「・・・・・・・・・・・・・う・・・・あ・・・・・っ」

悲痛な叫びが嗚咽に変わりつつあるハヤブサの横に拙者は膝を突く。
ハヤブサはアイスブルーの泉から涙を溢れさせて拙者を見た。ひどく痛ましい姿の弟が腕を伸ばしてすがり付いてくるのを抱きしめた。

「・・・・・・ヨタカ・・・・・・・っ!」
「・・・・・・・・・・・」

あの時死神が突き飛ばさなければ、ハヤブサはここにはいなかった。
二人の間になにがあったかは聞いている。だが、二人の心の中身だけは二人にしかわからない。
あの時、死神は愛しい者にするようにハヤブサを抱きしめていた。

『熱を感じないはずのこの体が、お前を抱いている時だけは不思議と感じているような気がしていた。それが、何故か判った気がする・・・・』

死神の言葉の意味は正しくは拙者にしかわからないだろう。
拙者は顔を上げてこちらを心配そうに見ているトキ殿を見た。

己の身の危険を省みず拙者を元に戻してくれたトキ殿。
あの時、『監視者』となりかけた自分は、体が冷えていくのを感じた。いや、感覚が無くなるといえばいいのだろうか。
頭の心から冷え切る感覚。

そんな中でトキ殿の熱だけを感じた。
大切な存在である、彼の熱だけを。

死神の最後の姿を思い出し、拙者は目を細めて弟を抱きしめた。

本当にこれでよかったのか。
迷いだけがいまだ自分の中にくすぶり続けた。












最高の片想い












「トキっ!」

もう夕日も落ちかけようとしていたというのに、たまり場で待っていたらしいカモメ殿がトキ殿を見て立ち上がる。
そのままゲフェンに戻った拙者達は、涙を浮かべて駆け寄ってくるカモメ殿と、その後ろで片手を挙げるカラス殿、アトリ嬢そしてシシギ殿に迎えられた。
アトリ嬢はトキ殿と同じギルドの支援プリースト、シシギ殿は半製造のブラックスミスで拙者がギルド「The nest」(巣)に入ったきっかけをくれた人物だった。
「カモメがなんかおかしかったから来てみたんだけどさー」
シシギ殿はタバコを燻らせながらトキ殿を見て、無事ならいいと言って笑っていた。
カモメ殿は埃まみれのトキ殿に抱きついて「よかった」と何度も言っていた。
拙者はその光景に笑みを浮かべて約束を果たせたことにほっとする。
気を張っていたところが溶けていく気がした。

カモメ殿は指先で涙をぬぐいながら拙者を気にしながらトキ殿に聞いた。

「で、この人誰?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・カ、カモメ殿?」

あ、っと目を丸くするトキ殿の横で拙者は眦を下げて情けない顔をした。
よもや長い付き合いのギルドメンバーからから誰と聞かれる日が来るとは。
これは新たないじめなのだろうか。
「あの、顔」
トキ殿が拙者を見て口元を引きつらせる。そして拙者は遅まきながら自分が仮面をつけていないことに気がついて慌てて片手で顔を抑えてマフラーを口元まで上げた。
そういえば死神に仮面を割られてから、そのままだったのだ。
ここに来るまでも誰も気にしていないようだったので、迂闊にもまったく気がつかなかった。

「『カモメ殿』って・・・・・あんたヨタカなの!!!!?」

顔を両手で挟まれてカモメ殿のほうへ強引に向けられる。ごきゅっと首がなったのだが、カモメ殿はまったく気にしてくれる様子が無い。
筋が張ったようで、ちょっとでも動かせば激痛が走りそうな体勢に拙者は顔を引きつらせた。

「あらやだ。本当こうしてみるとハヤブサと同じつくりしてるのね。でも印象がまるで逆だから気がつかなかったわ」
「本当だー!いい男だねー!」
「俺も始めてみる」
そう言ってアトリ嬢やシシギ殿やカラス殿まで覗き込んでくる。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

どう反応すればいいのか。
困ったように眦を下げる拙者とカモメ殿の間にトキ殿の手が差し入れられる。
「カモメさん。そんな間近で見られるとヨタカが困るでしょう」
「何よ、誰もあんたのダーリンを取ろうだなんて思ってないから安心しなさい」
そう言いつつカモメ殿は手を離す。腰に手を当てて胸をそらすその姿を見ていると、さっき泣きそうな顔でトキ殿に駆け寄っていたのは幻だったのではないと思ってしまう。
こういう切り替えの速さはいっそみごとだ。拙者も見習いたいものだ。
しかし、拙者といえばいつまでも言葉一つに振り回されるしがないままで。
今もカモメ殿のダーリンとかなんとか言っていた言葉に顔が熱くなって顔を背けていた。そんな拙者を面白そうにカモメ殿が覗き込んでくる。
「カモメ殿・・・・」
「ふふふ」
拙者が仮面をつけていた理由は主にモロクの『ギルド』に見つからないようにというものではあったが、それとは別にこの赤面症もあった。
アサシン失格とばかりに表情の出やすい拙者にとって仮面はそれを隠すためのものだったのだ。
カモメ殿はどことなく安心したかのように拙者に向かって笑う。

「やっぱりヨタカはヨタカよね」

「・・・・・・・・・・・・・?」

カモメ殿のその言葉の意味がわからずカラス殿を見るが、カラス殿もまた肩をすくめて笑うだけだった。
「で、トキを攫ったあいつはどうしたの?ハヤブサは?」
カモメ殿は拙者と共に行ったはすのハヤブサの姿がないことに気がついたらしい。
死神のことはあいまいにして伏せておくことにして、ハヤブサのことだけ伝える。

「ハヤブサはモロクのギルドに用があって、イカル殿と共に行っている」



あれからハヤブサはギルドに封印をどうするのか聞きに行くといった。
王家をはじめプロンテラの意志を聞いたギルドがどうするのか確認すると。
それが死神の意志と違っても何もしない、ただ知りたいのだと。

ハヤブサ自身は『ギルド』に属しているわけではなく、フリーという立場に立っているらしい。それはきっと死神の保護下に置かれていたことと関係があるのだろう。
もしかしたらこれを機に『ギルド』に組み入れられてしまうのではないかという拙者の恐れに、イカル殿が拙者にこっそりと言った。

「その時は彼を私のギルドに入れてもいいだろうか・・・?」

ギルドには大きくわけて三種類ある。
一つはその職業を代表するギルド。
二つ目は冒険者達が自分達で作ることが出来る民営ギルド。
三つ目は民営ギルドの中でも町への多大な貢献を認められたギルドを正規ギルドという。
正規ギルドは町の保安を守る為、大きな町に配置された砦を任されることもある。主に日を決めて正規ギルド同士で戦いを行い、勝者が一定期間その城を守るというシステムだった。それもまた冒険者達の力を高める目的があるらしい。
イカル殿は聖騎士団で位の高い位置にいながら自分のギルド・・・・しかも国に認められた正規ギルドをもつ変り種だった。
しかし彼から言わせるとギルドの運営は道楽らしい。特に砦攻防にも参加していないというが、上納やボランティアによる貢献度は高く上の覚えもめでたい。でなければ今回死神と会い向かうような役割を振られるわけも無い。

イカル殿はまだ死神が立っていた空間を見ているハヤブサの背中を見た。

「正規ギルドに所属すればギルドから無理な依頼は来ないだろう。守秘義務があるからな」

イカル殿と拙者は同じ心配をしていた。
天才と呼ばれながらも、ハヤブサは今までギルドから任務を受けたことはない。それは死神の元にいたということから忌避されてきたのだろう。死神の怒りを買えばその首が落ちるのだと何故かそう思われていた節がある。
それが昔ハヤブサを襲ったギルドの幹部が死神の手によって殺されたという事実によるものだとは知らない拙者は小首を傾げるだけだった。
だが死神の保護は解かれた。
ギルドはきっとハヤブサを手に入れたいはずだ。
自身も強く、死神に近くいて、封印にも関係のある弟を、死神に代わる暗殺要因として。
しかし上の覚えもめでたい正規ギルドに属していればモロクのギルドも手を出しにくいだろう。イカル殿の提案は願っても無いことだった。

「死神は彼に剣の使い方は教えても暗殺の手段までは教えていなかったようだ。・・・・・できれはその遺志は継いでやりたい」

それがあの男への手向けになるとイカル殿は言った。イカル殿も死神の最後になにやら思うところがあるらしい。
出来れば拙者もハヤブサに自分と同じような思いはしてほしくなくて頷く。


初めてイカル殿から彼の素性を打ち明けられた時、モロクの魔王の封印に関わるプロンテラの意志のことまで聞いた拙者は彼に聞いた。
どうしてそこまで初めて会う拙者に伝えるのかと。
自分もまたアサシンの職に付くもの。死神の力もまだ強いこの時期に、もしモロクのギルドにこの話が伝われば混乱するのは必死だ。
イカル殿は言った。
『こうして会うのは初めてだが、ギルドチャットで君の話はよく聞いていた。皆が話す君の姿に私は君のことを信頼してもいいのではないかと思った。特にあのトキが君の事を気に入っているようだったから』
一体どんな話をされていたのか・・・。
イカル殿から信頼の目を向けられることがくすがったくて仕方なかった。
協力を求めるイカル殿の手を取ったのは自分にとっては当たり前のような気持ちだった。


そして弟の行く末をある程度考えたところで拙者は思い悩む。

・・・・・・拙者もまた身の置き方を考えねばならないかもしれない。

禁忌の双子であり、監視者の資格を持つ拙者が生きていることはすでにギルドに伝わっていることだろう。
場合によっては・・・・と、覚悟を決めようとしていた拙者にイカル殿は言った。

「逃げることは考えるな。『The nest』はうちと兄弟ギルドになっている。それに今セキレイも今回のこととは別にギルドを正規ギルドに格上げしようとがんばっているところだ。近いうちにそれも叶うだろう。他に移るより安心だ」

拙者の考えがわかったかのようにイカル殿は言った。
セキレイ殿は拙者が属している『The nest』(巣)のギルドマスターであり、頼りになる女騎士だった。
彼女にもまた裏で支えられているのだと悟り、拙者は感謝の意を抱く。
正規ギルドになるためには大変な苦労をするという。拙者もまたそれを手伝おう。利害が一致するのもあるが、気持ち的にそうしなければ申し訳ない。

「それに君には責任を取ってほしいところなんだが」
「は?」

イカル殿は珍しく何かを企んでいるかのように笑みを浮かべた。そして彼の口から聞いた言葉は拙者を心底驚かせたのだった。





そして、話はまたゲフェンに戻る。
「トキ殿・・・・・イカル殿から聞いたのだが・・・・・」
「え?」
攫われた時に置手紙代わりにされた血まみれの聖書をもの悲しそうな顔で見ていたトキ殿は、隣に座る拙者の声に小首を傾げた。
ベンチに座りなおしていた皆の視線がこちらに向く。

「トキ殿が拙者を助けたゆえに・・・・『Viscum album』を辞めさせられると・・・」

「ああ、それですか」

トキ殿はなんでもないように頷く。
やはりそうなのか。拙者はがっくりと肩を落とす。
「・・・・・・すまない」
どういう理由かはわからないが、ギルドを辞めさせられるということはどれほど重要なことか。
それに拙者が関わっているのだとイカル殿は言ったが、それ以上はトキに聞けばいいと言って何も教えてくれなかった。
トキ殿に罵られる覚悟をしろということなのだろうか?
だが、マフラーに顔を埋めながら泣きそうな拙者にトキ殿はあははと明るく笑った。
「ヨタカ勘違いしてますね」
「何だ。トキ、卒業しちゃうのか」
拙者とトキ殿を挟むように座っていたアトリ嬢がトキ殿の腕に自分の腕を絡ませた。小さく頷くトキ殿は反対側に座る拙者を見て微笑む。
「見つけちゃいましたので」
「?」
カモメ殿達も、ああと言って頷いていた。
意味がわからずにいるのは拙者だけのようで、アトリ嬢は明るい声で言った。

「ヨタカ。うちのギルドの名前、『Viscum album』の意味はわかるかい?」

「たしか・・・・・・『宿り木』の意味だと聞いたが・・・」

「そうっ!『宿り木』なんだよ。鳥達が羽根を休めるための止まり木のことなんだ。このギルドにいるメンバー達は皆ちょっと問題ありの子ばかりでさ!人と関わったり支援をするのがイヤになった奴ばっかなんだよねー」

あはははと明るく笑うアトリ嬢のその表情といっていることが違いすぎて拙者は余計わからなくなる。支援するのがイヤというが、拙者はアトリ嬢やトキ殿、ギルド総出の時は彼らのギルドの他のプリーストやアコライト殿に支援してもらったことがある。
トキ殿は苦笑しながら補足した。

「まぁ、うちのギルドは変わってて、ソロでつまらなさそうにしている聖職者を見るに見かねたマスターが拾ってきてリハビリさせるのが目的のギルドといったところなんです。疲れた鳥達がまた高く昇るためにひと時羽根を休める場所と、マスターは言ってました」

僕も昔アコライトで天津で一人いた時にマスターに拾われた口なんですとトキ殿は昔を懐かしむように言った。
プリーストたちが多く集う『Viscum album』にそんな意味があったとは知らなかった。拙者達戦闘職が多い『The nest』と兄弟ギルドなのはきっと彼らのリハビリを含んだところもあるのだろう。
だが、アトリ嬢の言葉で一つ意味がわからないことがあった。

「その『卒業』とは?」

拙者の質問にトキ殿は小さく頷く。

「目的や望みを持ち、ギルドを辞めることを僕らはそういいます。『卒業』にもいろいろありますね。一人の戦いをマスターしていく人もいたし、仲間を得た人もいました。・・・・・・・僕の場合は、ずっと支援していきたい人が見つかったからかな」

でもこれで明日から家無き子ですね。
そんな風に晴れ晴れと笑うトキ殿に拙者は唖然とした。

「マスターは本当はとっとと全員『卒業』させてギルド解体したいらしいんだけどさー。そんなのやだよねー。ここすごく居心地いいもん」

アトリ嬢の言葉で更に拙者の頭の中は混乱していた。
拙者の勝手に巻き込んだ結果、トキ殿は居心地のいいそのギルドを出ることになったのだ。
しかもそれはもう取り消されることは無いらしい。
だったらこれからも自分を支援すると言ってくれるトキ殿に拙者はなにができるだろう。
拙者自身も望んでのことなのだ。ならば責任を取らねばならないと痛烈に思った。それはイカル殿が『責任を』と言った言葉が引っかかっていたのかもしれない。

「トキ殿!」

拙者はトキ殿の両手を自分の両手で包み込むように握った。

「はい?」

きょとんとするトキ殿を前にして拙者は高鳴る胸を無理矢理宥めるように呼吸を繰りかえす。

「今回トキ殿を守るどころか拙者は助けられてばかりで・・・・・」

拙者の言葉にトキ殿はくすりと笑う。

「そんなことないですよ。ヨタカは僕を助けてくれました。僕の力は微力なものでしたが」

「いや。正直、トキ殿がいなければ拙者はきっと今ここにはいなかったろう。これからも苦労かけることになるやも知れぬ・・・・・・・それでも」

心臓が高鳴る。
あの夜した誓いが形になるそんな予感がした。
トキ殿は黙って拙者を見つめていた。

「トキ殿、頼む・・・・・・」

願いを込めるようにトキ殿の手を強く握る。
顔に熱が篭るのがわかったが、拙者は願いを口にした。


「拙者の相方になってはくれぬかっ!」


一世一代の告白をした瞬間、背後でベンチがひっくり返るかのような派手な轟音が響き渡った。
驚いて振り返る拙者の目に前にはベンチごとひっくり返ったカモメ殿達が頭を抑えながら体を起こしていた。
そんな中で、カモメ殿は乱れた髪を諸共せずに拙者たちを指差した。

「あああああんたたち!!!!!今までとっくに相方だったんじゃないの!!!?」

「とんでもないでござるよ!」
「そんな・・・・!」

トキ殿と拙者はあわてて片手を横に振る。

「トキ殿は拙者にもったいないくらいのプリーストでっ!拙者など・・・っ」
「そりゃなれたらいいなとはずっと思ってましたけど、僕INT高いわけではないし・・・・僕なんて・・・・」

いいわけのような言葉に拙者達を除いた4人が互いに顔を見合わせて両手の掌を空に向けて呆れたといわんばかりに肩をすくめた。
カモメ殿に至ってはこめかみに青筋を浮かべて顔を引きつらせていた。ゆらりと立ち上がり、仁王立ちするその姿に拙者達は震えた。

「あんた達ね・・・あんだけ二人いそいそ狩りに行ってみたり、二人の世界を作ってみたり、挙句の果てに一緒に暮らしていて相方じゃないって言う方がおかしいわよ?」

その言葉に拙者とトキ殿は顔を見合わせて俯いた。お互いに顔が赤くなっているのがわかる。
言われてみればそうなのかもしれない。しかし拙者達はまだそこ等辺を話し合っていなかったゆえにあいまいなままになっていたのだ。
まだ握っているトキ殿の手を離すタイミングを逃したまま拙者はどうしようと困る。トキ殿も振り払う気も無い様でそのままだった。

「私はてっきりプロ・・・・・まぁ、いいわ」

カモメ殿は何かを言いかけ、気を取りなおしたかと思うといきなり拙者の顎を細い指先で救い上げた。
見上げることになったかわいらしい顔立ちは、目が据わっていて口がへの字になっていた。
「そういやあんた、仮面の下の素顔を見られた人と結婚するじゃなかったっけ?」
「は?」
何のことかと思ったが、すぐに思い直す。
カモメ殿が拙者の仮面を剥ぎ取ろうと躍起になっていた時に拙者はたしかにそのようなことを言った覚えがある。(一話参照でござる)
カモメ殿はジルタスのような心底何かを企んでいるかのような笑みを浮かべた。

「私と結婚する?というか、嫁に来い?」

「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいやっ。カモメ殿は確かに魅力的ではあるのだがっ!は!?嫁!?」

いきなりの申し出というか脅しの中で意味不明な単語が出てきて拙者は混乱する。
カモメ殿は拙者の前で腕を組むと手の甲を口元に添えて高笑いする。

「いろいろこき使って貢いでもらおうかしらぁ〜」

世にも恐ろしい笑い声に拙者は真っ青になってがたがたと震えた。
カモメ殿は冗談を冗談と思っていたら本気でしかねない怖さがあるのだ。
前にも殴るだけで敵を倒すっていうのも楽しいわよね〜と言っていたカモメ殿に軽い気持ちで同意した拙者は彼女に連れて行かれた城で拙者は武器どころかろくな防具も無いまま深遠の騎士と会い向かわされた覚えがある。
あの時のブランディッシュスピアの衝撃と恐怖は今でも忘れられない。

「へぇ。そうなんだ。じゃ私も立候補しようかな!あはははは」
「あーそれなら俺も〜」
「何だ俺もか」

面白がっているのか本気なのかわからないカモメ殿に、アトリ嬢をはじめカラス殿やシシギ殿まで悪乗りしてくる。
助けてくれる手が差し伸べられることが無い現状に拙者は泣きそうになっていた。
カモメ殿は楽しそうに鞭まで取り出してきた。それで拙者を馬車馬のごとく働かせようとでも言うのだろうか。想像ができる。
それにあの鞭はかなり痛い。
心底震え上がる拙者が孤立無援かと思った時、トキ殿が言った。

「でもヨタカの素顔を最初に見たのは僕ですよ?」

ね?とこちらを見てくるトキ殿を見上げる。どうやら自分は恐ろしさのあまりトキ殿の腕にしがみついていたらしい。
拙者は突然の衝撃に弱い。
勘違いなどで言わないでいいことを叫ぶこともあり、よく墓穴を掘る。
この時カモメ殿の目は本気で拙者を嫁にしようとしていたように見えた。そしてそんな中でトキ殿がまるで救世主のように見えた。
このままでは本気でカモメ殿の嫁にされかねない。
それから逃れるにはっ!!!

がしっとトキ殿の両腕を掴むと叫んでいた。


「トキ殿。頼むっ。拙者と結婚してくれ!」


叫んだ拙者の言葉に一瞬場が止まったかのようにシンとした。

あれ・・・・・?

拙者何かおかしなことを言ったろうか。

拙者は今言った言葉を頭の中で反芻して、一気に血の気が引いた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


拙者・・・・・・・なんてことを・・・・。

勢いとはいえ、男から求婚されればトキ殿が困るに決まっている。というか断られるだろう。
これはあれか、冗談で紛らわせるしかないのか。
そうするか。
どうするか。

トキ殿から軽蔑の目でも向けられたら拙者立ち直れない自信が・・・。
恐る恐る顔を上げた先で、トキ殿は目を丸くして、2.3度瞬いたかと思うとコミカルな笑みを浮かべた。

「いいですよ」

「え」

返事自体がもらえるとは思わず、それ以上に了承だった言葉に目を丸くする。

「あの・・・・いいのでござるか?」

「はい」

トキ殿はうっすら頬を染めてにっこりと笑った。
それは間違えようの無い、了承の笑みだ。

それを見て、拙者は全身が赤くなるかのような思いで俯いた。
嬉しいのか恥ずかしいのか混乱しているのか。いやもうそれすべてだろう。
しかし撤回しようと言わないところが拙者のずるいところというかなんというか・・・・・。

・・・・・これもまた一つの責任の取り方なのでござろうか。



いわゆる二人の世界に入り込んだ拙者たちから離れたカモメ殿が肩こりをほぐすように腕を回す。
「まったく、じれったいたら・・・・っ。何のために今まで私達があんたらに気を使ってやってたと思ってるのよ」
「あははははー。まったくだねっ!」
アトリ嬢がそれに同意する。 そしてカモメ殿が隣のベンチで足を組んでふんぞり返る横で、他の二人も苦笑していた。

「あー!!!!!!!何やってんだよっ!」

突如すぐそこから聞こえてきた叫び声にギョッとする拙者とトキ殿の繋がれた両手を断ち切るかのように手刀が下ろされた。
無理矢理離されたことよりも、顔を真っ赤にして怒り狂うハヤブサの涙目が気になって青空に広がる金の髪を見上げた。

「目を離すとこれかああああ!!!!ちくしょう!!!ヨタカ!俺は絶対こんな奴認めねーからなぁ!!!!!!」

そこには城の地下で大泣きしながら抱きついてきた哀愁漂う空気はなく、いつものハヤブサがいた。
その肩に「Viscum album」のギルドエンブレムを見つける。向こうから歩いてやってくるイカル殿を見上げた。
イカル殿は小さく頷く。

「・・・・・・・・・・・・そうか」

拙者はモロクのギルドから離れることの出来た弟の頭を撫でてやりながら安堵の息を吐いた。
頭を撫でられて目を丸くしながらも、急に気持ちよさそうにごろごろと喉を鳴らして抱きついてくるハヤブサに、また横から伸びた手が何かを乗せた。

「何っ」

異物に反応して体を起こすハヤブサの頭には、見えない悪魔の尻尾をつけたアトリ嬢によって動く黒猫耳、通称ヒュッケの黒い猫耳がぴくぴくと動いていた。

「あ」

トキ殿が声を上げたのと、キラーンとイカル殿の目が十字に輝いたのと、ハヤブサが青ざめるのとどちらが早かったのか。
突如2メートル弱の塊と化して走ってくるイカル殿の突撃にハヤブサだけでなく拙者も青くなる。。

「ク、クローキ・・・・・・ぎゃああああああああ!!!!!!!」

「うわっ」
「っ」

トキ殿の腕に引かれた拙者は危うく何を逃れたが、ハヤブサは巨体に抱きこまれて・・・・・・いや、抱き潰されていた。
ばきばきと骨が鳴る音がする中で、アトリ嬢が腹を手で押さえてあはははと明るく笑って言った。

「ハヤブサの職位は『マスターの嫁』に決定だねー!」

「・・・・・・・・・・・・・トキ殿」

拙者は顔を引きつらせながらその光景を見る。
極度の猫好きであるイカル殿。ハヤブサに一目ぼれしたというが、はぁはぁと言いながらハヤブサを抱きこんでいるその姿に城の地下で見たあの凛々しさは欠片もない。

「イカル殿も実は双子の兄弟がいるとか・・・・・?」

「残念ですが、うちのマスターはあれだけです」

ハヤブサはすでに呼吸困難に陥りぐったりしている。
そんな金の頭を肩に預けるようにもたれさせ、ハヤブサに見えないように微笑むイカル殿にはさっきまでとは違う理知的な光が見えた。
愛しいものを見るかのように細められた瞳がこちらに気がついて悪戯気にウインクする。

背者はそれに困ったように笑みを浮かべて小首を傾げるだけに留めた。

共に生きる人を見つけるのはハヤブサ自身。
イカル殿を選ぶ日がくるのか、それとも別に愛しい人を見つけるのかはわからない。

拙者には何も言う権利などない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ないのだが。

「ただ、ハヤブサを泣かせた時にはちょっと口は出させてもらうか・・・・・」
「それくらいはいいんじゃないですか。でも過保護過ぎも困りますよ」
口元に拳を当ててこほんと咳き込むように言った拙者の肩に珍しく軽くもたれかかるようにトキ殿は言った。
拙者はトキ殿をちらりと見た。
「過保護・・・・・でござるかな」
「いえ、あまりハヤブサに構ってると僕が焼くだけです」
「・・・・・・・・・・・・・・そ、そうでござるか」
トキ殿から向けられる感情を感じて拙者はまた顔に血が上るのをマフラーの中に隠した。
トキ殿はそんな拙者に気がついているのだろう。くすくすと笑っていた。

ああ、顔を隠す仮面が欲しい。


早く帰ろう。
あの家に。
トキ殿と二人で。


夕暮れは過ぎ、夜がやってくる。


そしてまた、明日も日は昇るのだろう。


ベンチの上で触れたトキ殿の片手を躊躇うようにそっと握る。体で隠れてカモメ殿たちにはわからないだろう。
トキ殿はさりげなく手のひらを返して握り返してくれた。

たまり場に響く笑い声を聞きながら拙者は今ここにある光景を目に焼き付けていた。
今ここに、悲しい瞳は一つも無い。

これが、拙者が望んだ世界。愛しい日常なのだ。

・・・・・・・・本当に『監視者』にならずに良かった。


「トキ殿。・・・・・・・・・・・・ありがとう」


掌で感じる温もりを握りしめ、小さく呟くように言った拙者の言葉に、トキ殿は一日の始まりを告げる朝焼けのような瞳をこちらに向けて笑った。


















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15話目にして漸くプロポーズ。








実はもうちょっとだけ続きます。



















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