夕日の色













ブラックスミスは机の縁に寄りかかりながら腕を組んでプリーストの告白を聞いていた。

後ろには研ぎを待つ地属性のクレイモアがあった。
ギルドメンバーに呼ばれた騎士がいなくなり、プリーストとブラックスミスだけが残る工房で、今プリーストは自分の想いを告白した。

二度目とはいえプリーストは頬を染めながら、しかし以前より強い意志を含ませた瞳でブラックスミスを見る。

「前にも言ったと思うが」

ブラックスミスはたった今告白されたとは思えないほど冷静な声で答えた。
「俺は専属のプリーストは求めていない。お前が言うのが恋人の意味も含むのなら尚更だ。こんなむさくるしい男に血迷うくらい溜まってるなら、裏通りか臨公広場にでも行って熱を発散させて来い」
それに自分の恋心が即物的なものだと言われているような気がしてプリーストはカッと赤くなった。
「茶化さないでくださいっ」
「それともなにか」
憤るプリーストにブラックスミスは口元に曲げた指を押し当ててニヤリを皮肉気な笑みを浮かべた。

「もう一度『確認』してみるか?」

「――――――っ!」

返り討ちにされたことを思い出したプリーストは拳を作って立ち尽くす。
歯噛みしたまま何も言えないでいるそのプリーストに、苛めすぎたかとブラックスミスは内心自嘲した。
自分の中には誰かと付き合うことなんてできないのだという意識があって、だからこそ受け入れることのできない苦しさがある。だがこれでは八つ当たりだ。
ブラックスミスは軽く組んでいた足を組みかえて、小首を傾げるようにして苦笑する。

「俺は止めておけ。きっとお前が傷つく」

「なんでそう決め付けるんですか。好きな人がいるんならともかく・・・・」

「じゃあ聞くが、お前のいう付き合いって言うのはセックス込みの話なんだろう?」

「え?・・・・・・・・・・・・あ・・・はい」

驚いた表情を徐々に羞恥に強張らせて終いには俯きがちに肯定するその様子に問いかけたブラックスミスの方が困ったような顔をする。
このことだけでも師匠が連れてきたこのプリーストは本当に素直でいい子だと思う。
時折驚かされもするが、それは一本気なだけなのだ。だがそれがいけない。
年だって自分とは一回り違う。
だから無理だと思った。

「俺は、感じないんだ」

「え?」

「性行為によって人が得る快楽を俺は感じることが出来ない」

「・・・・・・・・・・え?」

「不感症、不能、いろいろ言い方はあるんだろうが、つまり俺がそうなんだ。何も感じないわけじゃないが、せいぜい触られているとわかる程度だな。人の肌や体温を気持ち悪いと思う。ひどい時には吐くこともある」

「何で・・・・そんな・・・・」

「知らん。気がついたらそうだった。一時は師匠がどうにかしてくれようとしたんだが、結局無駄だった。経験豊富なあの人が自分では無理だといったんだ。もう諦めた」

ブラックスミスは寄りかかっていた机から身を離し、プリーストに近寄る。
前にキスを返り討ちにされた経験が蘇ったのか、体を強張らせたプリーストに向かっておびえさせないようにゆっくりと手を伸ばす。
頬を撫でるかと思ったその手は、青い髪を櫛笥上げて優しく頭を撫でた。

「製造中にだけ欲情するようなこんな欠陥品のことなんて忘れろ。俺は誰とも付き合う気はない」

「・・・・・・・・あの騎士とも?」

プリーストが言った言葉にブラックスミスは言葉を失ったかのように黙り込んだ。
その目には驚きしかない。

「なぜ、あいつが出てくる」

「あの騎士があなたに惚れてるから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何を馬鹿な」

「貴方のことを好きな俺が言っても、冗談だと思いますか?」

ブラックスミスは今までのことを反芻しながら、それでも表情を変えない。
だが視線だけが宙を彷徨う。
そこに迷いがあることを見たプリーストの中で嫉妬心が沸く。自分の髪を撫でるブラックスミスの腕を掴んだ。
「お願いです。俺にためさせてください」
「?」
プリーストは見ているほうが痛いくらいの切ない目をしてブラックスミスに言った。

「貴方を抱かせて。・・・・・・・・一度でいい。あなたが何も感じなければ・・・・諦めるから」

その目には想いを諦めきれない切実さがある。
ブラックスミスはその目を見て眉尻を下げ、困ったように眉間に皺を寄せた。
プリーストの手から自分の腕を取り戻す。力を込めきれていないゆえにそれは優しかった。
そういうところにプリーストのまっすぐさを感じたブラックスミスは一度閉じた目を開き、真摯な目で目の前の男を見つめた。

「何も感じないからといって、誰とでもいいという訳じゃない」

ブラックスミスはなんでもないことのように言った。
だが、プリーストは自分の言った言葉がブラックスミスを傷つけたのだと悟った。
男として言いたくもないことだろう事を自分の為に言ってくれたブラックスミスに、自分は欲望と想いを押し付けたのだ。
自分のことしか考えていなかったことをプリーストは恥じた。
「すいませんっ」
「・・・・・・・・・・・・気にしてない。人間開き直ると大概のことには鈍くなるもんだ。今日は有難う。もう会うことはないだろうが」
「いえ、お願いです。製造支援だけは勤めさせてくださいっ」
プリーストは頭を下げた。
それにブラックスミスの方が驚く。
「あと一本。・・・・・・・依頼されたこの仕事だけはっ」
「・・・・・・・・自分を二度も振った男のことなんて見たくも無いんじゃないか?」
「いえ。・・・・・・・脈が無いことはわかりました。俺があなたを傷つけたことも。あなたが俺のこと見たくもないって言うなら引きます。でもそうじゃないなら・・・・・・」

見届けたいのだ。

「その剣を打つあなたはこの間と違っていた。あの騎士のことだけを思って打っていた」

後一本。
火属性のクレイモアを打つブラックスミスが今度はどんな変化をするのか。

見てみたいと思ったのだ。
それが自分の望まない結果だとしても、それでもいい。

プリーストは頭を下げながら鼻の奥がつんっとするのを感じた。














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