夕日の色






ブラックスミスは道具一つ一つを点検して元の位置に戻していく。
炉にくべた鉄は赤く焼けていた。
そこから5メートルほど離れたところに立っていたホワイトスミスは連れてきた青髪の男プリーストに目隠しを渡す。
「・・・・なんですか、これ」
「お前一応女好きだったよな。・・・・・人生に迷いたくなかったらつけとけ」
「はぁ?」
プリーストはわけがわからないという顔をし、しかしホワイトスミスの言う通りにしぶしぶと目隠しをする。
「先輩からお願いされなきゃあんたの言うことなんて聞きたくも無かったんですがね。だいたい支援なら先輩がいるじゃないですか」
「あいつの歌声は俺だけのもんなんだよ」
「うわぁ・・・・むっかつく・・・」
心の底から苛立ちを隠さないプリーストは、ホワイトスミスの恋人のプリーストと同じ聖歌隊の出身だった。
伝承者たる存在とはいえ、尊敬する先輩を攫った極悪人の願いなど聞きたくも無かったが、当の先輩直々に手を合わせてお願いされてしまってはしかたない。
「あのブラックスミス、なんか問題でも起こしてるんですか?俺があんたの弟子の支援するって言ったら、知り合いの聖職者から気をしっかり持ってれば大丈夫だからとかわけわからないこと言われたんですが」
「あいつが進んで問題を起こしてるわけじゃねーんだよ・・・・」
どうやらプリーストが素直に目隠しをしたのは周りの助言があってのことだったらしい。
準備が出来たらしいブラックスミスは小さな椅子に腰掛けて焼けた鉄を挟んだ鉄バサミと鉄鎚を握って二人を見た。
「・・・・・・頼む」
その真剣な声に、プリーストはブラックスミスにブレッシングをかけると息を改めて深く吸って片手で喉元を指で触れた。
優しくも朗々とした響きを持つ歌声は大聖堂で歌われるだけあってそこいらの冒険者とは違う響きがある。声自体に力を持つのはもちろん、目に見えないはずの歌声がまるで光りの筋となって部屋中に広がっていくかのようだった。
ブラックスミスは鉄鎚を振り下ろした。

カァンッ

風の属性と星の欠片をちりばめた鉄が、火花と共に悲鳴を上げる。抵抗するかのように硬く厚いそれを薄く強く鍛える作業は、時間との勝負だった。鉄は火を入れなければその形を変えることはできない。だが、何度も火を入れれば鉄自体が脆くなる。
そのぎりぎりの見極めが大事なのだ。

何度も何度も鉄を打ち鳴らし伸ばしていく。時折また炉にくべて焼き、そしてまた打つ。
「・・・・・っ・・・・・・ふっ・・・・・・・」
ブラックスミスは全身全霊込めて鉄鎚を下ろす。炉の熱と自身の内から沸く熱に汗が滴り落ちる。
グロリアは途切れない。溢れた光はまるでブラックスミスと新たに生まれる剣を祝福するかのようだった。
「・・・・・・・ん・・・・・っ」
カァンッ
カァンッ
焼ける鉄の爆ぜる音とは違う、風属性を持つ刀独特の雷のような煌きが見える。星の欠片を入れているせいで鉄が思うように伸びないことにブラックスミスの眉間に皺が寄る。だが焦らず何度も鉄鎚を振り下ろした。
「・・・・・・は・・・・っ!」
上気した頬から汗が滴り落ちる。細めた目は欲を持っていて、荒く呼吸を繰り返すさまは製造をしているというよりも・・・・。
「・・・・・・・・・セックスしてる顔だよなぁ・・・ありゃ・・・」
ホワイトスミスは自分こそ迷わないように恋人の名前を唱えながら指先で簡略に十字を切る。
だが、支援のかいあってか鉄は徐々に一本の剣の形になろうとしていた。
ブラックスミスは自分の視線の高さまで鉄を持ち上げ厚みを確かめる。
「・・・・・・・・・」
物欲しそうな目はまだ満足いってない証拠だ。常ならここらでブラックスミスがトリップしててもおかしくないのだが、今日は違うことにホワイトスミスは気が付いた。
先に2本失敗してなお別に一本作るといった妥協すら許さなかったのだから相当溜まってるだろうに、最後の理性は手放さない。
全身で鉄の呼吸を感じ、感覚すべてで状態を感じようとしていた。
それだけ難しい製造であるということなのだろう。
鉄を鍛え、痺れる腕や指先に眉をしかめて吐息を零す。辛そうに細めた目元が濡れていた。 バチッと雷が弾けた。
「んあ・・・・・っ・・・・・!」
全身に貫いた電流にビクビクッと肩を震わせたブラックスミスは、だが鉄鎚だけは落とさなかった。
頭からつま先まで走った電流が抜け、ぼんやりとブラックスミスは呆ける。達した後の脱力感にも似たそれが過ぎ、手に持った火バサミを掴みなおす。
「・・・・・・・・」
研がれていないそれはまだ剣の形をした鉄でしかない。だが、たしかな硬さと属性の気配にブラックスミスは笑みを浮かべた。顔立ちも体つきも女性らしさなど欠片もないというのに、その妖艶なまでの笑みはその気すらない者をもその気にさせる艶があった。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・あ」
ホワイトスミスは歌声が止まった隣に視線を向けて口元を引きつらせた。
青髪のプリーストが下ろした目隠しに手をかけたまま顔を真っ赤にして唖然と立ち尽くしている。
どうやらブラックスミスの様子がおかしかったので気になったらしい。
しかも背後で、かしゃっと鉄細工と何やらがぶつかったかのような音までしてホワイトスミスは振り返る。
「・・・・・・・・・・・あ?」
「・・・・・・・・・・・・・・っ」
そこには件の騎士が顔を真っ赤にしてドアにしがみつくかのように立っていた。しかもなにやら前かがみだ。
「・・・・・・・す、すいませんっ。失礼します・・・っ!」
ブラックスミスも気が付いたのだろう。その視線がドアの所に向くと騎士は慌ててドアを閉めて出て行った。
・・・・・おそらくこっちも自分の剣が気になってやってきたのだろうが・・・・・。
何かにけつまずいて盛大に物をひっくり返した音がしたが、ホワイトスミスは武士の情けとして追わずにいようと思ったのだった。








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