夕日の色








ブラックスミスはプロンテラ西のカプラ嬢のところで足りなくなった消耗品のチェックをしていた。
そこには自分のように倉庫をひっくり返している冒険者達がたくさんいる。特に周囲を気にすることもなかったのだが、チェックが終わって顔を上げたところで街灯の傍らで見覚えのある顔を見つけた。むこうもこっちに気がついたらしく頭を下げた。
自分が製造を頼まれている騎士だった。
騎士はメモになにやら書き出してから倉庫を閉めてカプラ嬢に合図を送る。
目の前の倉庫の箱が瞬時に消えた。
「こんにちは」
騎士がブラックスミスの傍に来た。
「偶然ですね。俺も倉庫の整理してたんです」
「・・・・・そうか」
騎士は消耗品を書いたメモをふる。ブラックスミスはカートの取っ手を握りながら頷いた。
これからまた工房に戻るつもりでいた。
ブラックスミスがマイペースで口数が少ないことはいつものことなので、騎士は気にせず手を合わせて拝むようにして聞いた。
「あの、今暇ですか?消耗品がもう全然無くて、よかったら纏めて買うのに手伝ってもらえたら嬉しいんですけど」
進路をわずかに妨害されることになったブラックスミスは、肩をすくめて申し訳なさそうに眉尻を下げて笑う騎士を僅かに見上げた。
「・・・・・・・・・・・・」
ブラックスミスは騎士の思惑を探っていたが、騎士がしょぼんと肩を落とすのに、杞憂かと顔をそらして小さいため息をつく。
「・・・・わかった。何がほしいんだ」
商人にはディスカウントと言うスキルがある。
最大で24%割引が利くので、日々の消耗品購入の際にこうして頼まれることは珍しいことではない。
意識する方がどうかしているのだと、ブラックスミスは騎士を伴ってレンガ造りの道を歩いた。


『あの騎士があなたに惚れてるから』


最近支援を頼んでいるプリーストが言った言葉を思い出す。
そして先日、自分が工房で寝ている時、訊ねてきたこの騎士の行動。
このくすんだ金の髪が僅かに揺れるほど近くにこの騎士の吐息を感じた。

今横で最近見つかったと言う町の話を楽しげにしている騎士に、あの時の雰囲気は欠片もない。
ただ、ブラックスミスが視線を向けると、うっすら頬を染めてへらっと笑った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

・・・・・・こいつ、実はものすごくわかりやすいのかもしれないな。

プリーストが察したのもわかる気がする。自分の鈍さは棚に上げてそんなことを思う。
恥ずかしい奴だなと呆れて眉間に皺を寄せそうになったブラックスミスは、騎士がふと、顔を上げたのに気がついた。そして自分も騎士が視線を向ける方へ顔を向けようとした。

「危ないっ」

ブラックスミスは腰から持ち上げられるように引き寄せられて、一気に視界が回転する。
さっきまでブラックスミスが立っていたところを二匹のペコペコが疾走して行った。
「あっぶねー。あいつら街中で爆走しやがってーっ!」
騎士がもうすでに小さく見えるペコペコにのっている騎士らしい影に向かって罵るが、自分が片手でブラックスミスの腰を抱き寄せていることに気がついて慌てて腕を放した。
「すいません」
「いや・・・・・助かった」
一瞬宙に浮いてびっくりしたものの、助かったのはこちらだ。
ブラックスミスは礼を行って、カートの無事を確認する。そして振り返った先で、まだ騎士は自分の片手をじっと見ていた。
「・・・・・・・・・・・・」
自分を引き寄せた腕を。

ブラックスミスの視線に気がついた騎士はなんでもないように笑って、二人はまた道具屋に向かって歩いていった。
そこで騎士の欲しがっているものを揃えた。ついでに自分のものも買ってカートに入れる。
それだけのことなのに、ブラックスミスは騎士が横にいるというそれだけで居た堪れなくなった。
量が多くなったのでブラックスミスも倉庫まで持っていってやる。そこで別れようと思っていた。
「助かりましたよ。で、よかったらこれから飯でもどうですか。お礼におごります」
「いや・・・・・・・・。今夜お前の武器を作る予定にしている。もうすぐ手伝いも来るはずだから」
「だったら俺も工房行きます!」
騎士は片手を上げて、はいはいっと主張するが、ブラックスミスは据えた目で騎士を見た。
「・・・・・・・邪魔だ。できるまで工房には来るな」
「ええええええっ。何でですかっ!手伝いってあのプリーストでしょ?あんな奴と二人きりって・・・いやその・・・っ。えーと・・・・」
口ごもるその様子に、ブラックスミスも騎士がプリーストの気持ちを察しているのだとわかった。
「お前が心配することはない。・・・・・・・・・もう断って納得してもらっている」
騎士の心の内を悟って呆れ気味にそういうと、騎士はほっとしたようだった。
「・・・・でも、今まで来るななんて・・・言ったこと無かったですよね・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ブラックスミスは元より人目を気にする精神というものを持ち合わせていない。前に製造するところを騎士は何度も見たことがあるし、それを咎められたこともない。
だが、今回は来るなという。
騎士は不思議そうな顔をして首をひねった。
ブラックスミスはカートを引いて騎士に背を向けた。

「成功すれば4日後には鞘まで出来上がる。それから来い」

付いてくるなとその背中が言っている。騎士は擦れられた子犬のような様子でそこに立ち尽くした。
ブラックスミスは背中に騎士の視線を感じていたが振り返らなかった。
がらがらとカートを引いて、工房までの道を歩く。

「・・・・・・・・・・・・・・」

角を曲がってようやくその視線から逃れて、押し殺していた息を吐いた。

見上げた先でレンガ造りの建物が朱色に染まる。
屋根の向こうに夕日が落ちる。
赤い夕日が。

ブラックスミスはそれを見ながら目を細めた。

焜炉の火のようだ。
鉄を焼き、鍛える美しい・・・・・・・炎。


「・・・・・・・・・・・・・」


迷えばあの炎の色は出ない。
夕日色の鉄など望むこともできない。
雑念を持てば必ず失敗する。
製造とはそういうものだ。

元から自分はあの騎士の思いを受け入れることなど出来ない。
出来るはずがない。
感じることも出来ないこの身でどうして受け入れられよう。
そういう意味ではあのプリーストと騎士は同じなのだ。

だから、迷う必要なんてない。
そうわかっているのに、その半面惑いを捨てきれない自分がいるのだ。


だが、今夜で終わる。
終わらせる。


あの炎に、まだ自分でもわからない不確かな感情を燃やし尽くして。
そうして騎士の気持ちにも終止符を打つのだと、ブラックスミスは決めていた。











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