彼は狩りの間中しかめっ面をしていたのだという。
だが一度PTが全滅しかけたのを救ったのも彼で、カモメさんが礼を言うと黙りこくり居心地悪そうに顔をそむけたのだという。

「なんかね。それ見たらこの馬鹿は子供なんだなぁって思ったのよ。人付き合いなんて今までしてこなかったんじゃないかしら。だって聞いてよ。あの男ちょっと褒めてやったら鼻で笑って、なんでこんなことできねーの?とかほざくのよ。ムカつくと思わない?というかムカついたから即座に鞭でしばいたわよ。もちろん」

眼に浮かぶようですよ、カモメさん。

「他にも、俺天才だしとか言っちゃって。あはははー何様って感じよね。でも悔しいけど、あいつ自分で言うだけのことあるのよね。強いって一言で言うだけじゃだめね。まるで人じゃない、剣そのものみたいな戦い方だった。だから・・・・・・・戦ってない時のギャップがすごいのよ。話してみるとまるで駄々っ子みたいじゃない?なんつーかそういう子ほっとけないんだよねー私。あんたんとこのマスターに任せてもいいんだけどさー。あいつが唯一なついてるのヨタカだけだし、だからとりあえずうちに放りこんどこうかなって」

「でも、ハヤブサは頷かなかったんですか」

「うん。・・・・・・私が入ればって言った時、あいつ頷こうとしたんだけどすぐ真っ青になったんだよね。なんかね・・・・すっごい怖いものをみたかのような顔してた。で、『入れない』って言ったの。入りたくないとか、他に誘われているから入れないってわけじゃないのよ。ただ、入れないって。ねぇ、トキ。どういう意味だと思う?」












最高の片想い












ハヤブサが姿を消して一週間経った。
始めは、そわそわとしながら一日中たまり場のベンチに座っている大柄なパラディン、うちのマスターのイカルのせいだろうと誰もが思った。
マスターは水色の髪をした目元涼しい若侍を思わせる美丈夫なのだが、大の猫好きであり、先日黒猫耳をつけた金髪のアサシンクロスハヤブサにひとめぼれをした。
町を歩けば猫についていく。好きな狩場は黒猫のぬいぐるみが出るニブルと、ワイルドキャットが多数生息する馬車がある森とリーフキャットがいるアユタヤ。前に偶然プロンテラの街中で見たときは、枝で召還されたらしいに月夜花に攻撃されながらその頭を撫でていた。
度を過ぎた猫好きに将来は本当に猫と結婚するのではと真密やかにささやかれていたため、漸く人間の想い人を見つけることが出来たかとギルド内の皆が胸を撫で下ろした。
この際男だということは問題ではない。これを逃したら、マスターの行く末は猫まっしぐら決定だ。

美猫を嫁として連れてこられるまえに・・・・っ!!!!!

その結論に至ると、ギルド内の結束は固かった。
皆がこぞってこの恋を応援するべく立ち上がった。
今もハヤブサの姿を見つけようとギルド内のアコプリがテレポートやワープポータル、速度増加など使えるスキルを最大限に発揮していた。
だがさっきからギルドチャットで交わされる報告は芳しくなく、僕が眉間に皺を寄せていると隣でカタールを磨いていたヨタカが怪訝そうな顔をした。
「さっきからどうかしたでござるか。トキ殿」
「いえ・・・・・」
まさか、ヨタカの弟であるハヤブサを、マスターに押し付けるために捜索しているとはいえないので、とりあえず笑顔で取りつくろってみる。
個人的に言えば、マスターとハヤブサがくっついてくれればこっちの風当たりも弱くなるだろうという下心が無いとは言えない。だからちょっとヨタカには後ろめたいのだ。
「イカル殿もさっきから落ち着かないようだし・・・・」
ヨタカが所属しているギルドのマスターではないので、マスターと呼ぶのはどうだろうかと彼はマスターのことを名前で呼んでいる。
で、当のマスターはといえば・・・・・。
さっきから黒猫耳を両手で弄びながらベンチがゆれるほど貧乏ゆすりをしていた。
彼もハヤブサ捜索にでたいらしいのだが、一度ここを離れればきっと道行く野良猫に心奪われてついていくに違いなく、その先は迷子決定だ。捜索がハヤブサだけでなくなるので、マスターはギルドの皆からこのたまり場から動くなと厳命を受けていた。因みに僕はそのお目付け役である。
おそらくマスターはなぜギルドの皆がハヤブサ捜索に協力的なのかわかっていないだろう。 まるで下に敷かれているようだが、これでも皆から尊敬されているうちの立派なマスターだ。

いや、本当に。

ヨタカは黒い猫耳を握ってがたがたと震えているマスターに向かって恐る恐る手を上げた。
「・・・・・・その・・・・一つ聞いても良いだろうか。イカル殿」
マスターは、はっと顔を上げてヨタカを見た。ヨタカとハヤブサが双子の兄弟であることは伝えてあるので、マスターははっきりと頷いた。
「イカル殿は・・・・本気でハヤブサのことを好きなのでござるか・・・・?」
ヨタカの問いかけに、マスターはベンチが壊れそうなほどに貧乏ゆすりを激しくし、こわばった顔で言った。

「お、お兄さんと呼ばせてもらってもいいだろうか・・・・?」

その声までもが震えていて、聞いているこっちの方が大丈夫かといいたくなる。
「す、すまぬ。・・・・おそらく拙者の方が年下・・・・・・」
聞いたヨタカの方が怯えている上に、緊張がうつったのか返答もどこか的外れだ。
だが、ヨタカの気持ちもわかる。
190センチの巨人の血走った眼を前にして冷静でいられる方が無理だ。
僕は怯えているヨタカの肩を落ち着かせるように優しく叩いた。
「そういえばヨタカって年いくつなんですか?」
「あと2ヶ月で・・・・20になる」
「え」
もっと下かと思っていただけに驚く。
「トキ殿は?」
「僕も19です。でも誕生日は半年先なので僕の方が下ですね」
そう言うと、今度はヨタカが驚いていた。
「そうでござったか。・・・・拙者トキ殿は年上かと思っていた」
「ええ。よく老けて見られます」
「落ち着いているからでござろうなぁ」
ヨタカは感心したように頷いた。そこには悪気など無く、素直な気持ちだけがあったので僕も苦笑するだけだった。

「ああああ、あと・・・・2ヶ月で20・・・・・・・」

「・・・・・マスター・・・・お願いですからここで『プレッシャー』はやめてくださいね・・・」

双子ゆえ、自分の恋の相手の年もわかって更に興奮したのだろう。
その身体から立ち上るオーラ反応してか地面の小石ががたがたと震えだしている上に、しゅーこーしゅーこーと妙な呼吸音を出すようになったマスターに一応それだけは注意しておく。
興奮すると手がつけれなくなるからなぁ、この人・・・・。

「・・・・・・・・・・わからぬ」
ヨタカはぼそりと呟いた。僕が小首を傾げると、顔を近づけて内緒話をするように声を潜めた。
「見たところ、イカル殿は女性にももてるだろうに・・・・」
「・・・・・・・・・・」
小首を傾げるヨタカに、僕は一瞬黙り込む。

「・・・・・ヨタカは、やっぱりイヤですか?弟が男と付き合うとなったら反対します?」

「いや、・・・・・・・どうでござるかな」

ヨタカは一つ唸って顔を上げた。
「ハヤブサが選んだ相手なら・・・・・拙者反対はしないと思う。だが・・・男同士となると・・・・よくわからんのだ・・・・。拙者はその・・・誰かと付き合ったことが無いゆえに考えが硬いのでござろうか」
ヨタカは全うな男だからそう思うのだろう。
だが、ぼそりと呟いた後半の言葉に僕は唖然とした。
「・・・・・・・・・・・ヨタカ、今まで彼女とかいなかったんですか?」
「うむ。拙者この仮面を外すわけにいかなかったゆえ。・・・・・・やはりこの年でそれはおかしいでござるかな・・・」
どこか拗ねたように落ち込むヨタカに僕はあわてて両手を振った。
「い、いいえっ。そういうのは人それぞれだと思いますよ!?そ、それにヨタカは特殊な事情があったわけですしっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙状態に陥ったヨタカに僕はますます焦った。
「やはり付き合うとなったら本当に好きな人とがいいですしねっ。焦ることないんじゃないんですか?」
「・・・・・・・好きな人か」
漸く出てきた反応に僕は頷く。
「ええ、好きな人。・・・・・・え・・・・ヨタカ、もしかして今好きな人・・・・いたりします?」
ヨタカが真剣に考え込んでいる姿に僕は顔をひきつらせる。
「恋人にしたいという意味での好きな人という意味でならいないでござるよ」
僕はヨタカの言葉に安堵のため息をついた。
もし、ここで好きな人がいると言われたら、きっと僕は相手を問いただしていた。

「拙者ここにいる皆が大好きでござるよ。カモメ殿もセキレイ殿もシシギ殿もカラス殿も、アトリ嬢やイカル殿、ここにいる人たちは温かく優しい」

ゴブリンの仮面で表情こそ見えないが、きっと今ヨタカは優しい顔で笑っている。
僕は言葉を挟まずその言葉に頷いていた。
しかしヨタカはいきなり小さく唸ったかと思うと銀の髪をくしゃりと掴んだ。
「しかし・・・・拙者はたして恋人が出来るのでござろうか」
「え?」

「拙者、トキ殿以上に好きになれる相手など想像もつかないでござるよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ヨタカは膝を抱えて空を見上げていた。
僕はその姿を唖然と見ていた。

ヨタカはきっと自分が言っている言葉の意味をわかっていない。
僕が今どんな気持ちなのかわかってない。

たとえその気持ちが友人のものとしても、僕以上の存在などないと言ってくれた言葉に嘘はない。

嬉しくて緩みそうになる顔を必死になって引き締める。グッと拳を作って泣きそうになったのを堪えた。


「僕も・・・・・・・同じですよ・・・・」


そう言うと、ヨタカはこっちを向いて照れたように肩をすくめて笑った。






『トキ〜!ハヤブサがモロクにいたよ〜!街の中央カプラさんとこ!ちょっと私今PTで来てるから追いかけられないんだけどどうする?』
急に入ってきたアトリ嬢からの耳打ちに僕は『僕が行きます』と伝えて立ち上がった。
「ヨタカ。すいません、僕ちょっと用事が出来たので行ってきます。すぐ帰ってきますから、すいませんがうちのマスターを見ててもらっても良いですか?」
「わかったでござ・・・る・・・・・・・」
ヨタカが語尾を引きつらせた。確かに、今の瘴気でも発していそうなマスターを見張ると言うのはそれだけでも重労働だろう。
ギルドチャットでなく耳打ちできた連絡に感謝した。ギルドチャットで言われた日には、マスターはここから飛び出して行ったに違いない。
「すいません、よろしくお願いします」
僕はカプラ嬢に頼んでゲッフェンからモロクへ行った。
カプラ嬢の近くにもうハヤブサは見えなかったが、中央のオアシスの向こうに見慣れた金髪の後姿が見えた。

会いたいのはうちのマスターだけではない。
急に来なくなったハヤブサのことをヨタカも心配していた。それはけして表には出さないものの、時折アサクロを見かけるたびに視線を送っているのを見ているとわかるのだ。

ハヤブサは砂煙とレンガ建ての建物の隙間を縫うように歩いていた。僕は彼が建物の影に入るたび慌てて追いかける。首に巻いている赤いマフラーが靡きかろうじて彼の行く先がわかった。
だが、次の角を曲がった彼のマフラーが誰かの手に取られた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
誰か他にいるとわかった僕は慌てて建物の影に隠れた。

「・・・・・・・・何のようだ・・・・?」

ハヤブサの冷たい声が風にのって聞こえてきた。一瞬こちらのことかとギクリとしたが、どうやら相手は別にいるらしい。
運よくこちらが風下になっているせいで、僕の気配が向こうには伝わっていないようだった。
僕は鼻につく血の香りに眉をしかめた。

「つれないな・・・・・・。仕事帰りにお前の姿が見えたから追いかけてきたのに」

その声は・・・・・まるで血の通った人とは思えないものだった。
聞くだけで寒気が走るような冷たい声だった。 たった一言聞いただけなのに、ぞくっと悪寒が走る。
口調こそ優しいのに、甘く冷たい毒を耳から注がれているかのようだった。

「・・・・・・・・・・っ。止めろ・・・・っ。こんなとこで・・・・っ」

「おや・・・・・。今日はずいぶん大人しい。私の顔を見るたびに殺すといっては剣を向けてきたお前はどこに言ったんだい?」

「・・・・・・・・・・・・・っ」

衣擦れのような音がした。
だが、止めに行っていいものかどうか出るタイミングがわからず足が踏み出せない。

「諦めるなら今ここで殺してあげてもいい・・・・・・。どうせ、お前はあと2ヶ月の命なのだからね」

・・・・・・・・・・え?

刃が空気を裂いた音がした。

「ざけんな・・・・っ!!!!」

ハヤブサの叫びに、冷たい笑い声が被る。
さっきより遠くから聞こえる笑い声は、きっとハヤブサの剣を避けて出来た距離の分なのだろう。
「あはははは。お前には十分楽しませてもらった。お前のその才能も顔も身体も性格もすべてが私を満足させてくれた。5年前・・・・お前を生かしておいてよかった。・・・・・・・わかるかい?・・・・私は今お前の命を奪うのが楽しみで仕方ないんだよ」
「・・・・・・・この気違い野郎が・・・・っ!」
「はははは。私にそんな口を聞くのはお前くらいだよ。ハヤブサ」
男は心底楽しそうに笑った。その笑い声すら冷たく耳を震わせる。
ハヤブサが苛立ちを堪えようとしているのがわかる。
「『天才』も20歳を過ぎれば唯の『人』。お前が年老いてただの人間になっていくのを私は堪えることができない。誇ればいい。お前は間違いなく天才だよ。ただしとてもいびつで、人に愛されることの無い存在ではあるが」
「・・・・・・・・・・・・・・」

足音が近づいてくる。
ゆっくりと確かに。こちらに向かって。ハヤブサではないもう一人のこの声の持ち主が。
だが、僕は動くことが出来なかった。
金縛りにあったかのように身じろぎひとつできなかった。

「お前を愛していた半身は私が殺した。お前は誰からも愛されることは無い。それでいい。天才は孤高であるべきだ。才能は人の群れに潰される。安心しなさい。お前の才能を私は愛している。それを守るためなら・・・・お前を人に貶めようとする人間は・・・・・私が消してあげよう」

今、僕の横に立つ存在感に視線を向けることも出来なかった。
見られているだけで足が震える。
喉にナイフを当てられているわけでもないのに、息が出来なかった。
彼の作り出す空気だけで僕は身じろぎ一つ出来なくなっていた。
自分の心臓の音だけがやけに近くで聞こえた。
氷のような冷たい声が僕に向けて発せられる。

「・・・・・・・で?・・・・・君は、どっち?オアシスからここまで付いてきておいて、無関係だとは言わせないよ・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・」

ああ。
自分の存在は最初から知られていたのだ。
それゆえに話したのだろう。ただひとつの質問をするために。

「あの子を愛してる?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

その質問は愚問と言っていい。嫌悪が恐怖を上回るほどに。
僕は震える指を叱責するかのように握りこんだ。
背筋を伸ばし、横にいる存在の方をにらみつける。

「大嫌いですが、なにか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

目の前にいたのは、濡れ羽色の髪と漆黒の瞳、日に焼けない白磁のような白い肌に赤い唇が印象的な細身のアサシンだった。返り血なのだろう、全身に血を被って立っていた。その姿を見てさっき仕事帰りだといっていたことを思い出す。
彼は黒曜石のような眼を丸くして、そして面白そうに細めた。そうするとまるで印象が蛇のようなものに変わる。

「そう」

口調は明るいのに、その声は温度を含まない。頷かれただけなのに、その声が耳を毒で侵す。
たとえて言うなら闇。
漆黒の闇に溶け込みそうなその存在がこちらに背を向ける。

「なるほど。なるほど。・・・・・・・・どうやらハヤブサもそうらしい。なら、君に興味は無い」

闇がハヤブサの元へ帰っていく。
ハヤブサは僕の姿を見て、顔を険しくして睨みつけてきた。
灰紫の衣装が乱れているのは、この死神のせいなのだろう。それだけでこの二人がただならぬ関係にあることは想像できた。

「今日はもう帰るとしよう。ハヤブサ・・・・またね」

その姿が途中で風に巻かれるように消える。
いきなりのことに、まるで砂煙になって消えたかのような錯覚を覚えた。

聖職者としての第六感が、闇の存在を感じなくなったところで僕はやっと息をついた。
かなり緊張していたのか、全身から汗がでてきた。息苦しさを感じながら僕は理解した。

あの男だ。
きっと、あのアサシンが5年前ギルドから送り込まれ、ヨタカを斬った『死神』だ。

「・・・・・・なんで・・・・・てめぇがここに・・・っ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

どうやら僕の存在に最初から気が付いていたのはあの『死神』だけらしい。
ハヤブサは僕の胸倉を掴んで乱暴にゆすった。

「なんで、よりにもよっててめぇが・・・・っ!!!ちくしょう・・・・っ!!!!!てめぇなんかさっき殺されちまえばよかったんだ!!!!」

ハヤブサは真っ青な顔で叫んだ。いつもの人をこ馬鹿にしたような表情からは考えも付かない半狂乱ぶりだった。
勢いのまま僕は砂地に投げ飛ばされた。
口の中に入った砂を吐き出しながら、僕は睨むように顔を上げて身体を起こした。
だが、僕は反論しようとした声が出なかった。
ハヤブサは真っ青になって崩れるように膝を折って頭を抱える。

「もしヨタカがあいつに見つかったら・・・・・・・今度こそ殺される・・・っ」

彼の恐れは、それ一つだけだった。


死神に愛された才能を持つアサシンクロスが恐れるもの。


『でもね・・・・・・・私が入ればって言った時、あいつ頷こうとしたんだけどすぐ真っ青になったんだよね。なんかね・・・・すっごい怖いものをみたかのような顔してた。で、『入れない』って言ったの。入りたくないとか、他に誘われているから入れないってわけじゃないのよ。ただ、入れないって。ねぇ、トキ。どういう意味だと思う?』


ハヤブサは恐れたのだ。
あの死神が大事な兄に気付くのを。
だから、あのたまり場に来なくなった。

あの死神を見て・・・・・・所詮アサシンとはいえなかった。
あんなまがまがしい存在を僕は他に知らない。
モンスターとは違う、人に根本的な恐れを感じさせるような存在を僕は知らない。
あれはアサシンの姿をした化け物だ。

さっき聞いていた話では、ハヤブサも何度も抗ってきたのだろう。だが、それでも敵わなかった。
死神が天才と言った存在でも止めることができないという、あの闇がまたヨタカを狙うかもしれない。
考えただけで心臓がつかまれるかのようだった。

「・・・・・・・ハヤブサ」

僕は砂まみれの頬を拭って立ち上がった。

「5年前のことはヨタカから聞いています。あのアサシンが、ヨタカを斬った男なんですね?」
そう聞くと、ハヤブサは信じられないように目を見開き、そして肩を震わせて顔を背けた。
「・・・・・・・・・・ああ」
「さっきの話はどういうことですか」
「・・・・・・・なんでてめえなんかに答えなきゃなんねーんだっ」
ハヤブサは唾を吐き捨てるかのように言った。
その首に巻かれたマフラーを掴んで引き上げた。ハヤブサの膝が上がる。
「言いなさい!あなた一人でどうにかできることじゃないでしょうっ!!!」
「出来るんだよ・・・っ!!!あと2ヶ月隠し通すことが出来れば・・・・・っ!!!!!」

