トキ殿がいなくなり、拙者はゲフェンのベンチでトキ殿の所属しているギルドのマスターと共にいた。
というか、黒猫の耳を掴んだままなにやら興奮している様子のイカル殿を拙者は黙って見守っているだけだったのだが。

しかし、トキ殿の用事とは一体なんだったのだろう。
わからないまでもかなり慌てていたようだったので、きっと大切な急用だったのだろうと思う。

「・・・・・・・ヨタカ」

物思いにふけっていたからだろうか。
一瞬誰に呼ばれたのかわからなかった。
「な、何でござるか。イカル殿」
慌てて顔を向けると、水色の髪をしたパラディンはこちらを見ずに言った。

「君とハヤブサは・・・・・本当に双子なのか?」

その声はさっきまでのものとは違って落ち着いたものだった。まともなところもあるのだなと大変失礼な考えをしてしまった。
「そうでござるが・・・」
「・・・・・・そしてモロク出身」
「ああ」
イカル殿は一瞬だけ口を噤み、そしてこちらを向いて言った。

「・・・・・・気分を害したらすまない。モロクでは・・・双子が生まれた場合片方を『モロクの魔王』に捧げるのだと昔聞いたことがあったから・・・。だが君らが存在しているところを見るとデマだったようだな」

「・・・・・・・・・・・・・っ」

モロクの魔王。

昔話にもなっているその話と禁断の双子の話が重なるかのような彼の言葉に、拙者は目を見開いた。
そして自分ですら知らなかったことを聞かされて拙者はイカル殿を凝視する。


「イカル殿・・・あなたは一体・・・?」










最高の片想い










トキ殿は夕焼けが黒く落ちる頃、宿に帰ってきた。
「ヨタカ。今日はすいませんでした。マスターを任せたままで」
トキ殿はここに戻ってくる途中で買ったのであろう、サンドイッチや酒のつまみになりそうなものを掲げる。拙者達はブーツを脱いで床に敷いたラグマットの上で食べることにした。
「いや。構わぬよ。トキ殿こそ用事は済んだのでござるか?」
「・・・・・・・・ええ・・・・」
トキ殿は酒の履いたコップを最後まで傾けて、困ったようなあいまいな返事をした。
今日はトキ殿のペースがいつもより速い。
「何か・・・あったでござるか?」
それに表情も硬い。
トキ殿はコップを持った腕で片足を抱えるようにしてこちらを見た。
「・・・・・・・・・『死神』に会いました」

『死神』

時間が止まったような気がした。
心臓すら鼓動を止めたかのようだ。
その名称を聞いて思い出すのは唯一人。
この背を斬ったアサシンギルドの暗殺者。
衝撃のあまり言葉すら出ない拙者をトキ殿は注意深く見ていた。
「・・・・・・・どこで、会ったのでござるか?」
「・・・・・・・・・・・」
「トキ殿っ!」
拙者はトキ殿の腕を掴んだ。その力が強かったのか、わずかに顔をしかめるその姿すら拙者は見ていなかった。
拙者の頭の中は死神のことでいっぱいになり、トキ殿が痛みにわずかに声を漏らしてやっと我に返った。
「す、すまぬっ。トキ殿っ!」
トキ殿を放して掴んでいた手をもう片手で掴んだ。
「・・・・・・・・ヨタカ・・・・・。落ち着きましたか・・・?」
「・・・・・・・・あ、ああ・・・・・・・・・・・・すまぬ」
ヒールで癒せば拙者が気にすると思ったのだろう。掴んでいたところが痛むのだろうにトキ殿は何でもないように笑みを浮かべた。
そして、拙者と会い向かうように座り直した。
「本当は・・・・ハヤブサは『貴方にだけ』は言うなと僕に言った。だから、僕は『貴方にだけ』は言うべきだと思いました。・・・・・本当はハヤブサもそれをわかってると思うから」
「・・・・・・・・・・・・・・?」
何ゆえハヤブサの名が出てくるのか。わからない拙者にトキ殿は言った。

