カモメさんは震える身体を抱えて悔しそうに呟いた。 「私・・・・・・・トキを助けれなかった。トキは・・・・・私達を助けてくれたのに」 「ああ」 横でベンチにもたれている相槌を打つ。だがその声も硬かった。 「あの男・・・・なんなの。普通じゃない」 「そうだな」 「・・・・・・・・・・・怖かった。殺されるとか・・・そういう怖さじゃないの。・・・・・・ただ、すごい恐怖を感じた。身体が動かなかった」 「俺もだよ」 カモメさんはすりむいたまま血の滲む足を抱えて頭を乗せる。 「どうしてなの。・・・・・・・・・・・・・・さっきのヨタカからも、同じ恐怖を感じたわ・・・・」 それにカラスは返事をしなかった。返事をすれば、それを認めたことになる気がして。 だが、それこそカラスも同じことを考えていた証でもあった。 最高の片想い そこは地下でありながらまるで異空間のようだった。 普段は立ち入り禁止にされているモロク城の中を歩かされた僕は、地下の長い通路を経た突き当たりで急激な空間移動を感じた。 そうしてたどり着いた場所は異質な場所だった。 周囲は闇に覆われ、自分達がいる所だけが地面のような気さえする。この十字を象った違和感のある場所。 十字の四方には人の腰丈ほどのブックスタンドに本が広げて置かれ、クロスする中央には見たことも無い水晶が淡くオレンジや赤に点滅するように光る。 水晶を囲む4つの爪の様なトゲが蠢く様はまるで生きているかのようだった。 「・・・・・・・・・・・・・!?」 僕はその水晶から漏れる瘴気を感じた瞬間、全身から力を吸い取られたかのような錯覚を覚えこみ上げてくる吐き気に口を押さえる。呼吸すらままらなくなり、僕は膝を突いた。 「・・・・・・・なっ・・・・・・・・」 ここは何だ? これはいったい・・・・。 まるで、高位の悪魔を目の前にしたような気持ち悪さだった。 えづきそうになるのを口に手を当てて必死に堪える。 「聖職者なだけに、高圧力の魔気に過剰反応を起こしたか」 『死神』は僕の傍らに膝を突いて冷たい手で僕の顎を掴んで上げさせた。 まるで毒ガスをすったかのように咳き込む僕を覚めた目で見下ろす。 「仲間の身を案じ、大人しく私に付いて来た聖職者。このまま死ぬのはつまらないぞ」 この死神に捕らえられた時、カモメさんとカラスがいた。緊張から解けた僕は、青ざめている二人を見ている死神に気づき、彼に言った。『彼らに手を出さないと言うのなら大人しくついていきます』と。 でなければ、この死神は二人すら手にかけてもおかしくない気がしたから。 「・・・・・・・・・・・・・?」 僕は視界に入った死神の顔を睨むように見て、そして驚きに目を見開いた。 明るい日の中で、闇のような漆黒の瞳だったその目が、今は赤く染まっていた。 その血のような赤さを僕は知っている。 時折、普段の色と変わる瞳を知っている。 「・・・・・・・この目が気になるのか?」 どうして思ったのだろう。 あの夜に見た、ヨタカの瞳と同じ色だなんて。 僕の視線の意味に気が付いたのか、それとも何かを感じたのか。死神は薄い唇を上げてうっそりと笑った。 「ああ・・・・・・思い出した。ヨタカ・・・・だったな。5年前斬った子供は。泉に落ちた双子の片割れの名をあの子は何度も叫んでいた。・・・・・ハヤブサの様子がおかしいことに気がついて君を付けてみてよかった。生命を絶ったと思った子供が、まさか生き残っていたとは」 ヨタカに気がついた原因は僕だったのかと、歯噛みする。 しかし死神は感慨深げにつぶやいた。 「・・・・・・・いや、あるいはそれが理だったのかもしれない」 「・・・・・・・・・・・・・・?」 死神は立ち上がり、赤く光る水晶の前に向かう。途中積み上げられていた松明を拾い上げる。 ふと、生ぬるい風が吹いたような気がした。 同時に粉塵と瘴気がまとわり付く。呼吸するたびにそれを身の内に入れることになり、精神的にきつかった。 この場所はおかしい。 闇の中からこちらを見る視線のような何かを感じた。しかもひとつふたつではない。四方八方から感じる。 だが、何かが動くような気配は無いのだ。 それが余計気持ちが悪い。 目の前にある水晶も、周囲にある気配も何もかもが神経を侵す。 「さて、取引だったな。君はヨタカというあのアサシンの事を。私は魔王モロクの話を・・・・・・・。今の君の反応で私が聞きたいことは一つに絞られた」 「・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・あのアサシンの瞳は赤く染まっているか?」 死神はこの違和感をまるで感じさせない口調で言った。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 僕は無表情で返事をしなかった。 反応すれば悟られる。もう・・・・遅いのかもしれないが。 返事をしない僕に死神は笑った。 「まぁ、それも彼がここにくればわかる話だ。・・・・・・・君を囮にしてすでに呼んでいるからね」 「・・・・・・・・・・・・・・」 ヨタカは来るだろう。罠とわかっていても来る。 せめてその時、彼が一人でないことを祈る。 死神は赤い目を細めた。 「さて、次は私の番か。・・・・・・・君もモロクの魔王の話は聞いたことがあるだろう。400年前、地獄から現れた魔王モロクは一人の剣士とその仲間に破れ、この地に追われた」 死神はまるで熱の篭らない、まるで書物を読むかのように言った。 「剣士の消息こそなかったが、その仲間はこの地まで追いかけ、そしてこの町に魔王モロクを封印した。その時も多くの魔法使いや冒険者達が犠牲になったと聞く。周囲の土地は荒れ、建物は崩壊した。だが身を拘束されても魔王の瘴気は封印を超え、弱いものたちが影響を受け始めた。人々は更なる封印の強化のため、この城を建てた。王を封じる仮初の墓標を。そして・・・・・封印した仲間の一人がそれを守る『監視者』となった」 死神は、赤く光る水晶を見下ろした。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 まさか・・・・・・・この水晶が・・・・・封印というのだろうか。 この下に、魔王モロクは封印されているのか。 青ざめて声も出ない僕に、死神は続けた。 「この土地が癒えることなく乾いた土地のままなのは魔王の瘴気の影響だ。そして、封印を強化しても僅かに漏れていた瘴気は人にも影響は現れだした。生まれた時から身体の一部が欠損している者、目や耳がきかない者。精神的におかしくなる者。・・・・・そしてこの町は双子の出生率がほかの町よりも極端に高い。・・・・・・・・まるで生贄を求めているかのように」 死神は松明に火をつけた。 赤い水晶の明かりだけだったこの場所が、闇だけのものではないのだと、その時やっと僕は気が付いた。 「――――――――-っ!!!!!」 十字のこの場所を囲むように、ドーム状に壁が見えた。そしてその壁には人の彫刻のようなものが一面に施されていた。数百もの赤子から幼児ほどまでの年頃の男女。だが、服を纏わないその肌は石から削りだしたにしてはあまりにも生々しい色をしていた。 うつろな目を開けている子供、目を閉じている赤ん坊。総じて生気が無いが、僕はある確信を持った。 僕の声にならない叫びがわかったかのように死神は言った。 「そう、この子供達は生きている」 「・・・・・・何故・・・・こんな・・・っ!!!!!!」 込みあがる怒りに、痛みを感じるほどに地面に爪を立てた。 こんなこと人として到底許せるものではない。出来ることなら駆け寄って救い出したかった。だが、この十字の道はそこまで伸びておらず、足を踏み出せば底なしかと思うほどの暗闇に落ちることになる。 そして僕はもうひとつ気が付いた。 さっきまで薄暗くて気が付かなかったが、レンガで作られたこの地面は赤黒いものでまばらに汚れていた。 「魔王の瘴気を抑えるために必要なことだったのだ。400年前も多くの冒険者・・・主に魔法使いや聖職者が礎になったと聞く。それでも影響は止まらない。時が経てば封印も弱まる。