グラディウスとマインゴーシュでその体を刺した。肉を裂く手ごたえは人とは少し違った。 死神の手の中から落ちた短剣が地面に落ちて乾いた音を立てる。 「プロンテラにも・・・・・ヨタカにも殺させない・・・・・・・・。お前は・・・・・俺が殺す」 それが、俺達の決まりごとだから。 お前は俺に、俺はお前にそれを望んだ。 ヨタカが生きているとわかった後も、復讐が意味をなさないものになったとしても。 それでも、その約束だけが俺と死神を繋いでいるものだった。 死神は驚いたように俺を見て、そして薄く微笑んだ。 その時、この男はやはり死にたかったのだと思った。 視線はこちらに向けてもいつも意識は違う何かを見ていた死神が今日は違った。その目に光が宿った気がした。 死神の手が戸惑う俺の頬をなぞった。その指はいつもと変わらず冷たくてやはり死神なのだと安心する。 「これは走馬灯か・・・・・・。それとも失われた記憶が蘇ってきただけなのか」 声は、今まで聞いた事の無い柔らかさがあった。 初めて聞く彼の過去の欠片を感じた気がして驚いていた俺を死神は見た。 『恐らく昔はあったのだろうがね・・・・。忘れてしまった』 『お前は私も知らない私のことを知りたいのだね』 死神の過去を探る俺に死神はそう言った。 冗談かからかわれているのだろうと思っていたあの言葉が、もしかしたら本当のことだったのだろうかと俺は思った。 名を覚えていないと言った死神に「じゃあ・・・・『死神』って呼ぶ」と言った俺に死神はそれでいいと笑った。 その時、死神がどんな顔をして頷いたのか俺は思い出せなかった。 今、死神は俺の知らない顔をして俺を見ていた。 「熱を感じないはずのこの体が、お前を抱いている時だけは不思議と感じているような気がしていた。それが、何故か判った気がする・・・・」 「・・・・・・・・・・・何・・・・?」 死神の目が俺を見ていた。 初めて意識を向けられた気がした。 死神が微笑む。また、見たことも無い表情を浮かべて。 どうしてそんな人間らしい顔をするのか、そんなことを言うのかわからなかった。 この男は本当に死神なのか? 戸惑う俺の前で、死神の顔にありえない亀裂が入った。 「あ・・・・・・・・っ」 思わず手を伸ばして、ヒビの入ったところから落ちる破片を押し留めた。 死神がこうなる原因を作ったのは俺。死神を刺したのも俺だと言うのに。手は無意識に動いていた。 天井から大きな破片が落ちて地面にも亀裂が走る。 俺がソウルブレーカーで砕いたこいつと同じ顔をした石像の細かい破片が降り注ぐ。髪や顔にも落ちて当たる。 心配したヨタカが俺の名前を呼んだ。 だけど俺は動けなかった。 本当にどうしたらいいのかわからなかった。 ヨタカの所に戻らないといけない。ここはきっと足元から崩れるだろう。 なのに、どうしても動けなかった。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 だって死神の目が俺から外されなかったから。 死神の伸ばした腕が俺を抱いた。 驚く俺の眦に死神は顔を寄せる。それはまるで口付けと呼ばれるもののようだった。 俺は五年間、死神にまるで義務的に作業のように抱かれ続けてきた。 死神にとって俺は唯の性欲や支配欲を満たすだけの道具なのだと思っていた。 今・・・・・・唇ではないのに、初めて口付けられた気がした。 そこに温もりを感じた気がしたのは気のせいだったのか。 実際はその唇すらも冷たくて、俺はこいつはもういなくなるのだと悟った。 目の奥が痛いくらいに熱い。 俺が今まで五年もの歳月をかけて命を狙い続けた相手。 憎んで、苦しんで、発狂しそうになった夜だってある。 怯えて泣いた日も、体に残る死神が刻んだ痕を掻き毟った日も。 ヨタカがいなくなって、俺の意識はすべて死神を殺すためにあった。 