「僕が彼に会ったのは、モロク。・・・・・・彼は、ハヤブサと一緒でした」

拙者はトキ殿が話してくれる言葉一つ一つをまるで脳裏に刻み込むかのように聞いていた。
たまり場に来なくなったハヤブサを見つけたこと。そしてそこに死神がきたこと。
死神とハヤブサの会話。
そして、ハヤブサの口からトキ殿が聞いたすべて。
冷静に、先入観無く事実だけを受け止める。それだけのことがひどく重い。
自分が斬られた後のハヤブサの話は、思いもよらぬことで拙者は血の気が引いていくようだった。

幸せにと願ったあの祈りは天に通じなかった。
ハヤブサに辛い人生を歩かせ、そして今はその命すら危ういのだという。
それでもハヤブサは拙者を守るためにたまり場に寄らず、二ヵ月後には命すら投げ出す覚悟でいたのだと。
拙者の為に。

トキ殿の言葉はまるで拙者に問いかけるようだった。その言葉の裏を感じて拙者は震える唇で言葉をつむいだ。
「・・・・・・トキ殿・・・・・。教えてくれ・・・・。拙者は間違っていたのか・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
今ならわかる。
5年前、ハヤブサを守るためだと思っていた行動は、何て自分勝手だったのだろう。
自分の為にハヤブサが死んだら・・・・・拙者は自分が自分で許せない。それなのに拙者は、5年前そんなこともわからずハヤブサの前で斬られたのだ。
自分が死んだ後に、幸せになって欲しいだなんて・・・・なんてエゴだったのだろう。
トキ殿は答えなかった。
だから、わかった。
「拙者が間違っていたのだな・・・・・。ゆえに、歪みはいまだ直らず・・・・ハヤブサを苦しめた」
自分は唯、逃げただけなのかもしれない。
弟を守るためといいながら、この世界に生かすためにといいながら、・・・・・・自分はこの世界からもしがらみからも何もかもすべてから逃げたのだ。
ハヤブサは拙者の勝手な振る舞いで犠牲になったも同然。
「・・・・・・・・・」
トキ殿は片手を伸ばして拙者の仮面に触れた。
「あなたなら・・・・・自分で気が付いてくれるって・・・・思っていました」
拙者の過去を話した時、トキ殿がどんなことを考えていたのか。その一端を知った気がした。
「ヨタカ」
トキ殿に名を呼ばれるごとに、何も無いと思っていたこの身に命が宿るかのようだった。

トキ殿の話を聞いて、拙者は死神と戦う覚悟を決めていた。もう逃げることなどできぬし・・・・する気もない。
ハヤブサの命がかかっているのならなおさら。

拙者は仮面に触れるトキ殿の指を優しく包むように握った。

「・・・・・・トキ殿・・・・。拙者は過去と相向かわねばならぬ」

拙者たちの事情にトキ殿を巻き込むわけには行かない。
問題の根底には死神の他にもシーフギルドの存在があるのだ。それらに抵抗するかのようなことにトキ殿を巻き込むわけにはいかない。
特に死神との接触は即、死を意味するものに他ならない。
今、ここにトキ殿が無事でいてくれて本当に良かった。

そして拙者にはもう一つ気がかりなことがあった。
拙者は昼間イカル殿との話で出てきた『モロクの魔王』のことを思い出していた。

子供の頃に誰もが聞いたことのある昔話だ。
400年前、神々と魔族の間で起こった戦争の物語。
その時に魔族でありながら参戦しなかった魔王モロクは、地獄の門を開け、軍勢を率いて人間界を襲った。人々は抵抗したが、その強大な力の前ではなすすべもなかった。
だが、その時現れたのがまだ若い一人の剣士だった。彼は仲間と共に魔王モロクと戦い、勝利した。だが魔王の力の影響は収まらなかった。
開いた地獄の門から溢れる魔族たちを抑えるため、人間はその上に城を立てた。
物理的な枷と、そして・・・・溢れる地獄の瘴気の奔流からこの世界を守るために魔力の強い者達が城の礎に人柱として埋められた。
封印はいまだそこにある。

そして、それに関わる禁忌の双子の運命。
イカル殿の口から聞いた話は、想像もしていなかったことだった。

『城の礎に埋められた人柱。その力は年を追うごとに弱まっていった。だが、ギルドもさすがに公然と人柱を増やしていくことは出来ない。自治区とはいえ、国王や教会の目があるからな。だから子供が育ちにくいその時の状況も使ってモロクの中にだけ双子は禁忌だという意識を浸透させていったんだ。そうやって間引かれた子供達は新しい柱にされ、ギルドは封印を補強して行ったんだろう』

