子供のように生き生きとしていた。 「ヨタカの5年前生き別れた双子の弟ねぇ」 細い顎をつまみ、なるほどとカモメさんは頷いている。 ハヤブサは話に加わる気はないのか、くの字に設置されたベンチの端に座らされて黙って反対側に座っているヨタカをじっと見ていた。ヨタカはハヤブサと視線を合わせず黙り込んでいた。 ヨタカはギルドに狙われていた二人の過去は隠したままで、ただ暴漢に襲われて生き別れたのだと説明した。 僕も昨日のことを単純にハヤブサに命を狙われたということにした。あんなことあの場にいたアトリ嬢が黙っていてくれる限り、あまり人に知られたいとは思わない。 「へぇ。ヨタカの背中の傷はそういうことだったのか」 「なるほどなぁ」 「ちょっ・・・・ちょっと待ってくだされ、二人とも何ゆえ拙者の背中の傷のことを・・・・」 ヨタカはギョッとして、カモメさんとカラスを見るが、当の本人達はごまかすようにそっぽを向いて難しい顔をしたまま腕を組んでいた。 さすがにのぞき見に行った事はばつが悪いらしい。 カモメさんはそんなことよりと話を無理矢理変えた。 「ハヤブサとか言ったわよね、アサシンクロスだからってね、面倒だから『さん』なんてつけないわよ」 「構わない」 ハヤブサは階級差などまったく気にしていないらしい。というより、ヨタカ以外はどうでもいいのだろう。 カモメさんは横に座るハヤブサを真剣な顔で覗き込んだ。 「あんたに聞きたいことがあるの。あんたとヨタカは双子なのよね・・・・。外見はどうなの?似てるの?」 その真剣な眼差しと迫力にハヤブサですらたじろいでいた。 「・・・・前入れ替わってたりしてたくらいだし・・。だけど・・・・それが何」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 カモメさんはハヤブサとヨタカを見比べてなにやら想像たくましくしたあと、僕を見てグッと親指を立てた拳を伸ばす。 「よし!」 「だからなんだよ。ヨタカ。この女何っ!」 わけがわからないと怒鳴るハヤブサに、ヨタカも僕も答えることが出来ずに指で眉間を押さえていた。 カモメさんはハヤブサからヨタカの素顔を想像したのだろう。そしてどうやらそれは彼女的趣味にうまいこと一致したらしい。 だけど、ハヤブサの顔がヨタカと一緒? そんなわけが無いと思う。顔に出る性格というものがあるのだから。 それに闇の中で見たとはいえ、どこか優しい雰囲気だった表情はいまのこのハヤブサとは正反対だ。 単純にハヤブサという男があまり好きではない僕はそう思った。 「そうだ!」 好奇心の塊のような彼女は何かを思いついたように自分の太腿を叩いた。 「ハヤブサ!お近づきの印に私と狩りに行こう!私アサクロと一緒に狩したことないのよ!あんたいろいろ技つかえるんでしょ。惜しまず私に見せなさい!」 「なんでお前みたいなブスに?」 心底嫌そうに鼻を鳴らしたハヤブサは、自分が地雷を踏んでいることに気が付いていなかった。 カモメさんの名誉の為に言っておくが、青い髪を頭のてっぺんで括っている彼女は活動的な明るさも魅力となっているだけあってかわいらしい外見をしている。彼女のことを冗談でもブスなどという男はあまりいないだろう。 ・・・・・そして僕らはそれだけではなく、彼女を怒らせるような愚かしい真似だけはしない。 「うわ!!!?」 一瞬後には目にも止まらぬ早業で鞭を出したカモメさんは、鞭を地面が削れるほど強くしならせた。狙われたハヤブサは反射神経だけで両足を浮かせてベンチに張り付く。 カモメさんは悪魔を背負ったかのような闇を背負って、正面で、びしっと両手で鞭を張った。 「ほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ」 「!!!!????」 「・・・・・・・・・口の利き方も知らない坊やにちょっと世間を教えてあげる必要がありそうね・・・・・・」 ・・・・完全に目がイっている。 カモメさんはその迫力に凍り付いているハヤブサの襟首を無造作に掴んで、丁度やってきたアトリ嬢にリヒタルゼンのポータルを開かせた。 「面白そうだし私も一緒に行くかな!」 「んじゃ俺も・・・・、まぁ・・・・・ストッパーにはなるだろ」 「な、何!!!?ヨタカっ!!助けてっ!!!!!」 蹴りこまれるようにポータルに消えたハヤブサの後に皆が消えていって、このたまり場には僕とヨタカだけになった。 まさに嵐が過ぎた後のような気持ちである。 そして僕は皆が消えたところから、ちらりとヨタカに視線をめぐらせた。 「・・・・・・・・・・・・・・・心配?」 ヨタカは思わずハヤブサにむかって伸ばしかけた腕に気が付いたらしい。はっとして腕を引っ込める。 「い、いやっ」 「・・・・・・・・・・・・・」 気にしていることを自分でも気が付いていなかったのだろう。ばつが悪そうに肩をすくめていたヨタカの顔を覗き込んだ。 「さっきから心配していたでしょう」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・すまぬ」 さっきからというのは、僕がハヤブサを殴った時から。 さっき、ヨタカには殴るかもしれないとは言っていたし、ヨタカもそれに当然と頷いていたが、実際目の前にして庇護欲がわいてきてしまったのだろう。 ヨタカにとって弟はアサシンクロスになった今でも守るべき存在なのだ。 「・・・・・・誤解しないでほしいのでござるが、拙者トキ殿やカモメ殿を攻める気など毛頭なく・・・・」 「わかってますよ。・・・・・・たった一人の兄弟ですもんね。心配になって当たり前でしょう?」 「・・・・・・・・それでも、今突き放さなければいけないとわかっているのにこのざまでは・・・・・」 『ハヤブサと自分は別の人間。もう一緒の道を歩くわけには行かないのでござる。それはハヤブサのためも拙者のためにもならない』 昨夜のヨタカの言葉を思い出す。 母の胎内で元は一つだったヨタカとハヤブサ。そして生れ落ちた後もヨタカはハヤブサとして生き続けた。 だがそれは互いに依存と執着を生み出した。 5年前の事件はそんな二人を引き離したが、その後でハヤブサの時間はヨタカを喪ったと思ったあの時で止まったままだったのだ。 いや、反動があった分気持ちは更に大きなものになっていた。 それに・・・・・、何となくだがそれだけではないような気がする。 ハヤブサはどこか焦っているかのように見えたから。さっき、一緒に住みたいと言った彼はまるで何かにおいたてられるかのような目をしていた。 喜びよりも焦りが。 ヨタカもなんとなく肌で感じているのかもしれない。だから余計気になっているのだろう。 「・・・・・・ヨタカ」 名前を呼ぶと、ヨタカはハッとして顔を上げた。 「無理をすれば歪みが生じます。あまり考え込まない方がいいですよ?」 「・・・・・・・・・・ああ。・・・・ありがとう、トキ殿」 だが、返事すら元気の無いヨタカに僕もどうしたものかと頭を悩ませる。 そしてふとあることに気が付いた。 「そういえば・・・・・もしかして、ハヤブサは僕とヨタカが恋人同士だと思ってませんか?」 昨日もそうだったが、さっきもそんなことを言っていた。 その理由はあの部屋にヨタカのベットが一つしかないことらしいが、そのベットも今朝方粗大ゴミに出した。 今日新しい僕のベットが入ることになっているのだが、また今夜もどちらがベットでどちらがソファでともめることになるのだろうと言うのは想像に難くない。 それは今は置いとくにしても・・・・・・・。 「・・・・・っ!す、すまぬトキ殿っ!そういえばあいつとんでもない勘違いを・・・・っ!拙者すぐに訂正を・・・っ!」 ヨタカも今までのことを振り返って気が付いたのだろう。慌てて頭を下げるヨタカに僕は手を振りながら即座に思いついたアイデアを口にした。 「いいえ。それはそのまま思わせておきましょう」 「え?」 「ハヤブサは今もヨタカと一緒に暮らしたいようですが、僕とヨタカはそういう関係だと思わせておけばそれも断れるでしょう?他にもいろいろ都合がいいような気がしますし」 「だがそれではトキ殿に申し訳ない・・・・」 「僕は良いですよ。