夕日の色 ブラックスミスは古めかしいレンガ立ての建物の中に入る。 一階は工房になっていて、そこには探している人物はいなかった。 脇にある階段を上がり、二階に行く。そこが居住スペースになっていることをブラックスミスは知っていた。 ドアをノックするが返答は無い。だが人の気配があったのでドアノブを回す。鍵はかかっておらず、ブラックスミスはドアを引いた。 「・・・・・ふ・・・・・ん・・・・っ」 くぐもった声に顔を上げると、入ってすぐにある台所でシンクに人影があった。 細身のプリーストらしき男をホワイトスミスが抱き込むようにして覆い被さっている。 プリーストの足は宙に浮いていて、見上げた先でホワイトスミスから濃厚な口づけを受けていた。 白銀の髪のプリーストはホワイトスミスの腕に手を添わせて頬を染めて目を閉じていたが、ブラックスミスの気配に気がついたのか急に足をばたつかせ始めた。 ホワイトスミスは予め気がついていたのだろう。顔を上げて二人を繋ぐ糸のような銀糸を舐め取りながら、玄関に立ったまま半目になっているブラックスミスを見る。 「何だ?」 平然と問いかけるホワイトスミスにブラックスミスはため息をつく。 「・・・・・・・・・・・ちょっと話が。下、行ってます」 どうやらあまり良くないときに来たらしい。 今、耳まで真っ赤にして顔を背けてうつむいている白銀の髪のプリーストはホワイトスミスの恋人で、元聖歌隊所属の青髪のプリーストが心から惚れ込んでいる人物だ。 最初に会った時はやせっぽちの捨て猫のようだった姿も、ホワイトスミスに愛でられていくうちに優しげな笑顔に見てる方が心和むほど綺麗な人になった。 どうやら彼がアコライトの頃からの知り合いらしいが、いろいろごたごたがあったらしく、それはブラックスミスも知らされていない。 しかしホワイトスミスがこのプリーストを溺愛していることは周知の事実で、ブラックスミスも気を利かせたのだ。 「1時間くらい待たせるぞ」 ホワイトスミスもドアを閉めかける弟子に片手を上げるだけで、プリーストの腰に手をまわしたまま奥に行こうとする。 と、そこで真っ赤になって涙目のプリーストが必死になってホワイトスミスの顔を押してブラックスミスを見た。 「待たせません!」 昔から泣く子には勝てないというもので。結果、ホワイトスミスは二階からブラックスミスと降りる羽目になった。 なんでも我を行くホワイトスミスでも、この恥ずかしがりの恋人に泣かれるととても弱い立場なのだ。それを特別隠すわけでもないし、むしろ公言してはばからない。大人の余裕なのかはたまたのろけなのかは迷うところである。 ホワイトスミスは煤の匂いの篭った工房の窓を開ける。新鮮な風が入り込んできて二人の髪を撫でた。 ブラックスミスの工房同様、ホワイトスミスの工房も片付けられている。 ランカーでもある彼が作る武器の数はブラックスミスとは桁違いだ。 最初は白い壁だった工房も灰に染まり、まるで何十年も使いこまれたような風格があった。 「で?・・・・・・何を聞きに来た」 「あなたが何故・・・俺のところにあの騎士を寄こしたのか・・・・」 もっと他に聞きたいことはあったのだが口に出すことができずに、代わりに出てきたのはそんな台詞だった。 ホワイトスミスは慣れた仕草でタバコを咥えてマッチで火をつける。 「あの騎士が自分だけの武器が欲しいといったからさ。俺の武器は誰でも使えるようにはしてある。それじゃ満足できねぇとあの騎士は言いやがった。俺だってオーダーメイドくらいつくるが、それはよっぽど気に入った相手じゃねーとやらねぇ。なにしろそいつの体格や姿勢、握り方から細かいとこで剣を受けるか流すかそういうそいつの癖まで把握してやらねーと本当に合った武器は作れねぇ。はっきり言って、すげー面倒くせぇ」 「・・・・・・・あんた結局自分が面倒で俺に回したんですか」 「それもある」 悪びれず胸を張るかのように言い切る姿は傲慢といってもいいのだが、このホワイトスミスならそれも許される。世界で一番名の売れている彼ならば。 「てめーに丁度いいなと思ったのさ」 ホワイトスミスは企む様な笑みを浮かべてブラックスミスの顔を覗き込んだ。 「製造するブラックスミスの本懐は何だと思う?」 「・・・・・・・武器を作ること・・・・?」 わずかに躊躇ってそう言うと、ホワイトスミスは目を細めてタバコを挟んだ指でブラックスミスの胸元の刺青を付いた。 「30点だ。馬鹿弟子」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「それだけじゃたりねぇ。本懐ってのはな・・・・・惚れた相手に武器を造ることさ」 「惚れた・・・・・?」 「こいつに俺の武器を持って欲しい、使って欲しい、そう思えるほどの相手に巡り合うこと。相手の強さ、人柄、惹かれるところはいろいろあるだろう。でも自分がそいつの為にそいつに合った武器を作りたい。そう思えりゃ上々だ。・・・・・・・・・・・いいか、製造ってのは武器を作って終わりのマスターベーションの残骸じゃねーんだよ。てめぇみたいなのはただの一人遊びだ。今までのお前はそれからどう使われるか知らなかった」 一人製造する日々。 売った後は何も知らない。それでまた製造の材料を買うだけだった。 だから風属性のクレイモアを持った騎士とイズルードの海底神殿に行くまで知らなかったのだ。 自分の武器が人の手で使われている姿を。 傷がついてもなお輝いていたあの刀身を。 騎士の助けとなり、自分の手を離れてから生き生きと輝きだしたかのようなあのクレイモアはブラックスミスに衝撃を与えた。 「誰かの為に造ることを知らなかった」 妥協したくないと、自分の命を預けるものだからと言ったあの騎士。 こんな自分の武器を大事に抱えて、この剣にふさわしい騎士になりたいといってくれた。 『世界に一つだけの・・・・俺の命を預けることが出来る武器が欲しい』 そう言ったあの騎士に、自分は初めてこいつの為に造ってやりたいと思った。 「信頼がなければ造れない。オーダーメイドの武器を作って初めてブラックスミスってのは磨かれるもんなのさ」 ホワイトスミスは不敵に笑う。 腰に手を当て立つその姿は自信に満ちて、威風堂々とした風格がある。 彼もまた人に磨かれてきたのだろうか。 惚れこんだ相手にふさわしい武器を作るたびに磨かれ、そして今の彼を作ったのだろうか。 「俺からお前への最後の教えだ。磨け。自分自身を。お前が剣を磨くように、お前も人に磨かれてみろよ。・・・・・・・そうしたら・・・・・・ちったぁ、ましな自分が出てくるかも知れねーぜ?」 ブラックスミスが帰った後、入れ違いで紅茶を持って降りてきた白銀のプリーストはホワイトスミスに恨みがましい視線を送った。 「僕も久しぶりに話したかったのに・・・」 「悪い。何、またこっちから遊びに行けばいいさ」 ホワイトスミスは紅茶のカップを受け取った。 「いい香りだ」 そう言うと、プリーストは嬉しそうに微笑む。横に立ってブラックスミスに入れてきた紅茶を手に取るプリーストに寄りかかりながらホワイトスミスは何かを思い出したように肩を震わせて笑い出した。 不思議そうに見上げるプリーストにホワイトスミスは歯を見せて笑う。 「あいつ結局聞いてこなかったんだよ。一番聞きたかっただろうこと」 「あ・・・・・・」 「あの馬鹿弟子、本気で動揺してやがった」 わざわざここまで出向いてきた理由が、あんな質問一つだなんてわけがないくせに。 先日。青髪のプリーストがやってきて、ブラックスミスに告白して振られたこと、騎士がブラックスミスに惚れていることを彼に言ったことを聞いた。 常ならば人付き合いの悪い、もっといえばひきこもり製造ブラックスミスにとっては面倒くさいことこの上ない話だろう。実際プリーストは振られている。 だが騎士の話を聞いてブラックスミスはわずかに動揺していたのだという。 今まで即断して断ってきた男が、騎士の気持ちを知らされて迷いが出ている。 それがどんな結果になるのかはあの騎士しだいだろうが、子が親にするかのようになんでも相談してきた自分にあのブラックスミスはその相談ができなかった。不感症の相談までしていた自分にっ! 「おかしいったらありゃしねぇ」 「・・・・・・うまくいくんでしょうか」 プリーストは心配そうにうつむいて紅茶をの波紋を眺める。 「そりゃあいつらが決めることだ。俺はあいつに製造の本懐を教えてやりたかっただけ。そこから育った気持ちなんざ、本人たちだけで片付けろってもんだ」 ホワイトスミスはそう言いながら棚の中に収められたフレイムハートを見る。 騎士が自分に剣を頼みに来た時、まっすぐな瞳がいいなと思った。若者特有のまっすぐさを内包した、清清しい風のような目。 それでいて自分を相手に5時間も粘る頑固さ。だがそれだけ話しているうちに情が沸いた。仕舞にはこのプリーストまで同情して騎士に付くほどだ。 でなければ開口一番オーダーメイドを頼んできた馬鹿など弟子に回すことなく蹴り捨てていただろう。 「まぁ、心を剣に打ち込むのが製造だ。特に火属性の武器は製造人の心がもろに出る。それ打つ頃にはいくら鈍いあいつでもわかるだろ」 そう言って笑うホワイトスミスにプリーストは腰に差している火属性のソードメイスを思って赤くなる。 それは二人が初めて会った頃にホワイトスミスが当時アコライトだった彼にやったものだった。 ホワイトスミスはいつまで経っても初心な恋人の髪に優しく口付けた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |