TALKING WORKER




1


週に一度の蚤の市。
最初は有志の数店舗から始まったこの露店市。それも今では港町アルベルタの立派な名物になっていた。
買う方も買わせる方も楽しく面白く。特に商人やBS達は腕の見せ所だと言わんばかりにさまざまなイベントを企画したり、個人でも商魂逞しく呼び込みに精を出す。買う方も掘り出し物に目を付け、時には値切り始める声まであがるので大変活気があった。

そしてその中心からちょっと外れてはいるが、人が数多く通る割に道が狭く感じるわけでもない、商売するには中々いい道筋。そこに15・6の男の商人が出していた店に、ちょっとした人だかりが出来ていた。
紺の短い髪にゴーグルが良く似合う。一見悪戯小僧に見えるくらい、生命力に溢れたダークグリーンの目は太陽の光を反射してキラキラ輝いている。
少年は気合を入れて腕まくりまでして、ニンジン片手に道行く冒険者達にテンポいい声を張り上げ笑顔を向けた。
この商人、名前をピジョンという。今回不運な運命を辿る事になる、この物語の主人公である。

「さぁさぁ、道行くそこの皆様も、お集まりの皆様も。次は、この!瑞々しいニンジンのご紹介しまぁす!」
明るい張りのある声は、その姿の愛らしさと共に見るほうに笑みを誘う。何よりニンジンをこんなに景気よく売る商人など他に見ないものだから、早速興味を引かれて立ち止まる人間もいた。
「ね、ほら、何しろ昔から冒険者を影となり日向となり支えてきた、由緒正しい新商品。え?どこが新商品だって?そりゃそうです。売り出された当時の新商品も、こんなに身近じゃ目新しいこたぁない。
しかしね、お姉さん、この品は畑から直送で本日ただいま私の手元に届いたばかり。うまそうだと魔物が畑から引っこ抜いてきたものを横から掻っ攫うなんてしておりませんし、まだ、だぁれも使っておりませんから、正真正銘の新商品。あ、違った、そりゃ新品だ。いや野菜だから新鮮?」
ぷっとあちこちで吹き出す声に、ピジョンはすっとぼけた顔をまた商売用の笑顔に変えた。
「さぁ、これは生で食べても安全なように無農薬で育てた栄養価も高い万能野菜。何より丸々と良く太っていて生でバリバリ食べても甘いし、ククレCと肉いもりんごに蜂蜜があればご家庭でおいしいカレーだって出来ちゃう。そりゃもう手料理と言うのは今も昔も男心を擽るもんです。狙った男は胃袋で落せ、これ鉄則ね。たとえ生でもお姉さんのその柔らかい綺麗な手で「はい、あーん」なんて食べさせてもらったら男も一発で回復するってもんです。ね、そこのお兄さんもそう思うでしょ?あれ、そっちのお客さん方は結婚してるの?何指輪送ってもう1年でそんな会話はもう程遠い?そうなの?でもね、俺から見たらお客様はどう見ても新婚さん。新婚12ヶ月くらいかな?このニンジンのように甘い生活送ってね。
何より、回復にも便利でお手ごろで、生で食べれば歯も丈夫になると言う特典付き。
ここで買わなきゃどこで買う!さぁ、買った買った買った!」

ピジョンの口上に乗せられた人たちが、笑いながら俺も俺もと手を出してくるのに少年は片っ端から要領よく捌いていく。明らかに必要ないだろうと思う二次職まで買っていくのでカートに満載のニンジンはあっという間に無くなった。




「ありがとーありがとー」
ピジョンは買ってくれた人達に元気に礼言う。振られる手に手を振り返しながら、ピジョンはいそいそと店仕舞いの支度をした。
そこに客の一人だったハンターが声をかけてきた。
「もう、売るもの無いの?じゃあ、拾ったチェインあるから代売りしてくれない?元はただだし、私には必要ないし、お代弾むわよ?」
君の口上面白かったし、とむしろ続きを望むような口ぶりをするハンターに、ピジョンもぴょこんと顔を上げた。
「え、俺でいいの?じゃあ、競り上げ式オークションでもする?お姉さん美人だし、俺頑張るよ!」
ピジョンの弾むような声。それにまた何か始まるのかと、帰りかけてきたお客達が立ち止まる。
「お、だったら俺もたしかいらないのが…」
俺も私もと何人か微レアを出してくるので、急遽簡易オークションを開く事になった。たしか許可が要るんだと、主催者の所で許可まで貰ってきて、ピジョンが司会者となってまた品物を前に口上をたたき出した。もう前に座り込んでいるものまで居る。
そうして始まったオークションは、ピジョンの話術もあってどんどん人を引き込んでいった。見物客までいる。
後半になると客もいい感じに弾けて来て商品は出る商品によっては定価以上の価格までついている。そしてとうとう青箱まで出てきた。
これが最後の商品という事もあって1zから始まった声も100k200kとすぐに上がっていった。
「230k」
「240k!」
「245k!」
「260k!」
相場を越えてもまだ声が止まない。
「275k!」
「300k!」
大台に乗った事で、あちこちからおおおっと声が上がる。
ここに来てまで上げているのは吟遊詩人と騎士だった。
観衆の声に二人の声が途切れた所でピジョンがニヤリと笑った。
「どっちが落しても、もちろんここで開けてくれるんだよね!?お兄さん方!」
「310k!」
途端に上がる歓声に負けないくらいにかかった騎士の生きのいい声にその場の空気が一段と熱を持つ。ピジョンもどっちが落すのかドキドキしながら、声が上がる度にナイフの柄でカートの縁を叩いて上がった声を繰り返して確認する。
吟遊詩人と騎士は睨み合うように声を上げていった。
あまりのすさまじさに途中からピジョンも息を呑んで、負けじと相槌を入れていく。
「355k!」
「370k!」

「400k!」

「おおおおおおおおお!!!!」
馬鹿かという目で見ていた観客もここまで来るとむしろ騎士を漢でも見るような尊敬の眼差しを向ける。
ボルテージは一気に最高潮に引き上げられ、そこで吟遊詩人が歯噛みしながらがっくり膝を付いた。
そこでピジョンが持っていたナイフの柄で2回カートを叩く。
「では、400Kで落札!!」
ピジョンの声にあちこちから一斉に拍手が起こった。

そして始まった箱の開封式。
オークション中盛り上がっていたその場は打って変わって緊迫した空気が立ちこめた。そして騎士が競り落した青箱から出てきた『仮初の恋』は、競り中彼の隣で不安そうに見守っていた彼女に送られ、騎士が彼女にプロポーズするという落ちまでついて盛況のまま終ったのである。



「お疲れ様」
敷物を放り込んだカートを引いて帰ろうとしたピジョンは、声をかけられて振り返った。腰まである銀の髪を頭の天辺で括っている吟遊詩人の青年にピジョンはあっと声を上げた。
オークションで最後の青箱を競り落とそうとしていた吟遊詩人だった。
「最後は残念だったね。お兄さん」
「いや、楽しかった。落せなかったのは残念だったけど…。これから帰り?」
「うん。ゲッフェンなんだけど、ポタが混むと帰れなくなるから早めに帰ろうと思って」
「ゲッフェン?じゃあ俺も一緒にいい?俺はホーキング」
「俺、ピジョン。ラッキー、黙ってるより誰かと喋ってる方が好きなんだ。あ、煩かったら黙ってようか?」
「いや、実はさっきのも君がここで店開きだした時から見ていたから。ずいぶん面白い子がいるなぁって思ってたんだ」
「へへへー。商売上手は口上手ってね。俺さ、皆笑わせるのすっげー好きなんだよねー。だからさっきさ、青箱開ける時ドキドキしちゃった。ゼロピーとかだったらどうしようって。落ちとしては笑えるけどさ、だけどやっぱ400Kのゼロピーなんて誰だって嫌じゃん。良かったー、あの人達うまくいくといいなぁ」
ピジョンはさっきのプロポーズの場面を思い出して笑ってる。お姉さんも幸せそうに笑ってて、一緒になるんならああいう可愛い人がいいよなぁと顔をほころばせる。
そして突然はっと顔上げて慌てたようにホーキングを見た。
「ごめん、あんたには面白くなかったよね」
「そんなこと無いよ。落せなかったのは確かに残念だったけど、俺が開けていたらゼロピーとかだったかもしれない。やっぱね、あれは彼が落せてよかったんだよ」
くすくす笑ってそういうホーキングに、気分を害した所は全然見えない。ピジョンはほっとしたように笑って、ガラガラとカートを引いた。
その音に、今度はホーキングが怪訝そうな声を上げた。
「カートの中、まだ何か入ってるけど…売らなくていいの?」
見ればまだニンジンやらポーションやら見える。最初に売っていたニンジンはまだ買う人間も居ただろうにどうやらピジョンは最初からいくつか避けていたらしい。
「俺、商人ってのはいつでもどこでもお客が望むものを提供できないとって思うんだ。たとえこれから帰るだけでもさ、何が起こるか分からないじゃん。カートを空っぽにする商人なんて商人じゃないってのが俺の流儀」
ピジョンは親指立てて自分を指ながらにっと笑った。
「……なるほど」
だがしかし、この少年が引くとカートもずいぶん重く見える。その視線に気がついたのかピジョンがホーキングを見上げた。
「先に言っとくけど手伝う何て言うなよ。確かにまだプッシュカートのスキルレベル低いけどさ。カートは商人の命なんだぞ?他の奴に押すのを手伝ってもらっちゃ他の奴等に笑われちまう」
どうやら前にも何度か似たようなことがあったらしい。
膨れっ面で前を見ているピジョンをホーキングは含み笑いを堪えるように眺めていた。
こんな子供がガラガラとカートを引く様は確かに人の庇護欲を誘うが、それを良しとしないピジョンをホーキングは好ましく思った。
「さっきのすごかったね。君の話は聞いててすごく楽しかった。誰からか習ったの?」
「いいや?俺ん家商売してるからさ、小さい頃から聞いてたから何となく。兄弟も多いから口喧嘩とかしょっちゅうだしそれでも鍛えられたかな〜。へへへ。蚤の市とか初めてだったし、オークションも初めてしたけど結構面白かった〜」
「初めて?へー」
ホーキングは素直に驚きの声を上げるので、ピジョンは首を傾げた。
「オークションってね、意外と難しいんだよ。利便性、公平性、信頼性、人為操作の入り込み性の難易度、雰囲気の影響性の大小、意外性の参入の度合い等専門的に言うならこんな所だけど、司会者の腕が価格に多大に作用する。君、いい商売人に慣れるよ、俺が保障する」
自分より10以上も年の違うお兄さんから手放しで褒められて、ピジョンは顔を赤らめて口篭った。
何だか『俺が保障する』とまで言われて、それが素直に嬉しい。ホーキングの自信持った声に何だか本当になれそうな気がした。
「将来はBSになるの?」
「う、うんっ。いつか、店持つのが夢なんだけどさ。その資金集めたいから」
「…君は商人という職が本当に好きなんだねぇ」
心から感心したというホーキングに、ピジョンはにっと笑顔を向けた。
「当然!」
ぐっと握り拳を作って頷いた。子供のような笑顔にホーキングも笑う。
「お兄さんはバードなんだよね。俺、バードの人と話すの始めて。皆あんたみたいにいい声してるの?」
「いい声って…どんな声かな」
ホーキングは苦笑した。
「んー。何かさ、聞いてて心地良いって言うか。バードってスキルで歌う事もあるんだろ?お兄さんもそうなの?」
「歌うよ。でもやっぱり術としての歌より、あちこちの民謡とかがいいなぁ。土地の歌を教えてもらったりして覚えるんだ」
「へーっ。じゃあアルデバランで覚えた歌とかない?俺出身がそこなんだ」
「アルデバラン?」
んーと考え込んで、銀髪のバードが口ずさんだ歌は子供がよく歌う数え歌だった。
選択してくれたのが難しい曲ではなく、懐かしい自分でも良く知っている曲だったので、嬉しくなってピジョンも彼にあわせて歌った。
久方ぶりに感じた故郷の匂いが小さな商人をほっとさせた。自分では気がついていない所で軽いホームシックにかかっていたらしい。ちょっとだけ込みあがってきそうだった涙をぐっと堪えた。
「お兄さん、バードの職好き?」
さっきの話の続きとばかりに聞くと、ホーキングは一瞬口を噤み、苦笑した。
「……どうかな」
「……?」
てっきりいい返答が帰ってくるものだと思っていたピジョンはホーキングを見上げた。
訳を聴きたかったけど、あまり突っ込んだ事も聴けない。ピジョンはそう考え、何も無かったように別の話を切り出してその話を止めた。




2




あんたは素直すぎるから、一人立ちさせるのが心配。
悪い人には絶対付いてっちゃだめだぞ。
アルデバランにいる両親は最後まで俺の事を心配してそれでも旅立たせてくれた。ピジョンはそれに絶対立派になって帰ってくるからと両親に約束して家を出た。
悪い人って言うのは何となく感でわかるから、行かない方がいい道とかもすぐ覚えたし、変な奴には着いていかないようにこれでも気をつけていたのだ。
だけど、世の中はそんなに甘くは無かった…らしい。

世の中には優しくてもひどい事をする人間が居る事を、ピジョンは身を持って知ることになった。



「やあああぁぁあ…っ。痛っ…ふっああっ」
人に触られた事の無いどころか、自分でも見た事も無い所を晒される。そこに無理やり押し入ってくるものにピジョンは悲鳴をあげた。
その身に纏っていたはずの衣服は一枚残らず脱がされてベットの下に落ちている。ピジョンの上に乗るように足を開かせていたホーキングも何も着ていなかった。
「ピジョン。力を抜いて、大丈夫。痛みはすぐに無くなるから」
「やだ…っ。痛いっ止めて…止めてっ!!」
叫べば叫ぶほど口では言えない所から体を貫かれる痛みにピジョンは涙を零す。さっきまでの押し寄せるような快楽は全部消えてしまった。
殺されると本気で思った。
ぎしぎしと鳴る音も自分の骨の音か、ベットの軋む音かわからない。白いポーションで潤まされた所は、ホーキングが動くたびぬちゃぬちゃと卑猥な音を立てて、一層羞恥をあおった。しかも時折感じるピリッとした痛みを即座に癒すので、そこから生まれた熱が微妙な疼きを生んで、腰を揺すられるたびに高い声が上がった。
「…ピジョン」
ホーキングの指が涙でぐしゃぐしゃになったピジョンの顔を撫でる。
それからも逃げるように首を振るピジョンは、一向に引かない痛みに嗚咽を漏らした。何故こんな事になったのかとぼんやりした頭で記憶を辿る。


だって偶然同じ街に宿を取ってるって言うから。聞けば近くだったし、ホーキングの泊まってる宿は御主人が道楽でやってる看板も無いところで、格安で泊まらせてもらっているんだって。部屋も開いてるし見てみる?何て言われて、定期的に消えていく高い宿代に頭悩ませていたのもあったから、じゃあ見るだけと言って訪ねて行った。
元は下宿屋をやっていたというそこは、古いながらに綺麗に掃除されていて、ピジョンは今までの半分だった家賃を聞いてすぐに契約させて欲しいと頼み込んだのだ。
ご主人もその奥さんも、短い間にピジョンの事を気に入って、賑やかになると喜んだ。

一段落してじゃぁ、ホーキングの部屋を見たいと言い出したのは自分だったけど。
でもだって、こんな事になるなんて露ほども思っていなかったのだ。
『俺まだ未熟だけどさ。何か欲しいものがあったら言ってよ。ディスカウントで安く仕入れとくから』
『じゃあ、君が欲しいな。いくら?』
なんて冗談のように言われて、笑い返そうとしたピジョンはホーキングにキスされたのだ。


「痛くない、痛くない」
下半身を襲う圧迫感と熱は全然引かないのに、優しくおまじないの様に囁かれるその声にピジョンは徐々に体の力を抜いていった。
「……痛く…ない?」
嗚咽で酸素が十分に回っていない頭で、ぼんやりとホーキングを見上げた。
もうこの痛みからどうにかして逃れたかった。
子供を苛めているようだな…いや実際そうだけどとホーキングは思いながら、優しい声で囁いた。
「痛くないよ」
だから、体の力抜いて?俺を受け入れて?
繰り返されるように囁かれる声にうっとりと聞き惚れながら、バードの声って誰もがこんなに気持ち良いものなのかなと考えた。
『君は立派な商人になれるよ』と言われた時も、今この時も、この人が言うならそうかもしれないと思わせるものがあった。
何故だろう。
ぼんやり思っていると、ホーキングが腰を揺すった。
「ひっ」
繋がってる所が揺らされて、体の中一杯に出入りするものにピジョンは体を仰け反らせた。
「ああっ!!やだっ…ぁあっ…」
「大丈夫…ね?」
(全然大丈夫じゃない〜っ!)
ピジョンはそう言いたかったが、ゆっくりグラインドするそれに思考までかき回され、高い声をあげた。だが、余計な力を入れているために、ホーキングも眉を顰めてピジョンの腰を掴んで自分のものを少しだけ引いた。
無理やり入り口として使われているそこに張った所を引っ掛けるように動かされるとざわざわとしたものが背筋を走っていく。
さっきまでの内臓を押し上げる苦しさが揺らいできた。
強張ってはいるものの余計な力を抜いてしまえば、裂ける様な痛みも緩和していた。
「んっ……ああっ…っ」
こうなると腕一本上げる事も恐くなってシーツの上に身を投げ出したまま抵抗も出来なくなっていた。ホーキングは息を乱しながら、ピジョンの様子を見ながらまた自分のものを少年の体の中に押し入れた。
「やあぁぁぁぁっ!!!」
びくんっと痙攣させた体を硬直させて、それでも痛みから逃れようと必死で力を抜こうとする。だが後から後から襲ってくる突き上げられるような衝撃にそうする事も出来ずにしなやかな背中を反らせた。予め口で高ぶらせられていた自分の物を抽送のリズムに併せて上下に摩るホーキングの指にあられもない声をあげる。
やがて訳のわからなくなった頭の中で吐精した開放感と、体の中で弾けた熱に体を震わせて悲鳴をあげた。





歌声が聞こえる。
優しく暖かいその声に、重かった体がふわりと楽になった。
それに何度も髪を撫でられる感触までして、くすぐったい。
「…何……?」
ぼんやり顔を上げると、横たわるピジョンの横に足を投げ出して座っていたホーキングと目が合った。
ズボンと上はシャツを羽織るだけで、ずいぶんラフな格好をしている。
「イドゥンの林檎。少しは楽になった?…どこか苦しい所無い?」
「………」
ぼんやり見上げながら、苦しい?何で?林檎って何だっけ食べる林檎?とピジョンが考えているとさっきまでの事を思い出した。
「!!!!!」
がばっと起き上がったが、腰の力が抜けてピジョンはへなへなとベットに伏せた。
気を失ってる間に汚れた所は綺麗にされていたらしい。さらりとしたシーツも綺麗なものに取り替えられていた。
体の中にあった熱も裂かれるような痛みも無くなってるが、圧迫されるようなあの感触はまだ残ってる。
そうだ、俺この人に…っ。
ピジョンは掴めるだけのシーツをギュウっと握り締めて、目の前の男を睨み付けた。
「何で…っ。こんな事したんだよ!!!あんたの事…いい奴だってっ。そう思ってたのに!!!」
「……俺は、いい奴なんかじゃないよ。…でも、ごめん。君にはひどい事をした」
「今更そんな事言われたくない!!…畜生っ……、あんたなんか嫌いだ!!どっか行けよ!!もう顔も見たくない!!!!」
「……うん」
ピジョンが叫んだ言葉に、一瞬だけホーキングは痛みを堪えるように眉を潜めた。
何であんたがそんな傷付いた様な顔するんだよっ。傷物にされたのはこっちなんだぞ!!?
何で何で何で!!!
全部思い出して、怒るとか罵るとかもうそういったものを突き抜けて涙しか出なかった。
ぼろぼろと泣き出すピジョンにホーキングが慌てた。手を差し出してピジョンの肩を摩る。
「まだどこか痛い?」
体が痛いというより、……心が痛かった。
だってものすごく恐かったのだ。
いくらイヤだって言っても聞いてもらえなかった。身を裂かれた痛みは今思い出しても体が震える。
なのに今こうして気遣ってくれるホーキングの手からは優しさしか感じなかった。
「何で…なんで…っ」
いつもの口数の多さが信じられないくらい言葉が出なかった。うわ言の様にそれだけ繰り返して、ベットに伏せる。
撫でる手も首を振って拒否して肩を振るわせた。
ホーキングは少し悩むように躊躇して、やがてベットの下に手を伸ばして何やら拾い上げる。
ちゃりっとお金がこすれあう音を聞いて、ピジョンは血の気が引いた。

『じゃあ、君が欲しいな。いくら?』

そうだ、あの時ホーキングはそう言ったのだ。
自分を金で買うと。そういった事を商売とする人がいる事は知っていた。だが自分もそれをする人間だと思われたと思ったら急に恥ずかしくなった。
「金なんか要らない!!!俺はそんなの商売に何てしてない!!」
商人のプライドだけで叫んで、ベットの上を這ってホーキングから離れる。体だけ起こしてベットの側面、壁際に張り付いた。
逃げようとしても逃げられない状況に、悔しくてまた涙がポロリと零れた。このまま消えてしまいたかった。
だがホーキングは重そうな金袋を持ったまま、ピジョンの言葉にきょとんとした顔を向けて首を傾げた。
「商売?」
「だってあんた…言ったじゃないか。いくらかって…っ!」
情けなくて悔しくてだけど漸くそれだけ叫ぶと、やっと思い出したのかぽんっと両手を叩く。

「いや、あれ冗談だったんだけど」

さらりと言われた言葉にピジョンは固まる。
バードの冗談は笑えないというのを聞いた事があったけど、こういうこと?なんて、信じられないものでも見るような目で目の前の男を見る。
ホーキングは健康的な肌を惜しげもなく晒すピジョンの肩にシーツを掛ける。 目の毒だと苦笑した。
ようやく自分に姿に気がついたピジョンはいろんな所につけられた赤い痕にかあああっと顔を赤らめシーツを掻き抱いた。
服はこの無神経吟遊詩人の向こう、ベットの下に落ちているはずだった。取りに行きたくとも行くことが出来ない。

「ごめんね。……君の言う通り、俺はすぐ消えるから」
「………?」
そう言ってベットから下りるホーキングの言葉に、ピジョンはその言葉通りの意味以外のものを感じて俯いていた顔を上げた。
どこがおかしいって訳じゃない。だけど…何だか声が違う気がした。
ここから消えるとか、そんな表通りの言葉に聞こえなかった。
「君の事を買った気は無いけど…、良かったら貰って。本当は青箱で全部散財してしまう気でいたんだけど、これだけでも君の夢の役に立つなら使って欲しい」
そう言ってテーブルの上に重そうな金袋を置いた。
少し前、オークションで青箱を買おうとしたホーキングの姿が思い浮かぶ。たしかあの時ホーキングは400K寸前まで上げたのだ。だとしたらあの袋の中にはそれだけのものが入ってるのだろうか。
ざぁっと、ピジョンは別の意味で青ざめた。
「もらえない!!!あんた何考えてるんだよ!!!」
おそらく全財産なのだろうそれを、数時間前まで知らなかった自分にやろうというのか。体の代金とかそれ以前にこの状況のおかしさに眩暈がした。
「……もう、俺には必要の無いものだから。……最後に、君のような子に会えてよかった。本当に久しぶりに笑ったよ」
そう言いながら衣装を調えたホーキングは、ピジョンに笑顔を向けた。
「君はもう嫌かもしれないし、頼めた義理も無いけど……出来ればこの宿にいて欲しい。おじさんもおばさんも本当に良い人たちだけど、子供がいないから俺がいなくなったら寂しがると気になってたんだ。君がいてくれるならきっとあの人達も笑ってくれる」
ホーキングは元々そのつもりで自分をここに連れてきたのだろうか。
いなくなる?
だとしたら、もうここには戻ってくる気がない?
「…あんた…、どこか旅に出るのか?どこに?」
「………ちょっと遠い所まで」
近所のパン屋に行くような気軽さでそう言ってリュートを持つホーキングの腕をピジョンは掴んだ。ここで行かせたら駄目だと、勘が告げていた。見上げるようにしながら、ホーキングの様子におかしい所が無いか見つめた。
「………どこにだよ」
「……ピジョン……、痛いよ」
「俺の方が痛かったよ!!!!」
眉尻を下げ、困ったようにそう言うホーキングを逃がさないようにさらにもう片手も使ってその腕を掴む。シーツが肩から落ちたが気にしてられなかった。
ホーキングの目はもう何かを決めている人間の目だった。
相手は自分にひどい目を合わせた人間だったが、言葉の端々から見える優しさから根っからの悪人でもない事はわかった。このまま行かせてしまったらきっと後悔する。それだけの考えでピジョンはホーキングを引き止めていた。
どういう意味で消えると言うのかまだ本人の口から聞いたわけじゃない。ピジョンは閃いた考えに口を開けた。
「り、理由!そう、理由だけでも聞かせろよ!!どういうことだか知らねーけど、あんたに会って、あんな事された上に、おじちゃんおばちゃんの事まで頼むんだからっ。それくらい俺は聞く権利があると思う!!!」
ピジョンの必死な様子に、ホーキングは腕の力を抜いて立ち尽くしたまま困ったようにピジョンを見下ろした。
「………君は、本当に真っ直ぐに育ったんだねぇ……。普通自分にあんなことした人間に、そんな必死にならないよ。まいったな。これ以上好きになりたくないんだけどなぁ…」
「〜〜〜〜〜っ」
かぁぁぁっと赤くなって、ピジョンは唇をかんだ。
「困った…。ピジョンが本当に優しい子だって事考えずに余計な事を言いすぎたかな」
それじゃぁ、俺の方が我侭言ってるみたいじゃんか! むうっと頬を膨らませると、ホーキングは苦笑して、ベットの端に座った。
ホーキングはちょっと視線を外し、考えた後で、ずいっとピジョンの方に身を乗り出した。
びくっと身を振るわせるピジョンの顔を間近で覗き込むように顔を寄せた。

「君が、好きだよ」

言われて、どくっと心臓が痛くなった。
真剣な声。細められた目は確かにピジョンを捕らえていた。
耳に入ったそのトーンが体中に浸透していく。体中が熱くなって、心臓が早鐘を打つ。
絶対おかしい。
顔を真っ赤にして、ピジョンはホーキングを見た。そしてひきつけを起こしたように肩をすくめた。
「あんた、何かした?」
「何が?」
「だって絶対おかしい…っ。ホーキングの声って何か……」
自分でもおかしな事を言ってるのがわかっているのだろう。困ったようにそう言うピジョンにくすりと笑って唇を寄せた。
ホーキングの腕を放せないピジョンは動けなかった。
柔らかく、優しく、唇を食むようなキスから顔を反らして逃げようとするピジョンの頬に手を添える。ついでとばかりに震える舌先を撫でるように自分のそれで触れて顔を離した。
ぼうっとしたような潤んだ瞳で見上げてくるピジョンは昼間の元気な姿が嘘のように大人しくて可愛い。
何故だろう。ピジョンを目の前にすると、我慢の効かない自分が居た。本当なら何も言わずに去るべきだと分かっているのに、掴まれたこの腕を振り払う事が出来なかった。
ホーキングは名残惜しげにピジョンの髪を撫でて体を離す。
「理由が聞きたいと言ったね。バードには『言霊』の能力があるんだよ」
「…『言霊』…?」
聞き慣れない言葉に、さっきの話の続きだと気が付く。
「魔法を使う者は少なからず持ってるものだけど、歌に乗せたバードの『言霊』が一番強い。魔術師も、聖職者も斉唱と言う形で人在らざる者ではないもの達の力を借りてさまざまな現象を起こすけど、吟遊詩人は人の心に直接訴えかけるものだから」
「…どういう…こと?」
「『言霊』は言葉そのものにある意味というものなんだけど、俺たちの『言霊』はちょっと違う。声質に宿るから、発する言葉が『言霊』になる。バードのスキルはその『言霊』を使って相手に自分の心を伝えるんだ。たとえばすごくいい事を言われた時、共感する事ってあるだろう?それと似てるかな。俺が本心から思った事を口に出すと、相手の心に直接響くんだ」
スキルを使わない状態ではめったに無い事なんだけど、とホーキングは苦笑する。
バードは歌を歌って味方の士気を培ったり、様々な特異な現象を作り出すことができる。聞く者に影響を与え攻撃速度や回避率を上げたりするスキルもあるのだ。それだけの影響力を持つ声をバードは持っていることになる。

『君、いい商売人に慣れるよ、俺が保障する』と言われた時。
『痛くないよ』と言われた時。
この人がそう言うならそうなのかな…と思った。
それがつまり『言霊』というものなんだろうか。

「そういうスキルを元々持っているからでもあるんだけど……日常生活するには余計な能力だね。前からこれで友人を傷付けた事もある。本心からであれば…負の感情も相手に伝わるから。……恐い?」
不安そうに言われて、ピジョンは反射的に首を横に振った。
「だって…、操られてるわけじゃないし…」
それに、ホーキングの言葉はいつも優しさしか感じなかった。恐いとか思わなかった。
種明かしをされて逆に納得した様子のピジョンにホーキングはほっとしたように笑った。
「他のバードもそうなの?」
だったら、結構大変じゃないか?と思って聞いたが、ホーキングは苦笑して横に首を振った。
「日常にまで影響するほどじゃないはずだよ」
だったら、ホーキングはかなり強い力の使い手という事ではないだろうか?
「友達を傷つけたって…言ってたけど」
「……うん」
「友達の所に行くって…天国。とか言わないよね?ね?」
ずっと不安に思っていた事を聞いてみた。出来れば笑い飛ばして欲しかったのだけど、ホーキングは真面目な顔ではぁ…とため息をついた。
「今までの自分の所業や君にした事を顧みると、そこに行けないかもなぁと思うんだけどね」
「ちょっと待った!何でそこで死のうなんてするんだよ!友達ってあんたの所為で死んだとかそういう事!?だからあんたが後追おうとかそういうの?」
自分にした事まで理由として上げられてピジョンは慌てた。とりあえず、理由を明確にしようとありきたりなネタを提供してみる。だが、ホーキングは眉を寄せて困ったようにピジョンを見た。
「うーん…。そんな明確な理由じゃないんだ。ごめんね」
「謝る事なんてないだろ!だったら何でだよ!」
「……何となくかなぁ…」
「何となくで死ぬなぁ!!!あんた実は考えなしだろ!!」
何となくで死ねる人間なんているのか!!?
思わず怒鳴ったピジョンに、ホーキングは視線を落として表情を暗くした。それに、ピジョンも黙り込んでしまう。
ピジョンは死のうとする人間を始めて見た。また自分は余計な事を言ったんじゃないだろうかとドキドキしながら、とりあえず逃がさないようにホーキングの腕を掴む手の力を込めた。
「………本当にね。何も考えないままだったんだ。昔からの付き合いで気心も知ってた奴だったから喧嘩をする事も多かった。だから、あの時俺は感情のままに言ってしまった。『お前なんかもう顔も見たくない!!姿も見せるな』って」
似たような事を自分もさっき言ってしまったことに、ピジョンは目を見張る。
「………でも、それは…」
「うん。いつもの喧嘩だった。一日経てばお互い頭も冷えると思ってた。……翌日、そいつが魔物に殺されてしまわなければ『それだけの事』で済む筈だったんだ」

彼は死体すら残さなかった。人づてに聞いた時、呆然としたまま前日言った自分の言葉を反芻した。
俺は本気で彼に呪いの言葉を吐いたのだろうか。その所為で、彼の心に何らかの影響を与えていたとは考えられないか?
まさかと思っても否定できない自分もいたのだ。
それで無くとも、ずっとこの力には嫌気が差していた。だけどこればかりは一生俺に付きまとう。声は俺の一部だから。
だからこれから先もまた同じ事が起こるんじゃないかと思ったら綺麗な言葉しか選べなくなっていた。本音を言えなくなっていた。上辺だけの優しさ。上辺だけの言葉。上辺だけの付き合い。そう言う事を続けていたら、自分で自分がつまらない…必要のない人間に思えたのだ。
生きていようといまいと、世界には関係ない。むしろ、いない方が良いんじゃないかって。
何だか世の中のすべてから非難されている様な気すらして、急に無気力になったのだ。

「君のようにただ相手を元気にさせてくれる声だったら良かったなぁ。…本当にね、君の口上を聞いていて俺は羨ましいと思ったんだよ」
「………」
優しく語り掛けてくるような言葉を、ピジョンは黙って聞いていた。すべてを理解できたわけじゃない。そんな事でというのは簡単だと思う。だけど、ホーキングの声から、言いようの無い寂しさを感じてしまって言葉に詰まってしまった。
「じゃあ、そういう事だから」
「ちょっと待ったー!!!」
懺悔の時間は終ったとばかりに立ち上がろうとしたホーキングの腕を、また両腕で抱きつくように引き止める。
「もう一つ聞いてない!!!何で、俺にあんな事したんだよ!!!」
それが自分にとっての最大の謎だった。ただの強姦魔とは言えない所があって、さっきの告白からずっと気になっていたのだ。
ホーキングはそれにしょぼんと頭を垂れた。
「ごめんね。俺は多分君が好きなんだと思う」
「…『多分』〜…?『と思う』〜!?」
またよく分からない言い訳を始めたホーキングに、ピジョンは今度は何の冗談だと恨みがましく目を据わらせて目でホーキングを見た。
それにホーキングも苦笑して、
「いやごめん。だって始めて会って、すぐにこんな事になるなんて思ってなかったから。でも、もう会うことも無いんだなぁと思ったら…ちょっと感慨深くなってしまって。心残りはあんまり作りたくないなぁと思ってた時に、ピジョンがあんまり可愛く笑うからつい」

「『つい』ーー!!?」

ピジョンはシーツが肌蹴るのも気にせずにベットを手で叩き叫んだ。
つい?ついってことは弾みってことか!!
弾みで自分はあんな恥ずかしい格好で痛い思いをさせられたとそういう事か!!!
初めてだったのに!
女の子とだってした事無かったのに!!
それなのにこの男は本人の了承も取らずに事に至り、弾みだったとそう言うのか!!!
こ……っ、この!!!無節操いいかげん男―――――――――!!!!
怒りに震えるピジョンに、ホーキングは口元を抑えて自分の発言を後悔していた。それにギリリと咎める様な視線を向けて、ピジョンは口を開いた。
「責任…っ」
「え?」
「責任取れよ!あんたはその義務が俺にあるんだから!!!!」
「…えーっと…それはつまり?……傷物にした責任をってこと?…困ったなぁ……あのお金じゃ駄目?」
そう言って指指した先にあったのは、あの重そうな金袋だった。
「そんなの商売にしてないって言ってるだろ!!!人として見せるべきなのは誠意だ誠意!!!」
「……誠意かぁ…、どうすればいい?」
「あんた大人だろ!!自分で考えろ!!自分で――!!!」
「うーん…。でも俺はこれから………ああ」
ようやくそこでホーキングもピジョンの言いたい事が分かったらしい。苦笑して困ったようにピジョンを見る。
「まいったな……もしかして、俺は自分で自分の首を絞めた?」
「知らないよ。大体あんた、ずるいだろ。弾みであんな事をしたくせに、好きだって言ってみたり。死んですべてが許されると思うなよ!!!世の中にはな!生きたくても生きられない人間だっているんだから!何となくで死んでたらそいつ等に失礼だろ!!!役に立たないとか言う前に、その能力を生かす方法自分で考えたらどうなんだよ!!!良い方に考えたらどうだよ!!!少なくとも俺はあんたの歌に励まされたんだぞ!!!………アルデバランの歌すごく懐かしくて、本当に嬉しかったんだ。……他にもそう思う人間居るんじゃねえの?」
「………前向きだなぁ…」
毒気を抜かれたような、呆けた顔に、ピジョンはムッと眉間に皺を寄せる。励まそうと思った自分が馬鹿みたいじゃないか。
「言っとくけど、商売人は人と同じ事やってちゃ駄目なんだからな。常に新しい事にチャレンジしないと時代に乗り遅れるんだから。だから他の露店のチェックは怠らないし、毎日忙しく頭悩ませてる。あんたみたいなぐうたらで考え無しでとりあえず死のうかななんて考える人間見ると、そんな自分が馬鹿にされてるのかと思ってムカツクんだよね」
「ごめんね」
「全然心がこもってない謝り方されてもしょうがねぇんだよ。わかるんだからな!」
まるで癇癪玉だ。いやむしろ、威勢良く吼える子犬だろうか。だけど言ったらまた怒るだろうなぁと思ったので、殊勝にもホーキングは黙っておく事にした。
前向きになったかと言ったら嘘になる。だけど嬉しかったと言ってくれたこの少年の為に何かしてやれたらなとしだいに思い始めていた。
最後の記念にと散財目的で行った蚤の市で初めてピジョンの口上を聞いた。もう殆ど自分にも他人にも興味を持てなくなっていたのに、その姿を見て目を引かれた。そして自然と心からの笑みを浮かべていたのだ。彼と話してみたいと思った。次に話すだけでは足りなくなった。
……だから、こうなったのは必然だったのかもしれない。
とりあえず死ぬ事はいつでもできるし、だったら少し寄り道してもいいかもなぁと思った。
「うーん…じゃあ、君の気が済むまで傍にいるから、こき使ってください」
「うん。わかった」
偉そうに言いながら、どこかほっとしたように笑うピジョンに、ホーキングもつられた様に笑みを浮かべる。
「まいったなぁ…。とんでもない子を好きになった」
「す…っ。好きってっ……へ、変だろっ。何言ってんだよっ」
好意の言葉以上のものを感じて、ピジョンはシーツで熱くなってきていた頬を隠した。
ホーキングは指でそんなピジョンの髪を掬う様に摘んでピジョンを優しい目で見つめた。
「ねえ、さっきのはどうだった?説明するより早いと思ったんだけど」
「…?」
「君が好きだって言った時、俺の心どう感じた?」
「どうって…」

耳に入った声が体中に浸透していくみたいになって、体中が熱くなった。

それはつまり。

「ちゃんと伝わった?」

ホーキングの心の声に自分の体が反応したという事。
そこでようやく、恐いとか痛い思いもさせられたって言うのに、ホーキングの事を許してしまっている自分に気が付いた。
………これってやばくねぇ…?
かああああああっと一気に耳まで赤くなってピジョンは俯いた。
だからといって好きかと聞かれたら困るのだけど。ピジョンは新たに生まれた問題に頭を抱えた。
「なるほど…たまには役に立つかな」
そう言って、ホーキングは嬉しそうに笑った。








癒されてはいたが、動くとまだ足が震える。何より無理な体勢を取らされた所為で、普段使わない関節が痛い。しかもあらぬ所もまだ物が挟まってる感覚まで在って階段を下りるのも一苦労だった。そしてこの不自由さを痛感するたびに、一層ホーキングに腹立たしさを募らせていった。
「あの……大丈夫…?今夜はここに泊ま……いえ、何でもありません」
ホーキングの言葉は、殺気が込められた目で遮られた。手を出そうとするのも嫌がるのでホーキングは後ろから、何があっても良い様に手を差し出したまま付いて行っている。
もう外は暗くなっていた。それに気が付いたピジョンは慌てて帰ると言い出したのだ。
そして階段を降りきったピジョンは壁に手をつきながら玄関に向かう板張りの廊下を歩いていきながら、これからどうしようかと考えていた。
ホーキングとあんな事をしてしまって、どの面下げてここに居れると言うのだろう。しかも彼は一回りも年の違う自分の事が好きなのだという。という事はまたああいった事が無いとも言い切れないわけで。あんな事もう絶対嫌だ。普段は無理強いしないとか言ってたけど、そんなの信じられるもんか。男なんて皆、野獣だって姉ちゃんも言ってたし。
…まさか、自分がそれを実感する事になるとは思わなかったけど……。
それに普通に話してたって、きっと自分が冷静でいられない。
契約したばかりだけどやっぱり解約するしかないだろうか。でも、本当にいい物件なのだ。金か、身の安全か天秤に載せながらずっと悩んでいたピジョンだった。
「あら、もう帰らはるの?ピジョン君、今晩はここで夕飯してくれるんやろと思って、おばちゃんご飯用意してるんよ?」
ホーキングの声に、自宅として使っている奥の部屋から宿屋のおばさんが顔を出した。
それに引きつった顔をしながらピジョンは何とか笑顔を浮かべた。初体験後の朝帰りを親に見つかった時ってきっとこんな感じだ…。知られて無いと思っても、妙に緊張してしまう。
「ごめんなさい。今晩は帰ります」
「そんないけず言わんといて。な、今お赤飯炊いてるんよ」
赤飯?確か地方ではお祝いの席に用意される赤いご飯だったという記憶があるのだが、何故その料理名が今ここに出てくるのかピジョンには分からなかった。
「ピジョン君が店子で入ってくれるだけでなく、ホーキングのお嫁さんに来てくれるんやもん。おばちゃん、気合いれて今拵えてるからね。ほら、ホーキングも何やっとんの、ぼさっとして!嫁さんは大事に扱わんといかんよ」
「よ、嫁!!!?」
聞きずてならない単語に、ピジョンが青ざめ硬直した。その肩をおばさんが引っ掴み、部屋に引き込んでテーブルに付かせた。ホーキングも呆然としながら困惑しているようだった。
「ホーキングはぼさっとした子やろ?ピジョン君みたいに元気な子が来てくれておばちゃん嬉しいわぁ。商人さんやったら、家計のやりくりもばっちりやろうしねぇ。かく言うおばちゃんも実はBSやってた事あるんよ」
「あ、あの…違…」
「あ、言わんといていいんよ。話は聞かしてもろうたし」
「聞いた!!?」
何!!?何ですかそれは!!?何を聞いたの、おばちゃん!!!
二人とも一気に血の気が引いた。
ピジョンはあのあられもない声を出したあのシーンが脳裏に駆け巡り、ホーキングはむしろその後の会話を聞かれたのではないかと慌てた。
「今いる所は明日引き払うとして、ホーキングはちゃんと手伝いに行かなあかんからね。荷物もぎょーさんあるやろうし。あんたもこんな小さくて可愛い子に無茶させたらあきませんよ。新婚さんやから色々あるのも仕方ないやろうけど、無理をさせたらいけません」
「は、はぁ…」
ホーキングは曖昧に返事を返す。何せ何をするにもパワフルな人なのだ。否定しようにも言葉で勝てる人ではない上に人の話を聞かない事を、長年世話になっていたホーキングは良く知っていた。
「ピジョン君も何か困った事あったらおばちゃんに相談してな。ここでは私のことお母さんやと思ってくれてええからね」
そう言っておばさんはピジョンの両手を優しく握った。
何が何だか。
何かを言えば、とんでもない事実を突きつけられる気がして何もいえずにいるピジョンを置いて、おばさんはアラームの鳴った窯の方に足を向けたのだった。香ばしい良い香りがするこれはチキンだろうか。見ればちょっと手の込んだ煮物やら、色とりどりのサラダやら、瑞々しい果物やらがテーブルにはセットされていて、その向こうでおじさんがニコニコと笑っていた。
おばさんに気を取られていて気が付かなかった…。
ピジョンの視線に気が付いたおじさんは孝行爺の顔でニコニコと笑ったまま口を開いた。
「それで式は挙げるのかな?」
この人もか!!
眩暈を起こしてふらついたピジョンをホーキングが慌てて支える。それが寄り添っているように見えたのだろう。おじさんはウンウンと頷いていた。
「………ああ、そうか」
ポンっとホーキングが握った拳で掌を叩く。
何かこの状況を打開する方法でも見つけたのかと縋るような目でホーキングを見た。
だが、その口から出てきたのはとんでもない言葉だった。
「誠意って、そういうことだよね。そうか…、うん。いいかも」
何がいいんですか。
いやーな予感が一気に溢れる。
「金の指輪までは贈れないけど、ちゃんと用意するから」
いらない―――――――!!!!!!
声が出なくてぶんぶんぶんと横に首を振るが、ホーキングは式場の事を考えていて見ていなかった。
「過去の自分は捨てて、君の為に生きるよ。そうか、誠意ってそういうことだよね」
絶っ対、違う!!!!!!
あまりの事に絶句しているピジョンに嬉しそうに鼻の下を伸ばしてホーキングは、ああそうだとポケットから何やら取り出した。
ピジョンの手を取ってその掌に一枚の古いコインをのせた。
丸い、小さなそれは真ん中に穴が開いていている。ピジョンも始めてみるコインだった。
「…………?」
「これはアマツでかなり昔流通していたコインで『ゴエン』というものなんだよ。価値は殆ど無いけど、持っていてくれると嬉しい」
ピジョンはそのコインを裏表ひっくり返して興味深げに眺めた。
「……へー…穴開いてるお金って珍しい…」
商人だけあって昔の物であってもお金に関心があるのだろう。
錆付いたその小さなコインの真ん中の穴から向こうの景色を覗く。

「でも何で俺にくれんの?」
覗き窓から不思議そうにピジョンはホーキングを見る。ホーキングはそれににっこり笑い返しながら、
「もちろんこの『御縁』を大事にしたいから。なんてね♪」

ピシィィィィッ!!
寒いジョークを受けてピジョンは音を立てて凍結した。

「ピジョンのご両親にも今度挨拶に伺わないとね。あれ?ピジョン?ピジョン、どうかした?」
凍りつかせた本人は、凍りついたピジョンの前で何でもないように手を振ってみたりしている。さっきまでの、薄暗い影は消えて、本気で新しい縁に突き進む気で居るらしい。
ピジョンは眩暈を起こして背凭れに寄りかかるように天井を仰いだ。




こんなご縁はいらない!!!!



若い商人の行く末は一気に凍ったかに見えたが、周囲の目はどこまでも善意に温かだった。

いつの日か溶かされる事を願いつつ……。合掌。













…AND CONTINUE?



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最近シリーズ物ばかり書いていて単純な職萌え短編を書いてなかったので無神経ヘタレ欝吟遊詩人×お元気商人のものを一品。
一日でおしかけお婿さんをゲトしてしまった商人君のお話でした。前にあぷろだに乗せていたものを2倍の長さに書き直してみました。主に吟遊詩人を書き込んだんですが、ボケ度がUPしただけかも…。単に馬鹿話が書きたかっただけなんですよ。山も無く意味も無く、淡々とした話になってしまった事がちょっと後悔。

しかしこの小説最初辺りまでで止めとけば良かったかなと思ってみたりね…。




トナミミナト拝







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