それが本当なら、今まで数多くの人々が犠牲になったのだろう。それでも変えられる事は無かった掟。
自分ひとりが抵抗しても無駄かもしれない。

それに・・・・・死神の力は強大すぎる。
人とは思えないほどに。

拙者は・・・・・この時、死神と相打つ覚悟でいた。

どんなことがあろうともう人は殺めないとあの日騎士を斬ったあの場での誓いを破ることになろうも。
むしろそれくらいの覚悟でなければあの死神に勝とうという方が無理だった。
・・・・いや、今の自分の力をもってしても不可能かもしれない。
自分ひとりの力では遠く及ばないことがわかっていて、なお自分の力を最大限に発揮するにはどうしてもトキ殿の力が必要だった。

それでも。

「拙者は・・・・・・」

別れを告げねばならぬ。
優しい人だからこそ尚更。
トキ殿には安全でいて欲しい。
関わらないでいて欲しい。

トキ殿を巻き込むことは出来ない。

だが、トキ殿の藤色の瞳を見た時、拙者は言葉をつむぐことが出来なかった。
トキ殿の目は真摯で静かな泉のようだった。
真摯なその瞳を見て脳裏に浮かんだのは過去を話した時にトキ殿が言った言葉。

『だからどうか、自分が一人だと思わないでください。その辛さを僕にも分けてください』

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

神などいない。
祈りなど通じないと自分は知った。

だが、それでも、拙者は祈る。

どうか、自分に勇気を、と。
それは神にではなく、もっとも尊敬に値する人物への願いだ。
今、目の前にいる彼にへの願いだ。
気が付いたら、その手を両手ですがるように握っていた。理性と、衝動が心の内で嵐になり荒れ狂う。
浅ましい願いが声になるのを止めることができなかった。

「頼むトキ殿。拙者達に力を貸してくれ・・・・っ。トキ殿の身は命に変えても守る。何があろうと・・・たとえ、シーフギルドを裏切るようなことになろうと、拙者はトキ殿を守り抜く・・・・っ!」

それがどんなに難しいことでも。

「どうか・・・・・っ。共に・・・・っ」

口に出た言葉が戻ることなどありえない。
それでもいまだ相反する考えに拙者は苦しんでいた。

もしトキ殿が断ればそれでもかまわない。
だが、トキ殿が出した答えは・・・。

「条件が二つあります」

「・・・・・・・なんでござろう」

了承の変わりにトキ殿が出す条件ならばどんなことでも飲む気でいた。だが、トキ殿が言ったのは意外なことだった。

「ヨタカが僕を守るといった言葉と同じ強さで・・・・自分の身も大切にすること」

「・・・・・・・・・・・・」

トキ殿は嘘も誤魔化しも許さない目で拙者を見た。
「・・・・・・・・・・・・」
トキ殿はわかっていたのだ。拙者が相打つ覚悟であることを。
わかっていて、約束を求めた。

・・・・・・・・仮面をかぶっていてよかった。

「・・・・・わか・・・」
「それともうひとつ。返事は、その仮面を取ってからしてください」
「っ」
「あなたはたまに優しい嘘をつくから・・・」
トキ殿の手が有無を言わさず拙者の仮面を取ろうとする。だが、それを顔をそむけて避けた。見られたまま答えれるわけが無い。
トキ殿の前で素顔のまま嘘をつけるわけが。
「ヨタカ」
トキ殿の腕が抗おうとする拙者の肩をつかんだ。
それを押しのけようとしてバランスを崩した拙者の上にトキ殿がのしかかる。ラグの上に倒された拍子に食べ物や飲み物が倒れたり飛ばされたりした。だが拙者達はそれにすらかまう余裕すらなかった。仮面にトキ殿の手がかかり、拙者は焦った。
「トキ殿っ・・・・・やめてくれ・・・っ!」
抗う拙者の顔の横にトキ殿が両手をつく。逃げることもかなわず、見上げる拙者にトキ殿は痛みを堪えるかのような顔をした。

