夕日の色












炉の中で燃え盛る炎は鍛治師にとって神聖なものだった。
ブラックスミスは炎に自分の息がかからないように深呼吸して、用意した金敷きの前に座る。
炎の中にくべられた鋼鉄は赤く焼けている。
ブラックスミスは火鋏に挟んだそれを裏表確認してまたくべる。

「俺・・・・、出て行ったほうがいいでしょうか」

騎士が居心地悪そうにもじもじとしながらそういった。
どうしてだとブラックスミスが聞くと、騎士はブラックスミスから視線をそらして俯く。
「えと・・・集中できないんじゃないかと・・・」
騎士のその様子に支援担当の青髪のプリーストが目を丸くする。
騎士の言葉がそのままの意味ではないとわかったからだ。
とたんにプリーストも居心地の悪そうな態度になる。
騎士もそんなプリーストに肩をすくめる。
これで騎士が何故そんなことを言ったのかプリーストに伝わってしまったようだ。
しかし製造中のあんなエロい姿をまた見せ付けられてまた前かがみになって逃亡なんて洒落にならなさすぎる。
だけど、このプリーストとブラックスミスを二人にさせてしまうのもやきもちという厄介なものが首をもたげてくる。
出て行きたいが、出て行きたくもない。
そんな気持ちがさっきの言葉につながっていたのだ。
「さすがに大勢の前では雑音がうるさいからやらんが、黙ってるならいてもいいぞ。俺もそこまで神経質じゃない」
ブラックスミスは前回騎士が見ていたことを知らない。
だがそこでふとブラックスミスは顔を騎士に向けた。
「だが俺の製造は見てても気持ちいいもんじゃないぞ?」
「え?」
「前に何度かあったんだ。見てたやつらが具合悪そうにうずくまったり、急に熱でも出したのか顔を赤くしていたり。師匠が言うには俺の製造に酔っ払ったらしい」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
プリーストと騎士は生ぬるい顔をした。
その具合悪そうにうずくまった人や、急に発熱したというその人たちがけしてブラックスミスが思っているような理由でないことを理解していた。
「鉄を打つリズムがおかしいのか・・・?」
ブラックスミスは頭をかきながら独り言のように呟く。

お師匠さん。
そこまで言うんだったらこの危険人物にはっきり言ってやって危機感持たせた方がいいんじゃないですか?

プリーストと騎士はどちらからともなく生ぬるい笑顔のまま顔を見合わせる。
「すいません、時間に余裕があればご一緒に・・・」
「・・・はい」
互いににっこり力なく笑う笑顔は作ったものだったが、気持ちは一つだった。

こいつがいればとりあえず意地でも無様な姿だけは見せないだろうと。

不思議なことだったが、この二人は後に気心知れた親友になったりする。
しかし今はまだ曖昧な気持ちを互いに持てあますライバルだった。

「ああ・・・」

ブラックスミスは火鋏を持ち上げて目を細めた。
綺麗に焼きあがった鋼鉄は目にも鮮やかなオレンジになっている。

「夕日の色だ」

「え・・・・・・?」

不思議そうな顔をする騎士とプリーストに気がついたのか、ブラックスミスは二人に視線を送る。
「鉄を打つのに一番いい色がオレンジなんだが、使う鋼鉄によってまれにこうした深みのある色が出ることがある。・・・・・綺麗な色だろう?」
優しくも暖かく。
目を細めてさえいれば目を焼かない夕日の色。
なのに焼けた鉄の淡い光に照らされたブラックスミスの優しい微笑が目に焼きつく。
「綺麗です・・・」
「うん」
この人の微笑みはこの鉄に向けられたもの。
自分に向けられたものではないとわかるからこそ切ない。
本当に夕日を見ているかのような気持ちになった。

ブラックスミスはエンペリウムでできた金敷きの上に焼けた鉄をのせる。
鋼鉄を何枚も張り合わせただけの焼けた鉄。これが今腰に下げているクレイモアになる。
騎士は自然と腰の剣に手をかけた。
ブラックスミスは焼けた鉄の上にグレイネイチャと星の欠片を落とし込む。
そしてまた火にくべた。
地属性のものを放り込んだからなのか、ごうっと炎が一段と激しくなった。
ブラックスミスの金の髪が飛び回る火の粉に煽られる。
だがその視線がさまよう事はなかった。

「始める。支援を頼む」

再び夕日の色になった鋼鉄の塊を金敷きに乗せる。
プリーストはブラックスミスにブレッシングをかけて、そして歌った。
それは古い子守唄だった。
大地の母が人々を包み込み慈しむ無償の愛の歌。
歌からあふれ出すような光の粉は炎の粉すら優しく包み込んで抱きしめる。おそらくプリーストがもつ地のイメージなのだろう。
そしてその中で鉄鎚が振り下ろされる。
真剣に一心に下ろされる鉄鎚の音が工房に響く。

騎士は目を見張りながらそれを見ていた。
ブラックスミスの目は真剣なものだった。
いつかのように夢心地のようなものとは違う。鉄の言葉を聴くかのように、感じるかのように一心不乱に鉄を打つ。

『造ってやる。誰でもない・・・・お前だけの武器を』

今、ブラックスミスは紛れもなく自分のことを思いながら剣を作ってくれている。
自分の剣を振るときの癖や握り方を思い出しながら。
真剣に。
その横顔が今まで見た彼のどの表情より騎士の胸を叩いた。

「・・・・・・・・・・・・」

騎士は鉄を打つ音を聞きながら、まるで自分の胸を打たれているかのように錯覚する。

鼓動をたたく。
胸が痛くなるほどに。

打たれるたびにあやふやふだったものが一つのものに鍛え上げられていく。

騎士の視界がゆれる。
ぽつっと一度落ちた涙は、堰が切れたように溢れ出す。

目の前で一振りのクレイモアが優しい光をまとわせて形になる。

ブラックスミスは火鋏ごと水の中に鋼鉄を入れる。
急に冷まされた鋼鉄と水の間で水蒸気がおきる。そして鋼鉄をまた持ち上げた。
目を細めて角度を変えながら伸ばした鋼鉄にゆがみがないか確認する。
疲れているのだろう。漂う雰囲気は気だるげでありながらもどこか人を誘う色香があった。

「・・・・・・・・・・うん」

額からあごを伝い落ちる汗をそのままに、ブラックスミスはまだ磨かれていない刀身を見つめながら満足そうに微笑んだ。

騎士はブラックスミスから顔を背けるようにして涙をぬぐう。

好きだと思った。
心の底から。

抱きしめたいと思う衝動が、自分で戸惑うほど強くなっていた。















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