夕日の色 深夜の工房に火が灯る。 夕方から火を入れていた炉はいい具合に燃え盛り、ブラックスミスは頃合いを見て鋼鉄を何枚も重ねたものをその中で焼き始めた。 時折鞴で風を送り加熱し、そして鉄バサミで表裏を確認する。 「・・・・・・・・・・・・・・」 一言も発しないブラックスミスから少し離れたところに青髪のプリーストは立っていた。 今日が最後の支援。少なくとも青髪のプリーストはそう思っていた。 ブラックスミスへの思いが叶うことはなくとも、自分が出来ることをする。それは愛しい人が望むことをしたいという気持ちと、依頼されたことを完遂したいという職意識だった。 「・・・・・・・・・・・・・・」 その青髪のプリーストの後ろにホワイトスミスもいた。 そして窓辺に寄りかかるように立ち、腕を組んでいる彼の横にもう一人のプリースト。 銀の髪の優しげな風貌のプリーストはホワイトスミスの横に立ち、祈るように指を組んでいた。 彼の不安そうな表情にホワイトスミスは自分の恋人の肩を抱いて軽い口調で囁く。 「お前が心配しなくても、こんなのは博打だ、博打。成功するもしないも運と実力ってな」 「・・・・・・・・・」 だが銀の髪のプリーストの表情は晴れない。 原因はブラックスミスにあった。 今から製造をしようとしているブラックスミスは炉の前にいるようになってから一言も発していなかった。緊張しているだけではない。 それは彼の師匠でもあるホワイトスミスにもわかった。 ブラックスミスはまるで風に揺れる炎のように心揺れていたのだ。 無表情無関心を装い、気が散る自分を戒めるように深呼吸しながらも、ブラックスミスの様子はおかしかった。 今日最後の一本を打つことを知り工房にやってきた時、ホワイトスミスはブラックスミスのその様子をみて、ああ失敗するなと直感したものだ。 運があってもこれじゃ成功するものもしないと。 「今日しくじってもまた次があるしな。星入りなんて頼むんだ、騎士もそれくらいは覚悟してるだろうよ」 「・・・・・・・・・・・必ず成功させます」 嘯くホワイトスミスにブラックスミスは顔を逸らしながらそう言った。 その表情には彼らしくない焦りが見えた。 成功させなければならないという焦りが。 それは性欲とは関係ないところから来ているように思えた。 ブラックスミスも自分でわかっているのだろう。だがそれでも冷静にはなれない。 今も炉に向かうブラックスミスはまるで目の前の炎と同じように赤く揺らめいているようだった。 ブラックスミスは炉の横に置いている小さな椅子に座り、中で焼けている鉄を見ていた。その手に持つ鉄バサミに挟まれた鋼鉄は赤く染まり、そろそろ頃合いに見える。 「・・・・・・・・・」 手元にはフレイムハートと星の欠片が握られている。 ブラックスミスは目を細めた。 「製造にとって、フレイムハートで製造することは自分の心を武器に溶かし込むようなもんだ」 ホワイトスミスは独り言のように小さく呟いた。 つい先日、火属性の武器は製造人の心が出るのだと言っていたのを恋人のプリーストは思い出した。 「だから、一番性質が悪い」 口調こそ固いが、苦笑するように口元を上げているホワイトスミスを見上げる。 ホワイトスミスはこの製造は失敗すると予感していた。 こればかりは経験だけの話ではないのだ。 揺れれば砕ける。 躊躇いが少しでもあればフレイムハートを打ち込んでも、鉄に馴染まないだろう。 そして今日失敗すればブラックスミスは暫く鉄鎚を握れなくなるだろうと思っていた。 ブラックスミスは焦っていた。 原因はあの騎士だろうということは薄々わかっている。 あの騎士はブラックスミスを想っている。だが、ブラックスミスはそれに答える気はないらしい。 今夜騎士に頼まれた最後の火のクレイモアを打ち、それで終わらせようと思っているのだろう。 それがブラックスミスの出した答え。 だが、ここで相反する思いがある。 