その意味を僕はさっき聞いた。あの死神の口から。

「2ヶ月後・・・・・・おれがあいつに殺されれば・・・・・ヨタカは自由だ・・・・・」

すでに覚悟を決めていたのだろう。
死地に赴くかのようなその言葉を聞いた僕はハヤブサの頬を平手で打った。
ぱんっと乾いた音がし、そしてそれがもう一度鳴る。
ハヤブサが僕の頬を殴り返した音だった。
頭が揺すられるような気さえしたが、僕は正面からハヤブサを睨み返した。
あの死神に接したことで一種の興奮状態だったのかもしれない。二人とも冷静ではなかった。
「・・・・・・・僕は、5年前のことを聞いて・・・ひとつだけヨタカは間違ったことをしたのだと思った」
気が付けば僕は口に出していた。
「・・・・・・・・・・・?」
「ヨタカは自分が死ねばハヤブサが自由になるのだといった。だけどそれは違ったでしょう・・・・?あなたは自由にはなれなかった」
僕を襲った時に、ハヤブサはヨタカに言ったのだ。

『お前を喪ったと思った俺がこの5年間どういう気持ちで生きてきたかわかるか?』

「だったら、わかるでしょう・・・。自分のせいで愛しい存在を喪った苦しみが・・・っ!貴方は同じ思いを、ヨタカにさせる気ですか・・・・っ!!!?」

「・・・・っ」
ハヤブサは今にも泣きそうな顔をして歯を食いしばった。その目が見えない痛みに細められる。
「・・・・・俺とは違う・・・・。ヨタカは俺のことなんてもういらないんだ」
「・・・・・・・」
何を言っているのだ、この馬鹿は。
ハヤブサは僕の腕を、ぐっと強く掴んだ。
「死んでなかったのに、帰ってきてくれなかった。再会してもヨタカは俺の事を見てくれない。・・・・お前が・・・・お前が俺の場所を取ったんだ・・・っ!」
「・・・・・・・・・」
まるで泣くのを堪えるかのような子供みたいな顔だった。
そこで僕は漸く気が付いた。
生まれてからずっとハヤブサは部屋の中で隠されるように生きてきたのだ。彼が接してきたのはたった二人。ヨタカと、彼をかくまったという老人だけ。そんな彼が漸くこの世界に触れたのは6年前なのだ。この世界に本当の意味で生まれてきてから彼はまだ6年しか経ってないのだ。
今ここにいるのは・・・アサシンクロスでも、剣の化身のような天才児でもない。
ただの、子供だ。

「ヨタカから聞いたんですか?」
「・・・・・・・?」
「いらないって彼が言ったんですか?」
「・・・・・・・・・・」
「そんなことヨタカが思ってるわけが無いでしょう・・・・。ヨタカは再会してからずっと貴方のことを気にしていた」
「嘘だ」
「嘘じゃない。ヨタカは言ってました。『ハヤブサと自分は別の人間。もう一緒の道を歩くわけには行かない。それはハヤブサのためにならない』って」
だがハヤブサは首を小さく横に振る。
「何故わからないんですか。・・・・・・人はね、家族という枠を超えて自分で自分の世界を広げていかなきゃいけないんです。いつまでもずっと・・・家族だけで・・・・二人だけで生きられるわけ無いんですから」
「・・・・・・・・っ」
恐怖に目を見開き、いやだというかのようにハヤブサは首を横に振る。わからずやの子供のような態度に僕はカッとしてハヤブサのマフラーを掴んだ。
「あなたがそんなだからヨタカは自分から離れようとしたんです!それでもヨタカはずっとあなたのことを心配していた。そしてあなたがそうだったように、ヨタカもあの死神の影から怯えて生きてきたんですっ!!!!」
ハヤブサは目を見開いた。
「・・・・・・何・・・・」
「・・・・・・・」
ハヤブサは身を震わせて力なく僕の腕を掴みなおした。
「ヨタカが・・・・なんで・・・?」
僕は答えず、僕は握っていたマフラーを離した。
「正直言って、あなたのことは大嫌いですが・・・・・・・それでも貴方が死ねばヨタカが悲しむ。僕はね・・・・・もうヨタカを泣かせたくない」

それがどんなに難しいことでも。
守りたいと思ったのだ。

彼自身を。
その心を。


『拙者ここにいる皆が大好きでござるよ』


あの笑顔を、守りたい。


「情報が足りない。貴方が知っているあの『死神』のこと、なんでもいい。話してください」

たとえ、敵が・・・・・・・・・・・この世界の闇だとしても。














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