新たな魔力が必要だったのだ。だが、ゲフェンもプロンテラの上層部もそれをよしとはしなかった。『自治体』であるモロクの問題だからと」 「・・・・・・・・」 「だが、我らはこの封印を解かせるわけには行かなかったのだ。魔王が蘇ればこの世界はどうなる。魔法使いになるような魔力の高い子供をさらうのも限度がある。当時のモロク上層部とシーフギルド、アサシンギルドは極秘裏に研究を進めた。そこで考え付いたのが双子の繋がりを利用した制度だった」 僕は血の気が引く想いだった。 『双子は禁忌』。長年ギルドからそう教え込まれた人々は、生まれた双子の片方をギルドに差し出したのだ。 そして殺されたと思われていたその片割れの行く末は・・・・・・。 「生れ落ちた双子の片割れを・・・・ここに?」 壁に縫いとめられた幾多もの子供たち。生気のないその姿。 死神はなんのてらいもなく頷いた。 「そうだ。・・・・・・・双子の間には不思議な繋がりがある。上層部はそれを利用する術を考え出した。何も知らず育った子供の生気を、この封印に使う子供に少しずつ送り込む道を作り、その生気をもって封印を強化した。地上で生きる片割れが生きている限り、ここにいる子供も死ぬことは無い」 その時、ひびが入るような音が空間に響いた。死神が視線を向けた方向を見ると、そこに白く石化したかのような赤ん坊の体にひびのような線が走っているのが見えた。まるで、斬られたかのような線だった。 「!」 そしてそこからひびは大きくなり、その体が割れ幾多の破片の塊となって闇の底に落ちた。ものが落ちる音がしても、底に当たる音はしなかった。 「片割れが死ねばこうして役目を終える。それまでは成長もほとんどしないままここで生きる」 まるで、情の欠片も無い 死神の言葉に血が逆流するかのような怒りを覚えた。 生きる? 生きるとはなんだ。 この状態が生きているとでも言うのか。 「人の命を・・・・っ!!!!人格を・・・・っ!!!!!貴方達はなんだと思ってるんですか!!!!!」 あまりにも非人道的で、残酷な。 人を道具としか見ていないその考え方にも、そしてそれにヨタカが組み込まれようとしていたという現実も僕の怒りを増長させる。 だが、そんな僕を死神は冷たい目で見下ろした。 「ゲフェンやプロンテラが我らを見捨てなければこんな多くの命を犠牲にせずにすんだとは思わないか。身を削り犠牲を払ったのはモロクに住む住人だ。口だけなら何とでも言える。蚊帳の外で生きる者が我らを罵り人道を叫ぶなら、その身をもって心を示せ。我らは口先だけの言葉など信じない。意味がない」 僕は拳を作り死神を睨みあげる。 返す言葉など無い。それほどに重い言葉だった。 犠牲になったのは確かにここに住む人々。モロクに住む者にとっては自分達の仲間だった。 「聖職者の生気ならば封印にも少しは役に立つだろう」 急に全身を引っ張られるような錯覚を覚えた。そして次には全身から何かが抜かれていくかのような錯覚を覚えて、前のめりに地面に膝を突いた。 「・・・・・っ!?・・・・・・・・・・・う・・・く・・・・っ」 こうしている間にも、全身から力が抜かれている気がした。めまいがして遠のきそうになる意識を必死に掴む。 氷の中にいるかのように急激に体が冷えていく感覚がした。 顔を上げる僕の目に、一段とオレンジの輝きを強くした水晶が移った。その前に立つ死神が笑ったような気がした。 死神は赤く染まる自分の目をそのまま指先で触れた。痛みや違和感など感じないその動作は人ではないなにかを感じさせた。 「双子にかける術は互いにその存在を知らないうちにかけられる。知れば地上にいる者がここに来ようとしかねないからな。・・・・わずかな危険をも許すわけにはいかない。成長した子供に利用価値など無い。あとはギルドの名目上の掟をそのままに殺すしかない。・・・・・思えばあの時恐れのような違和感を私は感じていた。だが私はそれがハヤブサなのだと思っていた。あの類まれな才能を持った子供が私を殺し、そして受け継いでいくのだと。・・・・・・・・まさか、殺したはずの子供が生きているなどと考えもせずに。だが・・・・これで完全なる継承ができる」 死神の言っている意味がわからない。だが、ヨタカに何かをしようとしているのはわかる。 「ヨタカに・・・・手を出さないでください・・・・・」 僕は気力だけで腕を立てて身体を起こした。そして崩れ落ちそうになる身体を必死にささえる。 「まだそんな力があったか」 死神は水晶から離れて僕に近づいてくる。僕は腰に差していた予備のアークワンドを掴もうとして失敗した。力の入らない指はもう物も持てそうに無かった。 だが、視線だけは死神から逸らさなかった。呼吸すら浅く息も苦しい。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 死神は無表情でこちらに向けて一歩近づく。 更に近づく死神に僕はあることに気が付いた。 頬を掠めたはずなのに、そこから血が出ていないことに。 浅かったわけではない。だが、違和感を感じるほどにそこには滲み出すものすら無かった。 「・・・・・・お前の願いは叶わない」 死神の手が伸びて僕の喉を掴む。 「この場所は、すでに血に汚れている。・・・・・だが、私の手でこれ以上汚すわけにもいかない」 さっき気が付いたこの地面の赤黒いしみのような物はやはり・・・・。 僕が確信を持ったと同時に、死神の手によって突き飛ばすように後ろに押された。 狭い地面に立っていた僕の背後には地面など無く深い底なしの闇があるだけ。 ―――――――落ちる。 急な浮遊感に襲われた僕の身体を、だが、急な圧力と同時に感じた横から抱きとめる何かがあった。 何かに巻き込まれるかのように倒れかけた僕を支える熱の正体は、目を開けなくともわかった。 震える腕が力強く僕の身体を抱える。 「・・・・・・・・・・・・死神・・・・・っ!貴様・・・・っ」 薄く目を開けて見上げれば、視界に入るのは紫の装束とゴブリン族の仮面。銀の髪。 荒く呼吸を繰り返しながら吐き出された低く抑えられた声は怒りのものだった。 「・・・・ヨ・・・・タカ・・・・」 僕はヨタカの胸辺りを掴んだ。 オレンジに輝く水晶がまた赤とオレンジの点滅を繰り返す。まるでヨタカに反応しているかのように見えた。 それが僕は気にかかっていた。 その水晶の向こうで死神に向かって短剣を突きつけていたのは金の髪にミストレスの王冠をつけたハヤブサだった。 「ソウルブレイカー!」 純度の高い青い炎のような気の塊が死神の右腕を裂いた。 ぼろぼろになった腕はそのままに、死神は腰に手をやり、何かを掴んだかと思うとこちらに向かって投げた。 「ヨタカ!?」 ハヤブサの叫びにヨタカは咄嗟に僕を抱き込んで庇った。薄く細い小刀のようなものがカンッと音を立ててヨタカに当たる。 「・・・・・っ!!!!」 咄嗟に目を見開く僕の上に、何かが落ちた。 それが中央から二つに割れた仮面なのだと僕は気が付いた。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 もう片方が小刀と共にカラーンと地面に落ちて転がる。 一瞬、時が止まったかのような静けさが訪れた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ヨタカは死神から視線を外さず顔を上げる 凛とした顔立ちはハヤブサと似ているようでいて印象が違う。怒りに眉間に寄せられた皺すらも彼の存在を際出させる。 目を引くハヤブサの太陽のような金の髪と違い、月の下でひっそりと輝くかのような銀の髪はヨタカの整った顔立ちをより冷たいものへと感じさせた。人を寄せ付けない冷たい表情の中で、怒りに満ちたきつい眼差しだけが熱を感じさせる。 そしてそこに見える瞳の色は・・・・・・・・血のような赤。 ここは、ヨタカにとってきっと・・・・・・・・最も近づいてはいけない場所だったのだと、僕は確信した。 死神と同じ赤い目。 死神が言った継承という言葉。 そしてヨタカが現れてから様子がおかしくなった水晶。 そして、右腕にソウルブレーカーを受けたにも関わらず血の一滴すらも落ちない死神の姿。 何もかもが嫌な予感へと繋がっていく。 どうか・・・・・・逃げて。 僕は置いていってもいいから。 死神と相対するのは今でなくてもいい。とにかくこの場所から出て欲しい。 死神は冷たい表情でヨタカを見た。 「お前にも一つ問おう・・・・・」 「・・・・・・・・?」 怪訝な顔をするヨタカの服を僕は掴んで気を引こうとした。 どうか聞かないでほしい。死神の言葉を。 聞けばきっと、ヨタカは捕らわれてしまう。 だが、死神の声ははっきりとした確信をもってこの空洞に響いた。 「・・・・・お前は、意識の無いままにその手を血に染めたことがあるか?」 「―――――――――――っ!?」 ヨタカが青ざめて身体を強張らせる。見開いた目が驚愕に見開かれていた。 過去、ヨタカは騎士を殺したと言っていた。それを思い出しているのだろう。 どうしてそれを死神は言ったのか。 僕らは驚きで声もでなかった。 「・・・・・・・・次なる『監視者』が現れた」 興奮したような声。死神の目がヨタカを見て喜びに見開かれる。 喉の奥から込みあがるかのような笑い声が次第に大きくなり、空間に響いた。 「・・・・・・・監視者?」 意味がわかっていないヨタカが戸惑うようにつぶやく。 だが、僕はその単語をさっき聞いていた。 魔王モロクの封印を監視するための存在なのだと。 「・・・・・・・・・・・400年前、『監視者』になった男は近くにある魔王の魔力の影響を濃く受けることになった。その目は本来のものから徐々に人ではありえない赤に染まっていった。・・・・・・それからも時折この街には現れるのだ。魔王の影響を濃く受け、それゆえに封印を守る運命を科せられた者が」 やはりそうなのかと、僕は歯噛みする。 おそらく、この死神は『監視者』なのだ。 モロクの魔王の封印を守るための存在。ゆえにギルドもその存在を暗黙裡に認めざるを得なかった。その強さと、冷酷さ。この封印を守るためならばその手を血に染めることもいとわない、この封印の番人。 ギルドの上層部を殺しても罪に問われないというのも納得できる。当然だろう。この封印が解ければ魔王が復活するのだから。この封印を前にして平気でいられるこの存在を利用こそすれ処分できるはずもない。 そして今、その監視する者が次の監視者を認めた。 「・・・・・・・・・・・・・っ!」 死神の腕がハヤブサに向けられた。 「ハヤブサ!」 ヨタカの叫びと同時だった。死神の体から赤いオーラのようなものが溢れたかと思うと、それがハヤブサを捕らえた。 「なっ」 ハヤブサの足が音を立てて石化していく。それは下半身を覆ったところでとまったものの、ハヤブサは腕も動かせなくなったようだった。 「ハヤブサに何をした!」 「魔王の封印の力の一部を使った。すぐにお前にもできるようになる」 答えのようでいて答えにはなっていない。死神はこちらにも手のひらを向ける。 ヨタカは僕を抱えて地面を蹴った。 赤いオーラを避けて、ハヤブサの元までいくと、そこに僕を下ろした。 「トキ殿はここで」 こちらを見ないヨタカの視線は死神から外れない。赤くきつい瞳に浮かんでいたのは確かな殺意だった。 今まで感じたことがないほどの強い意志。覚悟。 まるで、ヨタカを遠く感じた。 反射的に伸ばした手は駆け出したヨタカのマフラーの端を掠めただけだった。 掴めなかった手が地面に落ちる。 「駄目・・・・・・・です・・・・・ヨタカ・・・・・」 僕が死神に会ったと言った時、ヨタカは我を失った。 僕に協力を求めた時ですら、相打つ覚悟をしていた。 ヨタカにとって死神は人生を狂わせた存在そのもの。 だけど今、怒りに我を忘れては死神の思うが侭だ。 赤く染まった瞳はヨタカをここではないどこかに連れて行きそうな気がした。 ヨタカは風のように走り、カタールを死神に向けて振り下ろした。 キィンっと、金属が爆ぜる音が空間を裂く。 場所を移動しながら死神とヨタカはカタールと短剣を何度も打ち鳴らした。 「あの時の子供がよくもこう成長したものだ」 「っ」 「どうして生き残ったのか、今までどうやって生きてきたのかは知らないし興味もない。・・・・・・・私は私の守るべきものを守るだけのこと」 「ハヤブサを開放しろ!!!」 「断る。・・・・・知っているか。ハヤブサはずっとお前を呼んでいた。仇打ちのために私に何度も刃を向けた。己の無力を感じもがき苦しむ姿を見るのは楽しかった」 固まったまま聞いていたハヤブサが青ざめる。 「貴様・・・・っ!!!」 微笑みながら言った死神の言葉にヨタカが殺気だった。 横なぎに払ったカタールは空を切る。 「今までハヤブサを生かしておいてよかった・・・・・・」 受身である死神の劣勢かと思いきや、わずかな隙に払う短剣がヨタカの服を裂いた。 まだ、死神には余裕がある。 武器をはじく音と共にこすれた金属から火花が散る。 死神はしきりに水晶に目をやり、何かを確かめているかのようだった。 ヨタカはそれに気がついていない。 怒りに赤く染まった目が炎のようなオレンジに変わっていることも。 そして、封印の要である水晶が再び赤く輝きだしていることも。 「!?」 急にヨタカの体が痙攣した。その場に足が絡め取られたかのように動けなくなったようだった。 「何だ・・・これは」 その前に赤い唇を上げて死神が立つ。 「・・・・・・・・一瞬だけお前と、ハヤブサを繋いだ」 その白い手が上がる。 「繋ぐ・・・・?うっ!!!!!」 死神の手が硬直するヨタカの目を覆う。 「『監視者』は封印と近い存在ゆえに、魔王モロクの影響を最も受けやすい。人間の精神状態では数年ともたずに狂い、血を求めるようになる。・・・・・・・・だから代々の『監視者』は特殊な方法を取った」 「何を・・・・。あ・・・・・ああああああああああっ!!!!!」 赤いオーラがヨタカを覆う。 「ヨタカ・・・・・!!!!」 地面を殴り、立ち上がろうとする。さっきよりも重く感じる体を叱咤してうつぶせになり腕を立てようとする。 だが、体が思うように起こせない。 「今・・・・・起き上がれなくて・・・・・どうする・・・っ」 今、無様に倒れているわけにはいかない。 一瞬だけハヤブサとヨタカを繋いだと言っていた。 それはこの人柱の子供たちと同じことなのだろうか。地上に生きている片割れと繋がり生気を送る道を作ると言った。さっき片割れが死に、人柱となった子供は石化して崩れ落ちた。 だとしたら・・・・・。 だが気力だけでは肘を突くところまでが限界だった。 自分の身体とは思えないほど重い体が崩れ落ちる寸前で横から支える腕があった。 僕は、目の端にかかる青い影を認めた。遠のきかける意識の中で、その青を掴んだ。 「・・・・・・・・・・・」 でもまさか。 そんなはずがない。 この人がここにいるなんて。 「無茶をする・・・・・・。感受性の高い聖職者にとってここは毒の中で歩くようなものなのに」 静かで優しい声はまるで出来の悪いわが子を見守る父のような暖かさがあった。 どうしてここにと思う反面、危ない時には必ず来てくれるその存在に感謝した。 白銀の鎧の肩当てから落ちる青いマントを掴む手に力をこめる。 「・・・・・・・・・・・・・マス・・・・タ・・・・」 僕が所属するギルド「Viscum album」(宿り木)のメンバーの尊敬を一心に浴びるマスターであり高レベルパラディンのイカルがそこにいた。 実直で支えられているかのような彼のヒールでこわばっていた体に熱が戻った気がした。 霞んでいた視界も戻り、呆然とその姿を見上げる。 マスターは真摯な目で『決断』を求める。 「トキ・・・・・・お前の望みは?」 その言葉は、このギルドに存在するものにとって特別な意味を持つものだった。 思わず目を見開いた僕は、だがすぐに覚悟を決めて口を開いた。 「・・・・・・・・・・僕は・・・・」 その願いを口に出した時、マスターはその答えが最初からわかっていたかのように微笑み、そして小さく頷いた。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ |