目を閉じるとほんの少しだけ幼く見える。

プロンテラを出てすぐの木陰で熟睡していたのを見つけた時は驚いたが、昨夜は皆で徹夜でコモドでカジノに興じていたのだ。この陽気ではつい眠りを誘われてもしかたない。
現に他のメンバーはまだ寝ていて、自分もついさっき起きて露店を回っていたところだったのだ。

アサシンという職業柄か。
打ち解けても人の来るところでは眠らないエレメス=ガイルの寝顔という、珍しいものを見ながら、ブラックスミスのハワードは静かに横に座る。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

さわっと柔らかな風が髪をなびかせる。
緑色の癖の在る髪を一房摘みながら、そろそろ髪を切りに行ったほうがいいかと思う。
そう考えながらも、意識は眠るエレメスの方にあった。

青い芝生の上に広がる伸ばされた青紫色の髪。
女のような軟らかさはないのに、どこかシャープで整った顔立ちは綺麗だと思う。
いや、綺麗なのはそれだけではない。
彼は戦っている姿こそが一番美しい。セイレンと戦った時も、まるで舞っているようだと思った。
機能美とでもいうのだろうか。それでいて清冽な。
自分が無理やりギルドに入れたようなものだが、正直エレメスがそのままいれくれるとは思っていなかった。
そこにはセイレンの存在があったのかもしれないが、それもエレメス自体が自覚していないのが救いである。

「・・・・・・・・・・」

エレメスの意思の強い瞳は今は閉じられ、穏やかさがそこにはあった。
うっすらと血色がいい頬。
薄く開いている唇がいやに赤く見える。

「・・・・・・・・・・・・」

ひどく、誘われている気がするのは明らかに自分の気のせいだろう。
だが、ここでそのまま見過ごせば後で後悔するのもまた自分である。
人心地ついてぺろりと自分の唇を舐めながら、細心の注意を払ってエレメスの顔の横に手をついた。
そして起きないことを確認してゆっくりと顔を近づけた。
もちろん、それは明らかにキスを狙ってのことだった。

ほんの少し、つまみ食い程度の意識だったその行為は、だがしかし、後頭部にちくっと刺さる一本の矢によって止められることになる。

「・・・・・・何やってんの?・・・ハワード」

低く問いかけるようにかけられた女の声は聞き覚えのあるものだった。
ちくちくと刺された頭を手でかばいながら名指しされたハワードは、一瞬浮かんだ恨みがましい顔を抑えてゆっくりと背後を振り返る。

「よ、おはよ。セシル。今日もいい天気だな」

ハワードは突如背後から弓を構えて現れた女ハンターセシルに片手を上げてのんきにそう答えた。
セシルはそれに座らせた目を更に細めて引きつった笑みを浮かべて、だんっと地面を蹴る。

「あんたねっ、寝込み襲うなんてどういう神経してるの!?」
「わっわっ、しっ、しーっ。起きちまうだろ!」
「もー、最低!!!」

「・・・・・・・・ん・・・?」

セシルとハワードの声に目が覚めたエレメスは頭を抑えて起き上がる。

「セシル殿とハワード殿・・・・?・・・・・何かあったか?」

まだ意識がはっきり覚醒していないのか、どこか気だるげな雰囲気は光の下であっても十分な艶がある。
思わずごくりと唾を飲んだハワードと、口をへの字にしながらもその雰囲気に二の句がつなげないセシルを、エレメスは怪訝そうに見上げていた。











LOOP 〜絆・ハワード〜











もう眠るには騒がしすぎると、エレメス達は街中で露店を冷やかしながら歩いていた。

「油断も隙も無いな」

セシルからハワードが寝てる自分にキスしようとしていたと告発を受けたエレメスはそう言って冷めた視線を送る。
「言っとくけど犯罪なんだからねっ」
正義感が強いセシルも頬を膨らませて詰め寄るが、二人の視線の矢面に立たされた当のハワードは開き直りなのか胸をはり、顎を上げる。

「いやいや、プロンテラの片隅に咲く綺麗な花、その蜜を頂く蜂に何の罪があるだろう」

「蜂は生きるために蜜を取るけど、あんたの場合は欲望のためじゃない」

「心の潤いのため、そして恋のためだと言って欲しいね。俺、エレメスのこと好きだから」

セシルの針のような切り替えしにもめげず、ハワードは、けろっと告白する。
だが、告白されたエレメスの方はそれを聞いて諦め気味にふうっとため息をついた。

「ハワード殿の好きなものは、拙者の運だろう。街中で誤解されるような発言は控えてくれ・・・」

昨夜のカジノでも大勝ちしたエレメスに、先日あった歓迎会の酒代のせいで危うくなっていたギルドの財布が潤ったとハワードはエレメスの肩を抱いて終始ご満悦だった。
それはそれでかまわないのだが、賭けている最中に尻を触るわ過度の接触がありエレメスはそのたびにハワードを押しのけていたのだ。
エレメスも止めて欲しいと頼んでいるのだがハワードのセクハラはだんだんエスカレートしているような気さえする。

「俺、本当にお前のこと好きよ?」

ハワードは10センチ低い位置にあるエレメスの顔を覗きこむ。
だが、まるでその意味を知らない子供が伝えるかのように、あっさりと繰り返される言葉をどう信じろというのだろう。
特に、仲間に入って分かったことなのだが、このハワードという人間はどうにもこうにも危うい発言やシモネタ発言もあっさりと言ってみせるところがある。
先日などギルマスでもあり騎士のセイレンが長年欲しがっていた両手剣をやっと露店で見つけたらしく、しかし手持ちが足り無かったのかハワードに借金を頼んだ。
ハワードは自分の冒険者カードに明記されている金額からかなりの額をぽんっと出してみせ、「利息はトイチか尻でいいぞ」と言っていたのを聞いてエレメスはぎょっとしたのだ。
どんな悪徳業者だと青ざめるエレメスに、プリーストのマーガレッタが代わりにこっそり教えてくれた。
それは彼なりのジョークで、利息など今までとったことが無いと。

だがそのせいでなのか、エレメスの中でのハワードは『セクハラ通常装備で歩き回る強引な変質者(だが多少はいいところもある)』と刷り込まれていたのである。

「本気だって。信じろよ」
「わかってるとも。お主が男でも女でもいい博愛主義者であることは。しかし、仲間ゆえ忠告させてもらうが、それではいつか本命が出来て告白したとしても信じてはもらえんぞ。多少控えた方がいい。特に男の尻を触るようなことは止めろ」
「ぶっ」
真面目顔でいうエレメスの言葉に、ハワードは眉尻を下げてあっけにとられている。
それにセシルが噴出してけらけらと笑い出した。
「おっかしー。エレメスに掛かればあんたもただの変態ね」
「おい、こら・・・・・」
ハワードが微妙に涙目になっているのは、自分のお説教が効いているからなのだろうか。
ハワードのため、そして自分のためにも、こうやって少しずつこの博愛主義者的思考を改めさせようと思うエレメスなのだった。

「本気なのになぁ・・・・・」
なおぶつぶつと呟くハワードは、横を通り過ぎたカートを引く商人の少女に視線を奪われた。
「・・・・・・・・」
立ち止まってその背中を見ていた視線が細められ、ふうっと諦め気味に吐息をつく。
「・・・・・?知り合いか?」
「ん?あーいや・・・・知らない子だった」
さっと見た感じ12か13くらいの小柄でかわいらしい少女だった。
まさか・・・・と疑惑の目を向けるエレメスに、ハワードはぎょっとして両手を振った。
「いや、それ誤解だから!何その疑惑の目!」
「言っておくが、拙者そういった性犯罪者を仲間と呼ぶには・・・・」
「誤解だって!お前俺のことどう思ってんだよ!」
「あー・・・・そっか、あれくらいだもんね。あんたの妹」
エレメスの誤解に青冷めるハワードは、セシルの言葉にますます困ったような顔をする。
「・・・・・妹?」
「エレメスにも聞いてみた方がいいんじゃない?世界中回ってたんでしょ?もしかしたら会ってるかもよ」
「・・・・・・・・・・そうだな」
丁度プロンテラの噴水前ということもあり、3人は途中で買った果物を搾ったジュースを片手にベンチに座る。
珍しく神妙な顔をしたハワードは、懐から一枚の古い写真を取り出してエルメスに渡した。
それにはまだ商人の頃のハワードらしき少年と、少し年の離れた5.6歳くらいの少女が並んで写っていた。
「かわいいだろ。それ俺の妹」
「・・・・なるほど。目元が良く似ている」
「そ?」
嬉しそうなハワードを見る限りでは、きっと目に入れても痛くないほどの可愛がりようなのだろう。
だが、その笑みに寂寥がにじむ。
「妹は8年前、アルベルタで誘拐にあったんだ」
「・・・・・・誘拐」
「俺ん家ちょっとは名の知れた商家だったから、身代金目当てだろうって皆思ってたけど連絡も来ないし犯人も捕まらなかった。懸賞金かけて探してるけど、結局今も行方不明のままだ。・・・・生きてりゃ13才。そんなちっこいけど、そろばん弾かせりゃ俺よりうまかったんだぜ?生きてりゃきっと商人になってると思うんだ」
「そうか・・・」
さっき商人の少女を見ていた理由が漸くわかった。
きっとハワードはずっとその妹を探しているのだろう。
エレメスはじっと写真を見る。
だが、その顔に見覚えは無かったが、長年持ち歩いていたものなのだろう薄汚れた写真にハワードの内面を覗いたような気がした。
「・・・・・特徴などはないか?拙者に見覚えはないようだが、もし大丈夫なようだったら知り合いにも声をかけてみる」
アサシンギルドなら人探しも請け負うことがある。
当然かなりの額がかかるが、その仕事にあたっている人間がエレメスの知り合いにいた。
当然ギルドを通さず個人的に頼むには問題があるが、多少の情報なら回してもらえることもあるのだ。
「助かる。当時賭けた謝礼金は今でも生きてるからこれも利用してくれ」
「謝礼金?」
確かに謝礼金や懸賞金は人を動かすにはいい。
だが聞いてみるとそれは人探しに賭ける額としては少々高く、エレメスは驚いた。
「変な奴らに知れたらやばいかもしれないが、エレメスが信用置ける奴だったら大丈夫だろ。特徴は、・・・・うなじに蝶の様な痣がある」
「蝶?」
「母方の家系には代々女の子が生まれると体のどこかにそういう痣が出るんだ」
「そうか・・・・それなら分かり易いかもしれないな。そういえば名前は何という?」

「アルマイア。アルマイア=デュンゼ」
「デュンゼ?」

「母方の性なんだ。事件前にお袋は親父と離婚して妹を連れて家を出てるからさ。だから当時かけた謝礼金は親父の面子のためって言うか・・・・」
言葉を濁すハワードにエレメスはふと疑問に思ったことを聞いた。
「じゃあ、今も謝礼金が掛かってるのは・・・?」
「俺が引き継いでる」
エレメスは目を見張る。
先ほど聞いた額は一介の冒険者が賭けるにしては多すぎる。
ああ。だからかと、エレメスは納得した。
ハワードが金にうるさい理由はそこからもきているのだろう。
彼がそこまでして探し出したい妹は、今はまだ写真でしか知る由も無いがエレメスにとっても情が沸き、二人を会わせてやりたいと思うに十分だった。
「・・・・・・了解した。だが、過度の期待はするなよ?」

「こちとら8年も探してたんだぜ?気の長さには定評があるんだ。妹探しも・・・・・・恋愛もな」

そう言ってハワードは写真にキスして、思わせぶりに笑った。
案の定その意味をわかっておらず「そうか」と空返事を返すエレメスに、セシルがまた噴出してハワードに恨みがましい視線を向けられていた。

















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続きます。







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