夕日の色





「こんにちはー」

騎士はブラックスミスの工房のドアを叩いた。しかし向こうから返事は無い。
返事が無いのはいつものことで、いやむしろ初めてこのドアを叩いた時ですら無かったくらいだ。もう、声が返ってくることはないと諦めているのだが、一応礼儀だと思っている騎士は少しだけ時間を置いてドアノブに手をかけた。
ドアはすんなり開いた。どうやら今日は居るらしい。

3日前、騎士が火属性用の足りなかった鋼鉄を持ってきた時、工房の鍵は閉まっていた。
ドアをノックしても返事もなく、諦めて帰ろうとした時に丁度帰ってきたブラックスミスと偶然会えた。どうやら出かけていたらしい。
ブラックスミスは珍しく眉間に皺を寄せてむすっとした表情で淡々と挨拶を交わした後、騎士が差し出す材料を受け取って工房に入っていった。
その際ドアを閉める派手な音と共に締め出されたのだが、やけに機嫌が悪いなぁと思ってそのまま帰ったのだ。
先日貰った地属性のクレイモアを手に馴染ませながら。

この地属性のクレイモアは今までの2本とどこか違った。
水属性、風属性のクレイモアは少しずつ調整してもらい合わせてもらったのに、これは最初から体に馴染んだように使いやすい。
自分の力が充分に乗る。
剣が体の一部のように思える時がある。
今もこれで試し切りをしてきたところだった。

「もしもーし・・・・」

手土産の一口ケーキの詰め合わせを手に提げて中に入ると、工房の左側にブラックスミスがいた。
頑丈なテーブルにうつ伏せになってどうやら寝ているようだった。
組んだ腕を枕にして頭を乗せているブラックスミスの背中は規則正しく上下に揺れている。
とたんに騎士はあきれ返ってため息をついた。

鍵も開けっ放しにしている上に、どうしてこの人はこうも無防備なのか。
これで悪い奴が入ってきたらどうするのだろう。

騎士はその時は俺が守って・・・と思って、その荒唐無稽な考えに呆れつつ頭を掻いた。
ブラックスミスも立派な冒険者だ。
確かに戦闘に特化しているわけではないが、先日の半漁人との戦闘で垣間見た問答無用の斧捌きは恐ろしかった。
というか、ブラックスミスがいつもの無表情に怒りを滲ませていたのが怖かったというか。
今、腕の隙間から垣間見える寝顔は穏やかで少し幼く見え、そのギャップに苦笑する。

「・・・・・・・・・・・・・・」

しかし来たのはいいが起こすのも忍びない。
騎士はケーキをテーブルにおいて、きょろきょろと辺りを見渡す。
そして端のソファという名の物置にあった毛布を取って少し広げた。
汚れているものではないようだ。仮眠用に使っているのかもしれない。なら好都合だと、騎士はそれを持ってブラックスミスの背後に忍び寄り、ブラックスミスの背中にそっと毛布をかけた。
肩から落ちないようにしてやり、椅子に引っかかっているのを直す。
騎士の視線の先、ブラックスミスの白いシャツとくすんだ金糸の間に程よく日に焼けたうなじが見えた。
「・・・・・・・・・・・・・」
騎士は眩しげに目を細めて、しかし目を閉じる。
ブラックスミスが座る椅子の背凭れに両手をかけたまま暫くそうしていた騎士は、やがておもむろに体を前に倒した。

ブラックスミスの丸みのある頭。くすんだ金の髪に唇が触れるか触れないかのところで騎士は呼吸を止める。
息をすれば、このまま触れればブラックスミスが起きるかもしれない。
触れて、もしブラックスミスが起きたら自分はなんと言えばいい?

それに今の自分にそんなことをする資格すらない。

騎士とブラックスミスの関係は、属性剣の依頼という一点で結ばれているだけなのだから。
ただの依頼主と製造主。
それが今の関係。

「・・・・・・・・・・・・・・」

一筋の髪が吐息に揺れて騎士の唇に触れた。
騎士は弾かれたかのように顔を上げ、手を乗せている椅子に体重をかけずに腰だけで体を起こす。
身に纏う鎖帷子が僅かな音を鳴らしたが、ブラックスミスに目覚める傾向は無かった。
それに安心しながら一歩後ろに下がる。

「・・・・・・・・・・・・」

ブラックスミスが遠くなる。


好きだと思った。

抱きしめたいと思った。


なのに、触れることすら出来ない。


「入り込む悪い奴ってのは・・・・・俺のことか」


自嘲しながら騎士は玄関に向かう。ドアを開けて立ち止まると、顔だけで背後を見る。
そこには来た時と同じ光景がある。違うのはテーブルに自分が持ってきたケーキの箱があるだけ。

「・・・・・・・・・・・・・・」

いつか・・・・・そこに自分がいてもおかしくない日が来るだろうか。

恋慕だけ瞳に滲ませて騎士はドアを閉める。

この次・・・・・このドアを開く時。
その時は・・・。




ドアが閉まり、騎士の気配が遠くなる。
ブラックスミスはそれでも音を立てないようにして体を起こした。
騎士の熱が残る髪を乱雑に掻いて、肩にかかる毛布がずり落ちるのを止めるように端を握る。

「・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿が」

ブラックスミスは目を閉じて、歯噛みする。
そして額に手を当ててため息をついた。
眉間による皺は深く、胸に宿る思いは苦々しさしか感じさせない。

「・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿が」

もう一度呟くブラックスミスは握った拳を振るわせた。

やがて顔を上げたブラックスミスの瞳には、ある決意があった。
ブラックスミスは青髪のプリーストに耳打ちを飛ばす。


すべてを、終わらせるために。



















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