喜んで協力します」 「トキ殿・・・・・」 僕の下心など知らないヨタカの感謝の眼差しに心が痛まないといえばうそになる。 隠さなければと思う反面、思わぬライバルの出現にどうやら自分も焦っているらしい。 「・・・・僕もまだまだ修行が足りない・・・・」 「トキ殿?」 小首を傾げるヨタカの言葉に気が付いて、僕は身を乗り出した。 「そういえば・・・・・・・、その呼び方も・・・・・」 「は?」 「どうせならトキと、呼んでください。僕はヨタカのことそのままで呼んでいるのに・・・・・」 前から気にはなっていたのだが、あの時はヨタカが引く線を無意識に感じていたので何もいえなかった。だが。 『トキ殿のことをもっと知りたいと・・・共にありたいとそう思ったからでござる』 そう言ったヨタカの言葉に嘘がないと言うのなら。 「え・・・・っ?」 ヨタカは目に見えてうろたえた。 そこで僕は後一押しすることにした。 「それに、いつまでも他人行儀だとハヤブサに疑われるかもしれません」 「ト、トキ殿だって敬語ではござらんかっ」 「僕はいいんです。これが普通なので。別に難しいことではないでしょう?名前を呼ぶくらい」 「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 ゴブリン仮面からはみ出した耳が真っ赤に染まっていく。 だがその姿は一瞬で消えた。 「・・・・・・・・・・・・・」 しかし、そういったスキルに僕は心当たりがあった。 「・・・・・・・・・ルアフ」 隠れたものを暴く蒼い光と共に、ハイドで地中にもぐっていたヨタカはその姿を現した。 ヨタカは身体を強張らせた後、わたわたと両手で自分の身体を隠そうとし、それが叶わないとわかるといきなりこちらに背を向けた。 「トっ、トキ殿はトキ殿なのでござるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」 まさに脱兎のごとき勢いでドップラー効果と共に建物の向こうに走って姿を消したアサシンに、僕はあっけに取られて後を追うことすら忘れていた。 「・・・・・・・・・・ぶっ」 やがて、驚きが笑いに代わる。 まさか、呼び捨てにすることすら恥ずかしがるなんて思わなくて。 「かわいいなぁ・・・・」 彼を知れば知るほどに、愛しいと思う気持ちが募っていく。 昨夜のヨタカの姿が余計僕を駆り立てる。 『・・・・・・トキ殿、拙者は素顔を隠すため、少なくとも一人この手で殺した』 癒されることのない傷は今なお彼の中にある。 昨夜の僕の言葉は彼の中にどんな形で残っているのだろう。 彼はあの時、赦しが欲しくてあんなことを言ったわけではない。 ヨタカは無意識に僕を試していた。 僕があの時、ひとかけらでも躊躇いや嫌悪を表していたらきっとヨタカは僕から離れただろう。 だが、それは彼にとっても諸刃の剣。 自意識過剰と思われてもいい。ヨタカは僕に心を許していた。信じてくれていた。 だからもし僕がヨタカを拒絶していたらきっと彼はひどく傷ついたことだろう。 たった一人を守るために仮面を被って生きてきた彼は、ひどく不器用で純粋だから。 赦しの言葉だって、共に抱える覚悟も彼の心を救うものではなかったはずだ。 きっとヨタカは今も一人で傷を抱えている。 だからそんな彼を僕は守りたい。 少しでもいい。彼が頼りにしてくれるような存在になりたい。 「・・・・・・・・・・」 僕は自分の両手を見つめた。 今の自分ではハヤブサから自分の身すら守ることが出来なかった。 狩りでヨタカを守りきることも出来なかった。 そんな自分でその心をも守りたいと思うことこそ傲慢なのかもしれない。 だけど。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 もっと、力が欲しい。 あなたを守るための力が。 「・・・・・・・ヨタカ」 僕はこの日、ハイプリーストになりたいと、強く思った。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ |