それは三年前。 製造でありながらオーラを吹くまでにいたった俺は、世界が一瞬で変わる声を聞いた。 伝承者 世界の終焉に現れるという戦乙女が認めた者のみがなれる存在。 ブラックスミスの頂点に立ち、これ以上の高みを見つけることが出来なかった俺を、再び駆り立てたのは今生に生まれてきたことへの感謝と興奮だった。 かつて存在していたというホワイトスミスへの憧れがあった。 ホワイトスミスにはブラックスミスには無かった戦闘スキルが多数あることは知っていた。 だから今度は武器の力を最大限に発揮して戦うスタイルではなく、自分でも武器を振るう力も身につけたい。 ブラックスミスとして製造の頂点に達した俺は、今度は自分の武器で戦い抜く戦闘型になろうと思っていた。 新たな道への挑戦。 それが俺を転生へと導いた理由だった。 友人達と別れ、俺は一人ユミルの書を読みにジュノーへ渡った。 悪友達は先に転生する俺がノビになったところを見て大笑いしてやるとすでに商人の町アルベルタに向かっていた。 この身体とも今日でお別れ。 このジュノーから出る時は俺は生まれ変わる。不安よりも嬉しさが勝っていた。 頂点よりもまだ先を、そして第二の人生を歩ける喜びに顔がにやける。 鬱蒼としたこの町特有の空気などこの時の俺は気にならなかった。 「しまった」 有頂天になっていてうっかりしていた。 転生は身一つでいかねばならない。ユミルの書を読むための寄付金だけ残してあまった金はアリエスに預けたが、俺はカートを外してくるのを忘れていた。・・・・・・こいつももう俺の身体の一部だからしかたないといえばしかたない。 まぁ外してカプラ嬢に連絡を入れればここからでも預かってくれるからいいか。 俺は早速冒険者証を握ってカプラ嬢への要請を出そうとした。 その声が聞こえたのはそんな時だった。 「・・・・・・・・・・・・・・?」 争うようなそんな声ではない。 気まぐれに風向きを変える風に乗って聞こえてきたのは、透き通るような歌声だった。 風が唐突に向きを変えてまた聞こえなくなる。 俺はその声が何を歌っているのか気になって、セージキャッスルへの道のりから外れてジュノーの端に足を向ける。 Lord, I come to You, let my heart be changed, renewed, Flowing from the grace, That I found in You. 聞きなれない旋律はだが、歌詞を聴いて聖歌だとわかった。 神の愛を讃える歌。 高い声は少年とも少女もわからない。 だが、その声は木枯らし吹きすさぶこのジュノーに春の暖かさを伝えているかのようだった。 まるでここだけ暖かい日差しが差し込んでいるような、そんな気さえしていた。 Lord, I've come to know, The weaknesses I see in me, Will be stripped away, By the power of Your love. この歌を歌っている人物の姿を見ようと草むらを掻き分けてやっとそれらしき後姿を見つけた。 反重力装置を使って町を島のように浮き上がらせているこのジュノーの端、崩れないように補強はしているだろうが、風にあおられれば落ちかねないようなところに、そのアコライトは立っていた。 Hold me close, Let Your love surround me. Bring me near, Draw me to Your side. 着ているのは男物のアコライトの服だった。白銀の半端に伸びた髪は風に晒されるがままに、顔を上げて空に向けて歌っている。 こんな風の強い場所に鳥などもいない。聞いているのは、この風と俺だけ。 こんなところで一人歌っているのがもったいないと感じるほどに、この少年はそこらへんのプリースト顔負けの声量を持っていた。この細い身体のどこにこんな伸びやかな声を隠しているのかと思うくらいに。 声をかけることももったいなくて俺は目を細め、その歌声を聞いていた。 And as I wait, I'll rise up like the eagle. And I will soar with You, Your Spirit leads me on. 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 御側に抱き寄せたまえ あなたの愛の中 鷲のように私は昇る この冷たい風吹きすさぶジュノーで唯一、これからヴァルハラに昇り生まれ変わる俺を祝福してくれているような気がした。 