死神を殺すことが俺のすべてだった・・・・・・・・。 だが、ヨタカは生きていた。俺はそれを知った時、喜びと共に戸惑いを感じた。 死神を憎む理由が消えた気がしたから。 自分にしたことを考えればそれもまた憎む理由にはなる。そう思い込もうとした。 だけど、そう思い切れない『自分』もいた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 その『自分』が、今泣きそうになっている。 死神が目の前から消えることを悟って。 理由もわからない初めての優しい口付けに胸が痛くなって。 「・・・・・・・・ハヤブサ」 小さく呟かれた声にめまいがした。 初めて死神の腕の中に身を任せた。 冷たい体に僅かな温もりを感じたような気がした。 「っ!?」 だが、急に死神から突き飛ばされ、俺はすべるように地面に倒れた。 突き飛ばされた衝撃よりも、どうしてというショックが大きかった。 いきなりのことに受身も取れなかった俺をヨタカが起こしてくれる。 「何で・・・・っ」 振り返った先で、死神は背を向けて俺を拒絶していた。 そしていつもの冷たい声で言った。 「もう私に・・・・剣は必要ない」 「・・・・・・・・・・・・っ!!!!!!」 剣は必要ない。 その意味に息が出来ないほどショックを受けた。 俺はお前を殺すためだけに鍛えられた剣だった。 それなのに、お前はもう俺を要らないのだという。必要ないのだという。 俺は・・・・・・・・何の価値もない存在なのだと言われた気がした。 前にもこんなショックを受けたことがある。 目の前で自分の半身のヨタカを失った時。 置いていかれたのだと思った。 どうして自分を連れて行ってくれないか。 ずっと一緒だと言ったのに、ヨタカは俺の目の前からいなくなった。 生きていた後も五年も姿を隠していたのはギルドから身を隠すためだったのだとわかった後も、俺はある恐怖観念を持つようになった。 死神は俺ではない、自分と同じ顔をした石像に手を伸ばした。 死神から視線を外せなかった目が、死神の体が砕ける一瞬を捉えた。 そしてまた俺は置いていかれた。 ヨタカにも置いていかれたように、また・・・・・・・・・・。 死神が立っていた場所は崩れ去り、そしてそこは闇が広がっていた。 「・・・・・・・・・っ・・・・・う・・・・・あ・・・・・っ」 死神と会ってから今までの出来事が浮かんでは消える。 綺麗な思い出も、優しい思い出もそんなもの一つも無い。 それなのに。体に死神が触れた感触が残ったまま俺を苛む。 最後に浮かんだのは、全身で俺を拒絶した死神の背中だった。 眦に触れられた場所を指先で引っかくように抑える。 ねぇ・・・・・、俺は必要ないの? 俺、要らないの? たとえば一緒に死なせてもらえる価値も・・・・・ないくらい? 「・・・う・・・・・・あ・・・・・・・あああああああああああああっ!!!!!!!!」 ・・・・・・・・俺は誰からも愛されない存在なのだと。 死神が言っていた言葉が脳裏に焼きついて消えなかった。 最高の片想い〜螺旋〜 泣きつかれて、ようやく意識が浮上してきた。抱きしめてくれるヨタカの手が俺の髪を撫でているのを感じた。 何もわからないまま泣いていた自分を宥めるような優しい腕は、五年前失った時と変わらないもので安心した。 そして俺の苦しみを吸い取るかのように抱きしめられるのを感じて、俺はヨタカの肩を押すようにして離れた。 離れがたい気持ちはあった。 だけどそれ以上にこの優しさにすがり付いてはダメなのだと思った。 すがり付いて離したくなくて一緒にいて欲しくて・・・・・・・・そしてそのせいで俺は一度ヨタカを失っていたから。 俺とヨタカは別の人間。 離れていた時間は俺やヨタカを変えた。 互いだけいればそれでいい世界はもう・・・・・・・存在しない。 