静かに横たわる二人の姿を見ても信じられずにいた。 だって確かに昨日までは俺を見て笑ってくれていたのに。 「カイト」って俺のこと呼んでくれたのに。 昨日夕飯を一緒にと招待してくれた姉夫婦は、今日事故で死んだのだという。 ウィザードだった姉と、俺と同じプリーストだった義兄。 両親が早くに死んだので、姉は俺の唯一の肉親だった。 それを失ったのだと俺はなかなか認める事が出来ずにいた。 慰安室に入ってからまるで一人この世界に取り残されたかのように立ち尽くす俺は、ずっと続いていた小さな嗚咽に気がつかなかった。 「まぁま・・・・・ぱぁぱ」 えぐえぐと途切れることのない嗚咽に漸く気がついた俺は、二人が眠る台の向こう側に向かう。 「・・・・・・・シアン・・・・」 姉夫婦の唯一の子供。 まだ年は8歳かそこらなのに、もうすでに2次職の試験をクリアした小さな天才アサシン。 桃色の小さな頬が涙で濡れ、擦った所為で赤くなっていた。 自分と同じように大事な人たちを無くした子供を見て、俺はつられるように涙が上がってくる。 「・・・・・・まぁま?」 姉の姿を俺の中に見たのか、シアンは俺を見上げる。 「シアン!!!」 そのすがるような青紫色の瞳にたまらず俺は小さな子供を抱きしめた。 流れ出た涙を堪えようとは思わない。 今は二人の為に泣こう。 そう思った。 Adopted son 〜不可思議な家族計画〜 シアンと一緒に暮らすようになってから1月がたった。 俺がシアンを引き取るといった時、周囲はまだ十代の俺が小さな子供を育てる事に不安を持ったようだった。 君には先があるんだから施設に預けるように言ってきた人間もいた。 だが俺は断固として聞き入れなかった。 それに当のシアンが俺から離れようとしなかったのだ。 俺の姿が見えないととたんに狂ったように泣き出す小さなアサシンに、周囲も今は共にいた方がいいと判断してくれたらしい。 まだ一時措置というのがつくのが悔しいけど。 養子に出来れば話は早いのだ。 だがいくら血のつながりがあっても、誰かと結婚できなければシアンを自分の養子にできない。 だけど、今の俺には恋人もいない。 それにいきなり一児の子持ちでもいいなんて女の子いないよなぁ・・・・。 ふうっと俺はため息をついた。 「シアン、机の上片付けちまえ。飯だぞ」 「うんっ」 いっちょまえにレッドジェムストーンの数を数えていたシアンは、俺がスパゲティーの皿を抱えてくるとそれを皮袋に直す。 なんだか子供が玩具で遊んでいるようで微笑ましい。 小さなアサシンの衣装も何だかコスプレっぽくて愛らしさも倍増だ。 それでいて二次職の試験に合格した天才児だっていうんだから格好だけじゃない。 ああ、親ばかってこんな感じなんだろうなぁ。 姉夫婦がこの子をかわいがっていたのもわかる気がする。 「いただきます」 二人で手を合わせて食事の挨拶する。 シアン用に甘めに作ったミートスパの出来上がりは上々だった。 シアンはフォークを一生懸命操っておいしそうに口に運んでいる。 「慌てないでいいからなー。ほら、こぼれてるぞ」 「んー」 小さな口いっぱいに頬張るシアンの頬についたミートをすくう。 ぷにぷにしたほほが愛らしい。 うううう。かわいいなぁ。 ふいに玄関の方から呼び鈴が鳴った。 「・・・・・?」 お客さんらしい。 「ちょっと食ってろな」 シアンが不安そうに見上げてくる。 シアンはまた養護施設のおばちゃん達が来たのかもしれないと不安に思ったのだろう。 大丈夫。 俺はお前を手放す気なんてないからさ。 その小さな頭を手の平でかき混ぜて、なんでもないように玄関に向かった。 途中でもう一度チャイムが鳴る。 「はいはい。今出ますよー」 おばちゃんが来ようと、鬼が来ようがあの子は渡さない。 俺が育てるんだって姉達の前で誓ったんだから。 だがそう決心してドアをあけた俺の目の前に立っていたのは、ある意味おばちゃんや鬼より厄介な人物だったのだ。 「・・・・・カイト」 俺の名前を呼ぶ目の前の人物に声もなく目を見開く。 そこに立っていたのは長身のナイトだった。 青いさらさらの髪にコバルトブルーの瞳。 優しげな風貌はそのままに昔より少し痩せた分だけ大人っぽく見えた。 だが悲しみと優しさと嬉しさとごちゃごちゃないまぜにした表情を浮かべて俺の名前を呼ぶ声は、最期に見た半年前とぜんぜん変わっていなかった。 「ス・・・・スオウ!!!!?」 「カイト!!!!!」 なんでこいつがここにいるんだ!!!? 俺が驚愕のあまりに叫んだ事で箍が外れたらしい。 「まじやばっ」と青ざめた俺が玄関を閉めかけたところで、それをスオウが無駄に長い足で止めた。 スオウがうるうるとその目に涙をたたえて俺に向かっていきなり腕を伸ばす。 嫌な予感がして離れようとした俺の肩を掴んで奴は力いっぱいに俺を抱きしめた。 「会いたかった!!!!」 「ギャ――――――!!!!?痛い痛い痛い!!!!うがぁぁぁぁ!!!?」 この馬鹿力が手加減抜きで抱きしめてくれるものだから、足が浮き上がって骨がみしみし嫌な音を立てる。 玄関の外でこっちを驚いたように見ている通行人と目が合って、慌てて半端に開いたままだった玄関をしめた。 スオウを中に入れてしまったことは仕方がない。 こんなシーン見られて平然としてられるほど俺はまだ恥も外聞も捨ててないのだ。 だがこの馬鹿は周囲の事などお構いなしのようだ。 変わってない!!!やっぱこいつぜんぜん変わってない!!! 「王立調査隊に入って半年。君の事を考えない日なんてなかった!!!!こうしてまた無事に君と会えた奇跡を僕は神に感謝するよ!!!!」 「そうか!!!?俺は今こそ神を呪った事はないぞ!!!!というか離れてた間で俺のこと忘れてろよ、頼むから!!!!!!」 「ああ、そのかわいい声も僕の腕にあつらえたかのようなこの体も何も変わっていない。まさに僕のために生まれてきたかのような人だ!!!」 「相変わらず派手に勘違いしてんじゃねぇよ!!!!てめぇ、僻地に飛ばされたんじゃなかったのか!!!?何でもう帰って来るんだよ!!!」 半年前こいつからストーカー行為を受け続けたあの悪夢日々が蘇る。 そう、このナイトは何をトチ狂ったのか男の俺が好きだと言いやがったのだ。 俺が女の子のように見目かわいらしいプリーストだったらビジュアル的にOK!!?とか周囲も思ってくれたりもするのだろう。(いや、思われても困るのだが) だがしかし、あいにく俺は髪も短く刈り上げたどっから見ても普通の男。こいつのように男前と言われるほど顔立ちが整ってるわけでもない。まさしく一山いくらの容姿でしかない。 始めて好きだと告げられた時は俺も周囲も何の冗談だとしか思わなかった。それが付きまとってくるこの男に町中だろうとどこだろうとかまわず告白をされ続け、散々な日々を送った。ちょっとかわいいなぁと思っていた女の子の前でやられた日には真剣にこいつを恨んだ。仕舞いにはスオウの周囲の面々も止めるどころか生ぬるく見守るしかなくなり、とうとう俺は半分ノイローゼになったのだ。 漸く半年前に新しい土地開拓集団(王立調査隊)に入る事になったこいつと縁が切れたとほっとしたのに!!!! もう向こうの土地で土になっててくれてもぜんぜんかまわなかったのに!!!! なんてしぶとい奴なんだ!!!! しかも万が一のことまで考えて引越しまでしたって言うのに何でここを突き止めやがったんだ!!!!? 変態の嗅覚というのはこんなに鋭いものなのか!!? せめて幻であって欲しいと願っても、俺は実際目の前にいるこの男に抱き殺されそうになっている現実から逃げる事は出来ない。 「骨が折れる!!!マジ折れる!!!!・・・・・う・・・・息苦し・・・・っ」 「カイト」 息が詰まったとこでようやく力が緩んだかと思えば、いきなり目の前が暗くなり唇に何かが触れた。 チョットマッテ。 なんで俺キスされてんだ――――!!!? 過去のこいつはストーカーまがいの事はしてもこういった実力行使はしなかった温和な男だった。 その油断が俺を尚更に驚かせた。 半年という間はこの男を野獣にでも変えやがったのか!!!? そんな話聞いてない――!!!!! 硬い防具を叩くが変態ナイトの力は緩まない。 せめて顔をずらそうと抵抗するがそれもかなわない。 それどころか、口の中に生ぬるいものが強引に入り込んで俺は泣きそうになった。 「・・・・トマトケチャップの味がする・・・・・」 スオウがくすりと笑ったのわかった。 だがすぐにヒルのようなそれが歯茎をなぞって俺の舌を弄ぶ。 噛み切りたい衝動にかられたが、それ以上に噛み切ったらそれが生き物のように体の中に入ってきそうで怖かった。 だって変態の舌なんだぞ!!!? この時の俺は冗談抜きでこの世の恐怖というものを味わったのだ。 この責め苦がいつまで続くのかと目の端に涙が浮かび上がった時だった。 「べのむだすとぉ!!!!」 舌ったらずの声と共に、紫色の煙が舞い上がる。 「そにっくぶろぉぉぉぉ!!!!」 がががっと金属同士がぶつかり合う音がして俺の体を支えていた腕がなくなった。 脱力して床にへたり込む俺の目の前に小さなアサシンが立つ。 完全に腰が抜けていた。 「カイトに変なことするな!このへんたい!!!!」 玄関先で騒いだ所為で急いで来たのだろう。片手にはカタールと一緒にフォークが握られたままだ。 それでびしっとシアンを指差すシアンの後姿は本当に頼もしく見えた。 だがどうしてだろう。 あれをその純粋な目で見られていたのかと思うと何故だか泣きたくなるんですが!!!? 毒に巻かれたスオウはシアンの姿に驚いたようだった。 けほけほ咳しながら懐から出した緑ポーション片手に膝をついた。 たしかスオウはVIT系のバランス騎士だった。 さすがに打たれ強いのかシアンの攻撃もあまり効いた様子がなかった。 片膝ついたのもシアンと視線を合わせる為だったようだ。 「・・・・え・・・・と。シアン君・・・・だったかな?さすがカイトの血筋だなぁ・・・・顔立ちが似てるね」 「何でお前がシアンの事知ってるんだよ!!!?」 こいつがシアンに会った事などないはずだ。 変態ってのはそんな事まで調べるのか!!? 驚く俺に、スオウは苦笑する。 「3日前、城に戻った僕はまたプロンテラ騎士団に配属になったんだ。その関係上最近プロンテラであった事件事故関連の書類に目を通していて・・・・・君達の名前を見つけた」 それでどうしてこいつがこの家を突き止めたのかわかった。 信じられない事だがこいつはプロンテラの風紀と秩序を守るプロンテラ騎士団の一員だった。 勤めている奴がストーカーなどやらかして風紀と秩序を乱しているような気はするが、入る事ですら難しい騎士団にいるのだから一応こんなのでもエリートなのだという。 事件事故の書類などいくらでも見れるだろう。当然住所なんかもそれに書いていたはずだ。 シアンの事もそこからだろう。 ほんのすこしその目に宿った憐憫の情に、俺は気まずい想いをした。 「あの事故の事は何ていったらいいのか・・・・」 こいつの声が優しすぎて、俺はさっきされた事も忘れて目を逸らした。 こうやって人から姉達の事を聞かされるとまた胸が痛む。 シアンの養子の事やいろいろ問題は山済みだというのに、自分の気持ちすら整理されきっていないことをまざまざと思い知らされた気がした。 でも胸に付く深い悲しみが癒えるにはまだ時間が足りそうになかった。俺の事を思うんだったら一刻も早く目の前から消えて欲しいとまで思った。 「・・・・・・カイト・・・・?」 不安そうなシアンがそんな俺にしがみ付いてきた。 その温もりにまた涙線が緩む。 その時。ふわっと肩に温もりを感じて俺は驚いた。 目の前のコバルトブルーはそんな俺を労わる様に細められていた。 「ごめん・・・・、君が辛い時に一緒にいてあげれなかった」 「・・・・・・なんでお前が・・・・」 謝るんだよ・・・・。 息が詰まって最期は声にならなかった。 やめて欲しい。 優しい言葉を投げかけるのは。 俺は縋り付きたくなる衝動を懸命に堪えた。 「施設に預ける話もある中、君が姉夫婦の子供を引き取って育ててると聞いて、君らしいと思ったよ。こんな小さな子を一人にできるほど君は薄情な人じゃない」 「・・・・・・・・・・・」 違う・・・・・。 俺は小さく首を横に振った。 俺はこいつを立派に育てないとと思っていた。 それがきっと姉夫婦の最後の望みだと。一種の義務感のように。 だけど本当は俺がシアンを離せずにいるのだ。 そうだ、俺はこの小さなアサシンを守りたいと思っただけじゃない。 この世界に一人取り残されたような気がした俺は、この子と一緒にいれる確かな絆の形が欲しかったんだ。 だって一人は辛すぎるから・・・・。 「・・・・・でも、結婚していないと養子にする事も出来ないって・・・・・。今も、シアンを施設に連れて行こうってして・・・・俺達・・・家族にはなれないんだ」 シアンを抱きしめながら、ずっと我慢してきた本音が零れた。そんな俺の肩を抱く温かい腕に力がこもった。軟らかい声が優しく聞こえてきた。 「この子もこんなに君を大事に思ってるじゃないか・・・・・。俺には君達はもう立派な家族に見えるよ」 「――――――っ」 ・・・・・反則だ。 そんな事を今言ってくれるなんて。 卑怯すぎるじゃないか・・・・。 何時の間にか周囲に気が張っていたのだと思い知った俺は、緩やかに抱きしめてくるその腕を振り払う事が出来なかった。 俺達を黙って認めてくれる腕。 こいつ・・・変態だけどかっこよすぎる。 思わずすがりつくような事を言ってしまった俺の耳に、だが次の瞬間には信じられない言葉が入ってきた。 「そうか・・・・・・今僕は初めて君の心がわかった気がする」 「・・・・・・・・は?」 なんだって? 今のは聞き違いかとシアンの髪に埋めていた顔を上げる。 きらきら光るコバルトブルーの目に俺はいやな予感を感じた。 そして逃げようにも逃げられないこのうかつな体勢を呪った。 やばい・・・・嫌な予感しかしない・・・・。 「君が僕の想いを受け入れてくれないのはどうしてかずっとわからなかった。確かに普通とはちょっと違うかもしれないとは思ってたけど」 いや、ちょっとどころの話じゃないから!!!!? 「だけど君はこうやって僕と結婚してシアンを養子にと望んでくれた。そうか、僕との事を渋っていたのも僕らの間に子供が出来ない事を気にしてくれていたからなんだね!!!!!ああ、カイト、君はなんてかわいい人だ!!!!」 何 だ っ て !!!? 「ギャ――――――――!!!!?」 案の定、変に感激しているこの馬鹿に俺はシアンごと抱き込まれた。 変態の思考回路には限界がないのか!!!!? 何で俺がそんな事を気にしてたって言うんだ!!!!? しかもお前と結婚してシアンを養子!!!? そんなの真っ平ごめんだ――――!!!!! 鳥肌を立てた俺はシアンだけでも守ろうと必死になって腕に力を入れる。 「待て待て待てー!!!!!シアンがつぶれる!!!」 「大丈夫!!!!俺が二人を絶対に幸せにしてみせるから!!!!だから一緒に暮らそう!!!!」 「これの何処が大丈夫なんだよ!!!!お前みたいな変態、絶対お断りだ!!!!シアン逃げろ!!!つぶされるぞ!!!!」 「んに、にににっ」 俺の腕の中でじたばたするシアンは必死になってスオウに蹴りを入れているようだがこの男にはまるで効いていない。 「ああ、半年振りのカイトだ」 「ひゃぁぁぁぁぁ!!!!触るな抱きつくな擦り寄るなー!!!!!」 「カイトから離れろ。ヘンタイ魔人ーっ!!!!」 俺やシアンの攻撃もなんのその。 お気に入りのぬいぐるみにするように頬ずりをしてくるスオウに俺は思い知った。 変態は どこまでいっても 変態だ。(5.7.5調) その変態がこのプロンテラに帰ってきてしまった。 これから先の事を考えて俺は目の前が真っ暗になった。 +++++++++++++++++++++++++++++++ 名前は色見本から。 変態騎士×不幸プリ+ミニマムアサ ・・・・・・自分の趣味の集大成かもしれないネ!?(゚∀。) |