「貴方とハヤブサは本当によく似ている。・・・・・・考え方がまったく一緒です・・・っ!でも・・・・・っ、僕にも一緒に戦えと言ってくれるならなおさら・・・・っ!ヨタカ・・・・・・・・・・・・どうか自分を大切にしてください。何があっても・・・・・今度こそ」

泣いているのかと思うほどにその表情は悲しそうで、拙者はつむぐ言葉すら持たなかった。

「もしあなたになにかあったら、・・・・僕も悲しい」

「・・・・・・・・・・・」

「死神の強さを近くで感じた。だからこそいいます。どうか、自分の命を簡単にあきらめないで下さい。生きるのだと信じて。その気持ちさえあれば・・・・・僕も貴方を最後まで守ってみせるから」

拙者を真剣に見下ろすトキ殿は、窓から入る月明かりに輪郭を浮かび上がらせていた。神々しさすら感じるその真摯さに敬遠たる気持ちを抱きつつ目を細めた。
トキ殿は拙者が知るどの聖職者よりも心が強く頼もしく暖かく、人の身でありながら目に見えぬものを具現化しているように感じた。

・・・・・・・・・・。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

何度礼を言っても言い足りない。
トキ殿も・・・・・・拙者と同じ気持ちだったのだろうか。
何があろうとも守ろうと、失わせはしないと・・・・・思ってくれていると考えてもいいのか。

だが、一方で頭の隅で警鐘が鳴る。この気持ちは果たして友の範囲であろうかと。
もし、トキ殿を喪うことがあればと考えて止めた。考えることすら心臓に痛い。

「トキ殿・・・」

喉が、渇く。

「・・・・・?」

「どうして、トキ殿はそこまで拙者の事を考えてくれるのでござるか・・・・・・・?」

「・・・・・・・・・・」

教えて欲しい。
きっとそれが、自分にとっての答えのような気がするから。

拙者の顔の横についた両腕の肘が曲がる。トキ殿の顔が近づき、仮面に唇が触れた。
口の所にある空気穴から、酒気の混じった熱い吐息が入ってくる。
拙者は目を見開いてトキ殿を見上げた。
伏せられた睫が小さく震えていた。
「・・・・・・・・・・・」
仮面のせいで遠いその距離がもどかしく感じるのはどうしてなのか、このときの自分はわからなかった。
ただ、トキ殿の顔が離れるのを感じて、無意識に片腕でトキ殿の法衣の襟を掴んだ。そしてもう片手で自分の仮面を剥ぎ取って食いつくかのようにトキ殿の唇に口付けた。
「ん・・・」
トキ殿の重みを全身で感じながら、それでも離れたくなくて仮面をラグの上に落とした手をトキ殿の肩に回した。
呼吸をぶつけ合うような口付けは、やがて濡れた舌が触れあうものになり、そして互いを求め合うものになるまで時間はかからなかった。
「・・・・・っ・・・」
「・・・・ん・・・っ・・・」
全身の熱が上がっていく。
それはトキ殿も同じようで、頬に朱がさしていた。
まるで互いに確かめ合うような・・・・今まで気が付かなかった気持ちに名前をつけていくかのようなキスだった。
呼吸困難で意識が遠のきかける寸前でようやく離れた唇は、濡れたまま互いの口元に添えられる。乱れた呼吸を必死で整えようとした。
間近過ぎる距離は安心できたが互いの表情を見ることはできなかった。だが、潤んだ藤色の瞳と目が合った。
自分はこの色を知っていた。

まだ、シーフになる前のこと。
フク爺のもとにいるハヤブサに会いに行った帰りに見る夕日が拙者は好きだった。
モロクの夕日は血のように赤い。
砂煙を反射して揺らめく陽炎のようだった。

だが、太陽が地平線の向こうに消える頃、闇が落ちる前のわずかな時間。空はこの藤色に変わる。

心落ち着くかのような優しい色合いにわずかな時間とはいえ自分はその光景に見惚れていた。
それが夜になっても目の前にあることが不思議で・・・・・嬉しかった。
トキ殿の腕が拙者をかき抱くと同時に、拙者も両腕をトキ殿の背中に回した。

「貴方が・・・・・好きです」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

耳元で囁かれた言葉は、自分を攫う言葉のようだ。
そう思うのはきっと、自分も同じように思っているからなのだろう。


この人のすべてが欲しい。



そんな尊大で傲慢な我侭を。

















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