目を覚ますと自室のベットの上だった。
昨日ゲッフェンのベンチで話したところで記憶が途切れていたから、どうして今自分がここにいるのかわからなかった。
だが、横を見て納得する。
ベットの脇で腕を枕にして眠っている銀髪のアサシンがいたから。
きっと、ベンチで眠ってしまった自分をヨタカが連れ帰ってくれたのだろう。
自分も疲れていただろうにと、申し訳なく思いながら今ここにいてくれることがどれだけ奇跡的なことか思い至って目を細める。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

いろいろなことがあった・・・・。

死神に攫われ、魔王の封印の間で対峙した。
封印の強化に使われた子供達を見た。
封印の水晶に生気を奪われ、一時は身を起こすことも叶わなかった。
一時はヨタカの存在自体が無くなりかけ、自分も死にかけた。
だが、死神は消えた。
プロンテラは年々弱まる魔王の封印を開放すると言った。
近々モロクに封印された魔王は本当に復活するのだろう。そうなれば『禁忌の双子』の掟も意味無いものとなる。ヨタカも隠れるように生きなくてもすむ。
だが、話が壮大すぎて実感がわかないのが正直なところだ。
実感が無さすぎて、魔王復活に喜びすら抱く自分はおかしいのではないかと自嘲する。

僕が実感としてわかるのは、いまここにヨタカがいてくれること。
そして、それだけで十分だった。

起こさないように腕を上げてそっとヨタカの髪に触れる。
だがそれだけで、ぴくっと反応してヨタカは顔を上げた。そして僕を見て驚いたように目を開いた。

「・・・・・・・・・・・・おはよう、トキ殿・・・・」

口元が弧を描き、蒼の瞳が細められる。月の光では冷たく感じる顔立ちが、今は優しく微笑む。
だが、光の加減でだろうか。その瞳に赤い光が差し込むように煌いた。
僕は驚いたように手を伸ばした。体を起こしてヨタカの顔を見る。
「・・・・・・・ト、トキ殿?」
驚くヨタカの瞳は蒼のまま。
・・・・・・・・・・・・もしかして見間違えだったのだろうか。
ほっとしつつも、わずかな異変にも敏感になっている自分に苦笑する。
「何でもありません・・・・。ごめんなさい。ヨタカがここまで運んでくれたんでしょう。しかもここで寝かせてしまって・・・・風邪引いてませんか?」
ヨタカのベットは以前ハヤブサに破壊されて、新しく注文しないとと言っていたのだが、暖かい日が続き床の上に敷いた厚いラグの上でも十分寝れるため注文し損ねていた。
「トキ殿もまだ顔色が悪い。拙者のことは気にせずまだ眠るでござるよ」
「そうですね・・・・。ヨタカすいません、ちょっとそこにかけてあるシャツを取ってもらえませんか」
正直、体を起こしただけでも頭がくらりとする。
生気を封印の水晶に吸い取られた影響だろうか。
法衣のボタンはヨタカが外してくれていたらしいが、このまま寝るのは辛い。僕はヨタカが持ってきてくれたシャツに着替えた。
「ヨタカも座っての体勢じゃ辛かったでしょう?」
ヨタカだって昨日のことで身も心も辛いはずなのに。僕は体をずらして隣にスペースを作った。セミダブルのベットは二人で寝るには狭い気もするが、ラグよりはマシだろうと思ったのだ。
「いや、野営にも慣れているゆえ、辛くは・・・・・・・いやだが・・・・・」
ヨタカは渋ろうとした自分に考え込んで、おもむろに肩当を外した。体を巻く布とマフラー、腰布とブーツを脱いでベットに上がる。
「すまぬ。世話になる」
そして布団の中に入る頃には、ヨタカはすでに瞼が落ちかけていた。
「おそらく・・・・拙者・・・・・・しばし起きれぬゆえ・・・・・」
そう言って僕を抱きしめた。
そのまますとんと眠りに落ちるヨタカに、僕は目をしばたかせた。
「・・・・・・・・・・ヨタカ・・・・?」
すー・・・・・と寝息を立てて眠るヨタカに抱かれながら、僕はおもがゆい気持ちで眉尻を下げる。
そういえばさっきヨタカは僕をベットで寝かせて自分はその傍らで見守るように寄り添っていた。髪に触れるだけで目を覚ますほど気を張っていたのに今は本当に深く眠っている。何かあってもいいように僕を包んで。

まるで、その腕に守られているかのようだ。

「・・・・・・・・・・」

さまざまな思いが安堵感となって胸を満たす。
僕は僅かに身じろぎしてヨタカの唇に軽く唇を触れ合わせた。
かさついた唇の熱を感じる前に離し、僕もまた襲ってきた眠気に目を閉じた。













最高の片想い













それから暫く、僕達はゆっくりとした時間の中にいた。
日常に戻ったと言うべきか。
ニブルで黒猫を集めて二人でたれ猫を作り、氷ダンジョンで氷の心臓を山ほど拾ってきて倉庫に詰めた。
材料を集めて老人の仮面も作った。
本人はこの上も無く気に入って常用しようとしていたのをカモメさん以下女性陣の猛反撃に合い、時折自室の鏡の前でのみ付けられているようだ。
今もヨタカはゴブリン族の仮面を愛用している。
ハヤブサがモロクギルドにはもうバレてるからしなくてもいいだろと無理矢理剥がそうとして失敗していた。
ヨタカは赤面症であることを気にしているらしいが、むしろもう常に仮面をしていないと落ち着かないらしい。

あれからモロクギルドからの打診は無い。
ハヤブサはどうやら問題なく・・・・・どころか、喧嘩売るようにモロクギルドにエンブレムという絶縁状を叩きつけたらしい。
さすがにこれにはヨタカも僕も絶句した。
しかし何もしてこないことを不気味に思った。
ハヤブサは時折物憂げな顔をする。ヨタカが心配げな様子で伺っているととたんに元気に振舞うがまだ死神のことを引き摺っているようだった。これは時間によって解決するしかないのかもしれない。

マスターもあれからゲフェンに来ない。
恐らく今回の後始末とこれからのことで動いているのだろう。
封印の間にいた子供達のこともどうにかできないか考えているらしい。

ゲッフェンの面子も代わり映えは無く、むしろ一人派手なアサシンクロスが増えたせいで賑やかになった。
「Viscum album」を辞めた僕はといえば、どこのギルドにも属さないままフリーになった。
ヨタカのいる「The nest」に入ればいいという意見もあったのだが、それは止めておいた。「Viscum album」の兄弟ギルドである「The nest」に入るのなら、やめた意味がなくなる。
それに自分にとってギルドを抜けた今でもマスターはたった一人だと思っている。
僕は暫くはのんびりとギルドチャットの無い生活を満喫してみようと思っていた。
今日もゲフェンのベンチでヨタカとカラスの会話を聞いていた。

「タナトスタワーとはタナトスが魔王を倒した場所だからではないのでござるか?」

「まぁ、そんなことがあったからその名が定着したんだろうが、搭が発見された時、『タナトス』と刻まれた石版が近くにあったからタナトスタワーと呼ばれているだけなのさ。今、あの搭はレッケンベルとジョンダが調べているが、かなりの犠牲者を出しながらまだ正確な起源すら解明されていない」

カラスは世界の謎を調べて回っている。本人曰く暇つぶしと興味だそうだが、消えたこの世界の過去を調べ上げる気持ちは大きいようにも見える。
この日もヨタカと僕はカラスにタナトスタワーについて聞いていたところだった。

「どのくらい前に建てられたのかまだわからないが古代遺跡としては興味をそそられるな。今ある文明であれだけの搭を作れるかと聞かれたら答えはNOだ。12階まである搭を建てるための技術も人材も足りないしな。だからレッケンベルはその技術を得ようとやっきになってるんだろう、と思う。他にもあの搭はいろいろ曰くがある。『1千前の戦争時に魔族がとある事情で建てた』とか『ある魔道師の研究所だった』とかな。実際1千年前に魔族が建てたという記録があった。俺があそこで見た機械も古いものだったし、生体とかで見たことのあるものと近いものは感じたかなぁ。ユミルの力とかも関わっていた・・・・・ら、面白いよなぁ」
落ちのように言ってからからと笑うカラスに、ヨタカは脱力する。
「カラス殿・・・・」
「悪い悪い。お前らが知りたいのはダンデリオンの依頼とタナトスタワーで調べたことだろ」
カラスはそこで何があったのか、一から話してくれた。どうやらカラスはリーンと呼ばれるアサシンクロスと共に行動を共にしたらしい。
魔王モロクを復活させようとした組織はいまもどこかに潜んでいる。彼らの目的が何なのかわからないが、・・・・・・・死神が生きていたら何か掴んでいただろうか。
しかし子供の血を持って魔王を復活させようとした組織、そして双子の絆を使って魔王を封印しようとしたモロクのギルド・・・・。この二つにどう違いがあるのだろう。
僕は苦い気持ちでいた。
隣でヨタカも真剣に話を聞いていた。
そして話はまたタナトスタワーに戻る。
「魔王モロクはタナトスタワーから魔族を呼び出したらしい。あの搭にはゲートと呼ばれるものがあるみてーなんだ。タワーを見て回ったらこんなものが出てきた」
カラスが懐から出したのは緑や黄色のプレート、そして青と赤の石だった。
「なんですか、これ」
「この宝石みたいなのはゲートを維持するために使われる魔力石らしい。このカギをつかって手に入れる。他にもあるらしいんだが7階以上にいかないと無理だな。こりゃ転生するしかねーなぁ」
カラスはため息混じりに頭を掻く。
思いも寄らない言葉に僕とヨタカは目を丸くした。
「カラス殿も転生を・・・・?」
危険な場所ゆえ、7F以上に上がる資格を得るためにには転生職7人以上必要となる。
僕らの知り合いの中でマスターとハヤブサはすでにその資格がある。あとは僕とヨタカ、そしてもう少しで発光するアトリ嬢にカラス、あと一人いれば上がれる。
遠いと思っていた搭の最上階が近くなったような気がした。
カラスはため息交じりに髪をかき上げた。
「どーすっかなー。あそこには天使と悪魔が同居してやがるんだ。上の階に行くにしたがって半端ねーし。俺が会った歴史学者の弟子はこう言ったよ。悪魔とは怒れる天使の姿だってな。そんなのと本当に戦えるのかよと思う」
「それでも・・・・」
ヨタカは自分に言い聞かせるように呟き、指を組んでグッと握る。
「行かねばならぬ」
カラスはそれを横目でちらりと見た。
「・・・・・・・・急に欲がでてきたなと思ったんだが、どうもただの好奇心とは違うみてーだなぁ。俺に話せることか?」
「・・・・・・・・・拙者、最上階にいるタナトスの思念体に会いたいのでござるよ」
ヨタカの答えにカラスが驚いたように目を見張る。
「・・・・・興味ってわけでもなさそうだな」
「ああ・・・・・。拙者は彼に会って伝えねばならぬことがある」
「・・・・・・・・・・・?」
「これ以上はまだ話せぬ。すまぬ」
「あー・・・・・だったらそれはまぁ、いいや」
カラスは気を使っているのだろう。片手を振るだけだった。
「ただひとつ聞きたい。ヨタカ・・・・・お前、ルシルって女知ってるか?」
「・・・・・・・・・・?いや?聞いたことは無いが誰でござる?」
「カギを取っていくうちにタナトスとは別の女の存在が出てくるんだ。そいつがルシル。魔王討伐の際にも活躍してるっぽい。というか・・・・タナトスタワーで魔王を追い詰めたのは実は彼女じゃないかと俺は思ってる」
「・・・・・・・・・・・・?」
ヨタカと僕はカラスの言葉に心の底から絶句した。
「・・・・・・・・・・タナトスではない・・・・?」
「魔剣士タナトスもいただろう。だが彼一人の力にも限界がある。二人とも魔剣士の由来を知っているか?」
「そこまで詳しくは・・・・」
僕もヨタカも困ったように眉尻を下げる。カラスはさもありなんと肩をすくめた。
「魔剣士ってのは、魔剣『ミストルティン』『エクスキューショナー』『オーガトゥース』のどれかを魔界から召喚し、振るうことの出来る剣士のことだ。冒険者の剣士とは意味が違う。並みの人間では召喚に耐えられない上に、仮に召喚出来ても魔剣に心身を支配されてしまうからな。かなりの達人・・・・ミッドガルドで魔剣士と呼ばれたことのあるのは『ウォン』と『タナトス』の2人だけだ。それだけの剣豪だったんだ。名が残っても当然。・・・・・・・一方の『彼女』は一般の文書には名前が無い」
名が無いというのはどういうことだ。
「・・・・・・カラス、あなたはなぜその名を知ることができたのですか?」
「このカギを取っていくうちにカギや魔力石が隠されていた機械に『彼女』の存在が記憶されていた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヨタカは記憶の中を探っているようだった。だが初代がヨタカの中に残したものの中にその名は無いらしい。
どうやらタナトスの思念体に会うと同時に彼女のことも知る必要が出てきたのかもしれない。

もしかしたら彼女はタナトスがモロクに行けなかった理由を知っているのかもしれないのだ。

「カラス殿・・・・・。そのカギや石は拙者でも取れるのでござるか?」
ヨタカはカラスに相向かう。
「取れるぜ。俺と同じとこまでならな。あとは7階以上になるらしいから」
「今はそれで十分でござる。案内を頼んでもいいだろうか?」
「今度行く酒はお前のおごりな」
「了解した」
ヨタカとカラスが立ち上がるのに僕もつられて立ち上がるが、ヨタカが手で制した。
「トキ殿はここにいてほしいでござる。今回は戦いに行くのではない。探りに行くのみ」
「ですが・・・・」
心配で見上げる僕にヨタカもわかっていると伝えるように頷く。
「大丈夫。無理はせ・・・・・ん・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・?」
僕は横から法衣の裾を引かれてそちらを見た。すると、ベンチに座っている僕と同じ目線で立っているアーチャーの女の子がいた。
くりっとした目は気の強さを物語っていて、青髪をポニーテールに結びたらしたその姿は、気のせいだろうか。誰かに似ているような気がした。
12、3歳に見えるその少女の着ている服が僅かに色が違うことに僕は気がついた。

「・・・・・・・・も・・・もしやカモメ殿の隠し子・・・・」

「誰がよ!!!!」

少女の強烈な足蹴りがヨタカの膝を強打した。どうやら弁慶の泣き所に当たったらしく、ヨタカは足を抱えて跳ね回った。
アーチャーの少女、・・・・・・もといハイアーチャーの少女は腕を組んでヨタカを睨んだ。

「私のあのナイスプロポーションが崩れたことなんて今まで一度たりとも無かったわ!それにね、こんな大きな子供を生んだ覚えも無いわよ!!!!この馬鹿!!!!」

「えええええええええええええええ!!!?カ、カモメ殿!!!!?」

ヨタカは屈んでいつの間にか転生を果たしていたカモメさんをまじまじと見た。

「いつの間に・・・・・・・」

「ほほほ。あんたらがちんたらしている間によ」

口元に伸ばした指を添えて高笑いするカモメさんに僕も絶句する。しかしカラスだけは立ったままニヤニヤと笑っていた。どうやら彼は知っていて黙っていたらしい。
たしかカモメさんはヨタカと同じくらいのレベルだった。最高位のレベル99にも近かったしヨタカもギルドレベルを上げるために上納していたが、自分とヨタカがのんびりとしている間に一気に駆け上がってしまったらしい。
これには同じギルドにいながらヨタカも気がついていなかった。
「・・・・・・・発光式も転生の祝いもできなかったでござるな・・・・」
急に現実感が出てきたのかしょぼんと肩を落とすヨタカに、カモメさんは肩を竦める。
「別にいいわよ。ジプシーになった後で、ごっそりといいものを巻き上げるから」
じつにカモメさんらしい。
ヨタカはその日のことを想像したのか青ざめたが、すぐに不思議そうに小首を傾げた。
「しかし何ゆえこんな急に」
「ふがいない自分が悔しかったからだよな」
「カラス!」
カラスがカモメさんの頭を撫でてそう言うと、カモメさんが顔を真っ赤にしてその手を振り払った。
「あんた憶測で物言うのやめなさい!」
「はいはーい」
カラスはにこにこしながらカモメさんの両耳を両手でふさいでカゴメさんから見えないようにこちらを見た。その目は真剣なものだった。
「仲間が危ない目にあっているのに何もできなかった自分が悔しい・・・・・なんてさ。隠し事も無茶も全然かまわねーが・・・心配してる奴もいるんだ。てめーらの命はてめーらだけのもんじゃねーてこと覚えてろよ」
「何っ!聞こえないんだけど!カラス!何言ってるの!?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
僕とヨタカは何も言えず、顔を真っ赤にしてカラスの手を剥ぎ取ろうと一生懸命になっているカモメさんを見た。

僕は彼女の前で死神に攫われた。
青ざめて震えるカモメさんの姿と、戻ってきた時に泣きながら抱きついてきた彼女の姿を思い出す。

本当に彼女は仲間を大事にする人なのだ。
いつもたまり場で僕らを迎えてくれた。落ち込んだときも明るい彼女の笑顔に救われた。

漸くカラスの手を振り払ったカモメさんはカラスの足を踏みつけて、睨むように僕とヨタカを見上げた。

「・・・・・・・・・・何」

「・・・・・・・・・・・いえ、なにも」

「何も聞いてないでござる」

顔を朱に染めてぎりぎり歯軋りしそうな彼女の姿もかわいらしい。だが、これ以上機嫌を損ねさせたら矢が飛んできそうだった。
僕はカモメさんに向かってこみあがる感謝のまま笑顔を向けた。
「よかったらこれから僕とどこか行きませんか?ヨタカとカラスは二人でタナトスタワーを見に行くらしくて、時間が余ってるんです」
「・・・・そうね」
カモメさんはちらりとヨタカを見て僕の腕に腕を絡ませた。
「貴方のハニーお借りするわね。あんたらはむさくるしい顔を並べて行ってらっしゃい」
妙に挑戦的というか、傍目から見ると大人へと背伸びする少女に見えなくも無い。
「カモメ殿はカモメ殿でござるなぁ・・・」
「はいはい。じゃ、また後でな」
ヨタカとカラスはカプラ嬢の所に向かって歩いていった。
僕とカモメさんはそれを見送る。
「・・・・・・・・・」
カモメさんはなにやら思うところがあるらしく、目を据えてヨタカの背中が消えるまで見ていた。
そして唇をとがらせる。
「僕らはどこに行きます?」
「転職したてでまだ何もスキル取ってないのよね。マンドラゴラとかフローラとかまずはそこら辺からじゃない?火矢なら持ってるしこのままでもいいし」
「じゃ、出しますね」
僕はポケットから青石を出してプロンテラに続くワープトータルを開いた。
そうしてマンドラゴラからフローラのコースで回る。
といっても僕のやれることといったら、雄盗蟲やアルギオペのタゲを取ることと基本的な支援をすることくらいしかできない。
「ねートキー」
「はい?」
カモメさんはなれた仕草でフローラを射抜く。そろそろここも温くなったのだろうか。もう天下大将軍もいいかもしれない。

「あんたら本当に付き合ってるの?」

「っ」

うっかり雄盗蟲の頭突きを食らってグラリと体が揺れる。カモメさんはすぐに雄盗蟲の脳天を射抜いた。
「な、なんですかっ」
「私の目から見てあんたらの関係まったく変わってないんだもの。熟年クラスにでも行ったかと思ったけどそうでもなさそうだし。プロポーズされて浮かれてんじゃないわよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
そう言われて返す言葉も無い。
カモメさんの言葉は付き合ってるのかないかという確認の言葉じゃなく、それで付き合ってると言えるのかというものだったから。
あのプロポーズだってその場の勢いが強い。そういうこともあって了承した自分も悪いだろうが、あれから互いにそれについて話すことも無かった。なんとなく触れてはいけないことのように感じていた。
もしかしたらカモメさんがこの狩りに了承してくれたのも僕らのことを気にしてくれていたからなのかもしれないと僕は漸く気がついた。
「まぁ・・・・・その・・・・」
「わかりやすいラブラブ振りまけってんじゃないわよ。むしろそんな事になったら遠慮なく突きと突っ込みとハリセンした挙句にハヤブサもけしかけさせてもらうけどね!」
アルギオペをダブルスストレイフィングで沈める。レベルアップを祝う祝福の天使がカモメさんを包んだ。
「あのことがあってから、ヨタカちょっと変わった。よそよそしさが消えたというか。ギルドへの上納とかしてるし・・・・・・あんたと一緒に転生するから調整だって言ってるけど、それだけでもないんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・」
モロクのギルドからの手を少しでも逃れるためとは言えない。皆には僕が攫われた事件についても突っ込んだ話をしていない。それでも、隠し事があることはばれている。
それでも皆黙っていてくれる。カラスも、カモメさんも。

「・・・・・・・・私ね。ヨタカが少しでも前向きになったんだとしたらそれはいいことだと思うの。でも、まだ足りない。・・・・・・ヨタカはきっとまたあんなことがあったら自分から消えてしまうかもしれないって思う」

例えばそれはモロクギルドが何かをしてきた場合。
カモメさんの言葉に引っ掛かりを覚えるのは自分も同じことを考えているからだ。

「ちょっと前だったらそれも我慢できる。見つけたらしばいて連れ戻すことだって考える。でも、今のヨタカが消えたら、きっと私達でも手の出せないことになりそうで怖いの。あんたが連れ去られた時、ヨタカすごく動揺してた。それだけじゃなくて・・・・もしあんたになんかあったらそのまま消えてしまいそうだった」

「・・・・・・・・・・・・・」

カモメさんは真剣な顔でじっと僕を見ていた。

「たからお願い。ヨタカを捕まえてて。きっとあんたにしか出来ないから」

「・・・・・・・・・・・」

僕は顎を引くように一つ頷いた。
僕がここ数日悩んでいたことを言い当てられたようなそんな気がしていたから。
僕とヨタカの関係はまったく前と変わらなかった。共に狩りに行くことも同じ家で共に暮らすことも以前と変わらず、ただ少しだけ変わったこととはそれにたまに口付けが増えたことだった。
だけど優しいだけの口付けは触れるだけのもので、ヨタカはすぐに仮面を付け直してしまう。
時折、求められていると思うほど強く抱きしめられるのに、それ以上のことになるとヨタカは身を引いてしまう。その時ひどく辛そうな雰囲気になる。

「・・・・・・・・・・・・・」

ヨタカが僕とのことを後悔しているとは思わない。
前より近くに相手の存在を感じる。
だが、互いに踏み込めない一線がある。

カモメさんは僕に向かって弓を構えて矢を放った。
それは僕の脇を通り、背後に現れたマンドラゴラを射抜いた。溶けて消える植物を見るまで沸いたことに気がつかなかった。

「しっかりしなさい。もうそろそろあんたもヨタカに遠慮しないでもいいんじゃないの?本当は我侭な男の癖に」

弓を下ろしてそう言った彼女に、僕は目を細めて考え込むように俯いた。
脳裏に浮かぶのはまだアコライトだった頃の自分の姿だった。
精神力が殆ど無く、迷っていた頃の自分。

それからカモメさんが知り合いに呼ばれたということでまたプロンテラに戻った僕達はそこで別れた。
どうやらカモメさんは誰にも発光と転生のこと言っていなかったらしく、怒られに行くようなものねとため息をついて行ってしまった。
「いい?ちゃんと考えなさいよ?」
念を押すことも忘れないカモメさんの背中を見送り、僕はふらふらと歩きながら、ヨタカのことを考えていた。

最近ヨタカは物思いにふけることが多くなった。
まだあの城の中でのことを気にしているのかと思ったが、そのことに触れようとするとヨタカはなんでもないように首を横に振った。
そして話をはぐらかすから僕も何も聞けないのだ。

「あ、えーと。トキさん!」

「え?」

急に名前を呼ばれて僕は立ち止まった。
見れば臨公広場まで来ていたらしく、周囲は冒険者達で溢れていた。
そんな中で明るいヘーゼルナッツ色の瞳でこちらを見て手を振って緑髪のロードナイトがこちらに向かってやってきた。
周りにはハイウィザードの女性やハイプリーストの男性いて、そんな彼をニヤニヤしながら見ている。彼らは同じギルドエンブレムをしていた。
僕は記憶のノートをめくる。このロードナイトだけ記憶の端に引っかかる。
「・・・・・・以前、臨公でご一緒したことがありましたよね。え・・・・と」
たしか2.3ヶ月前にたまたま入った城行きのパーティで一緒だったロードナイトだった。クリティカルはロマンだとか言って僕がグロリアを歌うと跳ね回って喜んでいたので記憶に残っていた。
しかし名前までは覚えきれていなかった僕に、ロードナイトはガックリと肩を落とす。そんな彼を挟んでなぐさめる様に仲間達の手が置かれる。
ロードナイトは気を取り直したように顔を上げた。
「俺、ハクガンって言います。最近ここで見なかったのでどうしたのかなと思ってて・・・・その」
「はぁ。最近ちょっと暇が無くて・・・・」
教会の寮から出てめっきり臨公に来ることが減ったからなぁ・・・。
同じレベル帯なら同じパーティに入ることもあるからどうしてもなじみが出来やすい。
たぶん一緒になったのは一度だけだが、彼の姿は何度かここで見たことがある。
彼もそういう理由で僕のことを覚えていたのだろう。
ハクガンの視線が僕の腕で止まった。怪訝な様子に僕はギルドエンブレムが無くなったそこを掴んだ。
ハクガンはあからさまに、しまったという顔をしてわたわたと手を振る。
「ああああ、あのっ!よかったらこれから名無しでも一緒にいかがですかっ」
「すいません、まだクエストが途中で入る資格がないんです・・・・」
「あ・・・・そ、そうですか」
困ったように謝る僕に、ロードナイトは顔を引きつらせてうなだれる。その頭をハイプリーストが拳で殴った。しっかりしろこのヘタレがと呟いたように聞こえたのは気のせいだったのだろうか。
「えーと・・・・俺がさぁ、グロ無いせいでこいつが力出し切れねーの。名無しでもなくていいからちょっと一緒に遊んでもらえたら嬉しいんだけど。おにーさん、今暇だったりしません?」
ハイプリーストが何で俺がというような顔をして頭を掻く。
確かに最近グロリアを持っているプリーストは前より減っているように思う。特に僕のように長く歌えるプリーストはもっと少ないだろう。
先のことを考えると経験値を積みたい気持ちはあったが、しかし夕暮れも近い。もうすぐヨタカもゲフェンに戻っているかもしれないとも思った。

『お願い。ヨタカを捕まえてて。きっとあんたにしか出来ないから』

カモメさんの言葉が脳裏に響く。

無性にヨタカに会いたくなった。

「すいません。ここにはちょっと寄っただけで、僕もこれから用事があって・・・」
「あのっ、だったらお友達になってもらえませんかっ!?」
「は?」
急な申し出に小首を傾げる僕にロードナイトは赤い顔をしたまま僕を見た。
その目は真剣なもので、・・・・・・・・見覚えがあるものだった。
自分もきっとヨタカを見ている時、こんな目をしている。

恋をする目だ。

それまでうっかり気がつかなかった僕が何かを言う前に、背後に気配を感じ、目の前を白い何かが通り過ぎた。
紫の衣装に包まれた腕が背後から僕の肩を抱く。
その手にある白い花束が僕の頬をなでた。

「すまぬが・・・・・友達以上を求める気であるなら、引いていただきたい」

低く、だがさりげなさを装った声は他人行儀な分はっきりと不快の意思を伝えた。
このアサシンが他人のことでここまではっきりと意思表示することは珍しい。
僕が聞いたことあるのも封印の間で聞いた時と、今この時だけ。
ヨタカは僕を守るように抱きしめながら肩越しにロードナイトに言った。

「拙者、トキ殿を生涯手放す気はないゆえ・・・・・」

そのまま僕の身を引き寄せるようにしてその場から引かせて、腕を掴んで引っ張るように歩き出した。
どうしてここにいるのかと僕は驚いた。
タナトスタワーの用事はもう終わったのだろうか。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

周囲から興味津々と言った視線がちらちらとこちらに向けられる。
僕は顔が赤くなるのを感じながらヨタカの背中を見た。

「・・・・・・・・・・・・・」

ヨタカは黙ったまま歩いた。東のカプラ嬢の前を通り過ぎ、大聖堂の方へ向かう。もうすぐ、十字のシンボルを掲げた建物が見えるところで漸くヨタカは立ち止まった。

「・・・・・・・・すまぬ。あのロードナイトはトキ殿の知り合いでござろう?失礼なことを言った」

ヨタカの声はまだ硬い。
こちらに背を向けるその姿すら。

「一度、臨公で一緒になったことがあるだけです」

「トキ殿にも・・・・・・拙者、不快にさせることを言った」

ヨタカの手はまだ僕を離さない。
不意に、彼に抱きしめられて眠ったあの日のことを思い出した。
ヨタカはまるで・・・・・奪われることを怖がっているようだった。
僕は一歩一歩歩きながらヨタカの正面に立った。
顔を上げるヨタカの仮面を指先で撫でる。

「・・・・・・・やきもちを焼いてくれたのなら僕は嬉しい」

求めることを諦めてきた貴方が、僕に執着心を持ってくれる。それが嬉しい。
特にあんなにあからさまに言ってくれるとは思わなかったから。
ヨタカは仮面に押し付けるように僕の手を包んだ。
その手に持った白い花束がかさりと鳴る。
僕はそれに視線を向けた。
「ヨタカ・・・・・・・・これは?」
「ああ・・・・・・タナトスタワーから帰ってきた時、近くにあった花屋で買ったものでござる・・・・・・」
ヨタカは花束に意識を向けて躊躇うように口を噤む。
だが、すぐに僕を見た。
「トキ殿、しばし付き合ってもらえぬか・・・・・・」
ヨタカは僕の手を離して大聖堂に向かって歩き出す。白い花は手向けの花のようだと思った。
案の定、ヨタカは大聖堂の裏に周り大聖堂裏の共同墓地に足を踏み入れた。
数ある墓石の中を迷うことなく進み、とある墓石を前に膝を付く。
そして持ってきた白い花を、そっと墓石に捧げた。

「前にイカル殿に頼んで調べてもらっていたのでござるよ。拙者はあの後逃げてしまい、『彼』がどうなったのかそれすら知ろうともしなかった故、こうして参るのも初めてでござる」

ヨタカの言葉でこの墓の下に眠る人の正体がわかり、僕は驚いた。
最近ヨタカの様子がおかしかったのは、このこともあったのだろう。
マスターはあちこちに顔が広い。
プロンテラで起こった事件ならどうとでも調べられるだろう。

「『彼』の死は怪死として片付けられていたそうでござる」

怪死・・・・・怪しい、疑わしい死。この世界で怪死ということは殺された理由が明らかになっていないということだ。
ヨタカの背後に立ちながら彼の言葉を聞く。

「犯人は躊躇いも無く被害者の喉を裂いていると報告書にあった。その冷酷無慈悲な犯行ゆえに明らかな殺意があってのことだと・・・・・・、まず彼を恨みに思っている者や彼の周辺が調べられた。だが犯人に繋がる手がかりはなかった。その後多方面に渡り調べられたが・・・・・結果、怪死扱いになったのだという」

わからなかったのは真実はどれとも違ったから。
シーフの少年が衝動的に行ったことなのだと目撃者がいない限り誰が知ろう。

ヨタカは体の前で指を組み、そして祈りを捧げる。

「謝罪の言葉は言わぬ・・・・・。あなたは拙者を恨みに思ってくれていい。謝罪ならあの世でしよう。・・・・ただ、今は・・・・・・拙者にはやるべきことがある。・・・・・・そして守りたい人もいる」

祈りよりも願いに近い言葉に僕は目を細める。
夕暮れが迫っていた。空の色が変わり始めている。
赤い日に照らされるヨタカは、僕が見たことも無いシーフの姿をしていたように思った。
人を殺したのだと初めて告白されたあの夜のことを僕は思い出した。
彼は人の命を奪ったことで5年もの間苦しんできたのだ。

「赦されようなどとは思わない。・・・・だから、どうかそこから見ていて欲しい。拙者は貴方が眉をしかめるような生き方だけはしないと誓おう。この誓い背く時来れば、その時こそ拙者のこの命奪いに来て欲しい」

「・・・・・・・・・・っ」

僕はヨタカの横に膝を突いた。そして胸のところで十字を切って指を組んだ。

見も知らぬ騎士に祈る。

どうか赦してほしい、という我侭を。

罪を赦すのではない。ヨタカはそれを望んでいない。
だけど、赦してほしい。この人が、僕と生きることを。
どうか、共にいさせてください。
彼とこれから先、共に生きて行きたい。
笑って泣いて怒って・・・・・・愛しいのだと言いたい。
どうか、この願いを聞き届けてください。


彼は・・・・・・。

彼は、僕の大切な人です。


「・・・・・・・・・・・」

ふわりと、風が頬を撫でた。
瞳を開いてヨタカを見た。
僕らの姿を夕日の朱が照らす。空気に散る微粒子が光って見えた。
淡く光るそれがヨタカを包む。
ヨタカは気がついていない。まるで天使の羽根のようなその光が躊躇うようにそれでいて優しくヨタカを包むのを。

まるで赦されているかのように思ったのは、僕がそう願いたかったからだろうか。





それから僕達は並んでゲフェンに帰った。

「僕が素早さを鍛えたのは、癒しを使う精神力を上げたくなかったからです。僕はね、本当はアコライトになる気もなかったんですよ」

道すがら、僕は自分のことをポツリポツリとヨタカに話した。

「でも、お前はアコライトにはなれないと言われたからアコライトになった。モンクにでもなる気かと言われたからプリーストを目指した。捻くれてるんです。僕」

「・・・・・・・誰に、言われたでござるか?」

「両親に。父は病気専門の医師、母は傷を癒すプリーストでした」

「・・・・・・・・・・・・・・」

ものすごく複雑そうな雰囲気に僕は苦笑する。

「仲は悪くは無いんですよ?ただちょっと変わっていたかな。両親の思うようになりたくなかった僕が結局両親の望む道を歩いてるでしょう?僕の性格を見抜いていた、あの人たちの方が一枚も二枚も上手だったわけです」

「・・・・・・・・微妙に複雑でござるなぁ・・・」

ヨタカが唸るのを見て、僕はクスクスと笑う。

「僕がマスターと会ったのは転職前でした」


『私はギルド「Viscum album」のマスター、イカル=ガ。。私が君を迎えよう。何があろうと私が君を守ろう。・・・・・君の迷いが晴れ・・・・いつか君がその力を尽くす人を見つけるその日まで』


精神力が足りず、やりたいことも見つからず。
支援とも呼べないプリーストになることを迷っていた僕をギルドに迎えてくれた。道しるべになってくれた。
あの日から僕がマスターと呼ぶのは彼だけだ。

「感謝してます。それにあの日「Viscum album」に入れたから・・・・・ヨタカにも会えた」

街に、ポッと電灯が点いた。
奇しくもあの日、ヨタカが始めて仮面を取ってくれた場所を二人で歩く。
同居生活はここから始まった。ヨタカも何やら思い出すことがあったのか街灯をちらりと見上げていた。

家に帰り着き、あるもので軽く夕食を済ませて、ヨタカに先に進めて僕も後から湯に入る。
風呂から上がった僕は、ヨタカの部屋を覗いた。
そこには窓辺に座って火照った体を覚ましていたヨタカがいた。肩当や身を縛る布も無く、アサシンの衣装を着崩したヨタカは仮面はつけていない。
最近、ヨタカは家でだけだが仮面をとることが多くなった。

僕は法衣を肩にひっかけて髪を拭いていたタオルを取り、ヨタカの部屋に入る。ヨタカはすぐに僕の気配に気がついた。
「トキ殿・・・・」
「何か見えますか」
「・・・月が・・・・・」
ヨタカの横から見上げると、雲ひとつ無い黒い空を穿つようにぽっかりと黄色とも白ともいいがたい丸い月が浮かんでいた。
「綺麗でござるな・・・・」
銀の髪が白く輝く。蒼の瞳も月の光を反射して薄く見える。
儚いその姿に、僕はヨタカの腕に手を添えて顔を近づけた。
「・・・・・・・・・・」
まだ躊躇うような視線を閉じて顔を上げるヨタカに口付ける。そこから頬をなぞるように啄ばむようにしたキスにヨタカはくすりと笑みを浮かべる。
それに唇をとがらせる僕に、ヨタカが謝罪のように首を伸ばして僕に口付けた。
薄く開いた唇から舌を忍ばせると、ヨタカも躊躇うことなく舌を差し出した。そこに欲を向けられているのを感じた。
「・・・・・・ん・・・・・・・」
形をなぞるように絡めたり、相手の口内をなぞっているうちに息が上がってくる。
ヨタカの手が僕の肩を掴んだ。そこからゆっくりと背中に回される。
息苦しさが無ければもっとしていたい・・・。相手のことを感じたい。

『本当は我侭な男の癖に』

僕は本当に我が強くて、欲張りだ。ヨタカを離したくない。離れたくない。ヨタカにも離れていくことを考えないでいて欲しかった。
そうだ。僕はずっと欲しかった。
でもある一線に足をかけるたび辛そうな表情になるヨタカに、嫌われるのが怖くて言い出せなかった。

僕はヨタカとの間にもっと強い繋がりが欲しかった。

抱かれる方だとしてもいい。
むしろそちらの方がきっとヨタカをもっと自分に縛り付けられる。そんな気がした。
ヨタカは責任感の強い人だから・・・・・・それを利用する。

「・・・・・・トキ殿?」

僕の様子がおかしいことに気がついたのだろう。怪訝な色をその目に浮かべるヨタカを抱きしめて、耳元で囁いた。

「今夜は・・・・・僕の部屋に来ませんか?」

その意味を理解したヨタカは腕の中でわかりやすいほど体を強張らせた。
長くも短い時間が流れた後。

「・・・・・・・・・・・・すまぬ」

ヨタカは顔を背けて俯いた。
その答えは、ある程度予想していたこととはいえはっきりと彼の口から聞かされた事にショックを受けていた。

「・・・・・どうしてか聞いていいですか。僕のこと、そういう意味で好きじゃない?昼間のあれは嘘ですか」

「好きでござる。そういう意味で」

「だったら何故っ?」

僕は苛立ちを抱いたままヨタカの腕を掴む。
誤魔化せないとわかったのか、歯を噛んだまま苦しそうに言葉を押し出した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ハヤブサが」

「・・・・・・・?」

「ハヤブサがトキ殿を襲ったあの日。苦しそうな顔で組み敷かれるトキ殿を見た」

ヨタカの部屋で僕はハヤブサに毒を使われ、声も出せないまま犯されかけたことがある。一時は毒と出血でかなり危なかった。
だがそれは異変を感じ取って駆けつけてくれたヨタカによって事なきを得た。

「まるで、自分がトキ殿を傷つけているようなそんな気がしたのでござる。拙者自身気がついていなかった欲がトキ殿をと・・・・・」

ヨタカは片手で髪を掴むようにして歯を食いしばっていた。
その様子は心底、後悔と恐怖に襲われているようだった。

「拙者、あの時のようなトキ殿の苦しむ顔を見たくないのでござる」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ヨタカの口から出た『理由』に、僕は唖然として顔を引きつらせた。


あの。

なんで・・・・・・襲われた当事者の僕が平気でいるのに。

助けてくれたはずのヨタカがトラウマになってるんですか・・・・?


これは何の冗談だ。 まさかあの事件がここまで尾を引くとは思わなかった。
しかもそんな理由で僕に触れることを躊躇っていたとは。
今もヨタカは頑なに僕を傷つけたくないのだと言ってはばからない。
僕は軽くめまいがした。
あれは無理矢理だった上に毒まで使われていたからなのだ。しかしヨタカにとっては自分と同じ顔の男が僕を襲っていたという衝撃的な場面だった。それがショックだったというヨタカの言い分はなんとなくわかる。
だけど僕ですらすっかり忘れていたことを持ち出されても困る。
「・・・・・・・・・・・」
しかし これを宥めすかしてそういう空気に持っていくのか。
苦労して持っていってもヨタカなら僕がちょっとでも痛みを訴えようものなら途中で止めかねない。
そうなった時のことなど考えたくない。
だったら・・・。

「でも僕は貴方と繋がりたい」

体はもう熱くなってる。
目の前の愛しい人に反応して。

「繋が・・・・・・・ト、トキ殿・・・・その・・・・」

顔を赤らめるヨタカに嫌悪感は無い。ただ羞恥で戸惑っているだけだ。
僕はヨタカの頬に両手を添えてこちらを向かせた。

「だから、僕に愛させてください」

「・・・・・・・・え?」

もう、拒否の言葉なんて言わせない。
ヨタカの唇を自分のそれで塞いだ。
ヨタカは軽いパニック状態になっているらしい。たぶんヨタカも僕を抱きたいと思っていたろうから。
でもこれ以上は僕が限界だった。
角度を変えて深く口付けると、時間をかけて固まっていた体が徐々に柔らかくなっていた。
おずおずと上げられた手が僕の腕に添えられる。
薄く開いた蒼の瞳が熱っぽく僕を見る。

求められているのだとわかった。

嬉しくて眩暈がした。

















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アサプリなのかプリアサなのか迷うところです。
そんなあとがきのついた話も後一話。





























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