夕日の色 ブラックスミスとの約束の日、騎士は工房に続く道を歩いていた。 今日は自分の属性武器が全部揃う日であり、そして片想いをしている相手に告白すると決めていた日だった。 相手が一筋縄ではいかない相手であることは重々承知の上だ。 「でも俺だってちょっとは強くなってるし、口の中でチェリーのヘタを結ぶくらいはできるようになったし」 弱点を克服しようという心意気は見えるのだが、がんばるところがずれている気がしないでもない。 途中小さな女の子がやっている花屋に寄り、小さな花束を買い求める。 しかし男が男に花束ってどうなんだろうと我に返り、やはり食い物だろうかと露店で菓子袋を購入した。 あのブラックスミスはコーヒーこそブラックだが甘いものも嫌いではないのだ。 そういや製造の礼もある。製造を頼んだ場合の相場の金額は用意しているが、あのブラックスミスの場合金よりも鋼鉄とかの方が喜ぶかもなぁと思い、半分を鋼鉄に換えて持っていくことにした。 結局両手一杯になった贈り物を抱えて歩きながら騎士は初めて会った時のことを思い出す。 工房で寝転がって虚ろ気だったブラックスミスは鋼鉄を見て水を得た魚のように目をキラキラとさせたのだ。 「あの頃は変な人だなぁとしか思わなかったんだけどなぁ・・・・」 騎士は苦笑しながら鼻の頭をかく。 でも好きになったんだからしかたない。 元から根が単純とよく言われる方だ。悩んでもしかたないことは行動してついてきた結果に納得するようにしている。 告白しても断られる確立の方が高いことはわかってる。 それでも、ほんの少しくらいは考えてくれるんじゃないかくらいの希望は持てた。 騎士は工房の前に立ち、深呼吸をしてドアをノックした。 「こんにちはー」 暫くしても返事は無い。 一応ノブを回してみると案の定、鍵はかかっていなかった。 「・・・いますかー?」 騎士は中をうかがいながらドアを開けた。 奥の棚の所にブラックスミスはいた。 手に鞘に収められた剣を握り、俯くようにしてこちらに背を向けていた。 騎士はほっとしたように表情を和らげる。 「いるなら言ってくださいよ」 この台詞も何度言ったろう。 騎士は中に入ってドアを閉めた。どうやら製造をしていたらしく、炉に小さな火が残っていた。鋼鉄が積まれているところを見ると鉄から鋼鉄を作っていたのだろう。 ブラックスミスは漸く騎士に向かって振り返った。 「え・・・・・。髪、どうしたんですかっ?」 騎士はぎょっとして目を丸くした。 ブラックスミスの長くもなかったが短すぎることもなかった髪の毛が、額が見えるほどに短く刈られていたのだ。 「別に」 そっけなく言ってブラックスミスは騎士に向かって歩き出す。 その手にあるものに騎士は目を奪われた。 炎が見える。 露店で見る剣とは違う。 属性を感じさせるほどの剣はあっても、ここまで目に見えるほどの属性を宿した剣を騎士は見たことが無かった。 「・・・・・・・それは?」 ブラックスミスは騎士が持っていた花束と包みを怪訝そうに見た。 「あ・・・・お礼です・・・」 騎士は剣のオーラに飲まれていた自分に気がついて我に返る。 「鋼鉄もあるんで使ってください」 騎士は持っていたものをテーブルに置く。 そしてブラックスミスが差し出す淡く炎のようにオーラを放つ剣を両手で受け取る。 もしかして熱いんじゃないかと思ったが、皮手袋越しに温かみを感じさせるだけだった。 「・・・・・・・・・・・・」 すごい。 騎士は呆然としながら鞘から剣を僅かに抜く。 一瞬オレンジに見えた刀身は、鈍い銀の輝きを発していた。 「・・・・・・すげぇ」 つい素の言葉が出る。 これが自分の剣になるのか。 にわかに信じられない思いだった。 ブラックスミスの腕がいいことは知っていた。 それでも、これは今までのものとは違う。 今までのも十分すぎるほどだったが、これはまた違うものに見えた。 「お前に必要な武器はこれで全部作った。・・・・・・・もうここに来るな」 「・・・・・・・・・・・・・・え?」 ブラックスミスが言った言葉が耳に入ってもその意味を理解するのに時間がかかった。 剣から目を離して唖然としたままブラックスミスを見る。 背中で拒絶するブラックスミスに、騎士は立ち尽くした。 「ここには来るなって・・・・」 「用は済んだだろう。なら今までのようにここに来る理由も無いしな」 ブラックスミスは工房の隅で熱が冷めた道具達を片付け始めた。 「安心しろ・・・・・・調子が悪ければ調整はしてやる」 「・・・それって調子が悪い時にしか・・・・来るなってことですか?」 騎士はそんなブラックスミスに一歩近づく。 その声は硬い。 ブラックスミスの真意を探るように、騎士は据えた目でブラックスミスの背中を見る。 「お前には感謝してる。おかげで俺は製造をもう一度見つめなおせた」 「・・・・・・・俺が聞きたいのはそんなことじゃない」 ひゅうっと息を吸った。 心臓が痛いくらいに脈打っているのがわかった。 疑いが確信に変わる。 「あんたは・・・・俺がここに来てた理由、わかってたんだ」 ただ、剣のことだけを気にして来ていたわけではないことを。 「・・・・・・・・・・・・」 ブラックスミスは答えない。ただ、騎士がまた一歩近づいてくる気配に道具を片付ける手が止まった。 自分の恋心を知られて、予防線を張られた。 つまりはそういうことなのだろうと思う。 だけど、これは違うのだと騎士は思った。 少なくとも、あの青髪のプリーストの時とは違う。 騎士は歯をかみ締めて、俯き加減だった顔を上げた。 「・・・・・・あんたは本当にイヤなら一刀両断にしちまう人だ。この剣みたいな人だ。実らない情ならば斬り捨ててしまうのが優しさだって・・・知ってる人だ」 「・・・・・・・・・・・」 騎士はブラックスミスの背後に立つ。 ブラックスミスの背中は動かない。 息すら押し殺しているかのような、そんな緊張感に堪えられなくなったかのように騎士は動いた。 両腕を伸ばして自分の胸に引き込むようにブラックスミスの身体をかき抱いた。 腕の中でブラックスミスの体が強張る。逃げようとする意志が見えても、騎士はとまらなかった。 逃がさない。 逃がしたくない。 ・・・・・・・・・・・お願いだから。 「なら・・・・・誤魔化して気が付かない振りをするこの態度が、あんたの・・・・答えなんだよね?」 そうだと言って。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 顔を見ようとする騎士に、ブラックスミスは顔を背けてきつく目を閉じた。 ブラックスミスを抱きしめていた腕の片方を持ち上げて、掌でブラックスミスの頬を支える。 手袋越しに温もりを感じた。その温もりが離れる気配を感じたらもう止められなかった。 「―――あなたが好きです」 「―――っ」 肩を竦めるブラックスミスの体を支えなおして、自分の方に顔を向かせる。 辛そうに目を細めているブラックスミスに顔を寄せて覆いかぶさるようにしてその唇を奪った。 初めて生身の部分で感じるブラックスミスの熱は、手に握る剣よりも熱く自分を焼いた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |