夕日の色 その日は朝から雨が降っていた。 ブラックスミスは工房の木製の4人掛けのテーブルで本を読んでいた。 このテーブルはこの工房を買い取ったときからあったもので硬い木材を使っているのかとても頑丈で気に入っている。 頬杖をつきながらブラックスミスはページをめくる。 テーブルを挟んだ向かい側でもコーヒーをすする音がした。 騎士だ。 こんな雨じゃ狩りに出る気も起きないと、手土産のクッキー持参でやってきたのだが、ブラックスミスはすでに本の虫になっていた。 話しかけても曖昧にしか返事を返してくれないが、出て行けとは言われなかったため、騎士は濡れたマントを入り口のところにあるフックに引っ掛けて、適当に二人分のコーヒーを入れた。クッキーを入れる皿もわからなかったために袋を破いて広げて摘む。 その手にはブラックスミスが読んでいるシリーズ物の小説の後編が広げられている。騎士は前にこの本を読んだことがあったので思い出すようにぺらぺらをめくった。 静かな空間で会話だけが無かったが居心地は悪くなかった。 「・・・・・・・・・・・・・・」 前編を読み終わったブラックスミスが、本を閉じる。 後編を目で探しているのに気がついて騎士は本を差し出した。 「はい」 ブラックスミスはそれを受け取り、今日はじめて騎士を見た。 「・・・・・・・・・・・いたのか」 「いましたとも。あんたがさっきから飲んでいるコーヒーは俺が入れました」 「ああ・・・・・ありがとう」 そういえばとブラックスミスは半分減っている自分のカップを見る。 そして後編を開きながら口を開いた。 「いい若いもんがこんなところで時間を潰していていいのか?今日は製造はしないぞ。雨の日の鉄は気持ちが悪い」 「面白いこといいますねぇ・・・・。気持ち悪いとか。それって製造の人特有の感覚なんですか?」 「どうかな。雨の日は火だけじゃなくて腕も湿気ると言う人間もいる。師匠なんかは雨の日も打ってたな。水属性の製造には丁度いいとか言ってたし。人それぞれだろう。」 「師匠ってあのホワイトスミスさんですよね。そういえば俺があの人に会った時、男のプリーストさんも一緒だったような。あの人お友達なんですか?」 「銀の髪のプリーストなら師匠の恋人だ。一緒に暮らしている」 「え」 ぎょっとして騎士は目を丸くして、徐々に赤くなる顔を本に隠す。 「でしたか。すごく優しそうな綺麗な人でしたもんねぇ・・・」 「お前はどうなんだ」 「え?」 「守りたい子がいると言っていたろ」 それは最初の頃、騎士が口を滑らせて言ったことだろう。騎士は眉尻を下げて苦笑した。 「なにもなかったんです。・・・・・最近の俺は他に夢中になっていて彼女のことを考えることも無くて。それに彼女に恋人ができたと知っても別にショックでもなかったんですよねぇ・・・。好きだったんだと思うんですが、そこまで好きではなかったのかも」 「・・・・・そうか」 ブラックスミスはページをめくる。 騎士は身を乗り出してブラックスミスの顔を覗き込んだ。 「そういやあなたが俺のことを聞くのって初めてですよね」 「そうだったか?」 「そうですよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 ブラックスミスは何か言いかけて結局口をつぐんだ。 またしばらくページをめくる音だけが聞こえた。 ブラックスミスがもう冷めたコーヒーを飲み干してテーブルに置く。コトンと立つ音は耳に心地いい。 「この間のプリーストが次の製造も手伝いに来てくれるそうだ。近いうちにもう一本作るが、どっちから先に作る?『地属性』か?『火属性』か?」 騎士はわずかに躊躇う。 この間のプリーストとは青髪の彼のことだろう。 ブラックスミスに惚れたのか専属を申し込み断られていた。騎士の脳裏には二人がキスしていたシーンが残っていた。 プリーストが無理にしたキスをブラックスミスが撃退したように思ったのだが、プリーストはまだあきらめていないらしい。 できれば他に頼みたいところだが、騎士の知り合いでグロリアを持っているプリーストはいない。 それにここで嫌だといって理由を聞かれても、まさか覗き見してましたなんて言えようも無い。 「・・・・・先に『地』を」 「・・・わかった」 ブラックスミスの返答に間があったのは、きっと優先順位からいって火属性のものが高いから、きっと騎士は火を望むのだと思ったからだろう。 騎士は手元の本を見ながらなんでもないことのように装いながら言った。 「火って、フレイムハートを使うでしょう。あれ、ハートの形してるじゃないですか。つまり心ですよね。・・・・・・・だからあれは最後に欲しいんです」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 ブラックスミスはぱらりとページをめくる。 騎士の視線は感じていたが、顔は上げなかった。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++ |