「トキ・・・・・・お前の望みは?」 その言葉は、このギルドに存在するものにとって特別な意味を持つものだった。 思わず目を見開いた僕は、だがすぐに覚悟を決めて口を開いた。 「・・・・・・・・・・僕は・・・・」 自分の力でヨタカを守りたい。 だけどそれは僕が彼に抱く願いだ。 今だけの『望み』ではない。 「・・・・立ち上がる力を」 その言葉を口に出した時、マスターはその答えが最初からわかっていたかのように微笑み、そして小さく頷いた。 「祈れ―――神の愛がお前と共にあるように」 マスターは僕を支えたまま立ち上がる。 ぞくりとするほど低く甘い声が謳うのは自分が歌うものとは傾向が違うゴスペルだった。 マスターは空に十字を切る。指先に宿った力が地に零れる。 この世には我らの命 そして素晴らしき事ありて 悲しみ苦しみの中にも 我らに希望あり ケルビム 汝ら皆 勝利を祝え セラフィム 汝ら 我らと歌え 天に地に 聖歌よ響け 幸いあれ 幸いあれ マスターのいる場所を中心に地面が白く輝く。 体から力が抜けるような感覚が消える。 さまざまな恩恵からたった一つを与える、一種ギャンブルめいた『ゴスペル』のスキルは、僕に一番欲しかった効果をくれた。 それは・・・・状態異常の回復。 「ここから出ればまた同じことの繰り返すことになる」 暗にここから出るなと心配してくれるマスターに小さく頷いた。 最高の片想い 「トキ殿」 マスターが作る光のフィールドから今にも飛び出そうとしているヨタカに、ありったけの支援をかける。 「優しき神の息吹と神風のご加護を。主よ憐れみたまえ」 生気を吸い取られたためか、精神状態はまだ安定しているとは言いがたいが自分の身に慣れ親しんだスキルはヨタカを包み込んだ。 揺らめく薄い加護のヴェールの向こうでヨタカの青い瞳がこちらを見て細められた。 オーロラのような淡い光を反射する艶めいた瞳にぞくりとするような色気を感じた。 こんな時にと、自分を叱咤して拾い上げたアークワンドを掴みなおす。乱れていた精神力が杖の中にある魔石の効果で安定していくのがわかった。 瞳を閉じ呼吸を整える。 大丈夫。本が無くとも聖歌はすべてこの頭の中にある。 何曲でも謳おう。たとえ、喉がつぶれようと。 その先に貴方の笑顔があるのなら。 汝 神の加護を祈り 神の慈悲を信じよ 恐れるな こうべを上げ前を見よ 臆するな 闇の宮に光を見よ さすれば 神の恩寵は正しくもたらされ 勝利は 我らの手に 舞い降りん 「・・・・・・・・・・・・・・・最初に聞いた曲でござるな」 戦闘を前にして硬さのある声の中に僅かな喜びを含んでいた。そのことに僕が気づく前にヨタカは地を蹴り飛び出した。 ヨタカの言葉の意味がわかり、僕は耳が熱くなるのを感じた。 そう。 この歌は、グロリアを覚えて彼の前で始めて謳った歌だった。 まさか覚えているとは思わずに、くすぐったい気持ちになる。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 くすんだ赤いマフラーが遠ざかっても今度は不安に思うことは無かった。 キィンッ 死神短剣とヨタカのカタールが再び火花を散らせる。 赤いオーラを纏う死神は、ルーンミッドガッツ王国の意志をどう捉えているのか表情も変わらぬままヨタカに短剣を向けた。 ヨタカは感情のままに戦っていたさっきまでとは違う、自身のスタイルである冷静に相手の急所をつく戦い方をした。だが死神も短剣でそれを捌いていく。並みの技量ではなかった。 これが『死神』との最後の戦いになるとわかっていた。 それでも、恐れなどない。 僕は歌をとぎらせることのないようにしながら、反対側にいる二人のアサシンクロスを見た。 今はまだ手を出すことはないようだが、あの二人の言動が気になる。もし『死神』に手を貸すことがあれば・・・・。 「心配いらねーよ。あいつらは何があろうと手は出してこない。たとえ片方が死ぬことがあっても、もう片方がそこであった事をギルドに伝えるだけだ。『ギルド』が指令したことのみを遂行し遵守する・・・・・・それが、そこに所属する者の掟だからな」 僕の様子に気が付いたのだろう。ハヤブサが上を見上げながらそう言う。 ハヤブサはさっきヨタカに言われたものを捜していた。僕も同じように周囲の壁を見渡した。 ドーム状になった壁面には闇の中淡い光に照らされる子供達の姿が浮かび上がっていて痛ましい。 「・・・・・・・・・・お前はヨタカに集中してろ」 信頼されて無いとでも思ったのか、ハヤブサは視線はそのままでイライラとそう言う。 その通りだと思ったので、僕は何も言わずに剣を交える二人に視線を戻した。 二人は中央から四方に伸びる道の一つに移動していた。 「っ」 クリアサであるヨタカのスタイルの特性、それはどんなに素早いものでも手中に捉えることができること。 ヨタカのカタールが短剣の隙間を縫い死神の胸を裂いた。 だが、そこから血が溢れることはなかった。 薄皮一枚だったという深さではなかったはずなのに。 さっき聞いたヨタカの言葉と自分が考えていたことが重なりあい、僕ある結論をもつ。 絶え間なく聞こえる金属音の合間に二人の声が響く。 「裏切り者。お前はプロンテラの意志を継いだつもりか?」 「もとより拙者は生れ落ちた時からギルドを背き続けてきた。だが、プロンテラについたつもりも無い」 だが、とヨタカは続けた。 「『禁忌の双子』。それがこの封印のためにある掟だと言うのなら、拙者もこの封印を解くことに異存は無い」 その言葉を発した瞬間、死神の赤いオーラが深い闇のようなどす黒さを増した。 それは重圧となりここまで伝わる。 思わず青ざめる僕よりもっと近い場所でそれを受けているにもかかわらず、ヨタカはたじろぎもしなかった。 「愚かなる裏切り者。・・・・・400年前、この地を砂に変えたほどの魔王を倒せると誰が確信を持って言える?お前は見たはずだ。あの光景を。・・・・・かつてはこの地も緑に溢れた土地だった。それを一瞬で焦土へ変えた。今もこの地には緑が広がることは無い。復活を許せば今度こそこの世界は終わる」 「終わらない。たとえ、どんなに強くとも倒す」 「何故そんなことが言える」 「死神。お前は知らない。どんなに弱い者でも、守るべきものがあれば人はいくらでも強くなれることを」 「欺瞞だ」 「欺瞞ではない。・・・・・・拙者が今ここにあることがその証だ」 ヨタカはカタールを握りなおす。 その背中が僕に意識を向けているのがわかる。感じる。 僕もそれに気持ちだけを添わせた。 さっき腕の中で感じたヨタカの温もりをまた感じた気がした。 「裏切り者め・・・・・。『ギルド』を、『監視者』を裏切ったお前が、誰からも信頼されるとは思うな」 その手に握られていた赤くオーラをまとうその短剣は禍々しい光を発していた。 「信頼を得ようとは思わない。だが、約束しよう・・・・・・・・・この魂だけはかの地へ持っていく」 ヨタカは自分の胸を掴むように握った。 銀糸の髪が死神の圧力に緩やかに靡く。 蒼い瞳が死神を見据える。 「『初代』のやり方が正しいとは思わない・・・・・・。世界を守ろうと大それた事を考えているわけでもない。それでも、彼の弟を思う気持ちはわかる」 我を失っていた時、ヨタカはきっと何かを見ていたのだろう。 そして何かを受け取ったのかもしれない。 ヨタカは死神を見て決意を込めた凛とした声で言った。 「規制があるタナトスタワーには冒険者として正式な登録をしていない今までの『監視者』では入れなかった。誰も『初代』の意志を伝えに行くことはできなかった。・・・・・タナトスタワーの隠された最上階に魔剣士の意志が彷徨っているという話は拙者も聞いたことがある。それが魔剣士タナトスならば、『初代』の思い・・・・・・拙者が必ず伝えよう」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ヨタカの言葉に死神は一瞬目を見開いたようだった。 だが、すぐに目を細め老獪な笑みを浮かべる。まるで年老いた老人のようにも、皮肉気な笑みを浮かべる若者のようにも見えた。 「お前一人に何ができる」 「一人ではない。・・・・・・・・・・拙者には、仲間がいる」 「私を恐れるような者に何が出来よう。信じれば裏切られる。それからでは遅いのだ」 「では変化を恐れて、まだこんなことを続ける気か!」 周囲を指すようにカタールを振り払ったヨタカの叫びに、死神は鋭い剣のような視線を向けたまま嘲笑した。 「それが『ギルド』の・・・・・・『初代』の意志」 間を取る二人の間が死神が一歩踏み出すことによって近まる。 まるで地獄からの業火が迫ってくるかのようだった。 ヨタカもカタールを胸元まで上げて構える。 「・・・・・・っ」 もとより説得の通じる相手ではない。 ヨタカが死神に向かってカタールを構える。そこに、恐れも怒りもはない。ただ、苦渋の選択を強いられた時のように辛さを瞳に宿していた。 もしかしたらプロンテラの提案に『ギルド』の意志は変わるかもしれない。 だがそうなったとしても、この男はギルドを敵に回しても封印を守ろうとするだろう。 死神は堅牢なまでに戦う意志を覆そうとはしなかった。 死神のすべてが悪ではないことは僕もこの時には手段は理解は出来なくとも気持ちはわかった。 彼は唯、守っただけなのだ。彼を取り巻くすべてのものを。 そしてこれからも守ろうとしているだけだ。 それは・・・・・・・・ヨタカを守ろうとする僕とどう違うというのか。 「・・・・見つけた」 ハヤブサの小さく呟く声に僕は意識を向ける。 彼の視線の先を見上げれば、今ヨタカと死神がいる場所の頭上、ドーム上になった丸みのある天井に『彼』はいた。 幼子達の姿の中で、20代に見えるその姿は異彩を放っていた。他と違い生気など感じない、石から削りだした彫像のような青年。 天井から上半身だけを生やし、まるで下に向かって手を伸ばしているかのような姿の彼の顔は、驚いたようにこちらを見る死神と瓜二つだった。 『ハヤブサ、頼みがある。死神と同じ顔をした石像がこのどこかにあるはず。それを捜してほしい』 ヨタカの言葉を思い出す。 本当にそれはあった。 「肩貸せ」 どうするのかと思えば、ハヤブサは地を蹴って2メートル近くあるマスターの重厚な肩当にふわりと飛び乗り、屈みながら位置をもう一度確認して宙を飛んだ。 クロスした腕で十字を切るかのように振り下ろした短剣から金と見間違えそうなほど光り輝くオーラが天井に向かって放たれる。 「ソウル・・・・ッブレーカー!!!」 周りを巻き込まないように確実にその一点だけを狙った光は青年の石像の胸を貫いた。 「――――――――-っ!」 その瞬間、死神に異変が現れた。 どんなに傷ついても足を乱さなかった死神が、身を逸らせて痙攣する。声を殺すことはもうはや習性になっているのだろう。叫び一つ発しない死神が纏っていた赤いオーラが火花のようにぱちぱちと爆ぜた。 その一つ一つが死神のマフラーや服を裂いていく。次第にその火花は落ち着いて消えた。 「・・・・・・・やってくれる」 死神はそれでも笑った。 カタールを構える体勢はそのままにヨタカは呟いた。 「先ほど見た『監視者』の記憶。・・・・・・『監視者』にも双子が選ばれた。贄となったここにいる者たちと地上の片割れを繋いだように、監視者に選ばれた双子も繋がれる。そして封印と強く結びついた片方が、双子の片割れを完全に石化する方法によって『監視者』は自身の体の時を止めたのか」 時を止める。 双子の繋がりを利用した邪法とも言うべき方法だった。 死神は嗤った。 「そうでなければ、『監視者』の勤めなどできはしまい。封印と魔王の影響により人の精神は食い荒らされ、血を求めて彷徨うようになる。『監視者』には鎖が必要だったのだ。・・・・・・・・・自分の片割れを自分の手で殺すことによってできる自責の鎖が・・・・・」 嗤いを無に変えた死神は天井を見上げる。 砕けかけた青年の彫像から小さな破片が零れて死神に降り注ぐ。 その光景はまるで雪の中にいるかのようだった。 死神の瞳の中に穏やかさが宿ったように見えたのは僕の気のせいだったのだろうか。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 音すら立てることを禁じられたかのような光景の中で、僕の視界の中で赤いマフラーが靡いた。 「――――――――-っ!!!!!」 金の線がヨタカの横を走り抜き、死神に迫る。 何かを穿つかのように鈍い音と共に、死神に体当たりするかのように飛び込んだのは金色の髪のアサシンクロス・・・・ハヤブサだった。 その手に握られた短剣が二本、死神の腹と胸を貫いていた。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 死神の手の中から落ちた短剣が地面に落ちて乾いた音を立てた。 「プロンテラにも・・・・・ヨタカにも殺させない・・・・・・・・。お前は・・・・・俺が殺す」 凍るようなアイスブルーの瞳に覚悟を秘めたハヤブサの声が響く。 「・・・・・・・・・・・・・・」 まるで寄り添っているようにも見える死神とハヤブサの視線が交じり合う。 僕も、ヨタカも言葉を発することも出来なかった。 睨み上げるハヤブサに死神は笑みを浮かべてその顔に手を這わせた。 ハヤブサは眉間に皺を寄せて顔をゆがめた。だが動こうとはしなかった。 短剣を落としたとはいえ、死神の手が凶器になりえると言うのに、ハヤブサは自分の喉すら隠そうとしない。 死神を殺すといったハヤブサ。それは彼と死神の間にあったことを考えれば当然なのかもしれない。 だがその表情はまるで泣き出すことを堪えるかのようだった。 「これは走馬灯か・・・・・・。それとも失われた記憶が蘇ってきただけなのか」 死神は硬さの無い声で独り言のように呟く。 今まで聞いた事の無い声色に僕だけでなくハヤブサも驚いたように目を見開いた。 死神の指がハヤブサの頬をなぞり髪を梳く。 「熱を感じないはずのこの体が、お前を抱いている時だけは不思議と感じているような気がしていた。それが、何故か判った気がする・・・・」 「・・・・・・・・・・・何・・・・?」 ハヤブサの戸惑いに、死神は笑う。 さっきまでの嘲笑するような得体の知れない嗤いではなく、人が困った時に浮かべるかのような微笑みだった。 何かを言おうとしたハヤブサの前で、死神のその顔に亀裂が走る。 「あ・・・・・・っ」 生きているものではありえない。その亀裂。 片割れを石化した時からなのか、それとも時が経て体がそうなるようになっているのか。 ハヤブサの手が死神を穿つ短剣から離れる。 亀裂の走るその顔が崩れるのを恐れるかのようにハヤブサは両手で死神の顔を包む。 その二人の横に上から石膏の破片が落ちた。 鈍い音を立てて地に落ちたそれはかなり大きく、当たれば人の命すら奪いかねないものだった。 地面にひびが入り、そのヒビがヨタカとハヤブサを隔てるかのように広がった。 「ハヤブサ!」 心配したヨタカが叫ぶ。 その声にハヤブサは首だけで振り返る。だがハヤブサはそこから動かなかった。 どうしたらいいのかわからない。そんな迷いのある目が辛そうに細められる。 そんなハヤブサの腰に死神は腕を回した。 「・・・・・・・・?」 驚くハヤブサに、死神は顔を寄せた。 金の髪に顔を埋めるように眦に口付ける。 まるで愛しいものにするかのようにそれは優しく落とされた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 体の力が抜けたように腕を下ろすハヤブサは、何かを決めたように見えた。 だがそれは・・・・。 「!?」 急に突き飛ばされたハヤブサの体がたたらを踏んでヨタカの前に倒れる。 「何で・・・・っ」 信じられないように体を起こすハヤブサの前で、死神は冷ややかに背を向けた。 「もう私に・・・・剣は必要ない」 前にハヤブサから聞いた。死神は自分を殺させるためにハヤブサを育てたのだと。 人の扱いはなく、剣として。 剣を磨くがごとく、鍛えるがごとく。 だが冷えた言葉とは別の意味を僕は感じた気がした。 「・・・・・・っ」 死神の言葉に体を強張らせるハヤブサの目から絶望にも似た涙が零れた。 「『監視者』になれなかった者よ。お前が望む道もまた地獄だ。それでも往くか」 その言葉はヨタカに向けられた言葉だった。 「無論」 人の意志を感じる言葉とその姿に、ヨタカは最後まで目を逸らさなかった。 天井で自らの重量に耐え切れなくなった石造が、青年の腰から上だけの姿で落ちてきたのが見えた。 手を伸ばした石像に向かって、死神もまた手を伸ばした。 まるでスローモーションのように見えたそのシーン。 「――――――シロヅル・・・・待たせた」 それが最後の言葉だった。 石像に抱かれるように死神は爆煙の中に消えた。 轟音と共に落ちた通路が破片のぶつかる音と共に遠ざかっていく。 まるで最初から何も無かったかのようにさっきまで死神が立っていた場所はぽっかりと開いていた。 なのに闇の中にまだ死神は立っているように思えたのは、きっと彼の存在感が大きかったからだろう。 目の前から消えたことが信じられずにいた。 「・・・・・・何があろうと、最後まで『監視者』の姿勢を崩そうとはしなかったな」 賞賛する響きが含まれた声は僕とマスターにだけ聞こえたはずだ。 死神のお目付け役だったアサシンクロスの男はそれだけ言って忌々しそうに俯く女と共に消える。 消えたアサシンクロスが呟いた言葉を反芻しながら、僕をここから落とそうとした死神が言った言葉を思い出す。 『この場所は、すでに血に汚れている。・・・・・だが、私の手でこれ以上汚すわけにもいかない』 そしてその意味を僕はヨタカの姿を見て理解する。 ヨタカはアサシンの服を切られていても、血の出るような傷は受けていなかった。 自身すら血を流さず・・・・・・ハヤブサすら巻き込まぬよう突き放して。 あれほどの戦闘があったにもかかわらず、この場所に新しい血の匂いはしない。 彼は初めからヨタカを『監視者』にするためにこの場所へ呼び出した。 だがそれは自分にとっても諸刃の剣だったのだ。 血はこの封印の力を弱める。ゆえに、『監視者』たる彼はこの場所で『敵』に回ったヨタカすら傷つけることは出来なかった。 そこに勝機など殆ど無かったはず。 だが、死神は逆にそれを望んでいたようにも思えた。 濡れ羽色の髪。漆黒の瞳。 死神と呼ばれた男は、ハヤブサの剣を受けて望みを得たかのように笑っていた。 彼はきっと・・・・・・死にたかったのだ。 ずっと、それを望んでいたのだ。 終わることを安堵するかのようなあの背中。 赦しを請うかのようなその姿はまるで教会の壁にかかれた壁画にも似た存在感と寂寥感があった。 ハヤブサは、ぽっかりとあいた闇を見た。 ずるりと蹲るようにして堪えきれない何かを叩きつけるように地面を殴った。 地に落ちる雫はすぐに乾いた地に吸い取られていく。 「・・・う・・・・・・あ・・・・・・・あああああああああああああっ!!!!!!!!」 赤く封印が光る闇の中で悲痛な叫びが木霊した。 勝者と呼ばれるものが戦い勝つ者だとしたら、この場に勝者などいなかった。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 語られることが無い過去の欠片。 ハヤブサ ヨタカの双子の弟。アサシンクロス。 一度見聞きするだけでなんでもできる天才型でできない人間の気持ちがわからない発言をよくする。。 幼い頃は体が弱く、世話を焼いてくれた双子の兄ヨタカを溺愛している。 ヨタカを斬られた後、『死神』に犯されて以来『死神』を殺すために生きてきた。 ヨタカが生きていることを知り、彼の中で復讐という言葉が意味なさなくなったとき・・・。 クロヅル 濡れ羽色の髪。漆黒の瞳の暗殺者。通称『死神』 アサシンの服を着てはいるがアサシンという冒険者ではない。 年をとらない不思議な体質。年齢不詳。 自分を恐れず命を狙うハヤブサを気に入って短期間だが一緒に暮らしていた。 シロヅル クロヅルの双子の兄。『禁忌の双子』であることからギルドから身を隠し生きてきた。 朗らかな性格で、当時荒んでいたクロヅルを諌めることの出来る唯一の存在だった。クロヅルもまた兄を慕っていた。 ギルドの任務中クロヅルが仲間を誤って殺した(封印に反応した)ことにより、その時の『監視者』とギルドの人間の手によってその存在が表に引き釣り出される。 『監視者』の術中に嵌まり、我を失ったクロヅルの手によって石化される。それは100年以上前の話。 |