これはまだ、・・・・・彼らがまだ生きていて、一介の冒険者だった頃の話。 プロンテラは今よりも人が少なく、 隣の共和国に行くにはまだ許可証が必要で、 試験的に転生職という職業が秘密裏に行われようとしていた そんな時代。 LOOP 〜そして彼らは出会った〜 「よぉ、にーさん」 「・・・・・・・・・?」 長髪のアサシン、エレメス=ガイルは、あきらかに自分に向かってかけられた声に振り返った。 表情の無いガラスのような柘榴色の瞳が、道端で露天を出していたブラックスミスに向けられる。 半端に伸びた緑髪に燈瞳のブラックスミスが露店を出してエレメスを見上げていた。 咥えていたタバコを指で挟みながらニヤリと笑って見上げてくるその視線は皮肉が含まれている。 「さっきあんたが買取屋に売ったの+9のスロット付ジュルだろ?」 「・・・・・・・・・・」 エレメスは確かにさっき拾い物のジュルを精錬して買取屋に持っていった。 それをこの男は何の目的だか知らないが見ていたらしい。 「ずいぶん買い叩かれたもんだな。めったに出ないいいものなのに、向こうの言い値で売るなんて損だぜ?」 「・・・・・・・・・かまわん。どうせ自分では使わぬ」 それにそろそろ切れかけていた回復薬代には十分な額だった。 「ふーん?」 時代錯誤なもの言いとあいまってか、ブラックスミスは面白そうにエレメスを見上げる。 その視線にエレメスは勘に引っかかるものがあった。 「拙者もお主に聞きたいことがある」 「何?」 「最近狩場やここいらで視線を感じるようになったのだが、・・・・何が目的だ?」 声をかけたのは偶然買取屋で見たからではないのだろうと。 冷たい視線が男を射抜く。 腰のベルトに差している二刀に指先が掛かるのは完全な脅しのためだった。 エレメスの言葉にブラックスミスは驚きに目を丸くしてぱちぱちと瞬きをした。 そしてさっきまでの不敵な笑みはどこへやら、にっこりと笑って見せた。 その表情は誤魔化すというにはひどく子供っぽい顔だった。 「ああ、気に障ったら悪い。別に他意はなかったんだ。ただ、お前の尻があんまりにも俺好みだったからさ」 あっけらかんとそう言って笑うのに、エルメスの方が唖然とした。 あまり人付き合いというものをしないエレメスにとってその発言はまるでブラックホールのごとき異様さを持っていた。 ブラックスミスは青い顔をして固まっているエレメスに構わず言葉を続ける。 だがそれはさっきまでの明るさとは別の強かな商売人のそれだった。 「お前結構な強運なんだってな。ジュルやカタール、俺が知ってるだけでも+10ジュル他結構な数の過剰品を作ってる。おまけにカード運もいい」 「・・・・・・・・・・」 「だがそれをあんな安くで買い取らせるなんざ、愚の骨頂。いいか、次から俺に持ってきな。俺が露店に出してやる」 にやりと笑いながらも、その目だけは真剣に何かを計算している。 「マージンは一割でいい。それでもお前には今までより1.4倍の金が入ってくる。悪い話じゃないだろ?」 それにエレメスはこの男の目的がやっとわかって安心したのか、ふうっとため息をつく。 「・・・・・・・拙者はあまり精錬をせん。それに安かろうと何だろうと構わん」 話はそれだけと切り上げようとするエレメスの耳にどんっと地面を踏む音が響いた。見ればブラックスミスが片足で地面を踏んだらしい。 胡坐をかいていた男は立ち上がりエレメスの胸をびしっと指で指す。 「俺が構うんだよ。いいか、俺は商売人だ。利益追求が大好きだ。売り上げ計算はもちろん相場変動すら毎日チェックしている。逆に無駄なものがあると見過ごせない性質なんだよ。いいか、お前みたいな鴨が無駄に大量のねぎ背負ってるのを見過ごしたとあったら、俺は悔しくて悔しくて3日は寝れねェ。いいから試しに俺に任せてみろ。金はあったほうがいいに決まってんだからな」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 エレメスがかろうじて立ち去れなかったのは、この男があまりにも堂々と胸を張って言い切ったからだった。 鴨とは自分のことで、葱は過剰品か・・・とぼんやりと考えていたこともあるのだが、しかしそうしているうちにもこのブラックスミスは自分の中ですっかり話をまとめてしまったようで露店の品を仕舞い始めた。 乱雑に見えて商品という意識がしっかりと働いているのか、それらは彼の手によって傷つくことなくきちんと縞模様のカートに収まった。 「ま、こうして知り合えたのも何かの縁だと諦めろ、エレメス」 自分で強引に声をかけておいて、諦めろとはどういうことだ。 ここまでくると豪胆な態度もいっそ当然のようにみえるから不思議だ。 しかも、いつのまに自分の名前を知られていたのか。二重に驚くエレメスに、男は握手を求めるようにさっと片手を出した。 だがエレメスはそれに手を出さなかった。まだ警戒心が解けないこともある。 だが、それにも構わず、ブラックスミスはエレメスの腕を掴んでがっしりと手を握って振った。 「俺の名前は、ハワード=アルトアイゼン。これから『末永く』よろしく」 ハワードは咥えたタバコにニヤリと不敵な笑みが似合う男だった。 それが、エレメスとハワードの出会いだった。 「おーっす。誰かいるかー?」 ハワードは酒場のドアをぱーんっと開けて中に入った。 その片手にはカートが、もう片手にはエレメスが引きずられている。 奥でこちらを見ている冒険者達は、その光景に驚いたようだった。 「・・・・・・・ハワード」 ブラックスミスの名前を呼んだ騎士はオレンジジュースを片手にしていた。 「セイレン。よかった。おい、こいつギルドに入れてくれ」 「「は!?」」 驚いたのはセイレンと呼ばれた騎士だけではなく、エレメスも同じだ。 「ちょっと待て!何だそれはっ。拙者は何も聞いておらんぞっ」 「だろうな、今言ったから」 「ハワード・・・。お前ね、本人の許可なくギルドに入れようっての」 セイレンの呆れたような言葉に、ハワードはふふんっと鼻を鳴らしてエレメスを自分の方に引いた。 腰を抱いてエレメスの顎を指で摘むようにしてあげる。 自分より低いところから見上げる青紫の目は不条理なものに対する怒りが含まれていて、それがまた情欲をそそる。 無造作に長く伸ばされた青紫の髪。女性とは違う凛々しく整った顔立ちはまだどこか幼さを感じさせる。 見れば見るほどに、知れば知るほどにハワードはエレメスに惹かれていくのがわかる。 思わずそのままキスしようとしたハワードの前を何かが遮った。 「はいはい、そこまででしてよ。いきなりのことで私たちも何がなにやら。とりあえず説明してくださいません?」 長い金髪の女プリーストが女神のようににっこりと微笑んだ。 その手に持たれていた白い皿にキスすることになったハワードは、エレメスが必死に外そうとするのも関わらずがっしり腕に捕らえたままセイレンたちを見る。 白銀髪に青瞳の騎士セイレン=ウィンザー。 淡い金髪に若葉色の瞳をした楚々とした女聖職者マーガレッタ=ソリン。 その他に、揚げたポテトを食べているブラウンの髪に深緑の瞳をした小柄な女ウィザードはカトリーヌ=ケイロン。 そして細身の体に明るいオレンジの髪と燐とした顔立ちが印象的な女ハンターセシル=ディモン。 彼ら4人はハワードと同じギルドの仲間だった。 「マーガレッタには前に言ったことがあったろ。強運の暗殺者の話」 「え?・・・・・ええ、まさか」 マーガレッタはすぐにハワードの言いたいことが分かったのだろう。 ハワードはにっこり笑う。 「それがこいつ、エレメス=ガイル。さっきこいつと契約したんだよ。こいつが作ったり取ったりしたレアものを俺が代売りしてやるって。でもさーそれだとやっぱ同じギルドにいた方が何かと都合良いだろ?それにこいつも不安だろうし」 「いつ契約したっ。拙者はまだ何も言ってはおらぬしっ、ギルドにも入る気など無い!離せ!」 男に抱きしめられているところを第三者の目に晒されているだけでも羞恥を感じるというのに、このハワードという男はエレメスのその心境すら分かっていてなおさら煽っている節がある。 抵抗するエレメスを猫を抱いているかのように楽しそうに羽交い絞めにしているハワードに、その光景を見ていた者たちはしみじみと小声で話していた。 「ハワードの悪い癖が出たな」 ため息と共にセイレンが言えば、うんうんとマーガレッタが頷く。 「好みであれば男でも女でも・・・ですものね・・・」 「哀れ・・・」 その後ろで小柄なカトリーヌがもくもくとハンバーガーを頬張っている。彼女の前に積み上げられた皿は5枚もあり、それらすべて彼女が一人で平らげたものだった。 「別に良いんじゃないの。レベルだってそう離れてないんでしょ?足手まといにならないんなら入れてあげたら?まぁ、アサシンなんて別に役に立たないけどー」 最後の言葉にエレメスがぴくりと反応した。 その冷たい視線は、発した主の女ハンターに向けられていた。 セシルは、エレメスの視線に気がついてくすりと笑う。 「あれ、聞こえちゃった?ごっめーん」 「セシル」 謝る気などさらさら無いという態度が見え見えで、注意するマーガレッタにすらつんっと顎を上げる。 静かに、だが冷気を湛えてセシルを睨んでいるエレメスに、セイレンが両手を挙げて割って入った。 「すまない。ギルマスとして謝る。彼女はその・・・前に別のアサシンといろいろあって個人的に良い感情を持ってないんだ。君の事をどうのというわけではないから許してはくれないだろうか」 困ったように苦笑しながらも穏やかにそう言うセイレンに、エレメスは余計態度を硬化させた。 こんなブラックススミスやハンターのいるギルドのマスターというわけで胡散臭い。 特にこの騎士に妙に隙が無いことも気に掛かる。この騎士はかなり強いとエレメスの感が告げる。 エレメスは騎士にあまりいいイメージを持たない。それは臨公で会う騎士達に自分勝手な者が多かったり、どういうわけかエレメスに喧嘩を売ってくる者も多かったのもある。騎士すべてが全部そうとは思わないまでも、彼がこの二人のいるギルドマスターなのだと思うとその笑顔すら偽善的なものを感じた。 それにもとよりギルドになど何の興味が無い。 「拙者は・・・」 「よし、こうしよう」 エレメスの言葉の上に、場をわかっているのかいないのか明るいハワードの声が重なった。 「セイレンとエレメスで戦え。セイレンが勝ったらエレメスはギルドに入る。エレメスが勝てばこの話は無し。俺も諦める」 「!!!?」 「はぁぁぁっぁぁぁ!!?」 ぎょっとしたのはエレメスとセイレンだ。 特にセイレンはハワードに詰め寄った。そのせいで間にいたエレメスが二人によってつぶされる。 「ちょっと待て、意味分からないんだけど?何で俺が戦うの?欲しいならお前が戦えよ」 「俺、今武器がねーもん。さっき血斧が良い値段で買取でてたんで売り飛ばしちまったんだよ」 「また、お前はっ!いくら良い値段だったからって、自分の武器ぐらいちゃんと持ってろよ!」 どうやらこういったことは日常茶飯事らしい。 ハワードはセイレンの怒りも馬耳東風で聞き流す。 「それにギルドにだって悪い話じゃねーと思うぜ。誰かさんの運の無さのおかげか知らないけど、最近レアにはまったくありつけない有様だろうが」 「う」 その言葉にセイレンが固まる。どうやら彼はあまり運が良くないらしい。 そこでハワードは金の卵ならぬエレメスの腰をぐっと抱いた。 「だけど並々ならぬ強運のこいつが入れば金銀財宝レアカードだってがっぽがっぽ。目指せ億万長者!夢の大富豪生活!」 ぐっと握った拳で親指を立ててみせるハワードの自信はどこからくるのだろう。 エレメス以下すべての者がそう思ったが口に出されることは無かった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 なぜ、こんなことになったのだろう。 町の中にある戦闘可能地域に無理やり連れてこられたエレメスは呆然としながら立ち尽くしていた。 目の前には、同じように頭を抱えている騎士の姿がある。 元気なのは外野で、ハワードは審判を買って出て満面の笑顔だし、三人の女性郡はわいわいと騒いでいる。 予定では今日はこれから今までとは違うダンジョンに行ってみようと思っていたのだ。 その前に回復剤をまとめて買っておこうと倉庫にあったジュルを精錬して買い取り屋に持っていった。 その後にこのブラックスミスに捕まり、なにやら売買契約と共にギルドに入れと迫られた。 嫌だと言ってもこのブラックスミスは聞き入れない。 終いにはギルマスであるこの騎士と戦えと言って来た。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 エレメスはぼんやりと空を見上げた。 本当に何故こんなことに。 「・・・おい、貴様」 「俺の名前もう忘れたのか?ハワードだよ。ハ・ワ・ー・ド」 「貴様、さっき言ったことは本当だろうな。この騎士に勝てばさっきの話も無かったことになるのだな?」 名前など呼ぶ気など毛頭無い。さっくり切り捨てるがごとく問いかけるエレメスは偽りは許さないとハワードを睨む。 それにハワードも楽しそうに頷いた。 「二言はねぇ。お前がセイレンに勝ったら、お前のことは諦めてやる」 「そうか」 「馬っ鹿みたーい。アサシンが騎士に勝てると本気で思ってるの?しかも、セイレンに」 腕を組んだセシルがあざ笑うかのようにそう言う。 それをまたマーガレッタからたしなめられるが、気の強い彼女はそっぽを向くだけだった。 セイレンは苦笑しながら腰から両手剣を抜いた。 「えっと・・・・・外野が恐いから手加減抜きでいくけど、恨まないでくれな」 「そうだな。互いに恨みは持たぬようにしよう」 手になれた二刀の短刀。その鈍い輝きとエレメスが纏う空気はセイレンの勘に何かを告げる。 それは熟練した冒険者が持つ戦いのみに特化した勘だった。 「それじゃ、用意は出来たな。どちらかが行動不能となるか、負けを認めるかのみ決着がつくものとする・・・・始め!」 刀を抜いた時からいつ始まってもいいように足場を慣らしていたエレメスが先に動いた。 いや、動いたというよりも、セイレンの懐にいきなり飛び込んだ。 「っ」 不意を突かれた形になったセイレンは光のごとき速さで迫る剣の切っ先を、剣で防ぐのがいっぱいだった。 だがそれもエレメスにとっては予想通りだった。 「インベナム」 風が緑に見える。 短剣に纏うそれは、今まで見たどのアサシンが使うものよりも美しい深緑をしていた。 外野だけではなくセイレンすらもそれに見とれる。 アサシンの作る毒はその能力によって多少色が変わる。だがここまで美しい色を見たことが無かった。 そのわずかな隙にそれを返す刀でセイレンに叩き込む。 「くっ」 衝撃に顔を顰めるセイレンの腕から毒が回る。 だが、エレメスの追撃はそれだけではなかった。 いつの間にかその手に持っているのは、過剰に精錬されたと思しき『裏切り者』。 しまったと思った時にはもう避けれない状況に追い込まれていた。 「マグナムブレイク!」 「ソニックブロー!」 下から吹き上げるかのような熱い闘気と、繰り出される無数にも見える剣戟が正面からぶつかる。 弾かれるように後ろに飛ばされたのはエレメスの方だった。 地に手を着いて中腰になり衝撃を和らげながらも、裏切り者は構えたままでその視線もエレメスから離されることは無い。 「・・・・・危ない危ない・・・」 セイレンはぼやきながら防具越しに与えられた衝撃に唸る。 決まればソニックブローの威力は相当なものだったはずだ。 だが、それを下からの衝撃で和らげ、尚且つエレメスを攻撃した。 結果威力は半減したと見ていい。 暗殺者の本分は一撃必殺。 確実に仕留めるはずだったのにしくじった。このことは大きい。 セイレンは毒消しを飲んでぐっと口元を拭った。 その腕にある傷はそのままにエレメスを見る。 「後一撃あれを食らったらアウトだな・・・・・。その武器結構過剰してるな、腕もいいが重みが違う。いくつ過剰してるんだ?」 「+9」 「げっ!!!??なにそれ!!!!そんなのが存在していいわけ!?ちょっとまて、それ売ったらいくらになるんだ・・・?ひーふーみー」 聞いたとたんハワードが慌てて相場価格を計算しだすが、まさに神器並の額になるのではないだろうかと震えた。 それにセイレンの方が呆れる。 「こらこらこら、ハワードぉぉぉぉぉ。お前誰のために戦ってやってると思ってるんだ!?金勘定は後にして応援しろ応援!」 「あ、悪い。いつもの癖で」 緊迫感が一気に薄れた。 「強運というのは嘘じゃないんだなぁ・・・。腕も申し分ない。うん、がぜんやる気でてきた」 セイレンは刀を握りなおして息を吸う。 身から発する闘気の密度が変わり、金色に輝く。 彼の身体能力が上がるのがわかる。 「もうさっきみたいなのは無しだ。どこからでもかかってこい」 くいっと指で招いて挑発する。 エレメスは裏切り者を構えたまま走り、彼の目の前で消えた。 「グリムかっ」 「裂けろ」 瞬間に大地が裂けて棘上の岩が鞭のように走りセイレンに迫る。だがセイレンはそれを横に避けた。 元からそれもわかっていたのかすぐに姿を現したエレメスが地を蹴り飛び掛ってくるのにセイレンがにやりと笑う。 打ち込んでくればいい。 いくら早くともどんな刃でもその身に返す術はもう用意していある。 目の前でカタールと剣が火花を散らす。 エレメスの裏切り者をカウンターで返したと思ったセイレンはそこでまた驚くべきものを見た。 自分が受け止めたと思ったのはエレメスの足で、返す刀の上から宙に跳ぶ。まるで空を舞う鳥のように垂直に飛んだ彼の手には紅い石が握られていた。 「ベナムダスト」 砕け散った赤い石が瞬時に煙となりセイレンを襲う。 「ぐっ」 着地も無しに空からセイレンの懐に迫るエレメスは勝利を確信していた。 だが。 「!」 ソニックブローは寸前で避けられた。 驚愕の中でバックステップで後ろに下がろうとするエレメスは正面から振り下ろされる剣に斬られた。 「バッシュ!」 「っ」 全身で受けた剣圧にエレメスの意識が一瞬飛んだ。 固まる身体をセイレンは嵐にも似た剣圧でエレメスを弾き倒し、地面に倒れたエレメスの身体を膝で抑えて顔の横に剣を突き立てた。 一瞬にして決まった勝負に、エレメスは諦めたように目を閉じた。 負けた。 それはエレメスにとって初めての経験だった。 今まで人と戦ったことはもちろんあるが、いつも勝者であり続けたがゆえに負けた時の衝撃は大きかった。 「勝負あり!戦闘不能とみなしセイレンの勝利!」 ハワードが高らかに試合の終了を告げる。 それに深いため息とセイレンが肩を落とす。 「・・・・・・・・あー・・・・おもしろかったっ!」 その言葉にエレメスが驚いた。 セイレンは立ち上がって刀を抜くと、額の汗を拭って見上げてくるエレメスと視線を合わせて笑った。 まるで光のように眩しい笑顔だった。 負けて暗なりかけた気持ちが照らされて浄化されるようなそんな気がした。 「ありがとう。今度またやろうっ!」 セイレンが目の前に差し出した手をエレメスは信じられないように見ていた。 第一印象はあまりよくなかった。 今まで会った口に実力が伴わない騎士達と同じだろうと。 だけども彼は正々堂々と正面から自分に挑み、自分の渾身の力を避けて見せた。 今まで会ったどの騎士とも違う。 戦った相手に屈託なく手を差し伸べることが出来るその姿にエレメスは目を見張る。 偽善めいた男なのだろうとも思った。 だがそれは違ったのかもしれない。 拒絶されるとは思ってないのだろうためらいも無く差し出された手を躊躇いながらも握り返すと、ぐっと引っ張り上げられる。 立ち上がるエレメスの肩を抱いてセイレンは女性陣とハワードに向かって言った。 「これで、えーっと・・・・・・・ごめん。名前なんだっけ?」 決まり悪そうにセイレンが頭をかく。 「・・・・・・・・エレメス・・・・エレメス=ガイル」 「じゃ、エレメスは今日から俺達のギルドのメンバーだから。皆、仲良くな」 惑いながらも小さく答えるエレメスの肩を叩いてセイレンはそれぞれを紹介していく。 「右から、マーガレッタ=ソリン。カトリーヌ=ケイロン。セシル=ディモン。ハワードは・・もういいのか。で、俺はセイレン=ウィンザー。ギルマスとして君を歓迎する」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 戦闘疲れからなのか、それとも受けた衝撃が残っているのか。 エレメスはぼーっとしながら自分に笑顔を向けてくるセイレンを見ていた。 視線に気がついたセイレンが小首をかしげて見返すと、エレメスは慌てて視線を外して紅くなる顔を抑えながらわけのわからない動悸に戸惑っていた。 これまで生きてきて初めての経験だった。 人に負けるのも初めてだし、誰かの手を握り返す日が来るなんて今まで思いもしなかった出来事だったのだ。 離れたところでそれに気がついたハワードが顔を引きつらせた。 「え、・・・・・な、何か嫌な予感がするんだけど?」 「・・・・・・・・・自業自得」 カトリーヌは観察するようにじーっと二人を見る。 「んっ」 「?」 エレメスは目の前に突然出された拳に驚いて顔を上げる。 眉間に皺を寄せて口元を引き結んだセシルがエレメスに向かって腕を伸ばしていた。 「顔、怪我したんじゃないの?」 「・・・・・・・?」 「何してんのよっ!さっさと受け取りなさいよ!」 「?」 言われてエレメスは彼女が何かを持っているのだと悟り、それを受け取る。 それは一枚の絆創膏だった。 「別に、他意は無いから。誤解しないでよね!」 ぎろっとと睨んだ後、ふんっと鼻息も荒々しく背中を向ける。 「あらあら。素直じゃないこと。セシルの気持ちですもの、頬の傷だけは治しませんから使ってあげてくださいな」 マーガレッタはそう言ってエレメスの傷を治しながらも、頬の傷はそのまま残した。 どうもエレメスには怒ってる様にしか見えないのだが、マーガレッタには違うように見えるらしい。 疑問符を飛ばしながらも、エレメスは絆創膏を頬に張る。 「おいこらお前らね。こいつをスカウトしてきたのは俺なんだからな!?・・・・エレメス。今夜は交友を深めるべく共に熱い夜を過ごさないか」 ぐっとエレメスの両手を握って迫るハワードを今度はセイレンが押しのける。 「ばーか。今夜は歓迎会に決まってるだろ。歓迎会。こういうのはちゃんとしとかないとだな」 ハワードとセイレンの口論に女性陣まで加わり賑やかなパーティが町の酒場へ向かっていった。 エレメスはこれから先、彼らと長い長い付き合いになるとはこの時はまだ思ってもいなかった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 生体の時とエレメスの性格がちょっと違います。こっちはあまり表情の変わらない感じですかね。もちろん生体でああ表情が変わるようになったのには理由が在るんですが。 それはまた別の話で。 |