思わず目から涙が零れて、心配そうに手を差し出そうとするヨタカから身を引いて手の甲で涙を拭った。 「・・・・・・・・・ハヤブサ」 「・・・・・・・・ごめん、ヨタカ・・・・・・。俺、ギルドに行く」 「ハヤブサっ!」 ヨタカの顔色が変わる。 ヨタカはきっと心配してる。俺がギルドに何かされるのではないかと。 俺は奥歯をかむような気持ちで笑った。 「魔王の封印をどうするのか、ギルドに聞きたいんだ」 「・・・・・・・・・・・ならば拙者も共に・・・」 「ヨタカは駄目。・・・・・・・・・・・・わかるだろ?」 ヨタカはこの魔王の封印の『監視者』だった。死神からそれを受け継ぐ存在だった。 もしかしたら死神は俺がそうだと思っていたのかもしれない。だけど、それはヨタカだった。 魔王の封印を解くことを希望すると言ったプロンテラの意志はギルドに伝えられているのだという。 きっと今、ギルドの中は揉めている。そんな中に『監視者』になれなかったまでもその資格を持つヨタカがいけばどうなるか。 俺だってわかる。 唯でさえ『禁忌の双子』である自分達はそれだけでもギルドから殺される理由になる。 「だがそれはお前も同じ・・・・・・・。『死神』にも『俺』にも関わりのあるお前が行けば・・・」 「ヨタカ、口調」 俺はヨタカの口元に人差し指を添える。 「ヨタカはもう選んだんだろ。俺も・・・・・・・本当はイヤだけど、ヨタカがいてくれるならそっちでいい」 「・・・・・・・『拙者』・・・は・・・・」 俺は目を見開くヨタカを抱きしめた。力の限り強く。 そして離れた。 「守るよ」 離れ際、小さく呟いた言葉にヨタカが反応する前に俺はこの封印の間の出口に向かう。 「私も行こう。無関係ではないのだから」 胡散臭い長身のパラディンが俺の横に並んで歩き出す。 ゾワッとするような怖気を感じて俺はパラディンから身を離した。 この男は、あのトキという暴力聖職者のギルドマスターだというが、俺は初対面からいきなり抱きつかれて命の危険まで感じたのだ。逃げるなと言うのが無理だ。 「イカル殿が一緒なら安心でござるな」 「ヨタカ。それすげー勘違いだと思う!!!!」 あからさまに安堵するヨタカは俺がこいつに抱き潰される所だって見てるはずなのにそんなことを言う。 「く、来るんなら俺から離れて歩けよ!」 「・・・・・・・・・・・・・・」 190センチはある大柄の男は俺から4歩程離れた背後につくことにしたらしい。だが、背後からはぁはぁという息遣いが聞こえてきて、結局落ち着かなくなった俺はまだ横がマシだと思い直す羽目になった。 ヨタカはまだ納得してない顔で、だが俺をまっすぐに見た。 「ハヤブサ・・・・・・危なくなったら拙者を呼べ」 「うん」 心配されることがくすぐったくて仕方ない。 ヨタカ達に見送られ、俺は封印の間から出た。 モロク城の中の空虚な雰囲気に包まれながら俺は足を速めた。目的の場所はモロクにあるあの酒場。 ヨタカと会った場所だった。 シーフギルドだけでなくアサシンギルドとの合同の会議は、大抵そこの地下で行なわれる。 今日だってモロクの魔王の封印のことで会議が行われていた。そこに姿を現さなかった死神の代わりに俺が呼ばれたのだ。 きっと今も幹部達はそこにいて、プロンテラの意志について話し合っているはずだった。 俺は酒場に近づくにしたがって心が冷えていくような気がしていた。 そして酒場の門に手をかけた時。 「ハヤブサ」 低い声が俺の名を呼んだ。 立ち止まったまま動かない俺にイカルというパラディンは言った。 「私のギルドは正規ギルドとして登録されている。モロクのギルドからの手出しも容易ではないだろう。それだけは覚えておいて欲しい」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」 イカルの言いたいことが理解できなかった俺は、疑問符を飛ばしながら酒場に入った。 地下にもぐる階段を降りて、酒場に姿を現した俺に、あちこちから視線が飛ばされてきた。ざわめく酒場の雰囲気はいつもと違う。 おそらく死神の死が伝わったのだろう。 好奇心といぶかしむかのような視線を羽虫のように鬱陶しく思いながら中に入る。無表情のまま歩き出す俺の前に緑髪のチェイサーが立ちふさがる。 行く先をふさがれ、邪魔だと冷たい視線を送る俺にチェイサーはニヤニヤと笑いながら顔を寄せてきた。 「死神もたいしたことは無かったようだな・・・・・お前みたいな綺麗な人形に殺されるとは。それとも・・・・・ベットの中で腹情死でもさせたのか?」 その言葉に仲間達だろう男達が2人噴出すように笑った。 「死神が死んだと思ったら今度はそこの聖騎士さまか?なぁ、俺とはどうだ、お稚児さん。死神もたらしこんだくらいだ、さぞや具合がいいんだろうなぁ・・・・・・・俺だったら満足させてやれるぜ?」 肩を抱かれた俺は腰に佩いていた短剣を抜いて、チェイサーの耳をそぎ落とした。 一瞬のことでわからなかったのだろう。 チェイサーは驚いたように目を見開き、そして床に落ちた耳を見て叫び声を上げた。その喉に俺は無造作に腕を伸ばして短剣を押し当てた。 酒場が一瞬で殺気立つ。 その中で俺は動きそうな人間達に視線を巡らせて、その行動を押し留めさせる。 短剣を引けばこのチェイサーの喉を掻き切れる。 今にも剣を抜きそうなこのチェイサーの仲間の一人に向かって足を振り上げた。つま先に仕込まれた刃が直接顎を割るはずだった。 だが、その足をイカルが掴んで止めた。 俺の速さに反応できるこの男に一瞬だけ視線を向けるが、俺はすぐに興味を失った。顎に触れるか触れないかの所で止まったままの刃に仰け反るような体勢で動けない男を見据えた。 「次、俺の前に立つ時は予め覚悟とお祈りだけはしておけ」 きっと、『その時』はどちらともできないだろうから。 チェイサーから短剣を離して俺は屈みこむ男に一瞥もせず更なる地下への道を塞ぐ長髪の騎士を見た。 「通せ。幹部達に用がある」 騎士は何も言わず、俺の背後を気にするように顎をしゃくって見せた。 顔だけ振り返れば、耳から血を流しながら座り込むチェイサーの横に膝を突いてイカルが拾った耳を傷跡につけているところだった。 「ヒール」 「っ」 神経を繋ぐ際に走る痛みにチェイサーが顔をしかめた。 俺は大して感慨も受けずにそれを見た。 俺にとって他人はこのモロクの砂粒のように取るに足らないものだったから、それをどうしようと関係ない。 俺の感情を揺らせることが出来るのはヨタカと・・・・死神だけだった。 「まだ暫く痛みはあるだろうが、大丈夫だろう。暫く狩りも控えろ。もし完治しないまま魔物の体液を被ればその耳は腐れ落ちる」 そしてイカルは立ち上がり俺に向かってくる。 「待たせた」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 待ってなどいないとばかりに顔を背ける。 この男がどうしようとも、それもまた俺には関係ない。 騎士はイカルを見て眉を顰めたが、諦めたようにため息をついて背に守っていたドアを開けた。 俺とイカルはその中に入る。 「・・・・・・・・てめぇが死神になったつもりかよ・・・・っ」 チェイサーの声が聞こえた。 狭い通路を無言で歩く。 そうしないうちに通路の奥にここでは見慣れない赤いマントと白い法衣を見て目を細める。 両方共に男なのだが、明らかに口付けしている。 「・・・・・・」 向こうもこっちに気がついたのだろう。目の覚めるような青髪のロードナイトは短い茶髪のハイプリーストを腕に抱いたままこちらに片手を上げた。こちらに背を向けていたハイプリーストは気づくのが遅れたのか、今頃慌ててロードナイトを押しのけていた。 