それをブラックスミスは認めようとしない。 だから、惑うのだ。 だから逃げようとしているのだ。 そんな製造、何の意味があるだろう。 そして出来た武器でどうやって道を切り開いていけよう。 たとえ完成したとしてもそんな武器は天から祝福されない。 そしてもし失敗すれば自分からも逃げた事実だけが残るのだ。 ホワイトスミスにはわかる。 もし失敗すれば冷静になったこの石頭はそんな製造をした自分を許すまい。 成功したとしても光なく出来上がった武器に愕然とするだろう。 成功したとしても失敗したとしても喜ぶものなど居ない。 隣で銀髪のプリーストは辛そうな顔でブラックスミスを見た。 「僕が歌えば・・・」 「駄目だ」 ホワイトスミスは恋人の肩を抱いた腕に力を込める。 「これはあいつが乗り越えなければならない壁だ。そこらのプリーストまでなら運も実力のうちと納得も出来る。だが、お前だけは絶対に助けてはいけないんだ。でなければ・・・・・乗り越えた時疑わなければならないだろう?実力なのか神の御業か」 ホワイトスミスの言葉にプリーストは目を見張る。 そこには否定的な考えをしながらもブラックスミスの決断に一縷の望みを持っている師としての思いを感じた。 そして銀髪のプリーストは恥じるように頭を下げた。 「ごめんなさい。思い上がりでした。僕は・・・・無力ですね・・・。本当に大事な時に手助けもできないなんて」 下唇を噛むプリーストの銀髪にホワイトスミスは宥めるような優しい口付けを落とした。 「ごめんな。お前が辛い思いをするとわかっていたのにな」 「一人で行こうとしたあなたに付いていきたいとわがままを言ったのは僕です」 鬢髪のプリーストは首を横に振る。 そしてホワイトスミスの腕の中で寄り添うように身を寄せた。 「・・・・・『天上の声』の持ち主がお前のようなやつでよかったと俺は心底思うよ」 ホワイトスミスの声はささやかなもので、青髪のプリーストにも聞こえていなかった。 青髪のプリーストの意識はもとよりブラックスミスにしか向けられていない。 ブラックスミスは炉から取り出した赤く焼けた鋼鉄を見て口を開いた。 「支援を頼む」 即座にかかるブレッシングがブラックスミスの能力を高める。そして青髪のプリーストが高らかに歌い上げたのは戦歌だった。 信仰とは戦とともにある。 聖歌のなかでも人を鼓舞する曲として有名なその歌はオレンジ色のオーラとなり炎と一体化するように交じり合うかのように見えた。 ブラックスミスはその選曲に僅かに目を見張り、そして戦いに赴くかのような戦士の顔をして焼けた鋼鉄にフレイムハートと星の欠片を溶かし込んだ。 しゅわっと音を立てて火の中に溶け込むと、炎が一段と高く燃え上がる。まるで新しい仲間を迎えて喜ぶかのようだった。 鋼鉄がまた一段と強いオレンジに変わる。 夕日の色に変わる、その一瞬を見て、ブラックスミスは金敷きに移して鉄鎚を振るった。 カーン たった一度だった。 たった一度鉄鎚を振り下ろしただけで、その変化は起こった。 焼けた鉄から炎が溢れた。まるで踊るように炎がブラックスミスを襲う。 今までなかった反応にブラックスミスは驚いて鉄バサミを握ったまま身を引こうとした。 「鍛冶屋が炎に遊ばれてガタガタしてんじゃねぇ!! 一度槌を下ろしたからには腹ァ括れ!!」 異常事態の中ホワイトスミスの一喝が部屋に木霊し、ブラックスミスだけでなく歌を止めてしまった青髪のプリーストも我に返った。 プリーストのグロリアが炎とブラックスミスを包み込む。 ブラックスミスは熱風に顔をしかめながら火を睨んだ。踊り狂う炎がわずかにでも引くのを待つ時間は無い。 炎の中でぱちぱちと爆ぜるのは星の欠片。この欠片を鉄に混ぜ込まなければならない。 製造は時間との勝負なのだ。 「・・・・・・・・・・・・・」 もう一度振り下ろせばもしかしたらまた同じように、それ以上の反応が起きるかもしれない。 今でも火バサミまで赤くなり、それを握る指先も皮手袋越しとはいえ熱を感じている。正直、焼けた鉄を握っているようなものだった。 だがここで火バサミを落としたら、それは鍛冶屋失格ということだ。試合を放棄するようなものだ。 ――――――鍛冶屋を名乗るなら、それはだけはしてはいけないことだ。 「っ!」 歯を食いしばったブラックスミスは炎の中に向かって鉄鎚を握った右腕を振り下ろした。 鉄を、打つために。 カーン 部屋に甲高い音が響く。 すると一瞬、鉄を焼く炎が小さくなった。だが、一度勢いづいた炎は再び燃え上がろうとする。 肌を焼かれるような痛みは錯覚ではない。 シャツと厚手のジーンズも熱を持ち、じりじりと焼け付き始めていた。 だが、ブラックスミスは歯を食いしばって何度も鉄鎚を振り下ろした。 身を乗り出しているその姿は体ごと炎を押さえ込もうとしているように見えた。 身が炎の色に赤く染まる。 この部屋に夕日が宿る。 カーン カーン たんぱく質の焼ける匂いが部屋に充満する。青髪のプリーストが、耐え切れず合間にヒールを唱えた。 ブラックスミスは鉄を冷やすため用意していた水桶の水を頭からかぶった。だが、それもすぐに水蒸気となって乾く。 そんな中で何度も鉄鎚を振り下ろす。まるで鉄の中に炎を押さえ込もうとしているかのようだった。 そしてそれは錯覚ではない。 「負けず嫌いが、炎にからかわれて久々に火がついたな」 「・・・・え・・・・?」 面白そうに見ているホワイトスミスを銀髪のプリーストが見上げた。 「ああなればこっちのもんだ」 「・・・・・・・・・・・・・・久々ってどういうことですか?」 ブラックスミスは最近騎士の武器を作るようになって製造に対する意識が変わってきたとホワイトスミスは言っていた。 それまでは自慰の延長のようだったのだという。 「冒険者はモンスターと戦って経験を積む。だけど俺たちが戦っているのはそれだけじゃない。製造もまた『戦』なんだよ。製造は鉄と火と戦わなければならない。こちらが本気にならなければ鉄も炎も本当にその特質を返してはこない・・・・。戦ってこそその良さを引き出してやれる」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「あんな攻撃的な顔、初めてあいつが鉄鎚を握った時以来だ。当時のあいつは腕はあっても製造人の心が未熟だった。だからそれ以来今までその戦いを放棄してきたんだ」 ホワイトスミスは待っていたのだろうか。 ブラックスミスが再び真剣に鉄に合い向かう日を。 ホワイトスミスにとってブラックスミスはかつてその才の片鱗を認め、唯一弟子にと望んだ男だった。 だがブラックスミスは成功しても失敗してもいい、そんな意識で武器を作り続けた。 それでも見捨てなかった。 ホワイトスミスは弟子が崖っぷちに追い込まれて一皮向ける日を待っていたのだ。 「もともとあいつと炎は一番相性がいい。・・・・・・・・・・・・・本当に、製造するために生まれてきたような奴だよ」 ホワイトスミスは自分の顎を摘むようにしてニヤリと笑いながら、無心に鉄鎚を振り下ろす弟子の姿を嬉しそうに眺める。 鬢髪のプリーストもまたブラックスミスを見た。 夕日を抱くかのようなその姿を。 その視線が彼からその頭上、そして天井で止まる。 プリーストは口元をほころばせて目を細めた。 「・・・・・・・・この製造は、きっと成功します」 「・・・・・・・・・・・」 ホワイトスミスはその言葉を不思議だとは思わなかった。 天に愛される歌声を持つこの銀髪のプリーストには見えているのだろう。 人には見えない何かが。 もうすぐ、祝福を受けた炎のクレイモアがまた一本この世に誕生する。 工房の火が落とされたのは、それからもう間もなくのことだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |