最近、製造をする者達、特に鍛冶屋や製薬関係者の間で話題になっている話があった。
曰く、今生に『バド・クォル』が現れたと。
バド・クォルとは、天の声を表す言葉であり、天の声を授かった者のことを言う。
バド・クォルの条件は一つ。

その歌声で上級天使を呼び出すこと。

日常で祝福を与えてくれる天使とは違う。更に上級の天使をだ。
その声は清らかで美しく、人々に大いなる祝福を与え、時に争いすらも沈める。
当然そんな声を持つものなどそうめったに現れるものではない。現に以前バド・クォルが現れたのは200年も前だという。
それが今この世界に現れた。しかも教会の聖歌隊に属するプリーストだと言う。
製造に関係するものはこぞってこの話題を持ち出す。それはそうだ。バド・クォルのグロリアは並みの冒険者のものとは格が違う。もしバド・クォルを手に入れることが出来ればどんな難しい製造も思うがままだ。
しかし、余計な争いを生まないためにバド・クォルは大聖堂で保護されるのが決まり。大事な祝賀会などでしか歌わないのだという。
まぁ、高嶺の花といえば聞こえがいいが、見ることも出来ない聞くことも出来ないじゃ何の役にもたたない。

「カーマインは興味ないの?」
にぎやかなバーの中、隣で飲んでいる女ローグが問いかける。女がそう言うのは、俺が製造メインのホワイトスミスだからだろう。だが、俺は嘲笑するように笑った。
「俺に清らかな天使など必要ないな。俗物な俺に必要なのは・・・・今夜の相手さ」
心得たように目を閉じる女に、俺は口付けた。









天上の詩(うた)










酒場の上の部屋で女ローグと『遊び』、眠る女を置いて出てきた俺は早朝のプロンテラの町を歩いて帰っていた。自分の部屋でないと落ち着いて眠ることが出来ない癖は性分のようなものだ。
製造をやっていると俺の武器を求めて冒険者達がやってくる。そうなると一夜限りの相手には事欠かない。男でも女でも気に入れば誘うし、向こうから誘われることもある。
一度きりの人生。面白おかしく暮らさなければ損ではないか。
その点自分のたった一人の馬鹿弟子は損をしていると思う。
どんな奴でもその気にさせてきた自分が、唯一ナニを立たせることができなかった不感症の男。しかも変わった趣味で製造している時にしか感じないときた。ある意味、製造するために生まれてきたような男だ。
しかしなにか。俺の手は鉄以下か。
手を出しても反応一つしないものだから、自分の手管に自信を無くす前にあいつを抱くのは止めた。
まぁ、この世の中。美人も男前もかわいい子も興味深い人間も事欠かない。だれか一人に縛られる考えなど毛頭なかった。

だが、この日、俺はあいつに会った。

「―――――・・・っ!」
人がうめくような声。重いものが倒れるような音。
ふと、そちらに目をやると、数人の男達が路地裏でたむろっていた。騎士、ローグ、ハンター、バード。そして、彼らの足元に倒れているのはぼろ雑巾のようになっているプリースト。
どうやら一方的な暴行らしいとわかって目を細める。
よってたかって弱いものいじめか。何が気に入らなかったのかは知らないが、ずいぶんとまぁ・・・。
関わり合いになる前にと、立ち去ろうとした俺は、彼らの肩にあったエンブレムを見て眉をしかめた。
知り合いの女アサシンがマスターをやっているギルドだった。あの女が、こんな一方的な暴行を許すだろうか。
答えは否。
女アサシンの性分を知っている自分は、気が付いてしまった不運に小さく唸ってしばし考えた後、そちらに足を向けた。
すでに反応の無いプリーストを笑いながら足蹴にしているそいつらに向かって声をかけた。
「お前ら。その辺にしとけ」
「あ?」
男達はいぶかしげにこちらを見て、わずかに騎士だけが目を見張った。
「何だお前・・・」
「待てっ!こいつカーマインだ・・・っ!」
騎士が叫ぶと、こっちに因縁つけようとしたローグがギョッとしたように身を引いた。
この世の中で一番出回っている名前はこういう時便利だ。名乗る手間が無い。
「お前らアリエスのギルドの奴らだな。あの女がこういったことを許すとは思わないが・・・・・・彼女は知っているのか?」
壁に寄り掛かり、意地の悪い笑みを浮かべる。
「おいっ」
男達はアリエスの名前に慌てて顔を見合わせ、いっせいに反対側に逃げ出した。
その無様としかいえない有様に、俺は肩をすくめて『耳打ち』で彼らのギルドのマスターであるアリエスに今あったことを伝えた。彼女は早朝だと言うのにもう起きていて、俺の言葉に礼を言った。
『カーマイン。一つ頼みがある』
硬い口調は凛とした響きを持つ。
「何だ?」
『そのプリースト殿を保護してほしい。私が侘びにいくまでで構わないから』
「・・・・・・・うーん・・・・。いつまでだ」
『昼前までには必ず』
「わかった」
昼までにあの男達の『処刑』は終わるらしい。
お得意様の頼みならたまには聞いてやってもいい。礼を言って切れた耳打ちに、俺は倒れたままのプリーストに向かって膝を突いた。
銀髪でぼさぼさ頭の小柄なプリースト。傍には割れためがねが落ちている。顔を見ると殴られたらしく頬は腫れ上がっていたが、一番ひどいのは喉の所にある青あざだった。どうやらきつく締められたらしい。呼吸はかろうじてしている。しかし、あのままだったらきっと死んでいただろう。
こいつは運がよかった。俺が珍しく仏心を出したおかげで生き延びたのだ。
「よっ」
俺はプリーストを抱き上げる。そしてその軽さに驚いた。そこいらの女より軽い気がする。
まだ年若いのか、プリーストの法衣がまだ馴染んでいないようだった。
手はタコなども無く綺麗なままで殴りというわけではないのだろうから、きっと新米支援プリーストなのだろう。
今日は自宅に置いているカートよりも軽いその身体を抱えながら俺は家に続く道のりを歩いて帰っていった。





+++++++++++




腕の中の温もりが小さく動くのに、俺は意識を浮上させた。手で感じるのは人の肌で、俺は無意識に肌をなで上げた。とたんに硬直する細い身体。
「・・・・っ」
「・・・・・・・?」
俺はまだ目を開けないままで片腕で腕の中の人間の髪を撫でた。ぼさぼさの手入れされていない髪は痛んでいる。
あれ。こいつ誰だっけ。
脳裏に昨日会った女ローグを思い出すが、それから別れたんだから違うはずで。それにあの女の髪はもっと長かった。
・・・・・・・・・・ああ、そういや、帰りにぼろ雑巾みたいなプリーストを拾ったんだった。
「・・・・・今何時だ・・・・」
骨ばかりで気持ちよくないガリガリのプリーストの腰を抱いたまま、俺は枕元においている時計を取って時間を確かめる。帰ってきてから5時間経っている。そろそろアリエスから連絡がくるかもしれない時間帯だった。
軽く欠伸をして、腕の中で硬直するまだ少年といっていいくらいのプリーストを離して起き上がる。
「――――――っ!!!???!?」
ベットから降りて立ち上がった俺に、少年は目を丸くして顔を真っ赤にしている。顔をそむかれた上、驚きすぎたのか咳き込んでいる。何でだと思って自分の今の姿に気が付いた。
「ああ、悪い。俺、寝る時は何も着ねーんだよ。ま、男同士だ勘弁な」
自分の部屋でどういった格好で寝てようと勝手だろうが、相手は一応預かっている客だ。そう言って片手をあげる。
少年は自分も裸なのに気が付いたのか、混乱に陥っているようだった。
喉が痛むのか、手で押さえてまだゴホゴホと咳き込んでいる。
まぁ、驚くのも無理は無い。複数の男に囲まれて暴行を受けて気が付いたら、男と一緒に裸で寝ていたんだからなぁ。それでもパンツははいていることに気が付いて安心したらしい。
俺はGパンだけ穿いて台所に向かいながら状況を説明してやった。
「お前の服はかなり汚れてたんで寝る前に洗濯してベランダに干してる。昨夜のことちゃんと覚えてるか?俺はお前が暴行受けてたところを助けてやった通りすがりの善人だ。まずそれだけ頭に叩き込んで叫んだり騒いだりするんじゃねーぞ。怪我したところはヒールクリップとポーションで治してやったが、痛いところがあったら後は自分で癒せ」
そう言って取り合えずコップに水を入れ一息で飲むと、またそれに水をそそいで少年のところまで持っていった。
ヒールのおかげか顔の青あざはなくなっていた。造形的に言えば綺麗というわけでもなく、特別かわいいというわけでもないどこにでもいる15.6のやせこけた少年と言った感じだった。しかも背も160前後でその細さもあいまってかなり幼く見える。髪もぼさぼさでみすぼらしい。
俺は少年にコップを差し出す。喉が渇いていたのだろう、少年は恐る恐る手を伸ばして受け取り、小さく頭を下げてこくこくと水を飲んだ。何回か分けて飲んでほーっと肩の力を抜いた。
まるで小動物のようだ。
「あ・・・あの・・・・」
少年は顔を上げて話しかけてきた。だが、その声はまだかすれていて、発する言葉も引きつらせているかのようだった。
「・・・あ・・・・あり・・・・が・」
たったそれだけでまた咳き込む。どうやら声帯をやられたらしい。腕や足と違って、そこは繊細な器官だ。さすがに専門ではないおざなりのようなヒールでは完全に癒しきれなかったようだった。
それでも礼を言おうと懸命になっているその姿に片手を上げて制した。
「お前の気持ちはわかったから、とりあえず黙ってろ。締められた時に声帯をおかしくしたんだろうが、声は出るんだ。そのうちよくなるだろう。だが、今無理すれば直るもんも直らなくなるぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
少年は思いつめたような顔をして喉を押さえると、こっちに向かってぺこりと頭を下げた。どうやら俺の言うことを理解したらしい。
「まだ水いるか?」
「・・・・・・」
一瞬躊躇いつつも小さく頷く少年からコップを受け取ってまた台所に向かう。
「そういやお前の名前。エルクだっけ?悪いな、冒険者証勝手に見た」
洗濯する時に気が付いて取り出していたのだ。そこにおいてると、ベットのサイドテーブルを指差す。
自室に入れる相手のことを警戒して警戒しすぎることは無い。しかし、冒険者カードで見た彼のレベルは本当に駆け出しのプリーストといった感じだった。ステータスを見れば知力と運にしか振っていない。もしかしてターンアンデットプリなのかもしれないが、まだそこまで覚えてはいないようだったし、かなり面白いステ振りだった。
「とりあえずこれから客が来るからそこらへんにあるシャツでも適当に着とけ」
エルクは慌ててベットから降りると、椅子にかかっていたシャツと俺を交互に見ていた。さすがにパンツ一丁では心もとなかったのだろう。
「ああ、それでもいい」
俺はエルクに水の入ったコップを渡した。そして台所に戻ると保存庫から適当にパスタとチーズ、卵にベーコンを出す。
「腹減ったな。今、飯作るからお前も食っていけ」
「・・・・・・・っ」
なにやらじっとこっちを見ていたエルクは慌てたように首を横に振るが、俺は見なかったことにした。パスタをゆでている間に野菜も手でちぎってサラダボールに盛る。手製のドレッシングをかけてリビングで立っている少年にボールごと渡した。
「腹減ってるなら先にこれ食ってろ。今パスタも茹で上がったからすぐできるぞ」
「・・・・・・・・・・」
逆らっても無駄だとでも思ったのか、エルクは躊躇いながらも身体を前に倒すようにしてぺこりと頭を下げた。
細い身体に肩幅の広い俺のシャツは大きかったのか、かなりだぼついている。細い足が枝のようにシャツから生えているかのような錯覚さえ覚える。
エルクはきょろきょろと部屋を見回していた。何かを探しているかのようだったので、俺は法衣かと思って声をかけた。
「法衣なら隣の部屋のベランダ。ポケットのものは全部冒険者証と一緒に置いてあるから」
エルクは慌ててベットのサイドテーブルに駆け寄ると上にあるものを見ていた。割れためがねもあって、それを手にして小さくため息をつく。だが、探し物はそこにはなかったのかベランダに行った。
しばらくして戻ってきたエルクはそこにも目的のものが無かったようで肩を落としていた。
「・・・・・見つからないのか?」
エルクは俺の顔を見て躊躇った後、小さく頷く。
「何が無いんだ?」
もしかしたらさっきの奴らが持っていったのかもしれない。問いかけにエルクが言いづらそうにしているのに気が付いて、俺はメモとペンを渡してそれに書かせた。エルクは躊躇った後綺麗な字を走らせた。

『火のソードメイス』

メモ帳にそう書かれているのを見て、俺は怪訝に思った。
殴りではないようだが、支援でもまぁ・・・・共闘を入れるのにたまたま持っていてもおかしくは無い。ああ、もしかしたら友人からの借り物という線もあるか。
アリエスに連絡入れてみようかと思った矢先、玄関でベルが鳴った。
どうやらもう来たらしい。
「邪魔をする。ん、カルボナーラか」
こっちの返事を待たないで開いたドアの向こうから、たれ猫を頭に乗せた赤い髪の20代中ごろの女アサシン、アリエスが現れる。そして早速フライパンの上のパスタに目をつけてきた。相変わらず食には目ざとい女だ。
「食ってくか?」
「お前の手料理は絶品だからな。馳走になろう。・・・・・・カーマイン。件のプリースト殿はどこだ」
「あれ」
俺が指差した先にはシャツの裾を掴んで所在なさげに立っているエルクがいる。
「・・・・・・・お前の稚児ではないのか」
「あんな枝みたいなガキのどこに欲情しろと」
小声のやり取りはエルクには聞こえなかったらしい。小首を傾げているその小動物的な姿にアリエスはなにやら心引かれたらしい。じっと見ながら、迫りその手を取った。
「プリースト殿。このたびはうちのギルドのものが失礼をした」
同じギルドと言うのに驚いたのだろう。エルクはびくっと肩を震わせた。そんなエルクの手を離し、アリエスは懐からハンカチを取り出した。
「プリースト殿を襲った4人。すべて私が処罰を下した。これがその証だ」
そして折りたたまれたハンカチに端を摘んでテーブルの上で振った。するとなにやら赤黒い指先大くらいのものがぽろぽろと落ちてきた。
何だと覗き込んだ俺は、それが人の生爪だと気が付いて顔を引きつらせた。ざっとみて4人の両手分はある。自分で処罰を下したと言うのだから、この女がやったのだろう・・・。
アリエスは自分の胸に手を当て、真剣な顔で頭を下げた。
「すまなかったプリースト殿。奴らはギルドから追放したが、うちの者が迷惑をかけたことに変わりは無い。貴殿を襲った罪、これにて勘弁してもらえないだろうか」
「・・・・・・・・・・・」
俺は血臭漂うかのようなそれらにさすがの俺も言葉が無かった。
つーか・・・こんなグログロしいものを食卓に持ってくるんじゃねぇ・・・っ。
思わずえづきそうになるのを堪えて、俺はアリエスの肩を叩いた。
「まぁ、なんだ・・・・アリエス・・・」
「どうした。カーマイン。こっちは侘びの途中だ。邪魔をするな」
「あー・・・おまえが生真面目な奴だってことはわかってる。わかってるんだがな・・・・・・・・。こいつ白目剥いてるから。気絶してるから」
「ん?」
血まみれの人の生爪などめったに拝めるものではない。年若く清らかな聖職者には少々刺激が強すぎたのだろう。
エルクは立ったまま気絶するという器用なことをしていた。














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