上気した頬で慌てたようにこちらを向き、羞恥に頬をそめてロードナイトを拳骨で殴った。 「この馬鹿!!!!」 「ごめんごめん。カイトがかわいいからつい」 ロードナイトはカイトと呼んだハイプリーストを名残惜しそうに離しながらイカルを見た。 「イカルもご苦労様」 「首尾は?」 イカルの言葉に、この二人がギルドに封印を解く要請を届けに来た者たちなのだろうとわかった。 ロードナイトは表情を改める。 「こちらも伝えた。今、中で会議が行われている。・・・・・・・おそらく城と他方に散らせていた諜報員から予め情報は掴んでいたんだろう。驚きも動揺も無く。今、自分も返答を待たされている状態だ」 なら、きっとギルドはもう返答を決めているのだろう。 俺は二人に興味を失い、その横を通り過ぎるように歩いた。イカルも俺についてくる。 角を曲がって突き当りにあるドアの前に立つ二人のアサシンクロスの前に立った。それはさっきまで封印の間にいた男と女のアサシンクロスだった。 「・・・・・・・・・・・・」 俺はきっと今、荒んだ目している。 警戒心を解かない二人を殺すことはきっと俺にとって息をするかのようにできる。 俺は今まで人を殺したことが無い。だけど、どうすればいいのかその知識はある。人の構造や仕組みは理解している。筋を絶って身じろぎできなくすることも、苦しませて殺すことも、死んだことも気づかせないほど一瞬で命を絶つことも、俺はきっとできる。 俺は腰のベルトに刺していたグラディウスを抜いた。 一瞬で戦闘態勢に入る二人の前にそれを落とした。カランと短剣が落ちて床に転がる。見えるところだけでなく、腰布の裏に隠した短剣を次々と地に捨てる俺を二人はいぶかしげに見ていた。 最後に肩当に隠していた暗剣を二人の間を縫うように投げた。 ドアに突き刺さった細身の暗剣がビーンと鳴った。 「入れ」 ドアノック代わりの短剣に、中から声がかかる。 基本的に会議室に武器の持込は許可されていない。 イカルも腰に佩いていた長剣を抜いて壁に立てかけ、二人のアサシンクロスに会釈をして中に入った。 石造りの小部屋は換気だけは行き届いているようで蒸し暑さは感じない。むしろ心地いいくらいの冷気が漂っていた。 その中央には木作りの簡素な机とそれを囲む椅子があり、見覚えのある幹部達総勢8名が座ったままこちらを見ていた。 俺はドアから一歩だけ入ったところで立ち止まる。 「何用だ」 正面に座る、モロクのシーフギルドを統括する長老が口を開く。60以上年を重ねているらしい幹部達の中で、長老は一際老いていたが、それを感じさせない。日に焼けた茶の肌に、白髪の老人は始めて会った時から変わらない鋭い眼光をこちらに向けていた。 「封印をどうするか、聞きに来た」 「ふぉふぉふぉふぉふぉ。小童が、お前が知ってどうする。・・・・・・・こちらとしてもお前に伝える意味が無い」 「もうどうするか決まっているんだろう。教えろよ」 「子供の駄々の大概にせい。・・・・と、いいたいところじゃが・・・・・・・・・ハヤブサ。お前にも関係のある話。お前の片割れを連れてくるがいい。さすれば話そう」 「じじいの冗談も笑えねーんだよ。誰が連れてくるか、こんなとこ」 「・・・・・・・・・勘違いしてはおらぬか。お前が今まで大きな顔が出来ていたのは死神の存在があった故。あの化け物がお前を得て大人しくなったゆえ、良き贄と思って大概のことは許した。だが死神がいなくなった後、お前はギルドの為に働いてもらわねばならん」 「誰がてめーらのために働くか」 俺は吐き捨てるように言った。だが長老は薄ら笑いを浮かべる。 「お前の半身、守りたくは無いか」 「・・・・・・・・・・・・・?」 「あの者よくぞ我らの目を謀りアサシンにまでなれたものだ。いや、その素質は十分にあった。あの『孤児院』にて生き残り、表に出ても人を殺しておる。シーフでありながら騎士に何もさせずその喉を掻き切る手腕、『監視者』の血の暴走とはいえたいしたものだ。だが、何の罪も無い冒険者を殺したのだ。発覚すれば罪は問われずにいられまい」 「・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!!」 その話を始めて聞いた俺は体を強張らせた。 それを見た長老が嗤う。 「封印のことなど建前にすぎまい・・・・。お前は己の半身を守るため単身ここに向かってきたのであろう。・・・・・どうする。ここで頷かなければあのアサシンは牢獄行きぞ」 ヨタカが人を殺した。 この世界において、冒険者であることは自由と引き換えにある制限を受ける。それは他者の傷害についての罰則が重いということだ。だが冒険者は総じてプライドを持って生きている。 ゆえに冒険者同士の諍いによる傷害事件は絶えることなく、決着をつけるための特別空間すら出来たほどだ。その中であればどんなことがあろうと同意があったということで責任は問われない。だがその分、通常空間での諍いについては今まで以上の思い罰則が科せられた。 障害でも牢獄、殺人に至っては死を。 一般市民を守るため、世界はそれを望んだ。 長老が言っていることが正しければ、牢獄どころの話じゃない。きっとヨタカは死罪に問われる。 指先が震えた。冷たさすら感じる指先を握りこむ。 その時、脳裏に浮かんだのはあの暴力聖職者の言葉だった。 『あなたがそうだったように、ヨタカもあの死神の影から怯えて生きてきたんですっ!!!!』 死神を相対しながら、俺を毒づいた故に生き延びたあの聖職者。 あの叫びの意味がその時はわからなかった。だけど・・・・・・それが、このことなら・・・・。 薄ら笑いを浮かべる長老を俺は見据えた。 あの聖職者は死神を前にしてすらたじろがなかった。なのに少しでも揺らいでしまった自分が忌々しかった。 「・・・・・・・封印の間にいたあの子供らもお前らにとっては唯の贄なのか?」 「・・・・・・・・・」 長老の視線が鋭くなる。 「だけど、家族達にとっては違う。家族にとっては・・・・・何よりも奪われがたいものであるはずだ。俺があそこで見た子供の中で見覚えのある顔もいくつかあった・・・・・・・・・・」 脅しともいえる言葉。 俺が話せば、贄に差し出された子供の家族はどうするか。中には動かず我慢するものもいるだろうが、あれだけの数だ。ギルドへの不信は確実に募る。それはこいつらにとって望むことではないはずだ。ここの掟はギルドあってこそなのだから。 それにこいつらはヨタカを売らない。 封印に関係することはこいつらにとっても自身の根本を突き崩されかねない諸刃の刃なのだ。 「おぬしらの口を塞ぐことなど造作も無いことぞ」 「・・・・・・・・」 長老はうっすら笑みを浮かべる。さすがギルドの長だと歯噛みする。 俺は背後に立つイカルに向かって手を伸ばした。 イカルの言葉の意味がわかった。 『私のギルドは正規ギルドとして登録されている。ギルドからの手出しも容易ではないだろう。それだけは覚えておいて欲しい』 正面から敵対しても、俺だけの力ではきっとギルドからヨタカだけでなく自分自身も守れない。 悔しいがそれが真実なのだ。 イカルが何も言わずに心得たように俺の手にエンブレムを乗せた。 「待て!」 察した何人かが制止の声を上げる。 だが俺はそのエンブレムを腕につけた。淡い光を放ったエンブレムがそこに定着する。 これはギルドに対する絶縁状だった。 目を見開く幹部達を冷めた目で見据える。長老だけはたじろぐことは無かった。 「アサシンは『砂漠の牙』。なによりも自尊心を守らなければならない。そう教えてくれたのはあんたらだ。俺は己の意思に背くようなことはしない。・・・・・・・ヨタカに手を出すのなら来ればいい。