俺はカートを外していなかったことに感謝しながらその中に手を突っ込んで必要な材料と、火の属性石をつかんだ。 失敗するかもしれないとか不思議とそんな気すら起こらなかった。 In the power of Your Love. 少年は歌の締めくくりに片膝を突き、両手を身体の前であわせて指を組んで空に向かって祈りを捧げる。 そしてまた別の歌を歌うその歌声を聞きながら俺は携帯用溶鉱炉に火を入れた。 風の音が強い上に、こちらが風下になっている。それに加えて少年との間に距離があることが幸いした。 彼の歌は主を讃えるだけはなく、優しい愛を綴ったものが多かった。 聞いているだけでまるで森の中の陽だまりの中で眠っているかのような安らかな気持ちになれた。 思い出すのは苦しんだ商人時代。 力を求める余裕も無く武器を作るためだけの勉強をして、鍛冶屋の資格を取った。そこからまた経験をつんで初めて挑戦したのは一本のマインゴーシュ。焦りすぎて星も属性石を入れるのすら忘れてしまったそれは店売りのものと大差なかったけど、それでもそれに自分の名を刻んだ。 初めてこの手で作り上げたものを掴んで空にかざす。 青く澄み切った空にその刃はきらりと光った。 あの喜びを、思い出した。 声に耳を澄ませながら無心に鉄鎚を振り下ろし、出来上がったのは火のソードメイスだった。 ブラックスミスである自分が作った最後の一本。 銘を刻み、そしてふと思いついたようにさっき聞いた一文を刃に刻んだ。 彼への感謝を込めて。 歌が途切れ、また祈りを捧げるその背中に向かって一歩踏み出す。 「おい」 人がいるとは思わなかったのだろう。 とたんにびくっと肩を震わせて、振り返ろうとしたその身体がふわっと風にさらわれそうになった。 慌てた俺が走ってその身体を支える。あやうく下に落っこちるところだった。空高く浮かぶジュノーから落ちたらさすがにシャレにならない。 「あっぶねー・・・・・」 「ご、ごめんなさい・・・・・」 俺の腕の中にすっぽり納まっているアコライトの少年が、怯えるように声を振るわせて謝った。 「いや、悪ぃ。驚かした俺のせいだ」 身体を離して見た少年は、メガネをかけていた。見目は悪くはないし良いともいえない、薄汚れたアコライト。その目は怯えていて、さっきまで堂々と歌っていた姿と同一人物とは思えないほどだった。 「・・・・・さっき歌ってたのお前だよな?」 つい確認した俺に、少年は顔を真っ赤にして肩をすくめて俯いた。 「ごめんなさいっ」 踵を返そうとしたその腕を掴んで引き止める。 「まぁ、待て。怪しいもんじゃねーから。・・・・・・こいつを、お前に。俺がさっき作ったやつだ」 掴んでいた腕を引いて、その手にさっき出来たばかりのソードメイスを渡した。目を丸くして俺を見上げるその目はきょとんとしていて、つい笑みが浮かんだ。 「お前のおかげで大事なこと思い出した。これはその礼だ」 「?・・・・・・・・・?・・・・」 意味がわからないでいるこの少年の腕を放した。 「お前、プリーストになるのか?」 「・・・・・・・・・・・・・たぶん」 「『たぶん』じゃねぇ。なれ。・・・・・・今度はお前が歌うグロリアを聞いてみたい」 この声で神の祝福を謳われればどんな武器でも作れそうな気がした。 いきなり見知らぬブラックスミスに指差されながらプリーストになれと言われたアコライトは驚いたように目を丸くしていた。 「・・・・・・・・・・・・」 そして俺を見上げるアコライトの少年に片手を振って、俺は置いてきたカートのところまで戻る。 俺はカプラ嬢に要請を送り、消えるカートの中にある製造の道具達を見ながら笑みを浮かべた。 ホワイトスミスは攻撃に特化した存在というだけじゃない。 その手を経て作られたものはただの武器ではなく、生命の息吹すら吹き込むという。 自分がまだ知らない製造への道がそこにはあるのかもしれない。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 また、製造の道を進もう。 辛い道のりであろうと、必ずこの手で作った武器をもう一度空にかざす。 光を反射する刃の向こう。 その先にある空はきっと目に痛いくらい美しい青だ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |