リヒタルゼンの町を歩くアサシンクロスがいた。
中性的な顔立ちに空のような青い瞳はどこか憂いを感じさせ、決め細やかな肌は白過ぎもせず、焼けすぎてもいない。
腰まで伸ばした薄茶の髪を頭のてっぺんで括り、簪の様に風車を差している。
男装の麗人と見えなくも無いが、彼がそう振舞っているわけでもない。
だが、ぞくりとする色気のような独特の雰囲気を持つ男だった。

「ツグミ」

アサシンクロスは背後から名を呼ばれて振りかえる。艶のある長い髪がさらりと揺れた。
そして名を呼んだその男を見て嘲笑するかのように嗤う。

「なんじゃ。お主も転生しおったか」

その外見を裏切るまるで老人のような口調。
たまたま通り過ぎざま聞いてしまったモンクがギョッとした顔をしてツグミと呼ばれたアサシンクロスを見る。だが、冷ややかな青い瞳を向けられてモンクは顔を真っ赤にして慌てたように走り去った。
その様子を見ていた男がガハハと品の無い笑い声を上げた。
年の功はアサシンクロスより2.3歳上の23.4あたりだろうか。身に纏う鎧はパラディンのものだった。
パラディンは自分より顔一つ分低いツグミの顎に指をかけて仰向かせる。
「相変わらずのその美貌。まさかもう一度拝める日が来るとは」
いたずら小僧のような笑みを浮かべてそう言うパラディンにツグミは覚めた目で見上げながら、クッと喉の奥で笑った。
「・・・・・・・・変わらないのは姿形だけか?口だけはうまくなりおったな、ヒレンジャク」
「年を重ねれば経験も積む。だがしかし、転生を経てお前より年上になれるとは思わなんだ。・・・・・・・・ツグミ」
美貌のアサシンクロスが抵抗しないことをいいことに、ヒレンジャクはその唇に顔を寄せる。
だが、唇が重なる前にその姿はかき消えた。
顔を上げた先には薄茶の尻尾を揺らしながら歩き去ろうとするツグミの背中がある。

「確かにこの体はわしが20の頃のもの。だが逆に言えばこの時期が一番わしにとってその力を存分に扱えた証」

「『疾風』の名は健在か」

ヒレンジャクは楽しそうに笑ってツグミの横まで走る。
隣り合い歩く姿はそれだけで彼らが只者ではないオーラが漂っていた。
それはそうだろう。
彼らの正体を知ればさっきのモンクなどなおさら驚くに違いない。

「モロクのギルドはどうした。幹部達がよく黙って許したものだ」

「反対されるとわかっておったからな。抜け出して来たに決まっておろう。お主こそ聖騎士団の隊長という役についていたとわしは思ったが」

「俺は正式に隊長を辞職して養い子に全部押し付けてきた。まぁ、あれも頑丈な方だ。潰れはすまい」

そういうと、ツグミは何か思い出すかのように目を細めた。

「ああ、・・・・・・・イカルと言いおったか。この間お前が送り込んできたパラディンは。・・・・・・・お前が育てたにしてはいい目をしていた」

ツグミの言葉にヒレンジャクは目を丸くする。
40年前に見た彼は人を褒めるような男ではなかったはずなのだが。
・・・・・・・確かに年月は人を変えるらしい。
大笑いしそうなところを口を押さえて堪えるヒレンジャクを、ツグミは胡乱気な目で見ていた。
その表情すらも美しい。

形容美だけではない、彼だけがもつ美しさ。

かつてこの空のような青い目にヒレンジャクは恋をした。
一時は恋人ではあったものの、モロクギルドの長老の息子だったツグミは親の決めた花嫁を娶って自分の前から消えたのだ。
あの時の悲しみは今も胸にある。だがそれ以上に今目の前にいる奇跡をヒレンジャクは喜んだ。
かつてモロク最速にして最高の暗殺者として名をはせた男は、本当にあの頃と変わらない。
変わったのはその装束と、年輪を感じさせるようなその雰囲気だけ。

「・・・・・モロクギルドには一筆したためてきた。後継者を血で選ぶ必要ももはやあるまい。なりたいものがなればいい。わしは、わしの力でやれることをやる」

少し前までモロクギルドの長老だった男はそう言って遠くを見る。
その青い目にはきっと彼が何より愛したモロクが映っている。

「孫に自分のような思いはさせたくないと?」

「・・・・・・・・・・・・・」

ツグミはヒレンジャクの言葉の裏に隠されたものを拾い取って目を据えてパラディンを見上げた。

「わしは嫁を好いた。古今東西あれほど愉快な女子(おなご)は他におらんわ。お前の方が遊びだっただけじゃ。わかったらとっとと去ね」

どうやら機嫌を損ねたらしい。そういえばこの男は大事なものをけなされることを何より嫌っていた。
再会できた喜びにうっかりしていた。
しかし後悔しても後の祭り。
だが、クローキングしようとしたツグミの腕をぎりぎりのところで掴むことに成功したヒレンジャクが頭を下げた。

「すまん。俺が悪かった。頼むからもう俺の前から消えないでくれ」

「・・・・・・・・・・・」

ツグミは視線をそらし、ため息をついてヒレンジャクの腕を振り払う。
そしてまた飛行場へ向かって歩き出す。
消える気はなくなったらしいとわかってヒレンジャクは心の奥で安堵した。
そして世間話がてら思い出したことを口に乗せる。

「お前の孫の姿を遠目から見た。イカルのギルドに入ったらしいな。・・・・・そしてもう片割れも生きていたと」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「禁忌の双子・・・・・・。彼らが転職できたのも、長くギルドの目から隠し通せたのもお前が関わっているんだろう?」

「わしはなにもしとらん。砂漠のフクロウがその羽根で隠しておっただけじゃ」

「フク爺こそお前の懐刀であろうに」

昔よりむしろ頑固になっただろうか、しかしその素直じゃないところも変わらない。
くすりと笑うヒレンジャクは表情を改めた。

「お前がモロクのギルドから消えたと知った俺は時期が来たのだと思ったんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・モロクの魔王を倒す。それがお前の念願だった。ヴァルキリーが現れ、魔王の封印を解くことにも同意したお前がただ黙っているはずがないとわかっていた」

「・・・・・・・・・・・・」

「コガラやルリビタキ、イソシギも近いうちにお前の元にやってくる」

「・・・・・・くそっ・・・・・・ギルドの上層部はこぞって馬鹿者どもしかおらんのかっ」

かつての盟友、今は大聖堂の幹部やゲフェンやハンターギルドの上層部を束ねている筈の名を久しぶりに聞いてツグミは呆れるやら戸惑うやらで頭をかきむしる。

「わしは一人でかまわん。元よりそのつもりだったっ!」

「お前が一人でいいと言っても、俺たちがお前を一人にはしたくないのさ」

ヒレンジャクは両手でツグミの顔に触れる。
そして自分を見つめる青い瞳に映る自分を見た。
今この目が自分を見ていると思うと恍惚感が身を包む。

「・・・・・・・・お前は俺達の道を照らす青い灯火。俺達が認めた唯一の存在。・・・・・かつて、俺達はお前を守り、意志を尊重し、手足となることを決めた。諦めろ。お前を失った俺達がどれだけ嘆き悲しんだか。モロクギルドを恨んだか。それでもそれがお前の意志ならばと我らは引いた。・・・・だが、今ここに時が戻る日が来たのだ」

「・・・・・・・・・・・・・」

そしてヒレンジャクは懐から金色に輝く鉱石を取り出した。それを見たツグミが目を見張る。
ヒレンジャクがツグミの手に握らせたのはエンペリウムだった。

「俺達が忠誠を誓った『唯一』。お前の意志を我々は尊重すると誓おう。お前の望みが我らの望み。・・・・・・・・・・命令を、マスター」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ヒレンジャクの意志は40年前と変わらない。
恐らくかつての仲間達も。
頑固者どもがとツグミは歯噛みする。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ツグミは人の上に立つその存在感をかもし出したまま、沈黙を振り払うかのように、自分の覚悟を示すかのようにエンペリウムを握った。
金色の砂となり宙を漂う。
それはギルド結成の証。
ツグミは凛とした声で宣言する。

「ならば此度こそ、わしの為に生き、そして死ね。お前らの命、わしが貰い受ける」

揺らぐことの無い、消えることの無い、見上げれば確かに存在する不変の青。

「付いてくると言うならば、地獄までついて来るがいい」

「・・・・・・・・・・・・・・」

ヒレンジャクは喜びに満ちたうっとりとした目でツグミを見て微笑み、その手を掬い取り手の甲に口付けを落とした。


「・・・・・・お前が行くなら地獄の果てまで」







それは、モロクの魔王が復活する少し前。
かつて疾風迅雷と恐れられた二人の話。





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モロクの長老と聖騎士団のお偉いさん(イカルの養父)
最終話でイカルが疲れていたのはこういう理由でした。

モロク崩壊前日嬉々として書いた代物。






























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