てめーの首洗った後でな」 俺は踵を返した。 短剣も拾わないまま俺は通路を歩く。 途中何人かとすれ違った気がしたが俺は立ち止まらなかった。 酒場に戻り、しんとなったそこを通り過ぎて地上に繋がる階段を荒々しく上がる。 握った拳に爪が食い込む。 「・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!」 酒場を出て、俺は空を見上げて肺まで息を吸った。 見上げた空は赤く染まっていた。 あの場所で見たあいつの目の方がまだ赤いのに、なぜだか胸が痛くなってそこを掴んだ。 「っ」 俺の肩を背後から伸びた手が抱く。そして押すように歩かされた。 「あれだけ啖呵きって見せて、ここで弱みを見せるな。意地を張るなら最後まで貫け」 イカルがそう言って俺をモロクのカプラまで連れて行って無理矢理ゲフェンに飛ばされた。 乾いた空気などない、水と魔力の町に来て俺は建物の影にあるベンチに座らされた。 同じ空なのに、モロクで見る夕焼けとここで見る夕焼けは違う。ここで見る夕焼けはひどく優しいが、それに俺は気づくことは無かった。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 腕が、足が震える。 拾ってきたのだろう俺の短剣を差し出すイカルに、俺は手を伸ばしながらもそれを受け損なって地面に落とした。 身を守るように両腕で肩を抱く。 イカルは何も言わず、落ちた短剣を拾い、俺の横にまとめて置いた。 そして自分は立ったまま、急に来たらしい耳打ちに返答を返していた。 「・・・・・・・・モロクのギルドが封印の開放に承諾した」 イカルの言葉に俺は顔を上げる。 相手は酒場の地下で会ったあのロードナイトらしい。 「これで、もう『禁忌の双子』の掟は必要なくなる」 それは俺とヨタカの生きる権利が最低限保障されたということだった。 ・・・・・・よかった。 俺はヨタカのことだけを思いながら安堵のため息を吐いた。 だがそれは同時に死神の役割の終焉を伝えるものでもあった。 死神はきっとモロクの決断をわかっていた。 それでも、もしまだ生きていれば、モロクの意志を知った後もあの男は一人封印を守ろうとしただろう。 モロクと敵対することになろうとも。 いや、幹部達はきっと死神がいたからこそ今まであの封印を守ってきたのだ。わが身惜しさに。 だからこそ、死神がいなくなった今封印を開放することに頷いたのではないか。そんな気さえする。 誰にも頼らず一人戦っていた孤高の男。 死神の背中が脳裏に浮かんで目頭が熱くなる。 急に視界がゆがみ、涙が零れる。 「・・・・・・っ」 もう枯れたと思った涙は一体どこから溢れてくるのだろう。 「・・・・・・・あまり、人を傷つけるようなことはするな」 そんな俺に、イカルの声が落ちる。 疑問を持って見上げる俺に、イカルは苦笑めいた表情を浮かべた。 「死神は君に人を殺させるようなことはさなせなかった。・・・・・・・自分を殺させようとするなら尚更経験を積ませたほうがいいにも拘わらず」 「・・・・・・・・・・・・・・俺はあいつだけを殺す剣だから・・・・」 そのために生かされた。 そのために育てられた。 『お前は私が磨き上げた刃だ。誰よりも強く、しなやかで美しい。私の最高傑作だ』 『誇ればいい。お前は間違いなく天才だよ』 だけどもう・・・・・・俺を見てくれる人はいない。 死神は死んだ。 ヨタカは自分の唯一を見つけた。 俺を必要としてくれる人はもういない。 「・・・・・・・・死神は、どうして俺を連れて行ってくれなかったんだろう・・・・」 ついて出た言葉に我に返っても、出た言葉を取り消すことは出来なかった。動揺する俺をイカルは目を細めて見ていた。まるで大人が子供を見るような視線で。 「万人が納得する理由なら一つ思い浮かぶ。『監視者』である彼は封印を血で汚したくは無かったのだろう」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 その言葉に胸が締めつけられるように痛んだ。 死神は俺よりも封印を気にしていたのだろうと言われた気がした。そしてその言葉に納得する自分もいた。 あの男は自分に刃を向けるヨタカですら血を流させなかったから。 だが、とイカルは続けた。 「だが同じ男として言うなら・・・・・・・愛しい者を連れて逝けなかったのだろう」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・何言って」 呆然と見上げる俺はイカルの言葉を反芻していた。 愛しい者? 何。 「ショックに目を閉じてはいけない。君は彼から何か受け取ったはずだ」 「・・・・・・・・?何も・・・・俺は・・・・・」 そうして俺はふいに伸びた片手で目を覆われた。 そして俺は思い至る。眦の熱に。 死神が口付けたその場所。 目に見えるものだけではない。 イカルはそう言っているようだった。 俺はまた溢れる涙を地面に落とした。 「でも、だってあいつは俺を拒絶した」 「そうでなければ君は彼を追っただろう。・・・・・君は無茶をするから」 「そんなこと、あいつ何も言わなかったじゃないか!」 「・・・・・・『監視者』となった者は感情を抑制される。君の兄を見てわかっただろう・・・?」 「・・・・・・・・・・愛されてたなんてそんなわけない。・・・・そんなのお前の勝手な想像だ」 「確かにそうだな」 「・・・・・・・・・・・・・・・・そんなわけ・・・・・・・・ないっ!!」 俺は叫ぶように言って喉を詰まらせた。 そんなわけがない。 愛されていたなど。 なのに、どうして涙は零れるのだろう。 どうしてさっきまで痛かった胸が今は疼くように苦しいのだろう。 どうして今もあいつを捜したくなるのだろう。 もしかしたらヨタカのように生きていてくれるんじゃないか。 そんな考えを思って打ち消した。 俺は死神の体が砕ける瞬間を確かに見てしまったから。 会いたい。 ・・・・・・・会って聞きたい。 あいつが俺のことをどう思っていたのか。 本当に俺のことを・・・・・愛していてくれたのか。 そんな俺の心境を悟ったかのようにイカルは言った。 「本当は言うべきか迷った。君は良くも悪くも一途で心許したものには情が深いから。知れば後を追いそうで・・・・・だが君はギルドに向かってヨタカを守るのだと言った。それが君の生きる理由にならないか」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 そうだ。 今は会いたくても・・・・・会いには行けないのだ。 小さい頃から俺をずっと守ってくれた。 俺を地上に出すために自分の命すら顧みなかった自分の半身に、今度は俺が守るのだと誓った。 ・・・・・・・・・・誓ったのだ。 「・・・・・・・・っ」 誓いを果たすことに迷いは無い。 なのに涙は止まらなかった。 そんな俺に、イカルの低い声が染み込むように聞こえてきた。 「私の名は、イカル=ガ。ギルド「Viscum album」のマスター。・・・・・・戦士よ、傷つき疲れた羽根を収め今は暫しの休息を。私は君を迎えよう。何があろうと私が君を守ろう。・・・・・・・・・いつかまたこの空へ羽ばたくその日まで」 俺の瞼を覆うイカルの指先が溢れる涙を拭う。 優しく伝わるその言葉が「Viscum album」に正式に迎えられるために行われる宣誓なのだと後から知った。 それがこれから先長くなるイカルとの関係の始まりだった。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 14話と15話の間の話。 |